第4話
康大の試練は終わらない。
標高が高くなり、鳥による襲撃がなくなってもそれは変わらない。
ただ次のステージに移っただけだ。
「・・・・・・」
康大は目の前に広がる光景に呆然とした。
縄を渡り切る前は、後は下り道を通ればこの山を越えられるものと思っていた。
それなのに、まさか更なる苦行が待ち構えていたとは、夢にも思っていなかった。
「……なんぞこれ?」
しかもかなり難易度を上げて。
縄を渡り追えた圭阿に引き上げられた康大は延々と続く尾根の連なりに、まず第一歩を踏み出すことすらできなかった。
辺りは申し訳程度の野草と苔がむしているだけで、平らな、人間の歩行に足る平地的部分が全くない。
今4人が立っている岩の上から先は全て三角形の頂点で、歩く以前に「そもそも立てるのか?」という問題から、まずどうにかしなければならないほどだった。
「それでは行きましょう」
「いやいやいや」
康大はすぐに行動を開始しようとした圭阿を全力で止める。
ハイアサースとザルマも、今回は康大を軽蔑したりはしなかった。圭阿以外の人間には、どこをどうやって進めば良いのかすら分からない。
「どうやって?」
「どうやって、とは如何に?」
「いや、だからこんな三角木馬の上……って行っても分からないか、とにかく道とは呼べない三角形の頂点の上を、どうやって歩けと」
「このようにでござる」
圭阿はそう言うと、こともなげにその頂点の上を歩き始める。
いや、歩くというより山頂を足の指の間に挟みながら、飛び跳ねていた。
いちおう忍者らしく足袋のような物を履いているが、同じ物を履いたところで康大達に同じことは絶対に出来ない。
何故出来ないのか理解出来ない圭阿は、助けを求めるようにハイアサースとザルマを見た。
2人は無言で首を横に振った。
今回ばかりは2人も圭阿の無茶に声も出ない。
「この程度のこと、誰にでも出来ると……。少なくとも里では出来ないものはおらなんだでござる」
「忍者の基準高いな。オリンピック出場が最低レベルなのかな?」
康大は圭阿の突飛ぶりにため息を吐いた。
あまりに世界が違いすぎて、皮肉すら満足に言えない。
「残念ながら圭阿卿のように身軽に移動することは、さすがに私達には不可能です。もっと堅実に進まなければ、一歩も進まないうちに谷底までまっ逆さまでしょう」
「・・・・・・」
ザルマの初めて聞いたような建設的な意見に、康大もハイアサースも首を縦に振った。
圭阿は無言でザルマを睨み付けるが、残念ながらザルマ本人にとってはご褒美以外の何物でもない。
「……ッチ」
圭阿があからさまに舌打ちをする。
康大は不快感を覚えるより、「忍者にも舌打ちってあるんだなあ」と妙なことに感心した。
そしてザルマは喜んだ。
「貴様、そこまで言うのだから何か考えがあるのだろうな」
八つ当たり気味に圭阿が言った。
ただ、幸か不幸かザルマも考えなしに言ったわけではなかった。
「大した案ではありませんが、せめてこう行けば多少はマシになるのでは?」
そう言いながらザルマは岩場を降り、山道の頂点の部分を両手で持ちながら、急斜面に足をかけ、横ばいに移動する。
圭阿のように頂点部分を歩くことをそうそうに諦め、斜面を斜めに移動することにしたのだ。
また斜面は完全な平面ではなく、足をかける場所もあったので、危険ではあるが進めないこともない。
また、ザルマは自分が先行し足をかけるべき場所を伝えながら進むとも言っていた。
有り体に言って、自分がインストラクターとなり、ボルダリングの要領で進もうというわけだ。
「なるほど、確かにこれなら出来ないこともないか」
康大は素直に感心する。
当たり前の行動のようで、実際ザルマがやってみるまで康大はそれに気付けなかった。たとえザルマの提案でも、自分が気付けないことを思いついたのだから、意固地になって否定したりはしない。
ただ、昔の、ゾンビ騒動に巻き込まれる前の斜に構えていた頃の自分なら、そうしていただろう。
