始まり
「カイン!カイン!!」
声で目が覚める。
「早く起きなさい!ご飯出来てるわよ!」
どうやら僕は長く寝ていたようだ。
「今行くー」
寝ぼけた頭のままユルユルと布団から這いずりだして部屋の戸を開けると、既に父親と姉がテーブルに着いていて、母親が最後の皿を置くところだった。
「ほら、ご飯よ」
「うん」
テーブルに置かれているのはパンと水のようなスープ、あとおかずに目玉焼きが1つ。
この家は農民の家だ。
量としては全然足りないが、それでも毎日食べられている自分達は裕福では無いにしろ、日常を送るのに困ることはなかった。
「カイン、もう少し早く起きなさいよね」
姉の名前はミカエラ。
年は16歳ですでに父の仕事を手伝っていた。
「カインもそろそろ簡単な作業を少しずつだが覚えさせてもいい頃だろう」
父の名前はカッツ。
そこそこ大きな農場を持っており、朝から夕方にかけて農作業をしている。
「まだ早いんじゃないかしら?」
母の名前はミセラ。
父は仕事に関してだけは強いが、それ以外となると
母に頭が上がらないのだ。
「えぇー、仕事したくない」
そう言った僕の名前はカイン。
年は6才、姉との年齢が離れているのは、姉の後、僕の前に1度子供を死産でなくしているからなのだと……親からはお前には兄が居たんだと教えられた。
「あのね、そんな事言うんだったら、ご飯は私が貰います」
この世には【スキル】と言うものが有る。
全ての種族が10歳前後で必ず1つランダムに覚えるものであり、別に1つしか覚えられないと言う事ではないが他のスキルを覚えようとすると相応の訓練や経験が必要となる。
父が覚えているのは【農作業Lv3】、母は【料理Lv2】、姉は【健康体Lv1】を持っていた。
「やめてよ!食べるよ!」
姉はいつも僕を苛めてくるから嫌いだった。
慌ててご飯を口に搔き込み、喉を詰まらせる。
「もう、ミカエラやめなさい」
「はーい」
母が背中をさすり、何とか喉のつかえが取れる。
「さて俺はもう一仕事してくるか」
早々にご飯を食べ終えた父は席を立つ。
「ねぇお父さん、私も仕事手伝えるよ?」
「お前は母さんを手伝ってくれれば大丈夫だよ。
それに【健康体】で病気になりにくいとは言え、女の子には力作業だからな」
「わかった……でも何かあったら直ぐ呼んでね」
「あぁ、わかったよ」
そう言って父は農作業へ向かった。
その後、母、姉、僕の順番でご飯を食べ終わり、姉は母の手伝いで家事や穴のあいた服などを補修するが、僕はまだ家の手伝いをする事はないので、外に出て遊びに行く。
隣の家にはミーハと言う1つ下の女の子が居て、基本的にはその子と他の家の子とで集まって遊んでいる。
「ねぇカイン、今日は何して遊ぶ?」
「そーだなー……ならあの木をゴールにして、そこの石を離れたところから蹴って当てた回数が多い方が勝ち」
「なにそれ!面白そう!」
「なら、1人2回蹴ったら交代な!」
最初はそうやって遊んでいたけど、やはり途中で飽きが来て、鬼ごっこへと遊び方を変えた。
そうやって夕方まで遊んだあと、皆自宅へ帰っていく。
「ただいまー」
「おかえりなさいって、泥んこじゃないの、外で体と頭洗ってきなさい」
家の近くには井戸が有るので、そこまで行って頭から水をかぶる。
「うー冷たい」
再び家に戻ると母が桶と長い布を持って待ってくれていた。
「濡れた服はこの中に入れなさい」
服を脱いで桶に入れると、母が頭を拭いてくれる。
「はい、出来ました」
少し湿っているが、あとは自然乾燥に任せ家の中へ入る。
「あんた、今日も隣のミーハと遊んだの?ほんとに好きねー」
「ん?ミーハちゃんと遊ぶのは楽しいから好きだよ?」
お姉ちゃんはいったい何を言っているんだろうと首をかしげる。
「お子ちゃまにはまだ早かったか」
お姉ちゃんはそう言ってケタケタと笑うが、何だが気に入らない。
取り敢えず、テーブルに着いてもうすぐ出来上がる晩飯を待つ。
「今日はお父さんがお肉を貰ってきたから、少し豪華よ!」
