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必殺の悪役令嬢 キィラ・ゼッコローの生存戦略【連載版】   作者: 小川幸子
【第一章】生き残った令嬢
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朝は訓練

訓練:習熟させるため、実際にその事をさせて鍛えること。


 七時をしらせる鐘が鳴り新緑が眩しい山の中で春一番の風が強く吹いている。鐘の音を合図に潜めていた息をようやく吐きだしたキィラは木の上から降りて山頂へと向かった。


 自然に見える不自然な山でキィラはノーキンスと共に早朝から訓練を行っている。家族を亡くしてから一年ほどが経過し八歳になったキィラが"ディエアス"を襲名してから半年ほど続けている日課だ。

 あの時の長い夢から目覚めれば身辺状況が大きく変化しておりキィラは多忙な日々を送っている。


「本日の早朝訓練は以上です。逃げる時間が随分と伸びましたよ。頑張りましたねキィラ」

「……ありがとうございます」


 キィラはノーキンスへ淑女しゅくじょらしく礼を取る。汗だくで息もえ々《だ》えのキィラとは違い汗はかいても息ひとつ乱していない涼しい顔したノーキンスは、王宮に向かうため目にも留まらぬ速さで山頂を駆け下り屋敷へ先に戻った。

 ノーキンスの姿が見えなくなるまで見届けた後、キィラは膝から崩れ落ちる。喉元まで迫り上がったナニかは乙女の気合で飲み込んだ。


「うぁ゛ぁぁぁっ…………」


 キィラの運動着トレーニングウェアは春先の肌寒い季節だが大量の汗により所々が変色している。さらには新たに出来た切り傷や痛々しい打撲痕が目立っていた。


 日の出からノーキンスが出勤するまでの三時間。ライヴァール公爵家の敷地内である山で毎朝行われるノーキンスと死ぬ気で追いかけっこがようやく終了した。


(今朝も、どうにか生き延びられましたわ……)


 王国最強と名高い死神将軍と一対一の追いかけっこ。飛び道具は無しだがノーキンスは模擬刀もぎとうを持ち容赦なく峰打みねうちを狙ってくる。さらには敷地内の山に侵入者対策として数々の罠が張り巡らされているのだ。


 もちろん追いかけっこの敵は野生動物や魔物も含まれている。今のところ、ノーキンスが近くにいるので近寄らずに警戒だけで済んでいるが今後は一人で倒すこともキィラは視野に入れている。


 それゆえにキィラの生傷なまきずは絶えることなく増えていき、いつのまにか火事で負ったいくつもの小さな火傷よりも多くなっていた。しかし、ノーキンスに手加減されているとはいえ逃げ切れるようになってきた事にキィラは喜ぶ。傷だらけの手足を見て、ふと兄妹で父から受けていた稽古を思い出した。


(あの頃もわたくしだけ満身創痍でしたわね。兄様のような才能は無いわたくしは……)


 逃げるので精一杯の現状に溜息が出る。歳の離れた兄であるアーサーシィンは歴代の中で最も期待されていた嫡子であった。年若いながらも達観した考え方と卓越した魔術の腕前を持つ兄をキィラは尊敬すると同時に比較される事を自嘲した。


(それでも、生き残ってしまったのはわたくしだけ)


 キィラは見栄っ張りだ。そして年相応な感情を理性で押し殺してしまうほどに早熟でもある。特殊な家柄も関係しているが、天才肌だった父と兄の背中を見て育ち、努力家だった母の影響を受けたせいで感覚が大いにズレていた。


わたくしが殺されないように警備を固め優秀な護衛をつけてくれた叔父様でしたが、やはり重要なのはわたくし力量りきりょう。強くならないと生き残れない世界ジエラで、シーニャス王国を守らなくてはいけないなら、立ち止まっている暇などありませんわ)


 ノーキンスがキィラに訓練を課す理由は死なせない為だ。歴代でも暗殺者としての技術が高くノーキンスが一度も勝てたことのない(正攻法を除く)キルフォードと王宮魔術師を務めていたヴァルキュアを殺した相手をノーキンスは凄腕の手練れだと確信していた。


 その為、病み上がりにも関わらずゼッコロー家が嫡子に行う特有の鍛錬をひそかに行ったキィラを一旦は叱ったが、淡い黄金の瞳に熱意を燃やし強さを求めるキィラにノーキンスが折れた。そして、多忙な身分にも関わらずノーキンスは率先してキィラを鍛えている。


(少し休憩したら屋敷に戻って身支度を整えなければ。今日は礼儀作法に厳しいショーサ夫人がいらっしゃるから、普段よりも品の良い服を着て、髪を整えたらマナーの教本を見返して――)


 キィラはまばらに咲いた花の上に寝転び空を見上げながら小鳥のさえずりに耳を傾けた。平和な朝は太陽の光が眩しくてキィラは思わず顔を背ける。


(西の方角に二羽、南西に一羽……あぁ。空が青くて、わたくしには眩しすぎますわ)


 キィラの内心ないしんは焦りと不安、そして自身への自虐で溢れかえっていた。


(未来のキィラは、もっと強かったというのに今のわたくしはなんて不甲斐ないことかしら。今代のディエアスが頼りないと女王陛下に思われても仕方ないわ)


 事実、暗殺などの任務は乳母であるメノットに任せてはいるが"ディエアス"の不在に気づいた者が現れ始めていた。


(城下の様子は目立って変わりはありませんが治安は悪くなっていると叔父様は嘆いていらしたわ。抑止力として早く実力を示さなければならないのでは? ……いえ、焦りは禁物ですわよね。基礎の動きをしっかりと学ばないといけませんわ。今のキィラは弱すぎますもの)


 目を閉じて自問自答を繰り返し煮詰まったら前世の知識を探る。その中でキィラは女王候補として君臨していた。その強さには一切の隙がない。なのに所々で選択を間違えているような気がするのは己が未熟なせいだろうか。


 前世のわたしが気にしていなかった些細な場面においてせわしなく暗躍さている自分キィラを見つけてしまった時には大いに悩んだが、考えていても仕方ないと一年前に見た悪夢から起きてすぐの頃は色々と無茶をしてしまったのだ。


称号ディエアスを継いで半年。わたくしの立場は変わりましたが役目は変わりませんわ)


  目が覚めてすぐに唯一の身内であるノーキンスに養女としてキィラはライヴァール公爵家へ迎えられた。立場の変化したキィラは進んで淑女教育を受けた。そして年頃の少女らしい感性よりも育ったのは知識という武器と筋肉という鎧――



(求めるものは強さのみ。全ては王国の為に!!) 


 キィラ・ゼッコロー伯爵令嬢からキィラ・ライヴァール公爵令嬢へとなってから、負けん気が強くて責任感の強い性格が災いし、気づかぬうちに無理を重ねていることを黄色い小鳥だけが見ていた。



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