第40話
「マクスタムって、確かジャンダルム抜けた先のアジトみたいな所で会った、おっかな……恐ろしい人のことだよな?」
「言ってることがどっちでも変わらんぞ。ただその認識で間違いはない。この矢はマクスタム殿が使っている物。このタイミングでうり二つの物を赤の他人が使っているということは、常識的に考えてあり得ん」
圭阿ではなくザルマが答える。
ザルマがすぐに名乗ったのは、矢の家紋を見たからだ。
このセカイにおいて、身分の上下を問わず戦士は矢に焼き印をし、自らの弓働きを証明するのが通例となっている。
「でもなんでインテライト家の人が――」
そう言った康大に向かって、マクスタムは弓を引き絞った。
その目には、多少マシになったものの未だしっかり殺意が籠もっている。
「く――!」
「動くな!」
「――!?」
圭阿はマクスタムに向けて投げようとした苦無を、反射的に止めた。
そこまで長い付き合いではないとはいえ、圭阿の行動を抑止出来るほどの威厳と恐怖を、マクスタムはこれまでに植え付けていたのだ。
ただし、ジェームスに対しての抑止力はそこまででは無かったため、ジェームスは剣を構えたまま、一気にマクスタムとの間合いを詰める。
さすがのマクスタムも圭阿の苦無との連係攻撃であったら、この一撃を完璧に防ぐことなどできなかっただろう。
しかしジェームスの突きのみでは、いったん矢を収めた弓で完璧に防がれる。
ジェームスの攻撃はあまりに正確だったため、むしろ狙いも分かりやすかった。達人同士の攻防は、一撃が致命傷になるかわりに、攻撃そのものはほとんど当たらないものだ。
逆に相手との力量差があれば、一瞬で勝負はついた。
今回もその例に漏れない。
マクスタムはジェームスの突きを防いだだけでなく、振り回した弓の慣性を利用し、やや体制が崩れたジェームスをそのまま吹き飛ばす。
自分から後ろに飛んだとはいえ、ジェームスはかなり遠くまで吹き飛ばされる。
近接武器同士の戦いならそこまで問題はないが、これが弓対剣の場合、致命的な間合いとなる。
マクスタムは再び一瞬で矢を番え、それを態勢が完全に崩れたままのジェームスに向けて放った。
マクスタムによって放たれた矢はうなりを上げジェームス……どころか康大の横を通り過ぎ、後ろにいたハイアサースの髪の一房を切り裂く。
もちろんそれが狙いだったわけではない。
マクスタムの獲物は、ハイアサースの更に後ろ、漆黒の闇の中にいた。
「・・・・・・」
脱出口から康太たちを追ってきていた暗殺者は、一言も発することなく絶命する。
マクスタムの矢は過たずに、眉間を頭蓋骨ごと貫いたのだ。
たとえドーピングをしていても、脳幹を破壊されれば生きてはいられない。
ただ、その手際があまりに見事だったため、康大達はしばらくしても状況がまだ理解出来なかった。
「おまえらぐずぐすするな! そんなところに立ち止まっていたら死ぬぞ!」
マクスタムが吠える。
最も早く状況を察した圭阿は、未だぼうっと突っ立っている3人の手を引き、強引に外へと連れ出した。
ジェームスもマクスタムの立ち位置を理解し、踵を返して地下道に向かって投げナイフを放る。
そこそこの手練れだったら、ナイフはこちらに向かって逃げている圭阿達に当たっただろう。
だが、ジェームスはそこそこレベルの使い手ではなかった。
ナイフは4人の間を縫うように進み、後ろから来ていた、別の暗殺者の喉を切り裂く。
マクスタムほどの膂力がないためか狙いがそれほど正確でなかったためか、今度の暗殺者は血をまき散らし、その場でもがき苦しんだ。
康大達もそこでようやく状況を理解することができた。
「追いつかれてたのかよ!?」
