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翌日。セレンは長い長い待ち時間を城壁の前ですごしていた。


(昼ごろ来てから、もうだいぶたったぞ・・・)


 山の中腹にあるこの城前からは、イベリスの城下町が見渡せた。日は傾きかけ、そろそろ街も夕日に染まるだろう。

 そろそろ兵士も交代の時間のはずだ。セレンは胸の中で算段した。


(交代のスキをついて、少しだけでも抜け出せないかな・・・)


 代わりの兵士はまだだろうか。セレンが城を見上げると、塔と塔の間にかかる渡り廊下を、見知った顔が歩いているのが見えた。


(あれは・・・シザリア!おーい!!こっちを、見て!気がついて!!!)


  セレンはありったけの目力をこめて彼女を見つめた。すると念が通じたのか、シザリアがこちらを見た。


(・・・セレン!!!)


 シザリアは一瞬驚いた顔をしたが、セレンの必死な顔を見て軽くうなずいた。ほどなくして、城門のわきの小さな木戸からシザリアが出てきた。


「まぁ、セレンっ・・・!あなた、生きて・・・!!!」


 シザリアは持っていた籠を取り落とし、セレンの元へ走りよった。


「おい待て、その女は・・・!」


 兵士があわてて止めたが、シザリアはきかなかった。


「かわいそうに、こんなに痩せて!后様も心配なさっているわ、さあ行きましょう」


「やめろ!」


 兵士はセレンとシザリアを引き離した。


「この女はウツギの罪人だ、見張るようにと命を受けている!」


 シザリアは憤慨してみせた


「まああ、この人が罪人なものですか。私達と同じ、トリトニア出身ですよ」


「とにかく、ならん。見張れとの命なのだ」


「・・・見張るのが、あなたの仕事なの?」


「そうだ」


 シザリアは兵士から取り戻すようにセレンの手をぐいとひっぱった。


「ならあなたもミリア様の所へ来るといいわ。見張るのが仕事なら、場所なんてどこでもいいでしょう?」


「罪人に城の中を見せるわけには、いかない!」


「それならセレンには目をつぶっていてもらうわ」


 シザリアは兵士をすり抜けて木戸へと向かった。


「こら、いい加減にしないとーーー!」


「あなた方、恥ずかしくないの?!罪もない弱い女をよってたかって!それに私は、后様から命令されているのだからね!后様に逆らう気!?」


 兵士はぐっとつまった。シザリアはその迷いを見過ごさなかった。


「大丈夫、少し話して、すぐ戻るわ。あなたの見ている前なら問題ないでしょう?それに、今日の会議は商談が長引いているそうだから、すぐには終わらないわ。さあ」

 

 シザリアの機転によって、セレンはやっとミリア姫を再会できた。


「ミリア様・・・!ご心配をおかけしました」


「セレン、よかった・・・・」


 セレンの無事な姿を認めたミリア姫は、声を震わせた。


「さあ、あなたもどうぞ。見張るのでしょう?」


 戸口に立っていた兵士に、シザリアは声をかけた。


 が、彼は二の足を踏んでいた。普段后のいる部屋は男子禁制だ。おそれ多くも王のいない時間に、男が后の部屋に踏み込むのには勇気がいるのだろう。


「いいのよ、さあ」


 シザリアが手招きしたが、彼は一歩退いた。


「いえ・・・扉の前で、待ちます。くれぐれも、早めに済ましてください」


「あらそう。悪いわね」


 そういってシザリアはドアを閉め、にっこりとセレンに向かって笑った。


(計画どおりですわ)


 と、その目が言っていた。


 シザリアとミリア姫にはさまれて、セレンはイベリスに来てはじめて人心地ついた気持ちになった。


「セレン、痩せましたわね・・・。まって、今食べ物でも持ってまいりますわ」


シザリアが去り、セレンはミリアネスに例の事を話した。


「ミリアさま、アサギリには、もうあったのですか」


 セレンは小声で言った。万が一にでも外の兵士に聞かれたら困る。


「ええそうよ。本人じゃなくて、人を介してだけど」


「彼の申し出は断ったそうですね」


「そうなの。あんまり斬新な条件だったからね・・・」


 セレンはアジサイと会ったことを手短に話した。


「――なのでウツギの長の意見は、あくまでも自力で自立をしたい、こちらの援助はその条件しだいだと」


「アサギリと違って、彼女は理想主義者なのね。・・・ウツギ内でも意見が割れているのは少し厄介ね。どちらかにつくと、片方を敵にまわしかねないわ。さて、どう交渉していこうかしら」


 そこへシザリアが盆を手に入ってきた。


「さ、后様もセレンも、どうぞ」


 銀の盆には湯気の立つ温かいお茶と、キツネ色の焼き菓子がのっていた。昨日からこっち、まともに食べていなかったのでセレンはありがたくお茶のカップを取った。


「ありがとう、いただきます・・・」


  カップに口をつけた瞬間、甘い香りがして、セレンははたと飲むのをやめた。


(この甘い香り・・・アジサイの洞窟で焚いてあったあの香に、似ている。でもそれよりももっと深くて、くどいような・・・)


 その香りはからみついてはなれない、むせ返るような花の園を連想させた。口元に近づけると頭痛がするほど強い香りだ。なにかおかしい。セレンはとっさにカップを置いてミリアネスを止めた。


「ミリア様、このお茶・・・・」


 しかし、姫はそれを飲んでしまったあとだった。


「あらどうしたの、セレン」


 ミリアネスは平気な顔だ。


(なんだ、私の早とちりか・・・)


ところが次の瞬間、ぽとりとカップを取り落とし、彼女はソファの上に倒れた。セレンはその瞬間、恐怖に身体が凍った。


(ミリア様・・・・・・!!)