このセカイに来て大分考え方も変わったなと、康大は心の中で苦笑した。
圭阿は慎重に横ばいに移動するザルマに不満顔のままだった。
しかし、康大とハイアサースがザルマの指示で移動し始めたので、文句も言えない。
仕方なくといった様子で、圭阿は上から3人が落ちないように見守りながら先へ進んだ……。
いちおう尾根を進めるようにはなったが、スピードは遅い。
隊列は崖登りの時とは違い、ザルマが先頭で指示、その次に康大、ハイアサースと並んだ。
そしてここでもやはり康大が足を引っ張った。既に疲労困憊で、現時点で気力で動いている康大はすぐに遅れ、その度にザルマが歩みを止める。
圭阿に次いで身体能力の高く、重い鎧もそれほど苦にしないザルマは終始不満顔であったが、圭阿の手前もう文句を言ったりはしなかった。
ただ今回は康大以上にハイアサースが遅れていた。
重い鎧を纏っている上に、力は康大よりも無い。そもそも純粋な腕力だけなら康大は圭阿さえも凌ぐ。
今回の登山はその腕力が重要で、とにかくしっかり斜面を掴まなければならない。力が弱ければ滑落してそのままおしまいだ。
ハイアサースにはそれが困難で、移動する体勢もかなり不安定であった。
康大も出来れば助けてやりたかったが、残念ながらハイアサースに手を貸すほどの余裕もなく、「大丈夫か?」と声をかけてやることしか出来なかった。
康大の言葉にハイアサースは苦笑する。
「お前に心配されるとは情けないな。だが大丈夫だ、心配してくれてありがとう」
「そう言うなら良いけど……。回復魔法で何とかならないか?」
「一時的に疲労を取る魔法ならあるが、今の状況でそれを使えばその後すぐに激痛に襲われて、歩くどころではなくなるだろう」
「疲労回復のサイクルを強引に早めるだけか……。圭阿、何とかならないか?」
「疲労を瞬時に取ることは無理でござるが、安全のためにはいあさーす殿と康大殿には腰に縄を巻いておきましょう。それを拙者が握っていれば、落ちる事はないはずでござる」
「すまない」
ハイアサースは軽く頭を下げた。
しかし、命綱をつけられてもやはりハイアサースの負担は大きい。
珍しく康大が遅れるハイアサースに気を使い移動を止め、進行スピードはさらに目に見えて遅くなった。
そうしている間にもハイアサースの腕力も弱くなっていき、
「うわっ!?」
本日10度目の滑落未遂を迎えた。
「よっと」
慣れた動作で圭阿は落ちる寸前のハイアサースの縄を引っ張る。
鎧を含めたハイアサース体重が自分の倍以上あろうが、上手く身体を使える圭阿にはそこまで難しい作業でもない。
「迷惑をかける」
「別に構わんでござるよ。拙者がお二人に無理強いをさせてしまった以上、責任はとるでござる」
「まあその点に関してはお前も十分反省して……うん?」
その時ハイアサースは、自分の手に握られていたものに気付く。
おそらく落ちる際、「溺れる者は~」の態で思わず掴んでしまったのだろう。
「これは……」
そのまま捨てるのも何か忍びないので手を開き確認すると、それが花であることに気付いた。
小さいが、青い縁に象られた薄桃色の大きな花弁が美しい花だった。
「ふ、私もこんな所に健気に咲いているこの花に笑われぬよう、もう少し頑張るか」
「おや?」
叙情的な感想しか持たなかったハイアサース以上に圭阿はその花に興味を惹かれ、近づいてくる。
その様子に気付いた康大も足を止めた。
「どうした?」
「これはふぁじーる草でござるな。はいあさーす殿は良い物を見つけられた」
「ファジール草?」
田舎暮らしのハイアサースでも聞いたことがないのか、首をかしげる。当然別世界の康大が知るわけもない。
そんな2人に圭阿は分かりやすく説明した。
「ふぁじーる草はこの世界に来てから知った薬草でござる。高山にわずかに生え、それを煎じて飲むと体調は瞬時に回復し、平常時の何倍もの力が溢れ出すというものでござる」
「へえ、そりゃまた便利だな」
確かにそんなドーピング的な薬草なら、あって困ることはない。
