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焔の奨め!!  作者: 猫の手の裏
1/1

第一話 火神焔



 突然だが、《神》というのを……信じているだろうか。

 神にも色々あるとは思うが、大抵の場合超常的な力を持っているものとされる場合が多い。

 それはそうだろう……なんせ神なのだから……決して人の及ばぬ力を持つのだから神と呼ばれるのだ。

 地域によっては災害そのものが神と呼ばれる時さえある。

 

 だがそれらは得てして言い伝えでしかない……実際に神を目撃した者などいない。

 そして、俺自身もついさっきまで一切信じていなかった…だが、その認識も……百八十度変わることになる。


 「こうして人間と話すのは何十年ぶりか………」


 境内の奥から出てきたそいつは、明らかに人間じゃなかった。

 その姿は、人外のものだ。


「まぁよい。そこの者、名を名乗れ」


 こう言う奴のことを、神様って言うんだろう。



 *



 そもそもなぜこんなことになったのか………話は二時間ほど前に遡る。



 

 「くっそぉ~!!負けた……」

 「はっはぁ~、相変わらずジャンケン弱いよな悠真は」


 俺こと火鉢悠真(ひばちゆうま)は帰りのHRが終わった後、友人の小野寺哲(おのでらてつ)岩城拓斗(いわきたくと)と共に学食でジュースを賭けたジャンケンをしていた。

 まぁ結果は先ほどの通りで……昔からジャンケンだけは弱かったからこういう勝負には勝てないんだよな。


 「はい、俺コーラね」

 「僕はオレンジジュース」

 「へいへい……あぁ……俺の小遣いが……」

 

 なけなしの千円札を崩してジュースを買っていると横から同じくジュースを買いに来た女子生徒からポンポンと肩を叩かれる。

 

 「ありゃりゃ、随分と一人で飲むんだね悠真」


 彼女は水島咲(みずしまさき)、俺の幼馴染で小、中、高と同じ学校に同じクラスと恐らくは天文学的な確率で常に一緒にいる。

 しかもお互いの家が隣ということもあり、もはや兄妹のような関係だ。

 

 「なんだ咲か……つか、二本は俺のじゃねぇよ」

 「また負けたんでしょ?、ホント悠真はジャンケン弱いんだね」

 「ほっとけ!、咲はどうしてここに?」

 「悠真と帰ろうと思って。どうせここだろうなって来てみたの。ドンピシャだったね」

 「お~い!悠真!、早くしろよ~」


 とりあえず二人にジュースを持っていくと、咲も同じテーブルに座ってコーヒーの封を開けた。

 

