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第7章

「ごめんなさい」

「……なぜキミが謝る?」

ロザリーの謝る相手がそう言い返した。

「だってこんな、こんな事になったのは……」

「いや、キミのせいじゃない」

彼女の前に立つ男は、村長の孫にあたる青年ヴァレリー・ルーだ。村長に命じられ、ちょうど林へ入るところだった。

 ロザリーが勘違いしてるのは、捜索対象は自分やルイではなく、帰りの遅い荷馬車だ。大幅な遅れではなかったが、人々は城の前で待ちくたびれていた。

 そこでヴァレリーたち数人の大人が、探しに向かわされた。彼らは街道を国境まで進み、荷馬車に問題が起きたと悟る。そこで林へ分け入ることに。ロザリーと遭遇したのはその矢先だ。


 しかし、結果はまったく酷いもの。

 ロザリーがヴァレリーたちを連れ、馬車の事故現場に戻ったとき、ルイと爺は消えていた……。リュックごと消え、置き手紙はない。

「大勢きて連れ去ったらしい」

ヴァレリーがロザリーに言った。ルイと爺がいた付近に、知らない足跡が数人分残る。ロザリーが離れた間に、足跡の主が二人をどこかへ連れ去ったのだ。人間が目的で、荷車や積荷はそのまま。

 ロザリーがヴァレリーたちを連れてきたとき、現場に人気はまったくなく、彼女は波を普段より強く感じ取った。

 すでに陽は山向こうに隠れ、空の藍色が深みを増していく。東空に現れた満月は、象牙色の淡い光を放つ。

「キミはルイに頼まれ、私たち大人を探しに戻った。爺さんを助けるためだし、別におかしくない」

ヴァレリーがそう諭す。ランタンに照らされた顔は疲れた様子だ。彼は不安気なロザリーに視線を落としつつ、村長にどう話すべきか迷っていた。

「おかしくないって? ロレーヌ家の嬢ちゃんにまず聞きたいのは、さっきと積荷は減ってないかだ」

近くにいた男(小者臭いし、名前は知らない)が、口を挟む。

「嬢ちゃんのそれ、やけに膨らんでるな。荷物検査しよう。ホラ、よくある」

男はそう言いながら、ロザリーに近づく。彼女のリュックへ手が伸びる。

「お前は余計なこと喋らず、荷を集めるんだ!」

男の手が触れる寸前に、ヴァレリーが言った。

「……何だよ何だよ。ヴァレリーだってコイツに聞きたいことぐらいあるだろ?」

ブツブツ言いつつ、男は引き下がる。そして回れ右し、横転した荷車のほうへ歩いていく。


 ロザリーが安堵できたのも束の間、他の大人たちが彼女を取り囲む。

「こんな遅くになぜココへ?」

「他に何を見たの?」

「ジジイはオマエたちに何を話したんだ?」

「残りの馬はどこだ?」

ロザリーは前後左右から詰問される。大人には女性も含まれるが、彼女の心臓はバクバクと鼓動し、足元はふらついた。哀れな彼女は上手く答えられず、彼らの追及に拍車をかけた。

