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不滅の誓い  作者: 小達出みかん


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16/32

悪い知らせ

「ありがとうございます、ミリア様…王に進言してくださって」


 セレンが牢の様子を報告すると、ミリアさまはすぐに動いてくださったのだ。


「ええ。今兵士をそちらへやって、牢から出すと言っていたわ。きっと宰相は怒るでしょうけど、王は味方してくださっているし、彼女をこちらで看病してあげましょう」

 その頼もしい言葉に、セレンは涙が出そうになった。よかった。あの魔の手から、リンドウを救い出すことができた。


「よかったです…」


「じゃあ、看病の準備をしなくてはね」


シザリアは長持から毛布や包帯を取り出しはじめたので、セレンも手伝った。その時、コンコンとドアがノックされた。


「后様、おられますか」


 兵が、彼女を連れてきたんだ!そう思ったセレンは、慌てて扉を開けた。ところがたっていたのは兵士一人だった。しかも沈んだ顔をしている。


「どうしたのですか?何か后様に用が」


 セレンが聞くと、兵士は用件を告げた。


「・・・・・!」


 その報告に、セレンも、シザリアも、ミリアネスも凍りついた。


(うそ…そんな!)


「何…!リンドウが、死んだと!?」


 夜中、側近に耳打ちされたシャルリュスは、ふだんの冷静さを忘れて声を荒らげた。まっさきに浮かんだのはやりすぎた、という後悔だった。


「なぜ死んだ!誰が見つけた?」


 側近は口ごもった。


「それが…どこから聞きつけたのかはわかりませんが、彼女を拷問したことが后の耳に届いたようで。気の毒がっているのを見た王が、彼女を助けるよう兵に命じたところ…もう、動かなくなっていたそうです」


 シャルリュスは腹の底がかっとマグマのように熱くなるのを感じた。このような激しい怒りを感じるのは久しぶりだ。


(あの女め!このわしが長年、目をかけてやったものを、断りもなく死におって…!王も王だ、勝手な事をしよってからに…!)


 リンドウは一目みて気に入り、無理やりさらってきた女だった。卑しい出身だが、彼女はイベリスの男が理想とする女そのものだった。

 まず美しく、そして聞き分けがよく、いつでもおだやかに男を受け入れ、逆らうことなど考えない。

 彼女はシャルリュスのいう事すべてに従い、常に彼の欲するものを察し、差し出してくれた。 一度だけ自分の希望を口にしたことがあったが、それもシャルリュスが望まないとわかるとあっさりあきらめた。


 良い拾い物をしたと思っていた。昨日までは。

 シャルリュスが花のことをリンドウに聞くと、彼女はいつになく取り乱し、犯人は自分だと告白した。だが誰かをかばっていることは明白だ。

 一も二もなくシャルリュスの捜査に協力するはずの彼女が、嘘をつき何かを隠していることに、シャルリュスは激怒した。兵士たちに彼女をめった打ちにさせ、シャルリュス自身も手を下した。

 だがリンドウは口を割らなかった。そのことにシャルリュスは腹立ちと共に残酷な喜びを感じていた。

 彼女をこうして打つのは、拾った際その立場をわからせるために躾けた時以来だ。その時よりよほど興が乗った。


(またこうしてお前を苛むことになるとはな。お前に、どこまで耐えられるか?口を割るまで、延々とつづけてやろう…)


 弱い者が大事に守っている秘密を、高みから無理やり奪う楽しさ。

 真っ赤にがれあがった美しい顔。食いしばられた、かよわいリンドウの唇。

 神が作り上げた美しいものを、自分の手でめちゃくちゃに壊す快感!

 すべてがシャルリュスを楽しませてくれた。明日はどう打ってやろうかと高揚した。


 だが、今朝の報告ですべてが雲散霧消した。つくづく腹が立った。

 あの女はそれを見越して、自ら死んだにちがいない。シャルリュスの楽しみを奪うために。方法はわからないが、シャルリュスはそう確信していた。


「死体の確認をする。明日は朝一番に御前会議を開く。陛下と殿下、それに団長に伝えろ」


 怒りのままにシャルリュスは側近に命じた。



「ウツギの女が昨晩、死んだと?」


 もっとも言われたくない言葉で会議の口火が切られ、シャルリュスはいら立ちをおさえながら咳払いをした。


「ですが陛下、勝手をされては困る。私に確認もなく、罪人を牢から出そうなどと!」


「だが、彼女は犯人ではないのだろう?」


「そういう問題ではないのです!」


 激昂するシャルリュスに、王は顔をしかめた。


「元はといえば、そのような女を囲っていたお前の不始末ではないか。個人的な問題を自分では片付け切れずに兵を使うとは」


 痛いところを突かれて、シャルリュスは爪をかんだ。


 だがこれは国に関わることなのだ。リンドウは、やっていない。真犯人は別にいる。シャルリュスはそれを知っているにもかかわらず、リンドウから聞き出すことができなかった。


(おのれ…あの女め…)