 「あれ、水島さん。どうしたの?」

 「あれだろ~?悠真と帰るんだろ。くっそー!!、悠真にはこんな可愛い彼女がいるのに俺ときたら……悲しい学生生活だぜ」

 「違うよ〜。私は悠真とは幼馴染なだけだよ」

 「ま、腐れ縁みたいなもんだな」


 それを聞いた小野寺と岩城の顔がピクピクと引きつる。

 確かに咲は幼馴染のひいき目無しに見ても可愛い……そこは認める。

 だが十年余り一緒にいるとさすがに慣れるというか、もはや同世代の兄妹的な感じなのでなんとも思わない。


 「なんか腹立ちますね、悠真」

 「まったくだ!」

 「どこに腹立てたんだよ………で、今日どうするよ?、いつもみたく川で遊ぶか?」

 「いや、今日はおもしろいことしようと思ってな」

 「おもしろいこと?」


 小野寺はニヤリと笑うと気持ち小さめの声でそっと言った。


 「あの神社に度胸試しに行こうぜ」

 「………は?」


 俺の住む街、灯炎町(とうえんちょう)に昔からある都市伝説だ。

 名を《焔神社(ほむらじんじゃ)》というその神社……曰くそこは呪われており、近づいた人間は消えるか…頭がおかしくなって帰ってくるというものだった。


 無論噂は噂だ……俺は信じちゃいない。

 だがこの町の住人は、焔神社の存在は知りえど立ち入ったことはない。

 それがこの町のルールだ。


 「お、おい馬鹿!あそこには行くなって言われてるだろ!?」

 「いやしかし、興味はありますよ?……都市伝説の正体……案外クマに襲われたとかじゃないんですかね?」

 「男子ってそういうこと好きよね……あんな山の上まで行くこと自体がめんどくさいよ」

 「度胸試しも含めてな、これから行くやつを一人選抜する」

 「ど、どうやって?」


 ゴクリと生唾を飲み込んでそう聞くと、小野寺は右腕を振り上げた。


 「公平に、ジャンケンで決めよう」



 *



 後一時間もすれば陽が落ちる。

 悠真は徐々に暗くなっていく空を見上げ、ため息を一つつくと再び石階段を登り始めた。

 

 あの後見事に負けた俺は行きがけに水を買ってこんな時間に禁足地とされている山に登っている。

 無論地元民は近づかないってだけで特に侵入禁止の立て札があったりロープが張ってあったりするわけではないので入るのは簡単だ。


 「しかし、初めて来たけど……やけに険しいな……」


 今向かっている焔神社はいつ誰が建てた物なのか解らないらしい。

 俺のおじいちゃんが産まれる前からあったと言っていたから少なくとも八十年以上は前になる。


 一体なんの神を祀っているのか……見当もつかないが、神社に近づくにつれなにやら周囲が異様なものに変わっていくのは肌で感じる。


 何十年も人が立ち入っていないため手入れなんてされたないはずなのに、石階段にはそれほどの雑草は生えていない。

 極めて歩きやすい。


 更には生き物の気配がしなくなってきているのだ。

 山にいれば少なからず周囲には生き物があるはずだ……にも関わらず山道の中腹部を過ぎたあたりから周囲は静まりかえり吹き抜ける風の音しか聞こえない。


 「いよいよきな臭いな……もしかしたら噂は本当なのか?」


 社を背景にスマホで記念写真を撮って来いと言われているので行った嘘をつくのはできない。

 とにかくさっさとお参りして帰ろう。


 ────結局登り始めてから三十分ほど経過して、俺はようやく焔神社に辿り着いた。


 「ここが、焔神社……」


 階段を上り切った先には寂れた鳥居があり、その奥にかなり劣化した社が見えていた。

 社自体も老朽化が進んでいるのか朽ち果てており、半分ほどは自分の重みで潰れてしまっている。


 そりゃそうか、人が来なくなってからどれだけの月日が流れたのか……


 「……とりあえずお参りして、記念撮影しないと」


 もう夕日は西の空に向かって消えかけている。

 早くしなければ不気味な山道をスマホのライトだけで降りなければならない。


 社の前まで歩いて行き、財布から五円玉を取り出すと賽銭箱に向かって投げ入れる。

 確か……二拝二拍手一拝だったな……ついでに何かお願いしよう。


 (……このまま無事に帰れますように!)


 心の中で切実に今願っていることをお願いし、半壊した社を再度見やる。

 相変わらず何もなく、挙句入り口が壊れて中が丸見えだ。

 見える範囲には何もない……すくなくとも中の神様がいる……神前?くらいしか物が入っていない。


 この五円玉も一体何百年ぶりくらいの賽銭なんだろうな。

 

 「さて、すぐに帰ろう。おっと、記念写真を」


 いいアングルを探すために後ろを向いてある程度距離を取ろうとした時だった。



 「ほう?珍しいの……ここに人間が来るなど」



 俺の後ろから、声がした。


 ………おいまて………こんな時間に、しかも焔神社に、人なんているはずがない。

 しかも声の感じ幼い少女のようだ……尚更こんなところにいるはずがない。



 なら……今から後ろから声をかけて来たのは一体誰なんだ?