康大は感心し、ハイアサースから花を受け取り匂いをかいでみた。
匂いに効果があるかは分からないが、桜に似たその香りをかぐと少しリラックス出来た気がした。
ただこの話には続きがあった。
「その変わり、服用した翌日には血反吐を吐いてくたばるでござる」
「毒じゃねーかよ!」
康大は思わず突っ込み、反射的にファジール草を投げ捨てた。
それを咄嗟に圭阿が拾う。
「捨てるとは勿体ない。触るだけなら問題ないでござるよ」
「いるかそんなもの!」
「確かに康大殿には不要かもしれんでござるが、忍者道具としてはかなり有効なのでござるよ」
「忍者道具というより、思いっきり暗殺道具だろ」
康大はため息混じりに言った。
そんな康大の呆れに、圭阿は首を横に振る。
「残念ながら、康大殿にとってはただの草でござる。実は康大殿が毒に強いという話を聞いてから、折を見ては食事に毒を仕込んでいたのでござるが、今のところただの一度も効果は出なかったでござる」
「お前いくらなんでもやってい事と悪い事があるぞ!!!」
康大は久しぶりに心の底から怒鳴った。
しかし圭阿はどこ吹く風だ。
「まあまあ、自分の身体を良く知るというのは大事なことでござるよ。それに、使いようによっては薬にもなるし、拙者ならこのままでも有効に使うことができるでござるよ」
「たとえば?」
「自決用」
「結局碌でもないな……」
康大は再びため息を吐いた。
その後、圭阿はファジール草を懐にしまい、先行しすぎたザルマと合流して移動を再開する。
縄を渡り追えた時点で夕方近かったため、未だ山を越えない内からもうすっかり日は落ち、ほとんど進めないうちに夜になった。
ただでさえ足場の悪い尾根伝いで、暗闇の中進むのは誰がどう考えても自殺行為である。
大幅に予定が狂い焦っていた圭阿もそれは理解できたようで、星が瞬き始めた頃、これ以上の進行は不可能という決断を下した。
「今日はここまででござるな」
「……はあ」
康大は大きく息を吐いた。
朝から歩き通しで、もはや足は完全に棒だ。
とはいえ、未だ尾根伝いを抜けておらず、目が届く範囲にゆっくり休めそうな場所は見当たらない。辺りはむき出しの岩肌で地面はごつごつしており、最初に休めた岩が奇跡にすら思えるほどだった。
これは座るどころか、また立ったまま休むことになるだろう。
康大がそう思い始めた頃、あたりの様子を探っていた圭阿から思わぬ情報がもたらされる。
「……少し進んだところに、野営の準備があるでござるな」
「マジか!? 具体的には!?」
「てんと……というのでござるか。それがぽつねんと1つだけ。他には何もないようでござる。周りに人がいる様子もござらん」
「これは神の思し召しに違いない! すぐに利用しよう!」
ここまでの道程で疲労の極致に達していたハイアサースは、すぐにそう提案する。
「しかしどうも話がうますぎる気が……」
康大も同じように疲労していたが、さすがにそこまで無警戒ではいられなかった。
こんな前人未踏とも思える場所にキャンプ場があったり、行楽に来るような人間がいるわけがない。どう考えても山賊あたりが利用しているそれだろう。
康大と同じような推測をしたのか、圭阿は「とりあえず拙者がもっと詳しく見てくるでござる」といい、改めて偵察に出かける。
圭阿は数分ほどで戻って来た。
星明かり以外無いような環境では、圭阿が何をしていたのかどころか、そのテントがどこにあるのかさえ康大には分からない。ただ、圭阿の様子から察するに、特に危険はない事は理解出来た。
「てんとの中には寝具がいくつかあっただけ、周囲には火を熾した跡があったでござるが、人の気配は皆無でござった。おそらくもう既に出払った後でござろう。目的は分かりませなんだが、あそこはあくまで一泊するためだけの借宿と言って良いはずでござる」
「つまり俺達が寝床として利用するには――」
「まず問題はないかと」
「ならばすぐに行こう!」
一秒でも早く寝たいのか、ハイアサースが率先して止めた足を進める。
「ぬわぁ!?」
