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第5章

 脱出路や時期を決められた二人だったが、出た後の話はなかなかまとまらない。

「馬車の爺は、隣国手前にある宿屋で一杯引っ掛ける習慣らしい。行きに一杯、帰りに一杯という具合に。隣国はワインが高くてさ」

「えっ? 宿なんて途中にないから、隣国の酒場で呑めるだけ呑んでると聞いたけど。水より安く、ワインをごくごく呑めるからと……」

肝心の隣国に関して、たいした情報を集められずにいたのだ。慎重に慎重を重ね、遠回しに親や他の大人に尋ねたものの、皆口が固い。なんとか聞き出せた話も、二人で突き合わせると矛盾が生じた。どっちかがデマを、あるいは二人ともがデマを聞かされたというわけだ。意地悪な大人に二人は憤り、必ず隣国へ足を運んでみせるぞと、あらためて誓う。


 ただ、さすがに残り二日間では間に合わず、その週の金曜日はパスせざるえなかった。

 その代わり、夕方に帰った馬車の様子を見届けることができた。例によって、馬車は注目の的となり、荷下ろし係の人々が吸いこまれるようについていく。王城の前で行なわれる荷下ろしの喧騒は、離れた畑にいる二人の耳に届くほど。

「こういうのを暖炉に置きたかったんだ!」

「旨い酒を選んできたじゃないか!」

よほど珍しい品が入ったらしい。男女問わず、皆興奮状態だ。

 ロザリーとルイは、大人たちが戻るまで仕事の手を休められる。翌週金曜日に出発しようとあらためて決め、その日を情報収集を含むタイムリミットとした。だらだらと過ごし、月日が流れることはゴメンだった。

 とはいえ二人とも、グーグルやじゃらんを自由に使える生活をしているわけじゃなく、情報収集は行き詰まる。大人にしつこく尋ねれば、当然怪しまれる。

 そのため週明け月曜日には諦め、なすがままに行こうと割り切った。バレて台無しになるよりはマシだからだ。水や食料を用意するだけでも一苦労だった。

 二人のリュックは水曜日に膨らみきる。東急ハンズあたりで買えそうな既製品ではなく、どちらも彼ら自身による手作りだ。布や皮の端切れを縫い合わせた物の上、数年は使いこんでいる。 それでも、五日は飲み食いできる量を詰めこめた。ノートパソコンやカメラ、充電器といった類は持ち合わせていないため、リュック内のほとんどを水や食料で占められる。おまけに、二人ともろくに読み書きできないため(学習障害ではなくお国柄)、暇潰しの本も必要ない。スマホが無くともスマートな旅ではある。


「それでさ、どれぐらい向こうにいる?」

藁山にリュックを隠した後、ルイがロザリーに尋ねる。脱出に成功する前からそんな相談ときた。

「一週間か二週間あれば十分じゃない? 間を取って十日かな?」

ロザリーはそう答えながら、隣国の広さを思い出す。もはや信用しづらいとはいえ、例の殻棹男から聞いた話だ。

 あの男は彼女に「この国十個か千個分だよ」と、いい加減に言ってのけた。殻竿の扱いといい、人を安心させない男だ。

 それでも、子供に取って広大な舞台である点は確かで、二人とも理解できている。

「思い切って一ヶ月、いや二か月はどう? 長い?」

「ウウン、それぐらい長くなっても構わないよ。逆にルイのほうはいいの?」

「ああ、全然構わないよ。炉の絶やさないことぐらい、あの二人は忘れちゃいないだろうし」

二か月の滞在という話でまとまる。ちょうど一波訪れ、二人の体をカクッと揺らす。しかし今の二人には早くも、遠い問題に思えていた。

 日本人が勝手に二ヶ月もどこかを旅すれば、人生お先真っ暗だろう。どこかで野垂れ死んだと思う人すらいるほどに。

 そしてこの二人だって、親からどれほど怒られ悲しまれようか。だがそれでも、二人は今さら躊躇しない。鮮やかに差す夕陽は、その決断をさらに燃え上がらせるようだ。

 二人が一週間後に取る行動を、大人たちは「逃走」と表現するはず。それは正しくない。やはり「脱出」、あるいは「転進」がしっくりくるところ。




 ――こうして一週間が過ぎ、あらためて金曜日を迎える。太陽は西へ傾き、空は黄色い。帰りの荷馬車は、あの塔近くに差し掛かろうとしていた。今回も呑気な面を浮かべて。


 二人が出発前に済ませた事柄は二つある。

 一つは靴の手入れ。長持ちさせるため、革靴(羊革の軟弱な短靴で、正直安っぽい)に蝋を塗りたくった。蝋燭は灯りだけでなく、防水にも使える。

 もう一つは親への書き置き。“ロザリーはここにいた”とか洒落た言葉を書き残しはしなかった。というかできなかった。前にも述べたが、二人はろくに読み書きできない。

 ロザリーは古い布切れに“さようなら かえる”とだけ書き、居間のテーブルにそっと置いた。ルイもそれぐらい完結に済ませた。……きちんと学ばせなかった、親の自業自得である。

 当然二人とも、親を悲しませたり怒らせたいとは考えていない。ただ単に、自分自身のために動きたいだけ。自由の身となり、見聞を広めたい。ただそれだけだ。

 理由を自身に言い聞かせるように、二人は家のドアを閉めた。

 ちなみに親は親で、それぞれ自分の時間を過ごしている。ドアの閉まる音が、耳に届かなかったのも自業自得だ。

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