 慌てて後ろを振り返ると、そこには賽銭箱に片足を乗せた少女がニヤリと笑いながら立っていた。

 肩口まである白髪、黄色い瞳、時代錯誤なその格好………そして彼女の周りに浮かぶ火の玉。


 「ほう?ワシが見えるのか……けっこうけっこう」

 「なっ……」



 「こうして人間と話すのは何十年ぶりか………」

 「…………」


 何がおもしろいのか、少女は笑みを浮かべたまま俺の元まで歩んでいく。


 「まぁよい。そこの者、名を名乗れ」


 そして物語は冒頭へと戻る。



 *



 「……ん〜?おかしいの……聞こえとらんのか?おーい!……いやでも目線は合っとるしの、見えてはおるようじゃ」

 「……あ、あぁ……見えてるし、聞こえてる」

 「おぉぉぉ!やはりそうか!、お主は他とは違う匂いがしたんじゃ!」


 境内から出てきたのは十歳くらいの女の子だった。

 だが身体の周りにフワフワと火の玉みたいなのを浮かせてそれは彼女が喜ぶと同時にバチバチと火花が散っている。


 「おっと、人に名を尋ねる時はこちらからと言うのが常識じゃったな。すまんすまん。こほん!、ワシは厄災を退ける火を司る神、火神焔(かしんほむら)ここに祀られている神様じゃな」

 「神、様?……マジでいたのか」

 「当たり前じゃ〜。どんなものにも神が宿る。水にも、風にも……そして火にも。さぁ、お主は何者じゃ?」


 「火鉢悠真。この辺の高校に通う学生です」

 「おぉおぉ!火鉢とな!、火に関する名前ではないか!よいぞよいぞ!ワシに波長の合う人間と言うことだな!」


 俺の名前を聞いた途端、焔は嬉しそうに目を輝かせピョンピョンとその場で跳ねる。

 ………なんだ?、なんで言うかさっきまでの雰囲気どこにいった?


