第39話
「生きていたでござるか」
「あいにくと」
ジェームスが降りてきたのを確認すると、圭阿は入口に向かって爆裂苦無を放る。
その結果、粉々になった床やら壁やら家具やらその他瓦礫が落ち、入口は完全に塞がれた。康大達も戻ることはできなくなったが、端からその気はない。
これである程度の余裕は出来た。
康大は念のための奥の手がうまく言ったことに、ほっとする。
「しっかし、こんなものが地下にあったとはねえ」
ジェームスが辺りを見回しながら言った。
階段を降りるとそこは土のトンネルで、奥へと続く道は予想外に長い。トンネルの壁面には松明用の木がかかっていたが、長い間使われていなかったのか、どれも腐っており火が点きそうにはなかった。
ジェームスや圭阿のように訓練し、驚異的な能力を持っていない人間には、歩くのさえ難儀した。
「とりあえずここに留まっているのは得策とは思えないでござる。先に進みましょう」
「先と言われても俺には全然見えないんだが……」
ここにいる人間の中で最も視力が悪い康大には、1メートル先どころか1センチ先も怪しい。階段を降りる際、転ばずに降りられたのが奇跡と思えるほどだ。
「だったら明かりでもつけるか」
ジェームスはそう言いながら、なにやら口の中をもごもごさせる。
それが呪文だと分かったのは、真っ暗闇の中に淡い光の球が突然現れてからだった。
「こういう所で使うと的にになるんだが、さすがにここには敵もいないだろう」
「まあ俺たちが転ぶリスクの方が、はるかに大きいからな。しっかし便利だな。ハイアサースはそういう魔法使えないのか?」
「無茶言うな。シスターなんだから暗くなったらろうそくを使うに決まっているだろ」
「そうだ……ん?」
一瞬頷きそうになった後、康大は首をかしげる。
(どういう意味だそれ……)
別にシスターだって魔法で火をつけても良い気がするが。
――と聞くのもわざわざ馬鹿馬鹿しいので、結局そのまま黙っていた。
それからジェームスが先頭、圭阿が最後尾になって黙々と歩く。中間にいる3人の順番は本当にどうでもいいので、歩いている間にころころと変わった。
未だ信頼できないものの、戦力として計算出来るジェームスが盾として先頭、そのジェームスをいつでも攻撃出来、背後からの敵襲にも対応出来る圭阿が最後尾にいることが重要だった。
「おっと、ここで道が分かれてるな」
ジェームスが立ち止まる。
康大もか細い光源を頼りに辺りを見回すと、今いる場所が丁度十字路の真ん中だと気付いた。
「まさかここに来て迷路とか……」
「先がどこに続いているかまでは分かりませぬが、どの道がどの方向に向かってるかは把握してるでござる」
「おお、さすが忍者。スマホに慣らされた現代人が忘れた方向感覚だ」
「意味がよく分かりませぬが、とりあえずいずこへ?」
「できるだけ王城から離れたい」
珍しく康大は全く考えずに即答した。
保身が関わると決断も俄然早い。
「それはつまり逃げるのか!?」
ザルマが非難を隠しもせずに言った。
言われた康大は平然と、悪びれもせずに「その通り」と肯定する。
「俺達が力を貸したところでたかが知れてる。こういうときは余計な英雄願望なんか持たずに、権力のある人間に任せればいいんだよ。むしろ余計なおせっかいをすれば邪魔になるし」
「むむむ……」
ザルマは苛立たしげに口をつぐんだ。
納得はできなくとも、それが正論だということは理解したらしい。
(ザルマも成長したなあ)
まるで親のような気持ちで康大はザルマを見る。
康大がザルマを年上だと思えたのは、本当に最初の数日だけだ。
それから康大達は王城から離れる方角に向かって、地下通路を歩き続ける。
康大は頭の中に描く王城の広さから、せいぜい数十メートルも歩けばすぐに出口が見えると思っていたが、道は直線ではなく曲がりくねり、予想以上に長く歩かされた。圭阿がいなければ、戻っているとさえ感じただろう。
「出口は近いでござるな。風の臭いが変わってきました」
しばらくして圭阿がそんなことを言ってきた。
当然康大には分からず、他の仲間達も同様だった。外はもう暗いので、明かりが差し込むことすらないのだから。
ただ、先頭のジェームスは当然理解しているようで、歩みも微妙に遅くなる。
やがて――。
「……外に誰かいるな」
不意にジェームスが足を止める。
おそらく出口付近なのだろうが、ここまで近づいても康大には未だそれが分からない。
野性の勘が康大よりはマシなのか、ハイアサースとザルマはそれなりに理解しているようで、「待ち伏せか?」と言い合っていた。
「とりあえず拙者とじぇーむすが先に外に出るでござる。康大殿達は指示を待ってから動いてくだされ」
「分かった」
外の空気の臭いは分からずとも、場の空気が変わったことなら康大でも理解出来る。
表情を改め、心持ち腰を落としていつでも動ける体勢を作った。ザルマは剣を抜き、ハイアサースは彼女なりの構えを取る。剣があったとしても使えないのだから、修道服でもあまり違いはない。
圭阿とジェームスは目配せし、ゆっくりと通路の出口に向かった。
先ほどのやりとりで、多少は意思疎通もできるようになったのだろうか。
通路の終点は岩で塞がれていた。
外気はその隙間から流れてきたのだろう。
