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第8章

 贅沢に味付けされた魚料理も、今の女王デュクロの舌にかかればしないも同然だ。

「私には何もできないって言うの?」

デュクロは魔法の鏡と向き合っている。鏡面には魔女が映り、デュクロをどう納得させるか悩んでいた。

 女王デュクロはいつも通り私室にて、魔女と話をしている。テーブルに乗せられた昼食の数々は冷めつつあるが、今の彼女にはたいした問題じゃない。

「今言ったように、お爺さんの無念は晴らせるから勘弁してよ。子供のほうは諦めて」

「諦めるも何も手遅れでしょうが」

デュクロの口調は荒れている。鏡面ごしに魔女へ愚痴るよう。

「これでもできる事はやってるのよ」

普段と違う態度のデュクロに、魔女は戸惑いをごまかす。

「お爺さんを死なせた若者たちには、きついお灸を据える。報いを受けさせるから、その辺を皆さんに伝えれば収まるでしょう?」

魔女はデュクロをそう諭した。この問題が長引くことを魔女は嫌がっている。

「報いは当然よ。受けさせて当たり前。代わりの人間を用意するのに、どれだけ時間や手間がかかるとお思い?」

デュクロがそう言うと、魔女は首を横に振った。

「……そう悔しがる割りに、弔文は文書なんでしょ」

「私だって忙しいのよ!」

とうとう声を荒げたデュクロ。彼女はバケットの端を千切り、口に放りこむ。


 ――その日の朝早く、荷馬車の爺ことアンドレ・ベルナールとルイの葬式は、村の広場で開かれた。初秋のやや涼し気な空気が、波に流されてくる。太陽の薄明るい光が、悲しむ一同に温かみをくれてやっていた。

 人々は今日も仕事があるため、葬儀は慎ましく手短に行なわれた。ただロザリーには、不幸な末路を歩んだ二人を早く忘れたいかのように思えた。

 しかし、それを問題視する余裕は彼女にない。かけがえのない存在だったルイを突如失い、彼女の気持ちは打ち砕かれている。いっそ飾り立てたいほど、見事粉々に。

「ああ、どうしてあの子は! まったく! あんな子と一緒にいたせいで!」

「責任取ってくれよ!」

気持ちが打ち砕かれているのはロザリーだけじゃなく、ルイの両親も同じだ。母親はロザリーを責め、父親はロザリーの母親に責任を痛感させる。

 村長はその場をいさめると、二人分の弔文を読み上げ始める。

 ロザリー含め、ほとんどの人々が荷馬車の爺の本名をこの場で知る。そんなわけで、ルイの番になると人々の間の悲しみが大きくなった。

「私もルイの元へ行く!」

「なにバカなこと言ってるんだ!」

ありきたりな会話をこなすルイのご両親。

「…………」

ロザリーは終始無言で、ルイの棺をじっと見つめていた。大人たち曰く、ルイの状態は非常に悪いため、彼女はルイと対面を果たせなかった。ただ彼女は、見ずに済んで良かったと思っていた。林の中で別れる際の姿を、自らの記憶に留めておきたいから。

 人々は二人の死を悲しむと同時に、魔女を恨んだ。女王が魔女の仕業と発表したわけじゃないにも関わらず、人々は早くも信じこんでいた。

 魔女には大きな迷惑だが、国を治める女王デュクロからみても良くない。何もしなければ、弱腰と批判されるだけ。王制の手前、口に出さなくとも、噂話の形で回り続ける。


 爺アンドレは魔女ではなく、隣国の若者たちに襲われたのだ。彼らは最初、遊び心でアンドレに絡んだが、仲間内でエスカレートしてしまった。結果、彼の荷馬車は道を外れ、あのような事故を起こしてしまう。そこへ、ロザリーとルイが現れたわけだ。

「子供はこちら側で責任を持つから」

魔女はデュクロに言った。

 ロザリーは当然知らないことだが、ルイはまだ生きている。魔女側の人間が爺を助ける際、彼は共に保護された。

 しかし、ルイが帰国することはない。彼は魔女側と接触を果たしてしまったため、ビセートル王国に帰れないのだ……。つまり、ロザリーや両親は、自分から行動しない限り、彼と再会を果たせない。そのため、ルイも死亡という体裁のほうが都合いい。

