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不滅の誓い  作者: 小達出みかん


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12/32

初めての対話

 厨房は宴の料理を次々出すため、上へ下への大忙しだった。誰もがわき目もふらず立ち働いている。

 

 セレンはまずワインの樽を確かめた。匂いも味も、樽のものは正常だった。

(という事は、壷に毒が…)


 セレンは料理皿を今しがた運ぼうとしている給仕に声をかけた。


「あの、この陛下の酒壷を用意したのは誰ですか」


「え?さぁ。誰がどの皿を用意したかなんて、今日はいちいち覚えてないよ」

 

 それもそうだ。今日の厨房はそれどころではないだろう。


(そこを見越して今日決行したのか、犯人は・・・)


 セレンは酒壷を握り締めたままじっと厨房を見回した。忙しくフライパンをゆする料理長、パイ生地を伸ばす見習いたち、たくさんのグラスを盆の上に乗せる給仕たち・・・この中に、犯人がいるとしたら。


「あっ、おねえさん、ぼーっと立ってないでよぉ!」 


 突然後ろからぶつかられてセレンはつんのめった。あわてて壷を抱え込む。こぼれでもしたら大変だ。

 ふりかえるとハエが両手にいくつも重ねた皿を持ち、セレンを見上げていた。


「あ、ごめんなさい。どうぞ通って」


 セレンは自分が邪魔になっていることに気がつき体をはしによせた。


「おねえさん、暇なら手伝ってよお」


 こんなときに、仕事を押し付けられてはかなわない。セレンはとりあえず厨房をあとにした。



 階段を登って半地下になっている厨房を出ると、いきなり肩をつかまれた。


「おい」


 団長だった。


「何ですか?」


「その壷を貸せ。お前のいっていることが本当ならゆゆしき問題だ。お前にまかせることなどできん」


「…それはいいですけど、広間のお客さんと陛下を見張っていなくて大丈夫ですか?危ないですよ」 


「他の兵を入れた。ワインも止めてある。厨房は何か変わったことはあったか?」


 セレンは首を振った。


「いいえ。酒樽のワインはすべて普通でした。厨房は忙しくて誰があの酒壷を用意したのかまではわからないと」


「あとでくわしく調べる必要があるな…だが今は厨房ではなく医師の所に行くぞ。それを貸せ」

 

 セレンは壷を彼に渡し、歩き出した彼の後ろをついていった。彼は何も買わなかった。


 

 城の二階の端に、医師の部屋はあった。団長に用向きを伝えられた医師はすぐ籠を取り出してその中に酒を注いだ小皿を置いた。

 その籠を、セレンと団長は固唾を飲んで見守っていた。中のネズミが酒を飲んで数分たつ。


「あ…み、見て」

 

 セレンは思わず声を上げた。ネズミが小刻みに震えだしたからだ。次の瞬間、ネズミは口から泡をふいてぱたりと倒れ、動かなくなった。


「…これは、まぎれもなく毒ですな」

 

 医師が重々しく言った。


「どんな種類のものかは、今から調べてみましょう。陛下が口にする前にきがついて、よかった」


 医師はセレンを見つめた。その目は何かいいたげだった。



 二人はそれぞれ主のもとへ戻るため、医師の部屋を出た。


(あれは十中八九、ミリア様に使われたのと同じ毒だ。一体、誰が)


 まっさきにアサギリの顔が浮かんだ。前科がある。


(でもアサギリはミリア様にはやってない。という事は、同じ毒でも、犯人はそれぞれ別ってことか?ウツギに第3の勢力が…?ああ、もう、わからない)

 

 セレンは頭の中で推理を始めたが、それは団長によってさえぎられた。


「おい、そもそもなぜ、お前はあれが毒だとわかった?お前が入れたからではないのか?」


 セレンは顔をしかめて首を振った。今や姫の侍女に戻ったセレンは堂々と彼に反論した。


「は?そんな事して私になんの得が」


「陛下の命を助けたということにして、陛下に自分を信用させるつもりだろう」

 

