第7話
王都へは洞窟近くに隠してあった馬車で向かった。
さすがに今回は御者も用意され、康大がその役をさせられることもなかった。
ちなみに3人の誰も知らなかったが、ザルマは御者としての素養があった。圭阿も散々手こずったのだから、ザルマが上手く馬を御せれば、多少は見直しただろう。ただ、圭阿もザルマ本人もそれに気付かなかったため、永久にその機会は失われたのだった。
馬車は街に行くときに使ったものとは雲泥の差で、黒塗りの荷台にはところどころ細工が施され、何より扉がある。あの時は幌だけだった。
内装も、高そうな家具調度が所狭しと置かれ、何より全員分のクッションがあるので、尻があまり痛まない。康大からしたら、この中でもそれなりに生活できそうだった。
ただ馬車の旅は本当に短く、御者が馬車を止めるまで数十分程度で終わった。自分が御者をやっていたときと比べると、康大は体感で100分の1ぐらい早く進んだ気がした。
ちなみに馬車が衛兵が守る王都の門を通る際、特に検閲を受けたりはしなかった。
馬車に描かれたインテライト家の家紋の説得力がすごかったのか、一瞥されただけでそのまま素通りだ。
康大はその様子を木窓から見て、「関所でもこの馬車が使えていたら……」と内心で血の涙を流した。
門を抜け、初めて体感した石畳の道路を進み馬車が止まったのは、古めかしいマンションのような建物の前だった。
おそらくここが問題の御当主様の家なのだろう。
果たして馬車の扉が御者に開かれるのと同時に、
「いんてらいと邸に着いたでござる」
圭阿が言った。
「・・・・・・」
「予想以上になんというかこじんまりとしているというか……」
気を利かせて何も言えなかった康大に代わり、ハイアサースが素直な感想を言う。
ハイアサースの言った通り、王都に居を構える大貴族の家にしては、些かみすぼらしかった。
高さは4階程度、100坪ほどの広さで、邸宅を囲む塀と邸宅の間には申し訳程度の庭があり、これが東京にあったなら大邸宅だ。
しかし、土地代が東京とは比較にならない異世界だと話は別である。規模でも豪華さでも、ダイランド邸からは大分劣った。
そのため、康大もハイアサースも気後れすることは一切無かった。
2人の拍子抜けしたような態度に、ザルマはあからさまに不機嫌そうな顔したが、圭阿は苦笑するだけだった。
別世界の日本人である彼女にとっても、この家はそこまで豪華な家ではなかったのだから。
「飯山圭阿、ザルマ・アビ、ただ今戻りましたでござる!」
そう言って圭阿が扉を強くノックすると、ゆっくりと内側から扉が開いた。
扉を開けたのは物々しい格好をした戦士のような男で、それだけで今がかなり緊急の状況であることが康大にも理解出来た。
戦士風の男は圭阿とザルマは一瞥しただけだったが、康大とハイアサースはしげしげと上から下まで見た。
ハイアサースはむっとしたが、康大は相手の事情も考え表情には何も出さなかった。
そんな戦士風の男に圭阿は耳打ちする。
それで男も納得したのか、無言で4人を中に入るよう指示した。
インテライト家の内装は、外観と違い、ダイランド邸に勝るとも劣らないほど豪華で、格式に関してはむしろこちらの方が上だった。異世界であるため材質については康大には分からないものの、木造の落ち着いた色使いが良い意味での年季を感じさせる。
とはいえ、未だ昼間だというのに全てのランプに灯りが灯り、窓がことごとく閉め切られている点は、あまりいい気はしなかったが。
戦士風の男の先導で邸内を進み、何回か階段を上がる。それから少し歩き、ある部屋の前で足が止まった。
男は数回、かなり気を使ってその部屋の扉をノックをする。
それから圭阿が男の代わりに扉の前に立った。
「飯山圭阿、ザルマ・アビ、医学書を持って戻って参りました。是非御屋形様に直接渡したいと……」
「・・・・・・」
返事は康大の耳には聞こえなかった。
ただ圭阿の声は届いたようで、ゆっくりと扉が内側に開いていく。
その中に圭阿とザルマが入り、康大とハイアサースはそのまま外で待っているようザルマに言われた。
「……これからどうするつもりだ?」