「そうだ。お前ら役立たずはそこらへんで邪魔にならないよう丸まって固まっていろ。目障りだ」
「あ、わ、私も!」
「目障りだ」
剣を取り、加勢を申し出たザルマをマクスタムは同じセリフで退ける。
圭阿の前で汚名返上しようとしたザルマは、がっくりと肩を落とし、言われた通りその場で丸まる。
ハイアサースも状況を弁え、今回はしゃしゃり出たりせず、役立たず同士地下道出口から離れた場所で固まった。
もちろん最初から加勢する気などない康大は、率先して邪魔にならないようにする。
ただ、その間にも頭はフル回転させていた。
(マクスタムさんがいるってことは、今グラウネシアと戦っているのはインテライト家の人間って事だよな)
ここに来るまで、インテライト家がグラウネシアと通じている可能性も康大は考えていた。インテライト家がコアテル陣営にいるのだから、それは当たり前の推理だ。
けれど、マクスタムはグラウネシアとは明らかな敵対関係にある。
コアテル謀反の話を聞いて、咄嗟にアムゼンに乗り換えたのだろうか。
(いや、そう考えると手際が良すぎる)
それは状況的にあり得ない。
戒厳令が敷かれている王城から情報を持ち出し、さらにグラウネシアの襲撃を予期して臨戦態勢を取るなど、よっぽど事情に精通していなければできないことだ。
それこそグラウネシア来襲を事前に知っているぐらいでなければ。
(それならグラウネシアに内通していて、さらにまた裏切った、もしくは二重スパイって可能性の方が高いだろうな)
――などと康大がああでもないこうでもないと考えている間に、戦況は刻一刻と変わっていく。
インテライト家の兵士達はほとんどが寄せ集めの傭兵で、お世辞にも統制の取れた集団ではなかった。
けれどマクスタムの統率力は抜群で、本来個人の戦力でも劣るはずの彼らが、薬で強化されたグラウネシアの暗殺者達とほぼ互角に戦えている。
圭阿も爆裂苦無で地下道の入口を塞いでから、マクスタムの指示で動いていた。
また圭阿だけでなく、ジェームスも本来縁もゆかりも無いマクスタムの指示で動く。このあたりの柔軟さが、ジェームスの武器なのかもしれない。
2人が指揮下に入るまで、戦況は一進一退……どころかかなり押されていた。
どんなに卓越した指揮能力があったとしても、小規模な戦闘では兵士の能力が物を言う。そしてマクスタムが一騎当千の実力者でも、指揮を執りながらでは力を十分に発揮出来ず、また指揮を執らなければ部下が逃げるかもしれない。
けれど2人が現れたことによって、流れは一変した。
圭阿とジェームスは、元より薬で強化されたグラウネシアの暗殺者以上の力がある。
さらに2人とも、マクスタムほどでないにせよ指示を出せる。
そのためマクスタムは、途中から部下の指揮を2人に任せ、個人の戦いに専念するようになった。
マクスタムは弓以外にも、槍斧が得意なようで、長大な獲物をすさまじい勢いで振り回す。
その筆舌に尽くしがたい旋風は、間合いの外にいた暗殺者の腹をも切り裂き、そこから臓物を露出させる。柄のあたりまで近づいている暗殺者も、そのとんでもない力で弾き飛ばされていた。
言うまでも無く刃の部分が直に当たった暗殺者は、背骨ごと真っ二つだ。
さらに暗殺者が恐れを成して遠巻きに移動すれば、間髪入れず弓で貫き、まるで視界がそのまま間合いになっているようであった。
圭阿もジェームスも怪我一つ追わず優勢に戦っているのだが、マクスタムに比べるとまるで子供と大人の喧嘩だった。
部下達も圧倒的に優位になった戦況を理解し、逃げ出したりはせず彼らなりの力で戦う。
やがて東の地平線に太陽が顔を見せ始めた頃、夜のとばりと一緒に戦いは終焉を迎えた――。