 セレンはバカバカしくなって首をふった。こちらはもっと難しい問題を必死に解こうとしているのに、そんな稚拙な推理を堂々と口にするとは。


「私はすでに陛下のお役にたって、認めていただいておりますので。ミリア様のお立場を危険にさらすような真似を、侍女の私がするとお思いで?」 


 冷静に答えるセレンに対して団長は顔をしかめた。


「ならばなぜ、あれが毒だとわかった。なぜ、医師も調べればわからないことを?」


 今度はセレンもぐっと詰まった。あれがミトラスの毒だと明かすことはできない。アジサイとのつながりが露見してしまうからだ。


 だが…。セレンははぁとため息をついた。


「わかりました、わけを話しましょう。ですが長くなるのであとでいいですか?ミリア様が心配です。早く仕事に戻らないと。」 


 団長はむっつりうなずいたので、セレンはさっさと彼をおいてミリア様のもとへと向かった。


「逃げたら承知しないぞ」


 後ろからそうつぶやく声が聞こえた。



「ミリア様、ご無事ですか」

 

すでにミリアネスは部屋に下がっていた。ソファに浅くこしかけた彼女の顔は、青ざめていた。


「ええ、セレン。あなたがあの毒に気が付いてくれてよかったわ、本当に」


 だがセレンは素直にそれを喜べなかった。


「いえ、結局犯人は見つかっていません。私がもっと早く気が付いて動いていれば。あの団長など、私を疑っています」


 セレンは腹立ちまぎれにつぶやいた。


「まぁ、困ったわね…」


「なぜあれが毒だとわかったのか、と問い詰められて」


 その言葉に、ミリアネスは小首をかしげてかんがえた。


「私のこと、そろそろ話すべきね」


「ですが…良いのですか」


「いいえ、もう隠しておいてもいいことはないわ。こうなってしまったからには、私は自分に起こったことを陛下に打ち明けます。だからあなたも、団長にそのことを言ってちょうだい。あのとき私に使われた毒だったから、今日も気が付いたのだと」


「申し訳ありません…ミリア様のお心を無駄にしてしまい」


「セレンがあやまることではないわ。でも一体誰なのかしら。私と王を殺したいと思っている人間は」


ミリアネスは手のひらを胸にあてている。深く考え込むときの彼女のくせだ。


「私も考えておりました。ミリア様に関してはウツギの者は関与を否定していましたが、陛下についてはわかりません。だから…」


「今日のはウツギの可能性があると?」


「ええ、少なくともミリア様よりは。団長たちも犯人探しをするでしょうが、私も私で捜査をします。このままでは、どうにも許せません」


 誰かがミリア様を狙っている。物陰にかくれて、仮面をつけて、すぐそばに紛れ込んでいるかもしれない。案外、思ってもみなかったところに…。

 セレンはアサギリのその言葉を思い出した。


(ウツギの毒だからといって彼らとは限らない。案外、イベリスの人間かもしれない)


 