待つこと数分。
ただ待っているのに飽きたのか、ハイアサースが不意に顔を合わせずに言った。
「先ほども言った通り、私には彼らに協力する理由がある。だが、お前の場合は彼らに協力するより、フォックスバード殿の話を待っていた方がいいだろう?」
「まあそうなるかな」
――と答えたもの、あそこまで圭阿に外堀を埋められた以上、今更断ることも出来ない。もうよっぽどの、どうしようもないぐらいの断るための大義名分がない限り、例によって流されるだけだ。
しかし、それをはっきりと言っていなかったため、ハイアサースには伝わっていなかった。
「……でも私はお前に協力してもらいたい。多分ケイア達以上にそう思っている。卑怯かもしれないがこれは婚約者としての言葉だ」
「ハイアサ――うわ!?」
目を合わせないままでいた康大の首をハイアサースは無理矢理掴み、強引に目と目を合わせる。
その瞳は、今まで聞いたどんな言葉よりも説得力があった。
どんな言葉よりも康大の心を動かした。
尤も。
(そこまで真剣に説得されると逆に良心が痛む……)
最初から断る気もないのだから、そもそもハイアサースには説得する必要性がない。
それでも自分の為にそう言ってくれたこと自体は、素直に嬉しい。
ただそれがいきすぎて、だんだん申し訳なくなってきた。
「ま、まあ俺もやることないし、フォックスバードさんの調査もいつ終わるか分からない。ここまで来たら当然付き合うさ。だからそんな似合わないことするなよ」
「コータ……」
ハイアサースの美しい顔が、より美しく輝く。
康大はそれが見ていられず、顔を赤くしながら未だ掴んでいたハイアサースの手を振り払った。
「康大殿、はいあさーす殿」
そんな2人に、部屋から出てきた圭阿が申し訳なさげに話しかける。
本人としては間の悪いことをしたつもりだろうが、康大にとっては渡りに船だ。これ以上甘い空間に身体と心を置くのは、童貞には居心地が悪すぎた。
「ど、どうした!?」
少し裏返ったことで康大は聞いた。
その様子が滑稽だったのか、ハイアサースが口に手を当てて笑う。
そんな姿もやはり可憐な美女だった。
――今の康大はそう思わずにはいられなかった。
「御当主様がお会いになるそうでござる」
「あ、ああ、分かった」
康大は不器用に頷く、かなりぎくしゃくした歩きで部屋に入る。
「・・・・・・」
ハイアサースはそんな康大に何も言わず、ただ圭阿と目を合わせて苦笑すると、そのあとをついていった。
「こ、こんにちは!」
未だ茹だった頭が元に戻らない康大は、裏返った声のまま室内に入ると同時にそう言った。
その瞬間中にいる全員の視線が康大に集まる。
1人は当然ザルマだ。そして、室内にもかかわらずハイアサース以上に露出が少ない全身鎧を纏った騎士、侍女らしいメイド服の少女、そしてその少女の看護を受けている天蓋付きの豪奢なベッドで寝ている初老の男――。
誰が当主か、この状況では間違えようがない。
「これはまた、随分と元気な挨拶だな」
初老の男が儚げに笑った。
男は顔色が悪く頰がこけ、枯れ木のような腕をしており、かなり重い病を患っていることは明らかだった。
例の医学書は彼――当主サマのために持ってきたのだろう。
康大はそう思った。
それと同時に今までの自分の醜態にも気付く。
「え、あ、その、いきなり大声出してすみません」
「ふっ、気にすることはない。この世界と君の世界では流儀も違うのだろう」
当主らしき男はそう言って、侍女の身体を借りながら上半身を起こす。
康大にはそれだけでも随分と大儀そうに見えた。
このままだと長くは無いことは、誰の目にも明らかだ。
「確か君がコウタで後ろのレディーがハイアサース、でいいのかね?」
「はい!」
「・・・・・・」
康大は棒立ちのまま声で答え、ハイアサースは無言で頭を下げた。
おそらくハイアサースの対応の方が、このセカイでは正しいのだろう。
そう思った康大は慌ててハイアサースに倣う。
「・・・・・・」
そんな2人の様子を見ていた当主らしき男は、なにやら侍女に耳打ちし、騎士を連れて下がらせる。
その結果、室内には男を除きいつもの4人が残った。