 「いや、そこはたまたまでは?」

 「たまたまではない。名とはその者を示す物。名前に火が付いとる者は火の神に愛される宿命なのじゃ」

 「はぁ……」


 「どうじゃ?悠真とやら……ワシからの寵愛(ちょうあい)を受けてみんか?」

 「いや、結構です」


 「そうかそうか!ならさっそく寵愛を…………へっ?」


 断られるのは予想外だったのか、焔はパチクリと目を丸ませ、固まる。


 「いやだから、結構です」


 こんな得体の知れない、それこそ本当に神かどうか怪しい奴の寵愛など……受け入れる気にはなれない。

 彼女には申し訳ないがここはきちんと断りを入れなくては。


 「……………」

 「……………」




 しばらくお互い沈黙したまま向かい合っていたが、少ししてプルプルと震え出した焔が、目から大粒の涙をこぼしながら俺に向かって突撃して来た。


 「なぁぁぁぜぇぇぇじゃぁぁぁ!!」


 「泣きながら引っ付くな!!ていうか離れろ!!、さっきからのその火の玉が熱いんだよ!」

 「なぜそのようなことを〜!!神からの寵愛など滅多に受けられるものではないのだぞッ!?」

 「いや、絵面見てみろよ!どう考えても俺がアウトじゃないか!」


 それを聞いた焔の顔に衝撃が走り、次いで顔を真っ赤にして叫び出す。


 「なんじゃ〜!!ワシの身体がお子様なのが気に食わんのか!?、ワシだってなぁ、信仰が厚かった時はそれなりのボンッキュッボンッのナイスバディだったのじゃぞ!?」

 「それもあるけど!!、いきなりそんなこと言い出して「はいわかりました」、ってら二つ返事で受け入れる奴なんてそういないよ!」


 「あぁぁぁ!!言ったぁ!!ワシが気にして病まないことを包み隠さず言ったぁ!!お子様ボディじゃと言った!!」

 「食いつく所そこかよ!!」



 *



 「ほい、落ち着いたか?とりあえずハンカチで涙と鼻水拭いとけよ」


 五分程だろうか、ようやく落ち着きを取り戻した焔に持参した水を飲ませ、ついでにハンカチも渡してやった。


 「うぅ、すまぬ。ていうかお主敬語が無くなっとるぞ」

 「最初みたいに厳格な雰囲気のままだったら敬語だったんだろうな。今じゃ威厳もクソもありゃしないよ」

 「むぅ……まぁワシも硬くなるより気軽に接してくれた方が楽じゃからな、そのままでよい」


 そう言いながら色々と汚れた顔を遠慮なしに俺のハンカチで拭き取るとそのまま俺に返す。


 「……見事にハンカチびちゃびちゃにしてくれたな」

 「神の涙と鼻水じゃぞ?ありがたく受け取って家にでも飾っておくがよい」

 「そんな汚ねぇもん家に飾れるか!」

 「汚いとは失敬じゃな………して、お主はここに何しにきたのじゃ?、ただ参拝しにきたわけではあるまい?」


 変なところで感がいいこの神様には、案外全て見透かされているのかもしれない。

 俺は一拍置くとこれまでの事情を語る。


 「……度胸試しだよ。この神社にお参りに来た奴は、居なくなるかおかしくなって帰ってくるっていう噂話があって……それで、俺が……」


 「噂の真相を確かめに来たと………なるほどの」

 「……それで出てきたのが焔って……どんな顔して帰ればいいんだよ」

 「なんじゃ、良いではないか。可愛い神様に会うたぞ、っと言うてあげればよい」


 可愛いポーズのつもりなのだろうか、ニコッと笑ってピースを作る。


 「………ていうか、結局のところ噂は本当じゃなかったってことだな」

 「そりゃそうじゃろう。ワシは古くから人を守るべくしてカグツチより創られた存在じゃ。そんなことはせん」


 「カグツチって、あの火の神様の?」

 「言うなればワシの生みの親じゃな。しかしあの偏屈ジジィは未だなお有名なのか……解せぬ」


 カグツチが親なのか……なんだかすごい世界だ……ていうか偏屈ジジイって……


 「焔よりかは威厳があるからじゃないか?」

 「なんじゃその言い草は!?ワシにまるで威厳など無いかのような物言いではないか!」

 「自分のさっきまでの行動思い返してみろよ」

 「むぅ………」


 下らないやり取りをしていると本当に陽が落ちそうになって来た。

 こりゃまずい……真っ暗になると帰るのに苦労してしまう。


 「さてと、用も済んだし…帰る」


 そう言うと焔が『信じられない!』と言わんばかりの顔になった。

 