 女王デュクロは今回も渋々、魔女の話を受け入れるしかなかった。


「ジョセフィーヌ、騎士連中がうるさいぞ。自分たちの手で何かしたいってさ」

デュクロの夫ピエールが部屋に入ってきた。この私室は彼の部屋でもあるが、デュクロが魔女と話す際は立入禁止にしていた。ピエールはそれを失念したのだ。

「ああもう! ノックぐらいしたら?」

デュクロ渋くイラついた顔を浮かべ、彼を睨みつけた。ピエールは妻の怖い顔を一目見るなり、ドアを強く締めた。

「すまない! 話し中とは気づかなくてさ、その」

「……ドアに札ついてなかった?」

「いやそれは無かった。……けどすまない」

ちょうど訪れた波が、気まずい空気をなおさら酷くする。窓外で鎖がジャラつく音すら、今のデュクロには耳障りだ。

「私はお邪魔みたいね?」

鏡の向こうで魔女が言った。

「ええ悪いけど。外してもらえる?」

デュクロがそう言うと、鏡から魔女の姿がプツンと消えた。一見すると普通の鏡が、今はそこに。


「それで、騎士は何と? できるだけ詳しくお願い」

一波訪れた後で、デュクロは夫に問いかけた。彼女は夫が適当に話してしまおうという魂胆を見抜いていた。

「子供の分だけでも、あの魔女に報復させてくれと言ってる。それがダメなら、動悸の塔を落とさせてほしいと。……アイツら、この機会に波を力づくで解決したいのさ。そりゃあ、メンツもあるだろうけど」

ピエールは言った。これまで何度もしたやり取りに、彼自身もウンザリした様子だ。

「一線を越えたことはできない。そう言ってやった?」

「ああ当然だよ。けれど何人かは覚悟を決めた感じでさ。命令が下らなくても行っちゃいそうだった」

ピエールはそう言うと、ドアへ後ろ指を指す。

「……まったく」

デュクロは重苦しいため息をつき、昼食の続きを諦めた。騎士が一線を越えないよう釘を差すことと、埋め合わせを考えねばならない。




 親友ルイの死に直面した形のロザリーは、家の仕事で気を紛らわせることに没頭した。まるで彼女自身が殺したかのような気負いの元、麦畑で働き、鶏を世話する日々。

 そこまで努めても、ふと悲しくなることはある。ルイと共に国外へ出られなかった事実、そしてルイと永遠に話せない事実が、眼前から決して離れようとしない。

 しかし、脱出の願望がそれらで失せたわけじゃない。ルイの無念を晴らすとまでは思っていないが、外に出たい気持ちは強いまま。仕事と仕事、そして悲しみに暮れる合間に、彼女は再び計画を練っていた。一人分の旅支度も進める日々。


 一日の仕事を終え、家路についたロザリー。

「お疲れさん、君も麦もいい調子?」

「……ほどほどに頑張ってきましたよ」

ロザリーがそう答えた相手は、王城から派遣された騎士ジャンだ。 この男はロザリー宅の間近で寝泊まりし、彼女を守る役目についている。……もちろんこれは名目に過ぎず、実際は監視だ。

 デュクロは女王の役目を純粋にこなすが、決してバカな世間知らずじゃない。彼女はルイと共に行動していたロザリーが、何らかの厄介事を企んでいると察した。あんな時間に林にいたのはデートではなく、国外へ逃げるためと……。

 馬を連れた騎士がいるせいで、ロザリーは余計な緊張や制限を強いられている。彼女に取って彼は、守ってくれる存在ではなく、単なる邪魔者でしかない。用意が整っても、これでは実行に移せない。もし失敗すれば、騎士をもう一人送られる程度じゃ済まないのだ。


 ある晩、ロザリーは窓外の騎士を見た後、強く悩む。

 彼女はルイの葬儀の後、青年ヴァレリーから薬を貰った。それはいわゆる「睡眠薬」で、ルイの死にどうしても耐えられない時に飲めと言われていた。しかし、彼女はその粉薬に頼らず、仕事や脱出を糧に耐えてこられた。薬の袋は閉じたままだ。

 ところが、いらぬ騎士の存在は負担でしかない。騎士ジャンは、女王デュクロに埋め合わせとして、この家の守りを命じられた立場で、ロザリーを見張っている自覚はない。

 この頃ロザリーは、実行できるかで深夜未明まで悩み、なかなか寝つずにいた。追われたら逃げ切れるかとか、ジャンはクモが苦手ジャンじゃないかといった事柄を。

 ……やがてロザリーは、あの睡眠薬を使うと決断する。

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