「オイ、それぐらいにしてやれ! 彼女は友達を失ったばかりなんだぞ!」

ヴァレリーが叫んだ。しかし、大人たちは彼女から離れない。先ほど彼女に近づいた男は、早くも手を休めている。

「そいつもいなくなってたかもしれないぞ?」

あの男はそう言うも、ヴァレリーに睨まれてると気づくなり、荷の拾い集めに戻った。

「この子までいなくなられちゃ困る。そっとしてやろう」

ヴァレリーはそう言うと、ロザリーの頭をポンポンと叩く。

 髪型が乱れると彼女は思いながらも、上手く切り抜けられそうだとホッとする。ルイに悪いと思いながらも、彼女はそう願った。

「なあちょっと、アレは……」

突然、大人の一人が夜空を指さした。ロザリーたち一同は空を見上げる。

 ……鳥が空を飛んでいた。可愛い小鳥などではなく、魔女の元弟子が扱うというあの鳥だ。月夜に浮かぶ、確かなシルエット。

 ヴァレリーたちは互いに顔を見合わせた後、ロザリーを見る。


「急いで帰りなさい! もう私たちに任せていいから!」

ヴァレリーはロザリーにそう言うと、彼女の背中をパンパンと叩く。促された彼女はためらうことなく、その場を後にすることに。

 ただ林の向こうへ走り去る前に一度、現場を振り返ってみた。

「物のほうが大事?」

そう呟くロザリー。

 ヴァレリーたちは散乱した積荷を吟味し、貴重品優先で持ち帰ろうとしている。荷車を起き上がらせないばかりか、鳥の存在を忘れたかのような調子だ。

 開き直りか、おかしくなったのかな? あるいは諦め? けどそれじゃ、ルイは……。

 ロザリーは考えながら、林を再び駆けていく。悩み事のおかげで、夜闇に沈む林など今さら怖くない。重いはずのリュックも、たいした問題じゃなかった。



 ロザリーが足早に帰宅すると、家に母親の姿はなかった。母親が自分を探しに出かけたと焦った彼女は、リュックを下ろしもせず、ドアへ向かう。

 けれどもドアノブを握る寸前、テーブルに置き手紙がそのままだと知る。それから彼女は、手紙をスカートのポケットへしまいこむと、リュックの中身を片付けることに。母親が帰宅する前に、元の日常に戻さねばならない。

 ルイの心配と、脱出し損ねた無念が合わさり、リュック内を探る手はぎこちない。予定では今頃、ランタン片手に街道を進んでいた頃だ。窓外の暗さや波の訪れが、彼女の心を虚しく震わせる。

 やっと片づけを済ませ、靴を拭い終えたとき、母親がちょうど帰ってきた。母親は左手にランタン、右手に革袋を提げていた。器用にドアを閉める母親へ、ロザリーはそそくさと近づく。

「おかえり」

普段通りを意識し、彼女はそう言った。だが声の震えは隠しきれず、母親は娘の異変を見抜く。

「どうかしたのかい? ルイ君と喧嘩?」

探る母親。そんなところだろうと軽く見積もった。

「えっ、何でもないよ。ルイはその……」

わかりやすく口ごもるロザリー。ルイの身に何が起きたのかは、母親もじきに知ることになるが、自らの口からは言いづらい。しかし、母親は娘の口からそれを知りたがった。

 ロザリーは諦め、ぼそりぼそりと話し始める。ただそれでも、国外脱出の旅は隠し通せた。人気のない場所でデートしようと林へ赴いたと、母親に話したのだ。恥ずかしい嘘だが、バレるよりはマシだった。


 母親は娘の話を珍しく最後まで聞き終えた。そして、余計な追求はせず、娘をかばうと決める。魔女かその弟子、あるいは賊のせいにしたほうが、自分や娘が非難されずに済むから……。

「じきに見つかるさ、大丈夫よ大丈夫」

哀しむ娘を諭しながら、内心ではルイの行方を諦めていた。娘が共に過ごす日常はもうありえないと。



 ――ルイや荷馬車の爺は半月後に見つかった。あの事故現場からそう離れていない場所で共に発見されたのだが、見つけた男の口は固い。

 爺の身体は凍りつき、ルイの身体はバラバラとのこと……。人々は黙って二人分の棺を用意し、葬儀の用意を始める。


 村長は沈痛な面持ちで、ルイの両親に事実を伝え、そしてロザリーにも伝えた。「誠に残念な結果です」と。

「う、嘘ですよね! そんな、そんなの!」

「悲しいことだが諦めなさい。二、三日過ぎても帰らない時点で、アンタは観念したはずじゃろ」

村長はロザリーの両肩に手を置き、そう言った。そばで彼女の母親は腕組みし、ルイの両親が怒りを自らに向けないか心配する。

「ピネル家の二人は特に、ロレーヌ家を非難していなかったぞ。葬式に出ても睨まれてる程度じゃ」

村長は母親にそう告げると、重い足取りでどこかへ向かう。

 彼はこの後、王城へ赴き、重い結果を女王デュクロに伝えねばならない。それから村の広場(ただの空き地)で開く、二人の合同葬の用意だ。……爺の身寄りに伝える必要はなかった。

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