 「なっ!?早過ぎはしないか!?」

 「やることやったんだから当然だろ?もうすぐ暗くなるし」

 「もう少しおってくれ!頼む!ワシの姿を見て、声を聞ける人間など本当にごく一握りしかおらんのじゃ!」

 「て言われても……」


 「話し相手になってくれ!!参拝客が来なくなって早三十年、ずっと独りじゃったのじゃ!!」

 「確かにそいつは可哀想だけどさ、俺にだって予定はあるし帰る場所もあるんだよ」


 「……なら、たまにでよい。ここへ来て話し相手になってくれんか?、いくら神と言えど何十年も孤独で平気なほど強くはないのじゃ」


 焔は少し寂しそうに笑うと、絞り出すようにそう言った。

 それは彼女が求めてやまない事だと言うのはすぐに解る。


 「あー、まぁ……それくらいなら……」

 「いよっし!ようやく話し相手ができたぞ〜!」


 「神様ってのも大変なんだな。ていうか、さっき言ってた寵愛って……具体的に何するつもりだったんだ?」

 「お?やはり気になるか?そうじゃろう、そうじゃろう!神の寵愛はあらゆる人間が求めてやまないものであるからのぉ〜」


 先ほどのしおらしさはどこかへ置いて来たのか、また自信満々の顔に戻りぺったんこな胸を張る。


 「いや、なんか長引きそうだからまた来た時で良いや」

 「なぜ聞いておいてその扱い!?生殺しではないかぁ〜!(泣)」


 「あぁもう!いちいち泣くな!、解ったから!次絶対聞くから!、俺は帰るからな!」

 「あ、次来る時お供物として菓子を持ってきてくれ」

 「神のくせにやけにガメツイな」

 「三十年前に比べて菓子がどこまで進化しているのか気になっていたのじゃ〜」

 「はいはい」


 いかん、無駄話が過ぎた……本当に急がないと陽が暮れてしまう。

 と、悠真が鳥居をくぐり外の階段に一歩踏み出した瞬間だった。





 「グォォオオオオオオッ!!!」



 地の底から響くような雄叫びが神社内に響き渡った。

 ビリビリと空気が震え、階段の下から襲ってくる凄まじい圧力に思わず吐き気を催した。


 「うっ………なん、だ…?」

 「まずいの……悠真!、戻ってこい!」

 「戻れって…」

 「そこに居ては喰われるぞ!」

 「喰われる!?」


 慌てて焔の元まで引き返した瞬間、鳥居をぶち壊しながら身の丈の数倍はあろうかという巨大な怪物が飛び込んできた。

 黒い身体をブルリと震わせたそれは、赤黒い眼をこちらに向けて低く唸り声を上げる。


 「なんだこりゃ!?」

 「《(あやかし)》じゃの。ここまで成長しとるのは初めて見る」

 「妖?、なんだよそりゃ……」


 「ワシら神の成れの果て、長年信仰を失った神の自我が崩壊し、あのような姿になったのじゃ」

 「てことは、あれも元神様…なのか?」


 「そうじゃ。あれは人の生気を喰らって生きとる。お主のことを狙っとるんじゃ」

 「俺かよ!?……って、もしかして人が消えるとかおかしくなるとかって噂の元凶って────」

 「うむ。十中八九こやつが原因じゃろう」


 なんてこった……こんな怪物が都市伝説の正体だったなんて。


 「アァァァアアアアアッ!!」


 妖が太い雄叫びを上げると真っ直ぐにこちらに突っ込んできた。

 音を置き去りにするかのような速さだ……やばい、死ぬ!!


 「くっ!、《四象炎壁(ししょうえんへき)》!!」


 焔がそう叫び、手を振り上げると目の前の地面から炎が噴き出しまるで壁のように妖の進行を食い止めた。


 「うおっ!?、炎の壁!?」

 「……ふぅ。これで少しは持つじゃろう」


 「……これどうすんだよ!?神様って言うくらいならどうにかできるのか?」

 「怪物に堕ちたとは言え神は神。それなりの力は持っておる。正直ワシの力だけではどうにもならん」


 「はっ!?マジで!?」

 「神の力は信仰心じゃ!今のワシの信仰じゃとてもじゃないが敵うまい」

 「ど、どうすんだよ。このままじゃ二人とも仲良く喰われるぞ?」


 妖は壁を壊そうと何度もぶつかって来ている………見た感じあと少ししか持たなさそうだ。

 それが証拠に端の方から壁がボロボロと消え始めている……もう一刻の猶予もない。


 ………こんなところで終わりなのか?、俺の人生は……こんなわけのわかねぇ怪物に喰われて終わっちまうのか?




 「………一つだけある。こやつを倒す方法は」


 少しの間沈黙を守っていた焔は絞り出したかのようにそう言った。


 「本当かっ!?」

 「……ただ悠真をも巻き込む事になる。今なら悠真だけを逃す事ならできよう」

 「それって……焔は、どうなるんだよ?」


 「……まぁ!その辺りは気にせんでよい!、ワシも神の端くれ……そう簡単には死なん!」


 笑顔でそう言う彼女だが、人間だって…神様だって、死ぬのは怖いはずだ。

 俺なら怖い……怖くて自分が今すぐ逃げ出したい。

 今の焔の提案を聞いて、自分の中でそうしたいという思いが少なからず湧いた。


 ………けど、本当にそれでいいのか?