「言うまでもないと思うが、私が現当主のジェイコブ・フレール・インテライトだ」
「・・・・・・」
果たしてこの病弱の男は当主その人であった。
ただ、康大には分からないことがある。
それは、何故いきなりお付きの人間達を下がらせたのか、ということだ。康大にとって今のところ聞かれて困る話もないし、それはハイアサースにしろ同じはず。また、ジェイコブにしても、会ったばかりの自分達に、人払いが必要なほどの秘密を打ち明けるとは思えない。
むしろ、どこの馬の骨ともしれない自分達が入ったのだから、より警戒を強めなければならないはずだ。
康大はそう考えていた。
肝心な問題を忘れて。
「君達2人はアンデットなのだろう? 部下達もそれを知ればいい顔はしないだろうから、こうして下がらせた」
「――!」
康大は絶句する。
まさか圭阿がそこまで教えていたとは予想だにしなかった。
ただ、それは明らかな濡れ衣だった。
驚いた表情の圭阿を見れば、それは誰にでも分かることであり、なにより、
「フォックスバードとは未だに色々やり取りをしていてね。彼から聞いていたんだよ」
当人がその正しい答えを言った。
「こう見えても私は医者だ。君のような身体の人間は非常に興味深い。是非とも調べてみたい。許されるものなら解剖だってしたい」
ジェイコブの瞳に冗談では済まされない炎が宿る。それは暗く、そして熱い、一言で言えばマッドサイエンティストのそれだった。
康大とハイアサースの背筋に冷や汗が流れる。
ただその勢いも長くは続かなかった。
「いったいどうやって生きているのか!? 何故死なないのか!? そもそも死とは――ごほっごほ!」
ジェイコブは激しく咳き込む。
圭阿は慌てて外にいる侍女を呼ぼうとしたが、それをジェイコブが止めた。
「……まあご覧の通り、今の私にはそれを調べる体力も時間もない。医者から見て落第点以下の身体だ。君の目の前にいるのは触れば折れるような枯れ木、そう、怖がることもない」
ジェイコブは力なげに笑う。
康大には何も言えなかった。
ただし、ハイアサースは違う。
彼女には康大には無い力があった。
「こう見えても私はシスターでもあります。よろしければ平癒のために力を――」
「・・・・・・」
ジェイコブは無言で首を振った。
「もうそういう段階は当に過ぎているのだ。今更生にしがみつこうとも思わない」
「ではあの医学書は……」
「ああ、それか」
ジェイコブはまた力なく笑った。普通の人間の笑顔は生命力に溢れているが、彼の自嘲しかない笑顔には死の影しかなかった。
「あれは私に使う物はないのだよ」
「そうだったのでござるか!?」
ハイアサース以上に圭阿が驚く。
ただザルマは平然としていたあたり、譜代の人間は聞かされているらしい。
2人の対比から康大はそう判断した。
「拙者、やんごとなき方と聞いててっきり御屋形様のこととばかり……」
「もし対象が私であったなら、口封じなどしない。誰の目にも明らかだからな。しかしケイアも知らなかったか。ザルマの事だから圭阿には漏らすと思っていたが……」
「不肖ザルマ、墓の中まで持っていくつもりでいました」
「……お前のその厚い忠誠心が、能力に反映されれば良かったのだがな」
ジェイコブはため息を吐いた。
その言葉にはその場にいるザルマ以外の全員が共感した。
「さて、話を戻そう。私からすれば君らがアンデットだろうがなんだろうが、信頼関係に関しては大して影響がない。身体的に最も信頼できないのは、他ならぬ私自身だからな。ただ君らの思惑が何であるにせよ、ここまでザルマ達の協力をし、医学書を持ってきてもらった恩には報いねばならないだろう」
ジェイコブは枕元に手を差し込む。
そして枕の下から革袋を取り出した。
「おそらくこの中に20枚ほど大陸金貨が入っている。残念ながら私は、未だ金銭以外で君達に報いる術を知らない。だがこれ以上普遍的で説得力のあるものもあるまい。受け取りたまえ」
「20枚!?」
「はあ」
目が飛び出るほど驚いているハイアサースをよそに、康大は素直にそれを受け取る。
圭阿とザルマはその様子を表情を変えずに見ていた。
