三日目
三日目
朝のホームルームが終わって、一時間目の日本史が始まっている。
現国の山沢先生は授業中に騒いでいても、席を立たなければ怒らない。
そのせいで授業中なのに、山沢先生の声が聞こえないくらい騒がしい。
「ねーねー!」
……隣の人も。
「ねーえー! 影野ー!」
「……なんですか?」
「え、なんで敬語なの!?」
「いや、初対面なので……」
え、普通は初対面って敬語じゃないの?
「まー、いっか。それよりさー、消しゴム忘れちゃって、貸してくれない?」
ほら! と、筆箱の中身を見せられた。
たしかに消しゴムは入ってないみたいだ。
「いいよ、二個あるし」
「わお! ありがとー!」
二個目のサブの消しゴムを渡した。
この消しゴムはまだ角の方が一つ、残っているやつだ。
あれだよね。角の方ってなるべく使いたくないんだよね。俺もこの消しゴムを使い続けて、半年がーーー。
「角のほうあるじゃん! ラッキー!」
容赦なく使いやがった!?
「あっ。もしかして角の方を使わなかったのってわざと? ごめんねー!」
両手を顔の前で合わせて、大袈裟な仕草をする。
「いや、別に気にしてないし……」
「あ、ほんと? やったー!」
切り替えが早いんだよ!
「でもさー、影野ってあれだよね」
「なにが?」
「『好きな人がいるのに告白できずに他の男に取られちゃう』タイプ」
「余計なお世話だ!」
本当に余計なお世話だ。
なんだよ、それ。
なんで知ってるんだよ!
小学校からずっと好きだった女の子に中学卒業式でも告白できずに、この前すれ違った時にイケメンの彼氏が隣に歩いてたよ!
くっ、思い出したら涙が……。
「ほほー。流石は武田信玄ですな」
この騒がしい教室で一人、犬塚は授業に集中していた。
俺が貸した消しゴムも使っている。
「このままじゃ、武田信玄が天下統一するんじゃない?」
「武田信玄、病死するけどな」
「え!? なにそのネタバレ!」
「いや、小学校でやっただろ」
「やってないよー!」
「いや、やってるよ。その後、息子の武田勝頼が家督を継ぐんだけどーーー」
「わー!わー!わー! きーこーえーなーいーっ!」
なんでまだ見てない映画のネタバレみたいになってるんだ?
まあ、ここまで騒がしくされたらたまらないから、ネタバレはやめてやろう。
「てゆーかさ、影野」
「なんだ?」
「敬語、やめたんだね」
「めんどくさいからな。それに犬塚ならまあ、いいかー、ってなった」
「うわ、ひどーい。まあ、信頼されてるみたいで嬉しいけどねー!」
にこにこして、足をフルフルしてる犬塚。
その姿はとても可愛らしく、おもちゃを買ってもらった子供みたいだった。
キーンコーンカーンコーンッ!
一時間目の終わるチャイムが鳴った。
「あっ、もう終わりかー。今日は授業が早かったなー」
はい、と消しゴムを渡してくる犬塚。
「貸してくれてありがとね、影野」
「ん」
ん? 消しゴムの裏に何か書いてある……。
『ありがとー!』
……可愛いな。
でも、結局その後も授業はあるわけで。
「えへへー、また貸して!」
「はあ。今日一日使って良いよ」
「ほんと! ありがとー!」
その日、返ってきた消しゴムには『ありがとー!』の文字が六個書かれたとさ。
……律儀すぎるでしょ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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