 神様とはいえ、ムカつくとはいえ……女の子一人ほっぽり出してここから逃げるなんて。


 ────けど、やっぱり仕方ないんじゃ……



 「もう一度壁を張る。主はその隙に────」


 「………いや、やる」



 いいわけがない!、……俺を逃すために誰かが……焔が犠牲になるなんて……そんなの許せない!


 「悠真?」


 「やるって言ってんだよ!、そのたった一つの方法ってのを!」



 「……よいのか?、この方法を取れば最後……お主は人間ではなくなるのだぞ?」

 「こんな怪物に喰われるより百倍マシだ!、やるぞ!」

 「………わかった。では、《血の契約》をする」

 「血の契約?」

 「詳しい説明は後じゃ!、とにかく、少し血を貰うぞ!」

 焔は悠真の指を切ると、そこから滴る血を少しばかり飲み込んだ。

 その瞬間に焔の目が赤く染まる。


 「お、おい……それ」

 「……なるほどの。お主にワシの姿が見える訳が解った」

 「なんだって!?」

 「その説明も後でする。とにかく次は、悠真がワシの血を飲め」

 「飲めって…」

 「時間がない!早くしろ!」

 「あぁもう!どうにでもなりやがれ!」


 俺が焔の指から滴る血を飲み込んだ瞬間、身体の内側がまるで燃えるように熱くなった。

 だが不思議と熱くないのだ。熱いはずなのに、熱くない。


 「我、火神焔は…火鉢悠真と血の契約を交わした。汝の魂朽ちるその時まで、お前はワシの物だ」

 「焔?……っておい!、もう壁がっ!」


 崩れかかっていた壁がいよいよ風前の灯のように消えかかり、隙間から鋭い眼光をした妖が入り込もうと頭をねじ込ませてきた。


 「グォォオオオオオオ!!!!」



 「憑依するぞ!悠真!」


 両手を合わせ、そう叫ぶと焔の身体が光に覆われる。


 「憑依!?いきなり何言い出すんだ!」

 「身体を貸せ!それでいい!」

 「……あぁぁぁあ!解った!、好きに使え!」


 そう言った途端、俺の身体も光に包まれ次いで足元からチリチリと炎が湧き上がってきた。


 「ハァァァァァァァアアアアアッ!!」


 悠真の身体が炎に包まれるのと、妖が壁を破るのは同時だった。

 その瞬間悠真の身体を中心に巨大な火柱が上がり、妖を吹き飛ばした。

 


 「……さぁ、やるぞ」



 「グギャァァァァァァ!!」



 (……な、なにが起こったんだ?ていうか俺の身体……)


 「クックックッ……アーハッハッハッハッ!!、よい!、よいぞ!……久しぶりの生の肉の感覚じゃ!」


 火柱の中から出てきたのは、羽織を着た妖艶の美女だった。


 悠真の身体が女性特有の丸みを帯びたものになり、短かった黒髪も腰まで届く流れるような赤みがかった金髪に変わっている。

 瞳も炎のように赤く染まっており、その姿はまるで焔を成長させたかのようだ。

 

 (お、おい!俺の身体に何してくれたんだ!?)

 「そう心の中で騒ぐでない。言ったはずじゃ、お主の身体を借りると………この姿こそ、ワシの本当の姿じゃ」

 「……こ、これが……」


 すげぇ……あんまり実感なかったけど……焔ってやっぱかなり凄い神様なんだ。


 「どうじゃ?出るとこは出て締まるとこは締まっとる!、お主好みであろう?」


 前言撤回……やっぱりコイツはダメな神だ。


 (た、確かに……って!、今そんな事言ってる場合じゃねーだろ!)