そしていきなり踏み外しそうになった。
圭阿が咄嗟に未だに繋いである縄を引っ張り、なんとか事なきを得る。
足場は未だ満足に存在せず、落ちればゾンビから完全な死体にクラスチェンジだ。
「急がば回れだぞ」
康大はハイアサースにそうアドバイスする。
言ったところで聞くものとも思えなかったが。
(それにしても――)
さっきからやたら静かなザルマが、康大には少し気になった。
ザルマの体力はまだ充分残っているようなので、てっきり偵察に行く圭阿に、嫌がられながらもついていくものとばかり思っていたのだが。
「おいザルマ」
「・・・・・・」
「なんだよ、無視かよ、おい!」
康大は強めに肩を揺らす。
そして気付いた。
「こいつ……立ったまま寝てる!?」
神経の作りが人類としてあまりに単純なためか、圭阿にそう調教されたのか、どうやらどこでも寝られる体質らしい。手を離したら即死という環境なのに、その恐怖心も一切感じられない。
康大は少し考え、
「それじゃあ行くか」
ザルマを無視してテントに向かうことにした。
立ったままでも寝ているのだから、起こしたら可哀想だ。
というより、この大男がいなければ、寝られるスペースも広くなる。別に危険もなさそうだし起こすのも面倒だし、何より自分が早く休みたい。
――以上の理由から、康大はザルマを置き去りにして、ハイアサース達に続いた。
テントまで距離で言えば100メートルほどだったが、その程度でも暗い夜道はかなり難儀した。実際、ハイアサースだけでもなく、康大も何度か足を滑らせる。
その度に圭阿に助けてもらい、テントまで到着した頃には圭阿もかなり疲れた顔をしていた。
「よーし、寝るぞ!」
そう言っていきなりテントに入ったハイアサースと違い、康大は自分でも最低限周囲を調べる。
テントは何かしらの動物の皮を使った丈夫そうな物で、支えるための綱が周囲の岩肌に張り出していた。ただ逆に言えばその程度の設備しかなく、簡易的なものであることは明らかだった。
あらかた観察した後、康大はハイアサースに遅れて中に入る。
「ぐー」
中ではハイアサースが既に寝息をかいていた。
下は岩だが真っ平らな地面であるため、今までいた場所に比べればはるかに寝やすい。それ以前に寝られるというだけで段違いだ。
胸の締め付けがよほどきつかったのか、胸当てだけをはいであとはそのままにし、寝ている。
「……ごくり」
呼吸の度に上下に大きく揺れる胸を見ながら、康大は思わず息を呑んだ。最大の理性を発揮し手は伸ばさなかったものの、視線だけは逸らすことが出来ない。
「拙者しばらく外に出ていましょうか?」
「うわっ!?」
唐突に圭阿から話しかけられる。
完全に気を抜いていた康大は思わずその場に尻餅をついた。
「なんだよいきなり!?」
「いえ、今なら夜這いの好機ですし康大殿もその気でしたから、拙者は席を外してようかと……」
「そこまで気を使わなくていい!」
康大は全力で抗議する。
康大も思春期まっただ中の男子高校生だ。できるものならしたい。
しかし、寝込みを襲ったことが後でバレたら、これ以上ハイアサースと一緒に旅を続けられなくなる。たとえハイアサースが許しても、康大自身が居たたまれなくなり、一緒の空間にいられなくなるのだ。
小心者の康大には、お互いの同意があるまでは、手を出すリスクは負えなかった。
「俺は強姦魔になるつもりはない」
「今の状況なら多少無理しても大丈夫と思うでござるが……」
「そんなことできるか。それよりどう思う?」
「・・・・・・」
どう、が何を差しているのか圭阿は聞かなかった。
聞く必要などない。
それが、誰が何故今場所にこんなテントを立てたのか、という質問であることは明らかだ。今、それ以外に話すべき事もなかった。
「そうでござるなあ……」圭阿はそう前置きして話し始める。
「まずここはつい最近使われたのでござろう。それはたき火の跡から明らかでござる。拙者達同様、どうしても生誕祭前に王都に行かねばならぬ者達が使ったのでござろう。それもおおっぴらに関所を通れない者達が。この点は間違いないでござる」
