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不滅の誓い  作者: 小達出みかん


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アサギリとの誓い(1)

「私、葬儀には出てはいけないと止められてしまったのよ」

 

 ミリア様はそういって唇を噛んだ。


「まだお腹の中の子が安定していないから、長旅は控えたほうがいいと。だけれどこの状態で陛下が国をあけるのも危険だから、王子が名代として葬儀に出るそうよ」


 そうだ、葬儀か…なんと時期が悪いことか。妊娠という喜ばしいことが、こうして不利に働くとは。


「ミリア様…お辛いですね…」


「私はもう…いいのよ。この国に来た時点で、覚悟していたから。親の死に目にも会えないとね。でも、おそらくお父様はあなたと話をしたいはずよ。セレン、王子の一行に同行して、父上に今までのこと、報告してちょうだい」


 そういわれた瞬間。セレンは暗闇から一気に現実にひき戻された。


「わ、私などが同行するのが、許されるでしょうか?」


 ミリア様はうなずいた。


「ええ。王子はトリトニアへ行くのは初めてだから、誰かもののわかった案内人をつけてほしいと言われたのよ。あなたは適任、でしょう」


 その言葉にセレンは納得したが、同時にめまいもしそうになった。

 忙しくなるだろう。だがセレンには出発の前にやらなければならないことがある。



 セレンは夕闇にまぎれてアジサイのもとへ向かった。明日の朝、夜が明ける前に王子一行は城を出発する。危険でも、彼女の所に行くなら今しかない。


 翠玉を頼りに通路を抜け、セレンは洞窟の入り口へ向かった。が、その穴に足を踏み入れる瞬間、セレンは何者かに肩をつかまれた。


「っ…!」


 身構えるセレンを見下ろしていたのは、アサギリだった。


「おい、まず俺と話すことがあるだろ」


 そのただならぬ様子に、アサギリがリンドウの事をもう知っていることがわかった。


「待って、時間がありません。どうせならアジサイの所へいって一緒に話しましょう」


 アサギリはイライラとした様子で顔をしかめたが、承知した。

 が、しかしアジサイはいつものランプの洞穴にいなかった。セレンは途方に暮れた。


「ここにはいねぇな、奥だ」


「ここよりもですか」


「ここはアジサイが村人に施術する場所に過ぎない。祈る場所はこの奥に2つある。アジサイは手前のほうにいるはずだ」


 彼は固い声でそういった。リンドウの事で怒っているのか、アジサイに会うのがいやなのか。その声はセレンを拒んでいるようだ。

 道は曲がりくねり、足元の水は多くなり天上は低くなっていく。セレンは付いていくのに必死だった。


 すると濡れた暗闇の中で、水の流れる音が聞こえ、青白い光が見えた。この世のものとは思えないその光景にセレンはたじろいだが、アサギリはためらわずその光の中へ入って言った。


(一体、何!?)


 セレンもおそるおそる、足を踏み入れた。


「わ…!」


 光の先は、開けた空間になっていた。縦に長いその空間は、はるか上の壁から水が染み出し、隆起した岩肌を滴りながら幾重にも流れている。

 だが目を奪われるのは天上ではなく、その足元だ。天上から注いだ水は洞窟の中の池に注いでいる。淡く水色に光るその水は、黒々とした空間を水色に照らし出している。

 覗き込むとその流れは深く澄んでいて、うずをまいて、下へ下へと流れていくのが見て取れた。底の方は沈んで暗く、どの位の深さなのかわからない。


 この中に落ちたらどうなってしまうのだろう?その深さを想像して、セレンは思わず足がすくんだ。


「セレン…?」


 その池の淵に立っているアジサイが、2人にきがついた。


「アジサイ、ここは・・・?」


 この光景の不思議さに、思わずセレンは聞いていた。


「ここはね、祈りをささげる場所なの。でも、くるのは大変だったでしょう。さあ、とりあえず座りましょう」


 アジサイは、池のほとりにしつらえられた仮屋に2人を案内した。中は狭かったが、イグサであまれたゴザが敷き詰められ、隅にはたたまれた布団があった。


「アジサイは、ここで暮らしているのですか」


「そうよ。ずっとね。私の存在は、イベリスには隠さなくてはならないから」


 知っていることではあったが、セレンはアジサイを気の毒に思うのを止められなかった。

 こんな淋しい、本来人間が暮らせないような場所に、ずっと一人で暮らしているなんて。


「ずっと…一人なのですか」


 そんなセレンを見抜いたのか、アジサイはくすりと笑った。


「最初は母と2人だったの。巫女の心得や薬草のことなんか教わって、毎日忙しかったわ。でも母が居なくなってからはそうね、一人よ。アサギリもなかなか来てくれないしね…」


