秘密の恋人たち
夜の森は甘い花の香が漂っている。
眠らない梟がホウホウと鳴き、幾層にも重なった落ち葉の裏には蟲らが寝床をつくっている。
この森に満ち満ちる命の豊かさは、王国を挟むように流れるふたつの大河の恵みによる。
それゆえにこの国は、砂を食む周囲の国から青き宝の森の王国「イスメル」と呼ばれている。
イスメルの季節は今、春から夏へと向かっていた。
花の香りの強さに酔いそうな眩暈を感じながら、湿った落ち葉を上を歩く。
一歩踏むたびに革のサンダルについている小さな銀の鈴がしゃんしゃんと鳴る。
森にうごめく濃密な闇は悪だくみか秘密の逢瀬を期待しているように感じる。
わたしたち双子の住む祈りの塔は、この森の中ほどにあって、森のの外からは窺えないように隠されている。
そこに辿り着くには獣が通る小さな道しかない。
慣れた人間でも夜中にここを訪れるのは相当の覚悟がいる。つまり、悪だくみにも秘密の逢瀬にも絶妙に合った環境にあるということだ。
この塔に住むのは王国の巫女ハルとその双子で影子であるわたし、フルだけだ。もっともわたしの生きている記録は王国にはない。生まれた瞬間に死んだことになっている幽霊のような存在。それがわたしだ。