「途中その形跡はあったか?」
「少なくとも縄を使われた形跡はありませなんだ。尾根伝いに関しては、使われたとしてもそうそう分かるものではござらぬ。おそらく尾根伝いに出るまでは別の麓から出発し、そこから拙者達と同じような道を進んだのかと」
「なるほどな。じゃあここを使った奴に心当たりは?」
「ありませぬ」
圭阿は断言する。
「実を言うと、いま王都は魑魅魍魎が跋扈する人外魔境も同然。そして件の生誕祭でその歪みは頂点を迎えるでしょう。どんな輩が入ってきても、おかしくはござらぬ。尤も――」
「尤も?」
「その者の達の中に、魔術師がいることはほぼ確実でござるな。これは普通の人間には無理でござる」
そう言って圭阿は地面を叩く。
康大はその地面を撫で、圭阿の言葉の意味をすぐに察した。
少し考えれば、こんな崖だらけ岩場で、抉れたように真っ平らの地面などあり得ない事が分かる。これは明らかに人工的な結果だ。
そして大型重機がないこの世界でそれが出来るのは、魔法しかない。
「さらにこちらは昨日今日作られたものではないはず。かなり以前より準備し、今回侵入した連中を手引きした者がいるのでござろう」
「面倒そうだな。俺達には無関係なスパイであることを祈ろう。まあどだい無理な話だけど」
「・・・・・・」
康大の愚痴ともとれる言葉には応えず、圭阿が神妙そうな顔をする。
話の流れからだけでは、康大には圭阿が何を考えているのかは分からなかった。
ただ、あまり良い話でないことだけは確信できた。
聞きたくはないが、立場上聞かざるをえないだろう。
何より圭阿の目が「早く聞け」と訴えている。
「何か言いたいことがあるようだな」
「……康大殿は王都の現状をどれほど知っているでござるか?」
圭阿は話を聞いて欲しかった割には、もったいぶって康大の質問に直接答えない。それどころか質問に質問で返す。
仕方なく康大がため息混じりに答えた。
「全く。この国に関する情報はフォックスバードさんから一切聞いてないし、お前とハイアサースしか情報源もいない」
「然らば、ここで最低限の事は知っておいた方がいいかもしれないでござるな。あまりに無知では色々と不都合があるでござるから」
「それが言いたかったわけか。お前俺にがっちり今回の件に首を突っ込ませて、逃げられなくするつもりだな」
「さて」
圭阿はすっとぼけた。
「では説明を始めまする。まずこれから向かう王都には当然国王陛下がおり、これからは行われる生誕祭は、その国王陛下の誕生日を祝う祭……この事に関してはよろしいでござるか?」
「さすがにそれぐらいは今までの話から理解してる」
「ではその国王陛下が老齢で、幾人かの後継者候補がいることは?」
「・・・・・・」
康大は無言で首を振った。
ーー首を振りながら、「いかにもな後継者争いの構図だな」と心の中で思った。
「現状後継者候補は二人に絞られているでござる。長庶兄のアムゼン殿下に五歳下で正嫡のコアテル殿下がそれでござる。アムゼン殿下は幼き頃より文武に優れ人望が厚く、庶子でありながら後継者候補筆頭と見なされておりました。ただ、血筋で言えばコアテル殿下の方が圧倒的に上で、本来なら後継者争いも起こらないはずでしたが……」
「そのコアテルが無能で何か大失態をしたわけだな」
「・・・・・・」
圭阿は少し迷って首を縦に振った。
「如何様。コアテル殿下は幼き頃は明敏な方でしたが、初陣のモンスター討伐で大失態を演じ、以後内にこもり我が儘で狭隘な王子になられ……。王家の重要な催事にもほとんど顔を出さず、ついには正式に国王陛下から跡継ぎ失格の烙印を押されたのでござる」
「となると今の正式な跡取りは庶兄のラムゼンの方なのか。そりゃ荒れる要素満載だな」
「如何様。然れども、国王陛下がご健在ならそこまでの大事にはならなかったはずでござる。陛下は飛び抜けた才知をお持ちの方ではありませぬが、堅実で良く人を納める才は持たれた方でありましたから」
