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第5話

「……痛い」

 身体の節々から感じる痛みで康大が目を覚ますと、すぐにテントの隙間から差し込む朝日に気付く。

 なんだかんだ言っても、あれから朝までしっかり寝ていたらしい。

 隣に寝ていたはずのハイアサースは既にいない。

 圭阿はそもそもテントで寝ていたかどうかも分からない。


 康大は腕を回しながら、大きく欠伸をして身体を起こす。

 岩の上で身体をぶつけながら寝ていても、昨日よりは大分楽になった気がした。


 テントを開け外に出ると、既に起きていたハイアサースと圭阿、そしてザルマがいた。

 ザルマは圭阿に何か話しかけている。

 要約すると、「なんで自分を放って先に言ったのか」ということになるが、圭阿は当然それを完全に無視していた。


「おはよ」

 2人に話しかけ会話に加わるのも馬鹿馬鹿しいので、ハイアサースにだけ声をかける。

 康大の挨拶にハイアサースは何故か顔を赤くし、目を背けてから「おはよう」と返した。

 康大には何が何だかさっぱり分からない。


「おはようでござる」

 少ししてザルマの存在自体を無視した圭阿が、康大に話しかけてきた。


「おはよ。なあ圭阿、ハイアサースどうしたんだ?」

「やはり覚えていないでござるか。まあ意図的であったなら、殴られてもおかしくはなかったでござるが」

「意図的? さっぱり意味が分からないんだが」

「なに、簡単なことでござる」

 圭阿は笑顔のままとんでもないことを言った。


「寝ている間、康大殿は隣にいるはいあさーす殿の乳をずっと揉んでいたでござる」

「マジかよ!?」

 康大は絶句した。


「左様。てっきりそのまま押し倒すのかと思っていたら、ただ揉み続けていただけでござった。はいあさーす殿が目を覚ましても続け、制止も聞かなかったのでその後蹴り飛ばされ申した」