 陛下の手前、律していても、怒りは容赦なく沸き起こった。

 あの女が守ろうとしたもの全て、自分の力で踏み潰してやる。


「ですが、あの女はおそらく真犯人を知っていた。それをきき出せなかったのは私の不始末です。このまま真犯人を野放しにしていては、いつ陛下に危険が迫るかわかりませぬ。早急に犯人を挙げなければ。奴らが犯人を差し出すよう見せしめに、女の死体を村で晒してやろう。それでも名乗り出なければ、毎晩一人づつ殺して――」


 そう語るシャルリュスは、いつものような皮肉に満ちた冷たい顔ではなく、いきり立った獣のように目ギラギラさせ、苛烈な表情をしていた。

 さすがの陛下も、そして団長と王子も、その様子に異常なものを感じた。


「シャルリュス…責任を感じているのだろうが、そう思いつめずとも、よい。后のめでたい事もあることだ、不吉になるから無益な殺生は今起こしたくない」


「そのようにウツギを殺しておしまいになったら、採掘に支障が出るのでは?叔父上らしくない意見です」


「昨夜は不眠不休だったのだろう?疲れているのだ、シャルリュス」


 二人にそこまで言われてシャルリュスはふっと目を閉じた。


(私としたことが…冷静さを欠いてしまった)


 熱い炎のかたまりを飲み下すように、シャルリュスはごくりとのどを鳴らし一息ついた。

 そこへコンコンとドアがノックされたので、皆そちらを見た。


「御前会議中に申し訳ありません。城門の外に早馬が着ていて――新トリトニア公国ガウラス大公の使いだと申しております」


 王は眉を寄せた。


「何?ならすぐここへ通せ!」


 白熱した会議の最中に突如乱入した使者がもたらした情報は、喜ばしいものではなかったが、イベリスを脅かすものでもなかった。

 が、面倒ごとであることは確かだった。使者から渡された書に目を通した後、王は難しい顔になった。


「父上、大公はなんと…?」


 問いかける息子に、王はフーっと息をつき、書をしまい答えた。


「ミリアネスの兄、シリル殿下が、なくなったそうだ」

 


 そんなことをまだ知らないセレンは、寒空のした暗い顔で洗濯物を干していた。

 セレンの胸の中には、懺悔と後悔が押し寄せていた。


(リンドウを…不幸なまま、死なせてしまった)


 非情な宰相の手によって暴行され、リンドウは衰弱し一人牢で命を落とした。

 今夜までの命と、わかっていたのだろうか?だから最後までウツギと私の心配していたのだろうか。


 助けてやれなかった…。そう思うと辛かった。知らないはずの母の面影と、リンドウが重なった。


(私の母も、ああしてイベリスの人間に殺されたのかもしれない…)


 ふとそんな考えが思い浮かび、痛いほどやるせない気持ちを感じた。

 このままでは、アジサイやスグリ、罪のないウツギの人々も縊り殺されてしまうかもしれない。


(早く…アジサイたちに、危険を知らせないと)


 不安と焦りを抑えながら、セレンはやっとのことで洗濯物干しを終えた。

 すると冬の風にゆらめく洗濯物のすきまから、シザリアが走ってくるのが見た。彼女らしくない、必死の形相だ。不穏なものを感じたセレンは洗濯物をはねのけ彼女の前へ出た。長いスカートが足のまわりで波打った。


「どうしたの、シザリア…!」


 シザリアは止まってはあはあと息をついた。


「セレン、落ち着いてきいて、あのね…」


 その後シザリアのいった事が、セレンは理解できなかった。耳がその言葉を拒否していた。


「…シリル様が…先週、亡くなったそうよ」


 やっとその言葉を理解したとき、セレンはひざをカクンと地面についていた。


「セレンッ、大丈夫!?」


 あわててシザリアがセレンを支えた。


「ご…ごめ…シザリア…」


 セレンはそうつぶやくのが精一杯だった。前後不覚におちいったセレンを、シザリアは優しく抱きしめた。


「無理もないわ。みんな、大好きだったもの…」


 その通りだ。城の人間はみな、シリル様の事が好きだった。ミリア様が太陽ならば、シリル様は月の光だった。おだやかに優しく、どんな者にも慈愛をこめて笑いかけてくれた。

 セレンも言うまでもなく、彼を崇拝する一人だった。彼の姿を目にするのが楽しみだった。微笑みかけられれば、舞い上がるほど胸がときめいた。


 ミリア様と彼が生きているならば、この世界も悪いところではないと思えた。そしていずれ彼が継ぐ国、トリトニアのためならばどんな事でもやりたいと思った。

 その感情は、荒みきった生活を送ってきたセレンの、初めての恋と呼べるものだった。それは、セレンを動かす大きな原動力だった。


(シリル様が、死んだ――…)


 セレンの目の前は真っ暗になった。あの、ウツギへつづく地下通路に明かりもなく一人で立っているような気持ちがした。


「セレン…それで、ミリア様があなたを呼んでいるわ。立てる?」


 セレンはやっとのことでうなずいて立ち上がった。その時空の分厚い雲の隙間から日の光が差しかけ、天高く青空がのぞいたが、今のセレンの目には何の光も映さなかった。



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