ディエアスの名を継ぐ
初代''ディエアス''と名乗った人物にキィラは平伏した。薄々は感づいていたが自ら名乗った相手に対し失礼な事はできない。失敗は死と同じだ。
「楽にしろキィラ。別に殺しはしない」
「……はい」
キィラは恐る恐る顔をあげた。改めてレクスを見ると雰囲気がガラリと変わっていた事に驚く。先ほどまでは品定めするようでキィラに緊張感を与えていたが今は柔らかな印象を受ける。
「さて、定説通りに話を進めたいところだがキィラは我がゼッコローの役目を知っているか?」
「はい」
「キルフォードから話を聞いたか」
「いえ、私の推測です」
全員の目がキィラに向けられた後、キルフォードへ向けられた。
「娘の言う通りですよ。ゼッコローに生まれた者としての教育はしてきましたが、次代は娘ではなく息子が継ぐ予定だったのでね」
「なら次代を継ぐ資格は足りねぇんじゃないか」
「でも、推測とは言え理解しているんですよね? この場に相応しいと私は思います!」
「首飾りは反応したのだ。見極めも必要であろう」
「本人の口から言わせればいいじゃないですか。我々の存在も我が公爵家の秘匿された家業も」
「それよりも、私が死んでどれくらい経ったのかが気になりますね」
「此方は時間の流れが曖昧だからな。仕方あるまい」
「キルフォードから空白があったにしろ反応したってことは要請があったんだろ」
「あの、すごーく嫌な予感がするのですが。声質とか若い印象を受けますし、影が小さすぎませんか?」
「……キィラは幾つになるのだ」
「先日、七つになりました」
「「「「…………」」」」
沈黙が流れた。
「私が死んでから月日が全く経ってないじゃないか。むしろ死んですぐに勅命がくだされたのかい!? もしや陛下は私が死んだことを疑っているのでは……」
「そんなことよりも!……いくらなんでも七歳で継ぐなんて早すぎる気がします。幼い子孫に我が国を背負わせるなんて酷過ぎですよ」
「さっきと言ってることが逆じゃねぇか」
「うるさいです! まさか此処に来るのが少女だなんて思うわけないじゃないですか!?」
「息子はどうしたのだキルフォード?」
「生死不明です。生きていてくれるといいですが、我々の身に何かあった場合に備えていた手紙はキィラに届いたとしか今は把握してませんよ……まぁ、まさか届いた直後で首飾りに選ばれたのは誤算ですがね」
「選ばれんのは力量次第だ。年齢は関係ねぇ」
「推測してる頭があるのです。覚悟はあるんでしょう」
「私たちの時とは次代が違うんですよ!?」
「ややこしい時世なのは確かだが、他に手はあるまい」
「……ご命令があれば僕が何とかしますよ」
「それには及びません。娘を人形にするつもりはありませんよ」
キィラは不穏な単語にドキリとした。背中に感じる冷たい視線に身じろく。それでも、目の前のレクスを見続ければ静かな声でキィラに問いかけた。
「では、キィラ自身に聞こう。我がゼッコロー家の役目はなんだ」
「……暗殺だと心得ております」
「ほぅ。それだけか」
「"王国の為に生き、王国の為に殺す"。それが我が家に課された勅命です」
「それで? 勅命の本質は理解してないのか」
キィラは息を飲み込む。混ざり合う前のキィラは父から少し変わった英才教育を受けていただけで、ゼッコロー家の家訓は知っていても理解はしていなかった。
幼い頃から当たり前の日課をこなすのに精一杯であり考えつかなかった我が家の意義。全ての記憶を思い返し“ディエアス”が出てきた場面をつなぎ合わせる。
(本質と初代様が言うのですから何かが足りないのですわ。考えなさいキィラ! シーニャス王国に求められる暗殺の役割を!!)
貴族でありながら暗殺をする役割。そして初代の見た目から推測する生い立ちを考えたキィラは一つの仮定が浮かんだ。
「……そして、シーニャス王国内の反女王派や法が裁けぬ貴族や犯罪者を取り締まる。我々は王家の影武者であり王国の裏から国を支えていくのではないでしょうか?」
「キィラはレクス・ゼッコローの正体がわかっているのか」
「私は、初代さまがシーニャス王国の初代女王レジーナ様にとても近い血縁関係があるのではと考えております」
キィラには確信があった。前世の記憶から得た知識に散りばめられていた伏線を回収した結果かなり可能性が高いと思っている。
「ゼッコロー家が受け継ぐ"ディエアス"の称号は王国の“死“を象徴する。王族はその上で“再生“を創る……」
「では、死をなんと心得る」
「死と再生は一つの流れです。お父様や初代様のなされていた役目は“終わらせる“ことではないでしょうか?」
具体的にナニを“終わらせる“のかキィラは漠然と理解した。口で考えを出していくうちに辿り着いたキィラなりの答えを得た時、泡沫の夢で見た未来の“キィラ“がしていた行動に納得がいってしまう。
(私はキィラ・ゼッコローですもの)
怯えは無くなっていた。確固たる決意を胸に灯したキィラを見つめるレクスは不敵な笑みを浮かべ高らかに名乗りあげる。
「我が名はレクス・シーニャス。初代女王レジーナの双子の弟であり、その影である」
「……ぇ」
「“ディエアス“の名を継ぐに相応しい我が子孫よ。お前にその覚悟はあるか」
膝を折り頭を下げたくなる気高さをレクスが放つ。キィラは震えた。それは恐怖や怯えからくるものではない。これは、武者震いだ。
「はい。キルフォードが娘、キィラ・ゼッコローの名に誓い謹んで“ディエアス“を拝命いたしましょう」
キィラは目の前の“ディエアス“とよく似た不敵な微笑みを浮かべる。真っ直ぐとレクスを見つめるキィラの瞳に迷いは無かった。