圭阿とジェームスは特に何も言わず慎重に岩をどけていく。
ここが隠し通路なのだから、出口も隠されていて当然――。
康大は淡々と作業を続ける2人を見て、そんなことを考えた。
何も無ければ手伝った方がいいのだろうが、外には誰かがいる。
ならば自分が手を出したところで、邪魔になるだけだ。そもそも手伝いが必要なら圭阿が頼むだろう。あれで結構人使いは荒い。
しかし、それが分からないザルマは率先して親切心から手伝おうとした。
「邪魔」
それを圭阿が冷たい視線とたった一単語で止める。
ザルマは小さくなり、康大やハイアサースと一緒に背後からその作業を見守った。
岩は出口――正確には入口か――を隠すためのが目的で軽く小さなものばかりだったのか、作業はすぐに終わった。ギリギリどころか、最も背が高いザルマでさえ中腰になれば充分通れるほどの空間もできる。
道ができたところで、ジェームスは魔法の光を消す。
さすがに外に誰かいるのだから、もう使うわけにもいかない。
その中を抜き足差し足で、まず圭阿が進む。
夜とはいえ、外は星明りがある。洞窟よりはまだ明るかった。
とはいえ、現代人のコウタには全く見えない。現地人のハイアサースやザルマも、あまり遠くだと何があるのかよく分からない。
けれど圭阿は、わずかな光源だけで周囲の状況をほぼ一瞬で把握する。
「どうやらそれなりの人数がいるようでござる」
――そう小声で切り出し、康太たちに出口付近で留まるよう指示する。
「血の臭いとこの殺気だった空気は、おそらく既に戦いが始まっている最中かと」
「そもそも今いる場所はどこら辺なんだ?」
「ほぼジャンダルムの麓でござる」
「やっぱり結構歩いてたんだな……」
康大は妙に感心した。
よくここまでトンネルを掘れたものだ。魔法の力があったとしても、そう思わずにはいられなかった。
「康大殿、如何するでござるか?」
「う~ん、そうだなあ」
頭脳労働の仕事が咄嗟に回ってきたため、一拍おいてから康大は頭を回転させる。
「戦っているということは、確実にどっちかが味方って意味でもある。できれば合流……というか庇護してもらいたい。圭阿には判断つくか?」
「残念ながらこの位置では……」
「ジェームスは?」
「俺も同じだ。まあ仲間なんていないも同然だしなあ」
「・・・・・・」
康大もグラウネシアのスパイという可能性を、まだ完全に捨ててはいなかったが、この分だとやはり杞憂だったようだ。この期に及んで裏切らない理由も無い。
(まあどっちにしろそこまで戦況は変わらないかもしれないけど――)
康大がそう思っていると不意に――。
「誰だ!?」
厳しい誰何の声がかけられた。
ジェームスの時のように、かなり近づかれての声ではない。
それなりに遠くから康大達の存在を認識し、良く通る声で怒鳴りつけたのである。
更に飛んできたのは声だけではなかった。
「ひっ!?」
先頭にいた圭阿やジェームスを横を通り抜け、ザルマの足元に神速とも呼べる速さで矢が突き刺さる。
すさまじい弓の腕だ。いちいち詠唱する必要のある魔法より、はるかに脅威である。
情けなく腰を抜かしたザルマを笑うことなど誰にもできなかった。
圭阿は矢が飛んできた方向を警戒しながら、視線で康大に指示を仰ぐ。
名乗るべきかどうかの判断は、康大に任せていた。
(えっと……)
――と信頼されても、康大にはどうすべきか分からない。
そもそも矢が飛んできたことすら、ザルマが倒れるまで理解出来なかった。この真っ暗闇では何の情報も得られない。
とりあえず何かのヒントになればと、地面から持ち前の怪力で矢を引き抜く。
その矢を見た瞬間、康大ではなくザルマがはっとする。
「ざ、ザルマです! 私はアビ家のザルマです!」
珍しく、康大の許可すら取らずにザルマが叫ぶ。
「……まあいいか」
康大はそんなザルマを諫めたりはしなかった。
自分が何をしていいのか分からない以上、ザルマが勝手に決めても結果は似たようなものだ。むしろ相手に余計怪しまれる前に、とっとと行動を起こした方がいいのかもしれない。
康大の態度を見て、圭阿もザルマをなじったりはしなかった。
もし康大が責めていたら、同時に苦無も飛んできただろうが。
「・・・・・・」
かなり遠くにいたようだがザルマの声も充分大きく、明らかに相手の反応が変わる。
それを圭阿とジェームスはしっかりと理解した。
やがて、警戒心は解かないまでも殺気は大分おさめながら、その誰かが近づいてくる。
一方の圭阿とジェームスは、近づいて来たことでより警戒心を強め、呼吸も自然と速くなる。
その無駄の無い動きから、敵であれ味方であれただもので無いことは明らかだった。
そして康大……には相変わらず何をしているのか全く分からないが、圭阿の視力でなら顔を確認出来る位置までその誰かが近づくと、圭阿はあからさまに表情を変えた。
女の感情の変化に鋭いジェームスはそれを見逃さない。
「知り合いか」
「如何様……」
圭阿は警戒心を緩めた分、困惑を強めながら答える。
「いったい誰なんだ?」
康大が言った。
圭阿は一拍――もったいぶるのではなく自分を落ち着かせるために――おいてから、ゆっくりと言った。
「まくすたむ殿でござる」
姿を見せた逞しきインテライト譜代の騎士は、初対面の時同様無表情で立っていた……。