 その口調に咎める色はなかったが、アサギリはふんと鼻を鳴らした。


「こんなところにずっと閉じこもってんのは俺の性にあわねえ。で、セレン。お前、俺たちに言わなきゃならねぇことがあるだろ」


 そうだ。セレンの気持ちは重くなった。が、言わなくてはならない。


「后と王の暗殺の容疑をかけられ、リンドウがつかまりました。彼女は自分がしたと証言したのです。そして昨日の夜…彼女は、死にました」


 アサギリはぎりりと歯を噛んでそれを聞いた。一方アジサイは静かに目を閉じた。


「やはり…でしたか」


「ご存知でしたか?」


「ええ…。昨夜、彼女の魂がこの祈りの滝を通り過ぎ、奥へと行ったのを感じました」


 セレンは思わず身を乗り出した。


「ほ、本当ですか?リンドウは…苦しんでは、いませんでしたか・・?」


 アジサイは首を振った。


「いいえ、静かでした。苦しみよりも、決意を感じました」


 イライラとアサギリが2人の会話をさえぎった。


「そんなたわごとはいい。なぜリンドウは死んだんだ。お前は何をしていた?!詳しく話せ!」


 アサギリの剣幕を、アジサイがたしなめた。


「いきり立つのはおやめなさい、アサギリ。悲しむのはわかるけれど、怒りに流されてはいけないわ」


 アサギリがアジサイを睨んだ。が、それ以上何も言わなかった。

 この後もいやな知らせしかない。時間もないのでセレンは一気に話した。


「王と后に使われた毒がミトラスだと知ったので、宰相はリンドウを使って捜査をしようとしたそうです。ですがリンドウは、ウツギの者に嫌疑が掛けられないよう、自分が暗殺犯だと嘘をついたのです。ですが宰相はその嘘を見破って…彼女を拷問しました」


 アサギリは低い声で言った。


「つまりヤツが殺したのか」


 セレンは俯いた。


「そうです…結局犯人はまだ見つかっていないので、捜査の手はウツギの人々にも伸びるでしょう、どうか…どうか気をつけて。アジサイの事を知られるのを、リンドウは恐れていました」


 アサギリがその言葉に反論した。


「気をつけろったって、どう気をつけりゃいいんだ!?だいたいあんたは、リンドウが殺されるのを黙ってみていたのか?俺に伝えにも来ずに!」


 それを言われると辛い。セレンは唇を噛んだ。


「昨日の夜牢に向かい、なんとかリンドウに会いました。真犯人の名を吐かせるため、宰相はなんでもするだろうと彼女は言いました。私はそんなことはさせないとリンドウに約束しました」


「それで?お前は彼女を救おうと動いたのか!?あいつは死んだじゃないか」


「…少し前に、ミリア様の妊娠が発覚したんです。それにかこつけて、無益な殺生をやめるよう、ミリア様から陛下に進言してもらいました。ですがその時にはもう…遅かったんです」


 セレンはそう説明したが、自分でも悔しかった。こんなの、ただの言い訳でしかない。


「なんですぐ俺に助けを求めなかった?!なぜお前はずっと来なかった?!リンドウが死のうと、お前らにはどうでもよかったのだろう?!」


 そこまで言われてセレンもムキになった。


「行こうとしましたよ、もちろん!ですが山の捜索がはじまって、見張りも厳しくなって…アサギリもそれは知っているでしょう!?」


 だがアサギリの目は怒りに燃えていた。


「見つからないように来るのが、お前の仕事だろう!なぜそうも、しゃあしゃあとしていられる!お前、もしかして…俺達を裏切ってはいまいか?」


 そこへアジサイが割って入った。


「いいかげんにしてちょうだい。セレンにも立場があるのよ。彼女の立場が露見すれば后も、私達も危ないの。それにセレンは私達の最後の血縁者なのよ。裏切ったりするはずがないじゃない」


