3-15.薔薇園
美味しいものでお腹を満たしたわたし達は、王立公園へとやってきていた。
風は冷たいけれど、先程まで飲んでいたお酒のおかげか体はぽかぽかと温かくて、歩くのも苦ではなかった。
ここはノアが行きたいと言った場所。
王立公園か美術館か悩んでいたから、明日の午前中は美術館に行く事にした。なんでもエストラーダ出身の有名画家の絵画が収蔵されているらしい。絵画に詳しくはないわたしだけど、とても美しい風景画だというから楽しみにしている。
「寒くないか?」
「大丈夫。ノアは?」
「俺も平気。マフラーも手袋もあるしな」
「ふふ、前はマフラーをしていなかったのにね」
「編んでくれてもいいって、まだ思ってるんだけど」
「そうねぇ……今から編み始めて、次の冬くらいには出来るかしら」
「首を長くして待ってるか」
「だめよ。首が長くなったら、それだけ編むのも増えちゃうでしょ」
軽口の応酬に笑みが漏れる。ノアもおかしそうに笑って、そんなやりとりが楽しくて愛おしい。
公園はたくさんの人で賑わっていた。雪遊びをする子どもたち。ベンチでお喋りをするおばさま方。鍛えているのか、水の止まった大きな噴水の周りを歩くご老人。
雪景色も綺麗だけど、他の季節はまた別の美しさがあるのだろう。今度は花が咲いている時に来たいと思った。
目的地は公園内にある薔薇園だ。
遠くからでも見える大きな温室に期待が高まっていく。
楽しみね、と言いながら繋いだ手を揺らすと、ノアは微笑みながらその手に力を込めてくれた。
やってきた薔薇園は温室と庭園で構成されていた。
今は冬なので、外の庭園は雪に埋まっている。春と秋には様々な種類の薔薇が咲き誇り、アーチを作ったりと目を楽しませてくれるらしい。
温室に入ると、独特の蒸した空気に圧倒される。
少し息苦しいけれど、それにもすぐ慣れた。暑くなる前にとマフラーや手袋を外し、コートも脱いで腕に掛けたけれど、それでも額に汗をかいてしまうくらいの温度だった。
「すごい……薔薇の匂いがする」
「きつくないか?」
「ええ、大丈夫。甘くて、華やかで……薔薇って感じがするわ」
「分かる。薔薇といえばっていう匂いがするな」
案内に従って歩を進める。
わたし達以外にも薔薇を楽しんでいる人も多く、温室内は心地の良い賑やかさで満ちていた。
こんなにもたくさんの薔薇を見る機会がなかったので、折角ならとゆっくり見て歩く事にした。
薔薇といわれてわたしがイメージするのは赤やピンクだけど、それ以外にも白や紫、黄色など様々な色が美しい。形も違って、花弁がたくさん重なっているのもあれば、カップが空洞になっている不思議な形もある。
品種の説明も丁寧に書いてあって、それを読むのも楽しい。
「ノアには白い薔薇が似合いそう」
「俺に? そんなの初めて言われたな」
「騎士姿でも、今の姿でも似合うと思うわ」
「反応に困るな」
肩を竦める様子にくすくすと笑い声が漏れてしまった。
男の人に薔薇が似合うといったら困惑するのも仕方ないかもしれないけれど。でも本当に似合うだろうなと思うのだ。
ノアは下ろしたままのわたしの髪先に触れ、指先に絡めては解く事を繰り返した。
「アリシアにはピンクが似合うと思う。この優しいピンク色とかどうだ?」
ノアが示した先には可愛らしい薔薇があった。ピンクの薔薇はたくさんあるけれど、その中でも柔らかい色合いだった。
「素敵。ピンクにも色々あるのね」
「次の春には白とピンクの薔薇を植えてもらうか」
「いいわね。図書室から見える場所がいいわ」
「いっそ温室を作るのもいいな」
「それはちょっと贅沢すぎない?」
「温室で花を見ながら本を読むのは?」
「最高。テーブルと椅子を準備しなくちゃ」
視線を重ねて、どちらともなく笑い合う。
温室で花を愛でながら本を読んで、そこで冷たい紅茶でも楽しめたら素敵だと思う。でも冗談で終わらせないと、ノアの事だから本気で作りそうだと思う。
この人はわたしに甘いのだ。
わたしが温室が欲しいといったら、すぐに手配をしてくれるだろう。甘やかされる度に、ノアがわたしを大事にしているのだと伝わるようで何だか擽ったい気もちになる。
別に我儘をきかなくてもいいのだと、何度も伝えてはあるのだけど。
それが楽しいんだなんて微笑まれると、どうしていいのか分からなくなる。でもわたしも……ノアが我儘を言ってくれたら叶えたいと思うし、甘やかしてあげたいと思うのだから、お互い様なのかもしれない。
のんびりと歩いていたら、いつの間にか終点までやってきていた。
出口の前には売店があって、薔薇を使ったジャムや紅茶などが販売されているようだ。他にも栞だとか、香水とか、お風呂に浮かべる為に乾燥させたものもある。
「何か買ってくか?」
「いいの?」
「もちろん。ゆっくり見ようぜ」
どの商品も色鮮やかだし、やっぱり華やかな香りがする。
気になるものはたくさんあるけれど、わたしが選んだのは薔薇のジャムだった。
パンに塗るだけじゃなくて、紅茶に落としても美味しいらしい。ワインに落としてもいいらしいから、早速ホテルに帰ったら試してみたいと思った。
「ジャムか」
「綺麗でしょ。このまま飾っておきたいくらいだけど、やっぱり食べて楽しまなくちゃ」
「時々ジャムにはまるよな。夏はブルーベリージャムにはまってなかったか」
「そうだったかも。よく覚えていたわね」
「可愛い妻の事だからな」
さらりと紡がれる言葉に、頬が熱くなったのが分かった。
今ならこの薔薇ジャムと同じ色をしているかも。
ノアがお会計をしてくれている間にマフラーを首に巻き直してみたけれど、誤魔化せたかはあやしいところだ。