「だから身体中が痛かったのか……」

 そう言いながら、康大は肉球と化した掌を見た。

 そしてそれが当然のように臭いをかぐ。


「貴様何をしているのだ!?」

 その様子に気付いたハイアサースがすぐに文句を言った。

 今はしっかり胸当てを装備しているので、触っても固いだけだ。


「いや、記憶がないならせめて匂いだけでもと……」

「ふ、ふざけるな! それに臭ってもただ汗臭いだけだ! せめて清潔なときに……いや、なんでもない」

 再びハイアサースは顔を背ける。

 やはり顔は赤いままだった。


「……と、とりあえずそろそろ出発しないか?」

 康大もつられて顔を赤くしながら、誤魔化すようにそう言った。

「そうでござるな」

 圭阿はその点は指摘せず、頷く。

 康大には、逆にそれがはっきり口で言うより冷やかしているように感じられた。


「それで、今日はどういうルートで行くんだ?」

「しばらく進めば尾根は抜け、そこからはほぼ普通の下り道でござる。遅くとも昼過ぎ頃までには到達するかと」

「つまり早くても夕方過ぎか……」

「いやいや」

 康大の忍者バイアスを取り除いた常識的な推測に、圭阿は首をしきりに横に振った。


「下りなら身体能力関係なく誰でも早く行けるでござる。何より()()()徒歩で降りるわけではござらん」

「なんだろう、それを聞いて余計不安になってきたんだが……」

 圭阿の言う普通でさえまともでないのに、それが特殊までいくとどうなるのか。

 康大には想像すらつかなかった。


 そして4人は再び登山……ではなく下山を開始する。

 テントを出てからも、やはりずっと横移動だ。ザルマを先頭に、圭阿が山頂から命綱を掴み、康大とハイアサースが落ちないよう横ばいに進む。

 ずっと同じような体勢で進んでいたため、康大には下っているのかよく分からなかった。

 それが確信出来るようになったのは、横ばい移動が終わり、ようやく岩道を歩けるようになってからだ。 

 ただその時点でもう昼過ぎになっていたため、昼までどころか、今日中に下山できるとさえ思えなかった。

 それは他の2人にしても同じで、大食漢のハイアサースあたりはそろそろ手持ちの食料に不安を覚え始めていた。


「着いたでござる」


 途中から先頭に変わった圭阿が、不意に足を止める。

 そこは王都が一望できる崖の上で、下に通じる道はどこにも無い。尤も、ここまで道らしい道を通ったわけでもなかったが。


「あれが王都か……」

 感慨深げにハイアサースが言った。

 眼下に広がる王都は東京ドームと比べても更に広い。埼玉県民ながら水道橋に何度も行ったことがある康大には、それがなんとなく分かった。


「そうだろう、お前らが住んでいた田舎とは格が違うはずだ!」

 自分のことのように誇らしげにザルマが言った。

 康大からすればせいぜい加須レベルだったが、言ったところで理解されない事は分かりきっていたため黙っていた。

 変わりに……というわけでもないが圭阿に質問をする。


「それで、ここからどうやってあそこまで行くんだ? まさかハングライダーでも使うのか?」

「はんぐらいだー?」

 逆に圭阿が首をかしげた。

 まあ戦国時代にハングライダーなんてないだろうなと自分のミスを認識しながら、康大は説明する。


「布で出来た大きな紙飛行機みたいな物を背負って、ここみたいな高所から飛び、風に乗りながら地面に降りるスポーツ……っていうかまあ遊びみたいなもんだよ」

「なるほど……確かにそれで降りた方がより早く効率も良さそうでござるな」

「まあ道具はかなりかさばるし、あったとしても安全性はこの世界の文化レベルじゃほぼ皆無だろうけどな」

 感心している圭阿に、康大は苦笑しながら言った。


「それで、結局どうやって降りるんだ?」

「あれを使うでござる。はんぐらいだーほどではありませぬが、かなりの時間が節約できるでしょう」

 圭阿が言った先を見ると、


「あれってなんだ?」


 例によってそこには何もなかった。

 岩場に気をつけながら近づくと、また転びそうになる。

 しかしそれは、何も康大が鈍くさい事だけが理由ではなかった。


「これは……例の見えない縄か。登りに使った」

「ご名答。帰り道はそれを使うでござる」

「けど同じように使うなら、かかる時間は変わらないと思うが」

「誰も同じように使うとは言っておりませぬ」

 そう言って圭阿は懐から縄を取り出す。

 康大やハイアサースの命綱に使った物と同じ縄だ。


(あ、なんかまたしても嫌な予感が……)


 康大の脳裏によぎる未来は、この時も碌でもないものだった。

 

 果たしてそれは数秒後には現実になる。


 圭阿は無言のままその縄を、おそらく不断の縄が張られている場所にかける。

 そしてこともなげに言った。


「この縄を架け、こう、つつーっと」

「つつー……」

 どうやら、アスレチックパークなどにある遊具の要領で降りろと言っているらしい。もしこれが落ちても死なない程度の高さだったり、しっかりとした命綱が着いていれば、康大もそれなりに楽しめただろう。


「当たり前のことを聞くようだけどもし落ちたら――」


「まあ当然即死でござるな」


「降りるときその縄以外で使う道具は――」


「ないでいござる。荷物は軽いのが一番でござる」


「・・・・・・」


 これでは恐怖以外の何も感じられない。

 康大は降りる前から死を覚悟する。

 何か妙に興奮しているザルマを除き、それはハイアサースも同じだった。


「情けない話だが、私の力ではその縄を最後まで掴んでいられる自信は無い。この鎧はさすがに重すぎるのでな……」

「そうでござるな、さすがにはいあさーす殿には些か厳しいかもしれませぬ」

「いや、俺にとってもかなり厳しいんだけど……」

「私はその程度のこと、全く何の問題もありませんぞ!」

「貴様は落ちても困らん」

「・・・・・・」

 適当にザルマをあしらいながら、圭阿はなにやら考え始める。

 ただ「誰にでも出来ること」という先入観があるためか、あまり良いアイディアが浮かんでいる様子はなかった。

 そんな圭阿に……というより自分自身の身を守るために、康大は必死で頭を動かした。

 幸いにもアイディアはすぐに浮かんだ。すぐにアスレチックを連想したことが良かった。


「……命綱ってある程度の長さがあっただろ? それを落ちないように身体に巻き付けるっていうのはどうだ?」

「巻き付けるでござるか……」

 圭阿は顎に手を当て考える。

 落ちる自分達を絡め取ることが出来たのだから、それぐらい簡単だろうと康大は思っていたが、勝手が違うのか。

 康大はそう思っていたが、


「しかしそれでは少し下山が遅くなってしまうでござる……」


 忍者の思考回路は文字通り一筋縄ではいかなかった。


「少しぐらいいいだろ!」 

 康大は思わず怒鳴った。

 やはり忍者とは一生わかり合えそうにない。


 その後圭阿は渋々3人の身体に縄を巻き付ける。

 ザルマだけはやたら締め方が緩いように見えたが、さすがに最後はしっかりと締め、ザルマは恍惚の表情を浮かべた。


 縄で安全を確保しての下山は、まさにアスレチックそのものだった。途中スピードが出過ぎて崖にぶつかりそうになったりもしたが、登りに比べれば天と地だ。

 もし康大の体力がほぼ全快であったなら、それなりに楽しめただろう。

 しかし、一晩寝ただけではひ弱な現代っ子ゾンビの体力は回復しない。

 とにかく康大はなるべく体力を使わないよう、重力に任せてゆっくり進んだ。

 こうなることを最初から見越して、康大は最後尾に立候補していた。

 前を進むハイアサースとザルマは既に体力が回復しているのか、楽しみながら進んでいる。


(まあ下りは楽そうでよかった)

 標高が低くなったことで生じる()()()()をすっかり忘れ、康大は暢気にそう思い込んでいた。


 そして山の中程まで来た頃。


「そういえば鳥が襲ってくるんだった!」


 康大はそれに身を以て気付かされた。

 

 その後両手で鳥を払い、前を進む3人を死ぬ気で急かしながら、這々の体でようやく山越えを終えることが出来たのだった……。

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