この場で完全に取り乱していたのは、ハイアサースだけだ。
そのハイアサースが康大の耳を掴みながら、部屋の隅に移動してささやく。
「(おめえ何普通にもらってるんだべ!)」
「(いや、せっかくくれたのに断るのも悪いし)」
金銭感覚が鈍いどころか、存在すらしていない康大は同じような小声で答える。
「(でも大陸金貨20枚だべ! そんだけありゃ村の畑が全部買えるべ!)」
「・・・・・・」
ハイアサースのたとえは、康大には全く伝わらなかった。
分かったことと言えばかなりの大金だという、当たり前すぎる事実だけだ。とりあえず金の延べ棒を基準に考えれば、100万はくだらない重さがある。
「(なんも良くないことが起こる気がするべ……)」
「(それに関してはもう充分ぐらい起こってるし、それ次のフラグだから)」
康大は鳥に襲われた際に出来た後頭部の傷を撫でながら、感情の籠もっていない声で言った。何かべっとりとし、少し変な形状をしている気がしたが、自分から確認する気にはなれなかった。
「さて、話は済んだかな? 私の話は未だ終わっていないのだが」
「あ、すみません!」
康大が慌てて戻る。
ハイアサースは報酬の件で未だ納得がいっていない表情だったが、とりあえず康大に続いた。
「今までの話はこれまでの話。私が本当にしたいのはこれからの話だ。ケイアに聞いたところによると、君達はこれからもインテライト家に協力してくれるらしいね?」
「まあ、さすがに出来ることと出来ないことがありますが……」
「残念ながらこちらも詳しい内情話してしまったら、もはや君達の意志がどうあれ協力してもらわなければならない。話を聞いての選択は存在しないのだよ」
「・・・・・・」
ほら嫌な予感が的中した。
康大はハイアサースにそう皮肉を飛ばしたくなった。
しかし、横目でハイアサースの様子を見ると、矢でも鉄砲でももってこいという顔をしていた。
乗りかかった船の漕ぎ方が分からなくとも、降りる気はさらさらないらしい。
康大は深いため息を吐いた。
「……分かりました、協力します。ただこれからは善意でするつもりはありません。ほら、ハイアサース」
「え?」
「え、じゃないだろ、ほら例の大司教の」
「あ、ああ」
ハイアサースは慌てて威儀を正し、ジェイコブに向かって口を開く。
ひら……こうとして、うまく言葉が出ず、しどろもどろになっていた。どうやら交渉事はとことん苦手らしい。
仕方なく康大が代わりに話をする。
「……大司教様に取りなして欲しいのです。アンデッドである彼女が会えるように。マクスタムさんにも取りなしをお願いしましたが、改めてこの場でも」
「大司教猊下に……? ふむ……」
ジェイコブはすぐには返事をせず、顎に手を当てて少し考える。
そんなに難しいことなのだろうか。
異邦人の康大にはそのあたりの事情はよく分からなかった。
「……逆に聞くが、君は大司教猊下がどこにいるのか知っているのかね?」
「いいえ。王都にいるんじゃないですか?」
「そうか……何も知らないのか……。ならば良い、首尾良く事が納まった暁には、私が紹介状を書こう。ちなみに大司教猊下はこの国にはおられないぞ」
「・・・・・・」
無言ではあるが、康大は心の中でうんざりした。
ここにいなければ、うまくいったとしてもまたその大司教に会いに旅をしなければならない。
この分だとハイアサースのゾンビ化の治療は進んでも、自分のゾンビ化の治療は足踏み状態が続く気がした。
「では君の望はなんだ?」
「おれ……私のですか。正直今は何一つ思いつきません。その時が来たらお願いします。ただ私達はそこまで力はありません。過剰な期待はしないでくださいよ」
「確かにな。私は人を見ればだいたいどの程度の事が出来る人間か分かるが、君からはこれといった才能は感じられない。彼女の方はそれなりに優秀なようだが」
「正解です」
康大は腹が立つより安心した。
圭阿のように過剰に期待され、過大すぎる責任を押しつけられるぐらいなら、身も蓋もない正当な評価をしてくれた方が遙かにいい。
その後ジェイコブは圭阿に耳打ちし、誰かを呼びに行かせた。
