3-34.花のような
ヨハンさんと共に向かったのは、アンハイムの区画。
でも先日とは別の応接室で、それに何だかほっとしてしまった。あれから三日経っているとはいえ、色々ありすぎたあの場所だと思い出して苦しくなってしまいそうだったから。
軽いノックを響かせた後、返事がしたと同時にヨハンさんが扉を開ける。
入室すると、ソファーにはジェイド王子とカミラ王女が並んで座っていた。こうして二人が並んでいる姿を見ると、やっぱりよく似ていると思った。
金の髪も、青い瞳も、その美貌もだけど……二人の雰囲気が柔らかくなったからそう思うのかもしれない。
胸に手を当て膝を折り、挨拶の口上を述べたわたし達は、勧められるままにお二人と向かい合うソファーに座った。
「無事に解決したと聞いた。事後処理にはまだ掛かるだろうが、君達もご苦労だったな」
「私達が出来た事など、些事にすぎません。それよりもジェイド殿下、カミラ殿下には私達を助けていただき、心より感謝申し上げます」
「私は何もしていないがな。礼ならカミラに言ってやってくれ」
そう言ってジェイド王子はカミラ王女に目を向ける。
その眼差しは妹を慈しむ兄のものだった。わたしの兄が、わたしに向けるのと同じ──優しくて温かいものだった。
カミラ王女は羽扇を開き、それを口元に寄せながらにっこりと微笑んだ。
「礼の言葉が欲しくてした事ではないもの、お二人とも気にしなくて結構よ。あなた達が無事で良かったわ」
「見ての通り、カミラも成長しただろう。以前を知っている者はみな、目を丸くして唖然としているよ」
「お兄様!」
揶揄うようなジェイド王子の言葉に、カミラ王女の顔が真っ赤に染まる。
羽扇を片手に持ちながら、逆の手でジェイド王子の肩をぐいぐいと押す姿は、仲の良い兄妹にしか見えなかった。
そんな二人を見ていると自然と笑みが零れた。
あの時のわたしに教えても信じられないだろうけれど。エストラーダでの日々は、それくらい目まぐるしかったように思う。
侍女がテーブルの上にお茶を用意してくれる。
美しいダリアの絵が映える白い茶器には、水色の濃い紅茶が注がれていた。
カップとソーサーを手にして、一口いただく。桃の香りがふわりと舞った。口にした紅茶もほんのりと桃の甘さを感じさせる、華やかなものだった。
「お二人はまだエストラーダに滞在されるんですか?」
声を掛けてきたのは、一人掛けのソファーに座ったヨハンさんだった。
にこにこと笑うその姿に、何度救われただろう。そういえばヨハンさんが額に汗をかくほど走っているのを見たのは、あの時が初めてかもしれない。
「あと数日は。もう少し色々見て回りたいと思っていますが、お勧めはありますか?」
何の気なしに問いかけると、目を輝かせたヨハンさんが身を乗り出してくる。
「図書館は……行かれましたもんね。いや、でも何度通ってもいい場所だっていうのはアリシアさんもご存知の通りだと思いますが。いまは児童文学のフェアをやっていましてね、その中でもエストラーダを舞台にした──」
「ヨハン」
ジェイド殿下の低い声に、ヨハンさんが身を竦ませる。
前に乗り出していた体が、すうっと後ろに戻っていく様子は叱られた子どものように小さく見えた。まだ話し足りないのか口はもごもごと動いていて「本当にお勧めなんです……」と呟いている。
「わたくしのお勧めは旧市街にあるチョコレート専門店よ。期間限定のチョコレートもあるし、併設されているサロンではケーキも食べられるわ」
「行ってみます。前にご馳走して下さったチョコレートは、そのお店のものですか?」
「あれはアンハイムから持ち込んだものなの。でも同じようなガナッシュクリームのチョコレートもあったはずだから、色々召し上がってみたらいいわ」
「そうします。ありがとうございます」
本当にチョコレートがお好きなんだろう。
どこか嬉しそうにお勧めを教えてくれるカミラ王女は、年相応の女の子にも見える。
カミラ王女とヨハンさんがジェイド王子に目を向ける。
何を言うでもなく、じっと強い視線を向けるばかりの二人に、ジェイド王子は深くて長い溜息をついた。
「……私が勧めるなら広場奥のストリートにある、ランプの専門店だ」
「ランプがお好きなんですか?」
「ああ。エストラーダには有名なガラス作家の兄弟がいたんだが、彼らのアンティークランプを販売している。他国にはあまり出回らないものだから見てみるといい。他にも新芸術のものなど、色々あるから面白いだろう」
「行ってみます」
ノアが興味を惹かれたようだ。
思えばお屋敷の照明はノアが色々決めてくれていた。彼の選ぶものはとてもセンスが良かったから全部お任せしていたけれど、そういうものが好きなのかもしれない。
結婚してからだって、ノアの事を新しく知る事が出来るのはやっぱり嬉しい。
こうして答え合わせのようになるのも楽しいと思うのだから、あとで改めて聞いてみようと思う。
「ねぇ、アリシアさん」
「はい」
話しかけられて、持っていたカップをソーサーに戻した。それをテーブルに置いてから、カミラ王女に向き直る。
カミラ王女は羽扇を口元に寄せながら、わたしの事を見つめていた。
「ありがとう」
「え……?」
お礼を言われて、目を瞬いてしまった。
カミラ王女は少し恥ずかしそうに目元を細めている。
「あなたの言葉は、わたくしを変える一因となりました。それだけじゃなくて、過去の事を受け入れながらもこうしてわたくしと向き合ってくれる。それが本当に有難くて、嬉しかったの。だから、ありがとう」
穏やかで、優しい声だった。
もう謝罪を受け入れて、終わった事だったけれど……それでも、カミラ王女の言葉は真っ直ぐに受け止めたいと思った。
胸の奥がぎゅっと苦しくなるのは、悲しいからじゃない。
嬉しいのだ。
わたしの気持ちを知っているかのように、ノアが手を握ってくれた。
この温もりが、いつもわたしを支えてくれる。
「わたしも、カミラ殿下とお話が出来て嬉しかったです。カミラ殿下の幸せを心から願っています」
そう紡ぐと、カミラ殿下は嬉しそうに笑った。
ルガリザンドに居た時のようなお人形のような美しさだけではなくて、強くて凛とした花を思わせる微笑だった。