 「案ずるな。全盛期ほどではないが、それなりの力を取り戻したワシなら、こやつなど造作でもない」

 (お、おう……なら頼むぜ)


 「任されよ。さぁ、来るがよい!獣物に堕ちし神よ!、ワシが文字通り消し済みにしてしんぜよう!」


 焔がそう叫んだ途端、妖も唸りを上げて次々と攻撃を仕掛けてくる。

 鉤爪、噛みつき、どれも原始的な攻撃だがそのどれもが喰らえば確実に魂さえも引き剥がされる威力を秘めているのは間違いない。


 「グガァァァアアアアッ!!」

 「ほらほらどうした?、止まって見えるぞ?────そこじゃ!」


 しかし焔はといえば、まるで風のようにスイスイと妖の攻撃を交わし隙あらば反撃を加える。

 炎を腕に纏い、腹を殴りつけてやれば妖はきりもみしながら森の中へとぶっ飛ぶ。


 「ギャァァアッ!!」


 (すげぇ……火を操ってる……)


 「時間を掛けるのはあまり好かん。ここいらで幕引きとしようぞ」


 焔はパンッと両手を打ち合わせるとその間に小さな炎を生み出した。


 

 「天に降りし火よ。カグツチが生み出した者、焔が命じる。我、厄災を払う火を持って、我に仇なす者を焼失せん!」


 焔が一言一句噛み締めるようにそう唱えると指先ほどの大きさだった炎が頭上でみるみる大きくなり、ついには妖をも飲み込まんとするほど大きな火球となった。


 (な、なんだあれ……炎が……まるで隕石みたいに……)




 「神の炎を知るがよい………《紅蓮焔》!!」

 

 次の瞬間、頭上に控えていた巨大な火の玉は妖目掛けて猛スピードでぶつかった。

 その途端に火の玉は妖を飲み込み、そのまま空高くへと飛翔する。

 

 「永遠に眠れ、我が同志よ」



 そう言った瞬間に、火の玉は上空で大爆発した。



 *



 妖が爆発四散したのを見届けると、焔の周りを漂っていた火の玉は次々と消滅した。

 それと同時に焔の身体も淡く発光していく。


 「ふぅ……どうにかなったの」

 (焔って……マジで神様だったんだな)


 「なんじゃ、まだ信じておらんかったのか?」

 (いや、今ので信じたよ。ていうかそろそろ元に戻ってくれないか?)

 「そうじゃの。そろそろ力も無くなる頃じゃ」

 

 焔がそう言うと彼女の身体が強く発光し、再び二人に別れた。

 元に戻ると焔は再び小さくなっており「よしっ!」と胸を張る。


 「よしっ!どうにかなったの!」

 「俺の身体!……ふぅ、一時はどうなることかと……よかった……生きてる」


 「うむうむ!生きると言うのは素晴らしいことじゃからの!さ、これからもよろしく頼むの!悠真!」


 ………今なんつったこいつ?


 「……これから?」

 「一度血の契約を交わせば、お主が死ぬまでワシはお主と共にあり続ける。つまりは一心同体、運命共同体とも言うの」


 「……へっ?」



 「さぁさぁ!これから二人でこの神社の!、引いてはワシの信仰心を取り戻そうではないか!」


 ハーッハッハと高らかに笑う焔を横目で見ながら、俺は膝をつき久々に腹の底から全力で叫ぶ。


 「なんだそりゃぁぁぁぁぁぁああ!!」






 「あ、お腹すいた。ほれ悠真、菓子を買って参れ」


 こんなわけのわからない神様と一心同体となったこれからの日々は、どうなっていくのか。

 先を想像するだけで胃がキリキリとしてくる。


 ただ一つ言えるのは、少なくともこれから平穏な生活は送れなさそうだと言うことだけだった。



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