食卓にいつもより多めのお肉や味の付いたスープが並び、家族全員が大喜びでご飯を平らげる。
この村には明かりと呼べる物が無いため、日が沈めば辺りは一面真っ暗になってしまう。
一応、蝋燭は有るのだが高価な代物なので、非常時にしか使えないと言うことも有り、日没が過ぎれば直ぐに就寝することになる。
そうして1日が終わり、また明日から同じいつもの日常が始まる。
──────────────
ふと何かの音に目が覚めた。
部屋の中を見渡しても変な所はないので、リビングで親が話してるのかと降りてみても、誰も居ない。
気のせいかと再び自室へ戻ろうとしたとき、カーテンで締め切っていて、いつもは暗い筈の窓から仄かに光が差し込んでいるのが見えた。
当然、疑問に思う。
「(もう日が昇る様な時間なのかな?)」
カーテンを少し捲って確認してみると──。
至る所で火の手が上がっていた。
「(えっ?何これ……)」
まだ子供の彼にはそれが何だったのか直ぐには分からなかったが、遠目ながら奥の家から飛び出してきた男性が、後から出て来た男に剣で斬り殺されたところを目視して漸くこれが異常事態なのだと気付く。
「(お、お父さん──お父さんを起こさないと!)」
慌てて親が寝ている寝室に入り、父を揺さぶり起こす。
「んん~?カインか?どうしたんだ……」
父は殆ど夢半ばで、ちゃんと聞いているのか怪しい状態だった。
「お父さん!外、外見てよ!!」
「外がどうかしたのか……」
「多分、ミーハちゃんのお父さんだと思う……知らない男の人に剣で斬られてた」
それを聞いた途端、父カッツはガバッと起き上がり、リビングの窓へと駆け寄り様子を伺うと、再び部屋へと戻り、母ミセラを起こす。
「母さん起きろ!夜襲だ!!」
その言葉でミセラも事態を把握し、一気に顔が青ざめていく。
「そんな!どうして!!」
「わからん!!だが今はまだ村の入口までしか手が回っていないみたいだから、今のうちに急いで逃げないと!!」
「わかったわ!カイン、お姉ちゃんを起こしてリビングに来るように伝えて!いいわね!」
必死に頷いて、急いで姉の元へ向かう。
しかし、先ほどよりも村から聞こえる騒音(悲鳴)が大きくなっていることに気付き、泣きそうになりながら、姉の部屋へ向かう。
すると、さすがに大きくなってきた騒音に気付き姉も目を覚ましたのか、直ぐに何があったのか確認してきた。
「お父さんが夜襲だって言ってて、お母さんから姉ちゃん呼んで来いって」
すると姉は直ぐに荷物を纏め始める。
「カイン、あんたは持ってく物とか無い?!」
「えっ?特にはないよ」
「ならリビングに行くわよ!」
姉も急ぎ仕度を済ませ、カインの手を引いてリビングへと移動する。
しかし、リビングでは母は床下の隠し倉庫を開け、父も死角になり易い戸棚の整理をしていた。
「父さん、母さん!」
「ミカエラ、奴等かなり足が速い──もう逃げ出すことは無理だ」
「そんな!!」
「お前達は何が何でも守る!」
そう言って、まず床下にカインを降ろし、戸棚にはミカエラが入るように指示する。
「いいか、絶対に声を上げるんじゃないぞ……。
もし、2人が無事ならミカエラはカインをあまり苛めてやるなよ。
カインは男だからな、大きくなったらお姉ちゃんを守るんだぞ」
そう言った父と入れ替わり、母親がまるで会えないかのように言葉を残していく。
「ミカエラ、これから先辛いことも有ると思う……でも一生懸命生きるのよ。
カイン、お姉ちゃんの言う事を聞いて、仲良くするのよ」
「母さん!来たぞ!」
「さぁ!2人とも隠れなさい!」
姉は死角となっている戸棚へ、カインは床下に入り、戸が閉められる。
床下は暗かったが、覗ける程度の小さい穴から光が差し込んでいた。
「(こ、怖いよぉ……お父さん、お母さん)」
部屋の方からは沈黙が続く。
流石に沈黙に堪えかねたカインは覗き穴から何とか見れないかと、体を動かそうとしたとき、バアァンと家の扉を蹴破られるような激しい破壊音が響いた。