 宴が終了し、使用人たちが片付けに取り掛かり始めた夜半、セレンは一人城から出た。

 あの荒れ果てた団長の家には、使用人一人としていない。だから盗み聞きされる可能性はかなり低い。

 もう侍女の身分なので問答無用で捕まえられることはないだろう。2人きりになる事が不安でないわけではなかったが、セレンはそう踏んでいた。


「私です、きました」


「入れ」


 ドアをノックすると間髪いれずに返事が帰ってきたので、セレンは用心してドアをあけた。

 玄関には堂々と立って腕を組む団長の姿があった。その威圧的な視線にセレンは内心でため息をついた。

 もう囚人ではないのだから、相手のペースに従ってはならない。セレンはそう思って玄関に置かれた長持ちの上に座った。


「座るところもないので、ここに座りますから」


「話せ、なぜあれが毒だとわかったのか」


 セレンは目を伏せた。


「実は、今まで黙っていたのですが――」


 その思わせぶりな言葉に、団長がぎゅっと眉根を寄せて恐ろしい顔になった。


「ミリア様も以前、同じ毒を盛られまして」


「は?」


 予想外のことだったのか、団長があっけにとられた顔をした。


「その時も独特なにおいがしたので、慌ててとめたのですが…ミリア様はその毒入りのお茶を口にしてしまったのです。幸い、飲んだ量が少なかったので命に別状はありませんでしたが…後遺症が、身体に残ってしまいました」


「なぜ、そのことを今までだまっていたのだ」


 声を荒げる団長に対して、セレンは目を伏せたまま静かに答えた。


「ミリア様の希望で。ミリア様が命を狙われたと外部に知れれば、城内が動揺する上、外交問題にも発展しかねない、それを防ぎたいとのお心だったのです。陛下にいらぬご苦労をかけたくないと。しかし今日のことがあって…。ミリア様は心を痛めておられます。もしあそこで公表していれば、今日も防げたかもしれない、と。なのでこうしてすべてを正直に、団長にも申し上げている次第です」


 それを聞いて、団長は難しい顔で黙り込んでしまった。


「私の事をうたがっているのはわかりますが、このことは真実です。今、ミリア様から陛下にも申し上げているはずです」

 

 団長は顔をあげ、ちらりとセレンを見た。そこには迷いの色があった。

 セレンは立ち上がって、一歩、団長に近づいた。 


「今すぐ私を信用しろとは言いません。無理な話ですから。ですが、あの日から犯人を捕まえたいと一番願っているのはこの私です。ミリア様を暗殺しようとした者が誰であれ、許せません。なので犯人の捜査については協力したいと思います。いえ、させて下さい」

 

 その時、トラディスは初めてセレンの言葉を正面から聞いた。彼女の目はまっすぐに彼をとらえ、その真剣さに彼は内心驚かされた。


(女がこうも、強い目をするものか――…)


 そしてとっさに、初めて目を見交わしたときと同じだ、と思った。


(あの時もこの女は、不躾なほどまっすぐ俺の目を見て、殺気を放っていた)


 トリトニアの間諜、ウツギの女。即捕らえてやろうと待ち構えていた彼は、その強いまなざしに圧倒された。そして、そんな自分を不快に思った。

 だが、こうしてその目を向けられていると。


(この熱烈さは、すべて主を思うための激しさか――俺たちと、同じように)


 我ら兵士が王のために生きているように、セレンもまた、ミリアネスにその身のすべてを捧げている。

 セレンの言葉から、トラディスはその忠誠心を感じ取った。


(こんな女が、存在していたのか…)


 セレンに対して抱いていた思いが、その時トラディスの中で変化した。

 最初の激烈な印象から、この女は得体の知れない、害のある存在だと思っていた。だがこいつの中身は、ひょっとすると俺と似通っているのかもしれない。


(だとすれば、俺とこいつは…)


 そう思ったトラディスは、今まで感じたことがない感情を抱いた。

 それは真っ暗闇であった身の内に、まぶしい光がわいて出るような、言葉にしがたい思いだった。


「…わかった。そのことについては、信じよう。犯人を捕まえたいのはこっちも同じだ」

 

 そういわれてセレンは初めて、前向きな気持ちで彼の顔を見ることができた。自分でも、明るい顔になっているのがわかった。


「はい。よろしくおねがいします。一刻も早く、犯人を探し出しましょう」


「ああ」 


 彼女の明るい眼差しを受けるのは、まぶしい思いと、そして少し苦い思いをトラディスにもたらした。

 出ていくセレンの小さな背を、トラディスは何とはなしに見送った。彼女は一度も振り返らず城の方へと消えた。

 それでいい、とトラディスは思った。


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