 だがアサギリは首を振った。


「血縁だからといって、なぜそう頭から信じ込める!?コイツはずっと、トリトニアにいた。ウツギよりもそっちが大事に違いない。土壇場になったら俺達を裏切るぞ。リンドウを見殺しにしたようにな」


 その言葉に、さすがのセレンも頭にかっと血がのぼった。自分の衝動のままに、次の瞬間セレンはアサギリの頬をはたいた。


 セレンはアサギリが思わず動きを止めるほどの大声で言った。


「あんただって、リンドウを利用して辛い目にあわせたくせに!あんたこそ、一番リンドウを苦しめた!あんたにそんな事いう資格なんてないっ!」


 その声は水のせせらぎをかき消してうわんうわんと洞窟に反響した。


「私だって…助けたかった!リンドウを、死なせたくなんか…!」


 悔しげに訴えるセレンの肩を、アジサイがやさしくつつんだ。


「そうよ、その通りよ、セレン…。ねぇ、リンドウは、ひどく暴行されたのかしら?あなたが最後に会った時の様子は、どうだった?」


 ふと気が付いたようにアジサイがいった。その冷静な声に、セレンははっと我にかえった。


「身体や顔に…痣はできていました。たくさん殴られたのではないかと…。ですが、私と話す様子はしっかりとしていました」


 アジサイはそのほっそりとした指を口元にあてた。


「そう…。これは私の推測なのだけれど…。彼女は、自分で決めて、死んだのかもしれないわ」


 セレンは面食らった。


「リンドウの力を考えれば、ありそうなことよ。彼女は身体が寝ている間、自分の魂を飛ばすことができるの。昨夜ここを通りかかった誰かには、静かな決意のようなものを感じたわ。彼女で間違いないと思う。たぶんリンドウは、自分で選んでそうしたのよ」


 真剣にそう説明するアジサイを、アサギリは嘲笑した。


「はっ。そんな都合のいいこと!アンタはいつもそうだ。祈ってばかりで何の役にも立ちゃしない。女神サマがこの下にいるなら、なんでリンドウを、俺たちを、助けてくれないんだ?」


 あんまりな発言に、セレンは腹が立つ前にアジサイが心配になった。ところが彼女は微笑んでいた。


「女神はいつも私達と共にいらっしゃいます。あなたにもいつか、わかるときがくるわ」


 アサギリはつばを吐く勢いで言い捨てた。


「やめろっ。他のやつはだませても、俺はだまされんぞ。あんたのようにここに座ったまま祈っているだけでは、ウツギは滅びる」


「幻がなければ、人は生きてはいけないし、堕落する。女神のいる私達は、イベリス人より幸せなのよ」


 アジサイは静かにそういった。その声は凜としていて、ゆるぎなかった。

 だがアサギリはそれを切り捨てた。


「今更アンタと宗教談義をする気はない。俺はとにかくコイツが信用できねぇ。もうこの村へ足を踏み入れるな」


 セレンはくってかかった。


「なぜそう疑うのです!ウツギをうらぎる気などありません。ミリア様だってそうです!」


「なら、お前は一か八かの状況になったら、后と俺達、どちらを選ぶ!?」


 セレンはぐっと詰まった。トリトニアやイベリスとであれば、セレンは迷わずミリアネスを取る。しかし…スグリやリンドウ、そして唯一の血縁者であるアジサイがいる、ウツギでは。


 セレンに生きる意味をくれたミリアネス。

 すべてのウツギの「母」であるアジサイ。


 もはやセレンにとって、アジサイもミリアネスも、等しく大事で、守らねばならない存在だった。リンドウは力及ばず守れなかった。ならばせてめて、アジサイは。


 どちらも選べない。命を差し出しても、どちらも取る。


「どちらか選ばねばならないのなら…私はどちらも選びます。一方を切り捨てるということは、できません」


「答えになっていない!」


 声を荒げたアサギリを、アジサイが静かに止めた。


「あなたにはわからないのね。セレンが本気で言っているということが。ならセレン、誓いを結ぶ気はある?」


 セレンはうなずいた。


「ええ、もちろん」


 アジサイはアサギリを見すえた。


「あなたとセレンが、女神様の前で誓いを結ぶのよ。私が証人になるわ」


「不滅の誓い…か」


 苦い顔でアサギリが言った。


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