「后様っ・・・・!」


 慌ててシザリアがその身体をささえた。


「ど、どうして・・・!?まさかお茶に・・・!?わ、わたくし・・・セ、セレンっ!」


 蒼白なシザリアに名を呼ばれ、セレンははっと我に返った。


(し、しっかりしなくては、しなくては・・・ミリア様が・・・!)


 激しく動悸する胸をおさえつけ、セレンは立ち上がった。


「すぐ医師を呼びましょう」


 だがミリア姫は切れ切れの声で止めた。


「だ、だめよ・・・セレン・・・こんな事が外に・・・もれたら、大変だわ・・・」


 セレンはすばやく考えをめぐらせた。確かに姫に毒が盛られたと広まれば、イベリス内に動揺

が広がる。下手をすれば外交問題にまで発展しかねない。


「まだきたばかりの今は、かき回したくないのよ・・・・だいじょうぶ・・・・少ししか飲んでいないわ・・・・死ぬことは、ないはず。お水を・・・」


 シザリアが慌てて水の杯を差し出した。


 こんな時でも冷徹にそう判断を下すミリア姫に、セレンは感服した。


 だが何も手を打たないことは、できない。


「わかりました・・・シザリア、さっきのお茶の出がらしの葉、残ってる?包んでほしい。もしかしたら解毒薬があるかもしれないから、探してくる」


 シザリアは急いでお茶の残りを持ってきた。


「解毒薬って・・・セレン、心当たりがあるの?」


 おそらくアジサイに聞けば、なんらかの手がかりがつかめるかもしれない。すがるように思いながら、セレンは部屋の窓を開けた。ミリア姫の部屋は、城の3階の左翼に位置していた。窓枠を伝って行けば、なんとか地上まで降りれそうだ。


「ええ、確実ではないけど・・・少し時間がかかるかもしれない。しのげる?」


 シザリアがうなずいた。


「ええ、待ってるわ」


 城の裏手に下りることに成功したセレンは、裏庭を抜けて城壁を越えた。その向こうの崖を上ってゆくと、また深い森が広がっている。つい2日前に通ったので道はわかる。


(ミリア様を失ったら、失ったら・・・!)

 そう考えるだけで、胸の中がかき回されて吐きそうになった。一秒も耐えられないほどの焦燥

感がセレンを襲った。それに突き動かされ、セレンは一度も立ち止まらず必死にウツギの村まで走った。


 幸い日が落ちかけてあたりも暗くなってきたので、誰にも見咎められず村の柵の前までたどり着くことができた。まだ胸は落ち着かない。


 今回は案内役はいない。なので出た所勝負だ。だがセレンは夢中で柵をよじのぼった。


 息を潜めながら村へ入り込んだセレンだったが、周りを見渡して首をかしげた。 夕刻だというのに、粗末な家々は人の気配がせず、あかりひとつともっていない。


(妙だな・・・)


 が、村のつきあたりに近づくとその答えはすぐわかった。



「おら、出せっ!隠していたら、承知しねえぞ!」


 洞窟と、そのそばの工房らしき建物の入り口にイベリスの兵士が立っていて、出てくるウツギの人々をくまなく調べている。


「終わりだ、いってよし!」


 ウツギの人々は、男も女も子どもも、皆つかれきってみすぼらしく、灰色に汚れていた。


(そうか、今がちょうど、採掘の労働が終わる時間なのか)

 

アジサイに会うためにはあの岩場まで登らなくてはならない。だがそちらへ向かおうとしたセレンの足はピタリと止まった。


「お前、これは何だっ!!」


 よたよたと出てきた女を調べていた兵士が、突然彼女を殴りとばしたのだ。兵は手に何かを握っている。


「これはジュエルの原石だろう、盗もうとしたな!?」


 女は震えながら首を振っている。


「まさか、まさか、ちがいます、盗んでいません、これは・・・!」


「来い、盗人には罰だ」


「お、お願いします、お許しください、やめてーーっ!」


 役人は女を無理やりひざまづかせた。周りの人はそれを見ていても、おそろしげに目をそらすばかりで何もできない。兵士は無表情に女の上に槍の柄を振り下ろした。


 それを見たセレンは唇をかみしめ目をそらした。


(なんてひどい・・・ウツギの生活は、辺境の難民よりよほど地獄だ)


「待ってください!!」


 その時、女と兵士の間に一人の男が割って入った。あれは、スグリだ。


「そのジュエルは、私が彼女に持ってくるよう頼んだのです。次に加工したかったので。工房の兵士には報告したのですが・・・」


 兵士は無言でスグリを見た。周囲は固唾をのんでそれを見守っている。

  セレンも気になったが、こちらも用も一刻を争う。ぐずぐずしてはいられないのでさっとその場を離れた。

 


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