昼は修練
修練:精神・技芸などを磨き鍛えること。
朝の訓練が終われば、次は公爵令嬢としての修練がキィラを待ち構えている。
屋敷に戻ったキィラは打ち身や切り傷を自己流の治癒魔術で手当てした。そして朝食を一人で済ませた後はメイドに任せて身支度を整える。キィラの本日の装いは癖のある銀色の髪をきっちりとハーフアップに結い上げ、飾り気のないシンプルで古典的な長袖の黒一色のドレスを着て家庭教師であるショーサ夫人を出迎えた。
癖一つない絹のような黒髪を丁寧に編み込み毛先は緩やかに巻いた髪型に上品なレースで素肌を隠した黒いドレスの貴婦人が車から降りる。ヘッドドレスで顔が見えなくても洗練された所作ゆえに立ち姿でさえ絵になるほどに美しい女性がキィラのマナーと教養の家庭教師だ。
「ごきげんようキィラ。お出迎えありがとう」
「ごきげんようセイーゼ先生」
マダム・ショーサことセイーゼ・ショーサ公爵夫人は"社交界の女帝"と呼ばれている。他国の王族の血が流れている為そのような渾名がつけられたが、その名に恥じぬ絶世の美女だ。
年齢はキィラの母よりも上だが完璧なボディラインと美しい顔は老若男女を問わず見惚れるほどに美しく、宝石のように輝く漆黒の瞳に見つめられれば魔物をも魅入ると噂されている。
「あらぁ」
「どうかされましたか?」
「ねぇキィラ。貴女、前も同じ服を着てたわよね?」
「はい。今は喪に服しておりますので」
「それは承知してるけど私が前に言ったことを覚えてるかしら」
セイーゼが首を傾げる。口元は微笑んでいるが不穏な雰囲気を漂わせていた。キィラは先月の授業を思い返して自身のワンピースを隠すように腕を組む。
「今日は私と課外授業をするわよ」
キィラの思考が停止し無意識に口をぽかんとあける。出会って一年でセイーゼの顔を見慣れてはきたが蕩けるような極上の笑みを浮かべられたら思わず固まってしまい、その隙をつかれてセイーゼがキィラの腕を引っ張り再び車に乗り込んだ。
***
シーニャス王国では黒一色の服装は喪に服している証である。ただしデザインや服の素材には規定が無い。セイーゼに連れられた上流階級御用達の店で着せ替え人形となっていたキィラは、ふと着ている服に違和感を覚えた。
「……布の肌触りが違うわ」
「あら。良く気づいたわね。東国の特産品で最近ようやく交渉できたのよね。まだ社交界には出回っていないから流行を先取りよ!」
「先生がご多忙だったのはコレの為でしたか」
「そうよ。私は社交界の華! そして王国の広告塔ですもの。着るもの全てが誰かに見られているわ。だから服は鎧。表情は剣。女には女の戦い方があるのよ」
「女の戦い方……」
「貴女が求める強さも必要だけれど、私と同じく王国を背負うのであれば肝に銘じておきなさい。人は見た目で勝負が決まるのよ」
表情を消したセイーゼをキィラは初めて見る。いつも感情豊かで表情がくるくると変わるセイーゼは真顔になると人間味のない整い過ぎた美しい顔だった。
真っ直ぐにキィラへと言葉を向けられた時、背筋が震える。それは歴戦の騎士にも劣らない強さを秘めており、恐ろしほどに美しいセイーゼの言葉はまるで女神の啓示のようだ。
(これがシーニャス王国の外務卿の娘であり、未亡人でありながら爵位を認められた"女帝"ですのね……)
力ではキィラが勝つだろう。一対一の戦闘であれば同性の年上であるセイーゼを殺すことは容易い。
(セイーゼ先生の言葉にどれほどの影響力があるのかしら。きっと心酔した人は多いのでしょうね)
キィラよりも非力であるがセイーゼに今の自分では到底勝てる気がしないことを本能的に悟った。一対一ではなく数の知れない人物、ひいては国を動かせる力を持つ"女"の存在。
(彼女が私の"先生"でいてくださって良かったわ)
いつものように社交的な笑みに戻って次々とキィラの服を購入するセイーゼを遠目に、キィラは鏡に映った野暮ったい自分の姿を見て必要な服を揃えるべく積極的に行動を開始した。