「過去形……ということは今その国王陛下が危篤の状況にあると?」
「・・・・・・」
圭阿は哀しそうに首を振った。
「それならまだましだったでありましょう。むしろ陛下は壮健であられまする、その御心を除いては」
「御心……ねえ。乱心……というのは言いすぎか。つまり呆けたのか?」
「・・・・・・」
圭阿は再び迷い、それでもやはり首を縦に振った。
「如何様。今の陛下は何を言い出すか、側近の誰も予測できない状況でござる。さらに今回の生誕祭で、重要な発表があるとも広言されました。そこで今まで冷や飯を食っていたコアテル殿下の派閥が俄然息を吹き返し、王都は今百鬼夜行の巷と化しているでござる」
「とりあえず状況は理解出来た。それで、お前がいるインテライト家は、そこにどう関わっているんだ?」
「それは未だ言えませなんだ」
「なんでだ?」
「こうして協力してもらっているのは、あくまで拙者の一存。未だいんてらいと家から見れば、康大殿は部外者でござる。にもかかわらず色々と内情を知っていたら、決して御当主様も良い顔を……最悪口封じも考えるかもしれませぬ。康大殿には返す返すも面目がありませぬが」
「まあ確かに俺もそこまで泥船……というか泥沼に嵌まる気もないから、そっちの方がいいかもしれないな」
出来ることなら王都観光して、すぐに立ち去りたかった。今の話を聞いたらその気持ちは余計に強くなった。
「ただ拙者の一命に賭けて、決して粗略には扱いませぬ。その点は信じて下され」
「ああ。まあ、そうだな……」
康大は気のない返事をして横になる。
そろそろ眠気もピークに達していた。
それにこれ以上は話すべき事もない。したところで、圭阿の弁明が続くだけだろう。
背負っていた荷物を枕にし、康大は目を閉じる。
背中に硬い岩が当たっても、平らではあったのですぐに睡魔も訪れた。
【おひさー】
そしていきなり話しかけてくる下っ端女神。
今までのような登場演出すらない。
ほぼ真っ暗なバックに唐突に姿を見せる。
「……こんばんは」
【なんか山登ってたみたいね】
「ああ」
【実はあたしも今キャンプしているのでした!】
そう言ってミーレは何かを開く。
するとその先には康大のいる場所と同じような、一面の星空が広がっていた。
どうやらテントの中にいて、わざと暗くしていたらしい。
尤も今いる環境がほぼ同じなのは、あくまで偶然だろう。そこまで自分に迎合する女神ではない。
そして異世界のキャンプと女神世界のキャンプでは、大分様相が違った。
【そしてこれ! アルフ○スの少女に出来そうなチーズ!】
ミーレは近くにあったたき火に、鉄串に刺さったチーズの塊を近づける。
疲労で瞼を再び開くことさえ出来なかった康大には、伏せ字について突っ込むことすら出来ない。
【いやあ、一度やってみたかったんだよね。これをパンに乗っけて……っと。うめえ、まじうめえ! トーストの宝石箱や! そりゃクララも立つし爺も人殺すわ。いやあ、碌な物食べられないアンタが本当に可哀想。別に異世界にいる分際で、アタシよりいい物食ってたことに対する当てつけじゃないからね。そこは勘違い……】
「・・・・・・」
ミーレがどんなにまくし立てても、康大に反応は無い。
【もしもーし、今ならおっぱい触らせてやっても良いぞ】
「・・・・・・」
【ここまで言っても反応がないとは】
ミーレは首をかしげた。
そして気付く。
【こ、この男目を瞑ったまま寝ている!?】
「・・・・・・」
「当たり前だろ!」と突っ込むことすらなく、康大は深い眠りに落ちる。
【なんだよう! 慣れない環境で目が冴えて暇になった美しい女神様の相手をしろよう! 都会っ子のアタシには田舎の夜は暇なんだよう! もう、会社から帰るとすぐ寝られるのに、何でこういう所だと一向に眠くならないのかなあ! これって化学的に証明できるんじゃないですかね!?】
女神の愚痴は最初から最後まで一言も康大の耳に届くことはなかった……。