少なくともゾンビ化の話が終われば、家臣を遠ざける必要はないようだ。
しばらくして、部屋に先ほどの騎士ではなく、皮鎧を装備した筋骨隆々の、ダイランドより少し低い程度の大男が現れる。
歳は40前後ぐらいで、身体中傷だらけ。厚い胸板は鎧からはみ出さんばかりだった。頭は禿げているが、その厳めしく堂々とした態度によく合っている。
ダイランドがまさに山賊の外見なら、この男は傭兵だ。身体と鎧の疵がその壮絶な過去を物語っている。
「まず問題のこの医学書だ」
ジェイコブは男には触れず、圭阿から受け取った医学書について話し始めた。
「君達の中でこの医学書を誰に使うかわかる人間がいるかな? 手を上げて答えてもらいたい」
ジェイコブの質問に、新しくやってきた男だけがゆっくりと手を上げる。
その少し後、ザルマが考えながら手を上げた。
「ガンディアセ以外にお前にも教えていたか?」
「いえ。ですが状況的に大体の想像はつきます」
ジェイコブの質問にザルマはおずおずと答える。
能力的に劣っていても、譜代騎士だけあってインテライト家についてかなり詳しいようだ。
そして隣の恐ろしい傭兵の名前がガンディアセということも、康大は知った。
「なるほど、アビ家の人間なら知っていて当然か。ケイアよ、お前はどこまで知っている?」
「つい先ほどまで、御屋形様のご病気を治すためのものとばかり……。となると他には、こあてる殿下以外思いつく人はおりませぬ。健康そうに見えましたが不摂生が祟ったのでしょうか」
(……ん?)
康大は圭阿の話で、瞬時に頭の中に疑問符が浮かぶ。
確か圭阿の話だと、コアテルは正嫡だが無能で人望に薄く、父親の乱心に乗じて後継者争いを起こした、所謂悪者王子だ。
圭阿から話を聞いたとき、康大はインテライト家が有能で人望があるアムゼン陣営だと思い込んでいた。
えてして後継者争いがあったとき、主人公は良い者側につくものである。良い者側は追い詰められているが、主人公の力で大逆転――そんな構図を頭に描いていた。
だが違った。
自分のいる位置は、むしろ主人公に倒される悪党側だったのだ。
(いきなり前途多難……。あ、でも現実的にはこっちの方がいいかも)
正論を振りかざす正義漢より、手段を選ばない悪玉の方が勝つ可能性は高そうだ。
そう康大が打算をしている間にも、圭阿とジェイコブの話は続く。
「……なるほど。新参のお前は、我がインテライト家のことについてほとんど知らされていないというわけか」
「御意」
「・・・・・・」
ジェイコブはそこで一旦会話を区切り、目を瞑って黙り込んだ。
顔色が明らかに悪そうなので、疲れたのかな、と康大は思った。
しかしその瞳の意志の強さは変わっておらず、やおら深く息を吐きながら言った。
「実は我がインテライト家の浮沈を占うお方――この医学書が必要な方は既にこの家に来ておられる」
『――!?』
康大は思わず表情を変えた。それはハイアサースや圭阿にしても同じだ。
そんな高貴な人間が既に来ているとは、思ってもいなかった。
その時点で既に間違っているとも気付かずに。
(まあでも、王城にいるよりこっちにいた方が意外性があって良いのかな)
康大がそんな見当違いの推測をして、自分を納得させる。
他も概ね似たようなものであった。
「その方に会えばもう戻ることは出来ない。最後に聞く。いいんだな?」
「当然です!」
力一杯ハイアサースが答える。
残念ながら康大にはそこまでの覚悟はない。ただハイアサースに異議を唱えることも出来なかった。
結局相変わらずの流され体質である。
「……よろしい、では君達は今からインテライト家の人間だ。私も以後そのように扱う。ではこの隣の部屋に入るが良い。お前達が仕えるべき方がおられる」
『・・・・・・』
康大とハイアサースは顔を見合わせて頷き、この部屋からしか入れない隣の部屋へ続く扉を開ける。
『・・・・・・!?』
2人はその中にいるものを見て思わず絶句した。
遅れて圭阿が中に入る。
「な――!?」
冷静な圭阿でさえも、そこにいた存在は完全に想像の範疇を超えていた――。
そこにいたのは――。




