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第38話

 このセカイの夜は早いとはいえ、明日は生誕祭である。

 現実セカイでも深夜に該当する時間だというのに、大勢の人間が忙しそうに走り回っていた。

 今まではアス卿やグラウネシアの件があったため、大々的に作業することができなかったのだろう。明らかな急ピッチで進み、歩いているだけで怒鳴られている者もいた。

 そんな様子を宛がわれた宿舎の窓から、康大はかがり火を頼りに見るとも無しに見ていた。


「それにしても何かいまいちしっくりことなかったな」

 康大の背後でザルマが呟く。

 今はクリスタを含めた全員、同じ部屋にいた。全員荷物もここに移し替えている。

 康大が言った通り、広さは充分で寝台の数も困らない程度にはあった。

 アムゼンによると、もともとコアテルの部下が寝泊まりする予定の部屋であったらしい。けれど、コアテルに連座して牢屋に押し込められ空いてしまったので、康大達に急遽宛がわれた、という話だった。

 アムゼンは主を売ったからといって無罪放免とするほど、甘い為政者ではなかった。


「それは私も同じだ。せっかく康大が色々考えたのに、アムゼン殿下が全て却下されるとは」

「・・・・・・」

 康大は外を見たまま何も答えなかった。

 ただその目は明らかに笑っていた。


「しかし長いようで短かった王都滞在も、これが最後の夜か。明日は早そうだしとっとと寝――」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 康大は建物に近づいてくる人影を見て、ベッドに入ろうとしたハイアサースを止める。

 その人影は扉からではなく、建物の壁沿いを伝って登っていく。

 しかもかがり火の焚かれていない場所を巧妙に選び、誰にも気付かれることなく康大のいる部屋の窓へと向かって行った。

 その誰かを理解していた康大は、さっと窓から身体を外し道を空ける。


 そして誰か――ジェームスは音もなく部屋に着地した。


「っと、そろそろ時間だぜ大将」

「みたいだな」

 2人は平然と話し合っていたが、他はそうはいかない。

 未だ寝ているクリスタを除き、全員が康大に詰め寄る。


「なんでその男がここに来る!?」

「さすがにそれは説明してもらわないと納得出来ないぞ」

「拙者も今回ばかりは2人の意見に賛成でござる」

 3人に詰め寄られた康大は、少したじろぐ。

 ジェームスは「未だ言ってなかったのか」と、呆れ顔をしていた。

 康大は観念したかのように話し始めた。


「とりあえずジェームスに関しては裏で色々やってもらってました」

「色々ってなんだ、具体的に言え」

「捕まったアイリーンを通じて連絡し、スパイみたいなことしてもらってた」

「なんなのだそれは!?」

 ザルマは思わず怒鳴る。

 ハイアサースだけでなく、圭阿の反応もこの時ばかりはザルマと全く同じだった。


「いや、あのあと冷静に考えたら、わざと捕まったとは言え、あんなザル警備な場所にいるアイリーンをジェームスが無視するかなって。だからエイプル拘束の暇を見つけて、試しに連絡を取るよう頼んでみたんだ。それでこうなった」

「正直お前が俺に指示を出すなんて想像してなかったぜ」

「以前言ったじゃん。俺の命令に従うって」

「あれ未だ続いてたのか……」

 ジェームスが呆れ半分感心半分といった様子で苦笑した。

 ハイアサースも感心する一方で、


「(何か昔のことを執念深く覚えているようなので、あまり迂闊な真似はできんな)」


 と圭阿に小声で囁いた。

 圭阿は無言で首を縦に振る。


「で、だ。ジェームスに頼んで,

今回エイプルの捕縛後の人々の反応を調べてもらってたわけ。アス卿が死んでコアテルも捕まった状態じゃ、こっちが悪手を打たないと尻尾を見せないと思ってね」

「尻尾?」

「そ、黒幕の尻尾」

 康大はこともなげに言った。

 言葉の意味をハイアサースとザルマが理解する間に、圭阿はすぐに質問する。


「黒幕というでござるが、アムゼン殿下はエイプル公爵が真犯人と決めたわけでござろう。じぇーむす殿と力を合わせても、拙者達だけでは……」

「いや、アムゼン殿下もはなからエイプル卿が犯人とは思ってないさ。そもそもジェームスにやってもらってたことは、アムゼン殿下の密偵の補佐みたいなもんだったし」

「しかし康大殿の提案はアムゼン殿下に却下されたのでは?」

「まあそれが芝居なんだよね」

 康大は楽しそうに答える。

 実際楽しかった。

 自分が名探偵や、名軍師になったかのような気がしたのだから。


「俺は朝食に呼ばれた時、殿下にこう頼んだんだ。俺が「どうぞ許可」と言って裁可を仰いだ場合に限り、賛成なら「それは許可出来ない」、本当に反対なら「却下だ」と答えてくれって。俺の提案は表面上は全部却下されたように見えたけど、実際はほぼ全部通ってたんだ。信頼できる側近だけじゃ手が回らないし、誰がスパイか分からない以上、こうやって情報をかく乱する以外手がなかったともいえるけど」

「つまり敵の目を欺くための謀だったでござるか……」

 圭阿は感心する以上に、どっと疲れた顔をした。

 康大は気付かなかったが、彼女は2人の態度から亀裂が生じることを心配していたのだ。

 第三者的にはアムゼンの態度はあまりに冷淡すぎた。

 それが杞憂と分かっての脱力である。


「で、俺が進言した祝勝会の中止も警戒を強めることも却下され、今の王城の警備が完全に手薄になっている……とグラウネシアの連中は思いこんでいる。こうして、事を起こすなら今しかないって状況をつくりあげたわけ」

「なんと……。しかし実際に行われているのなら、康大殿の反対は本当に却下されたのでは?」

「いいや、ちゃんと殿下は了承してくれたよ。確かに今来賓達は酒を飲んで食事に舌鼓を売っているだろうね。殿下の陣営の人間は全員葡萄ジュースで完全武装しているとも知らずに。ちなみにそこまで具体的な指示はしていません」

「つまり阿吽の呼吸でござるか……」

「あの曲者王子とはできればこれが最後の関係にしたかったんだけど。あああと――」

 康大はちらりとクリスタを見る。

 この赤ら顔の老人は、ジェームスが来ても未だ眠っていた。

 本当に安らかそうに寝ている。


「――この人は俺の作戦において最大の懸案事項だったんだけど、こうしてここにいてくれて良かったよ。これで成功の確率はかなり上がった」

「・・・・・・」

 圭阿には何故この老魔法使いがそこまで重要か分からない。

 それは圭阿に遅れてようやく状況を理解した、ハイアサースとザルマにしても同じだった。


 けれど――。


「あれは!?」


 王城の様々な所から一斉にあがった火の手を見て、そんなことを聞いている場合でないことは理解した。


「始まったみたいだな」

 ジェームスが他人事のように言う。


「拙者達はどうするでござるか!?」

「そうだなあ……」

 圭阿の問いかけに康大は顎に手を当てる。

 最近ではこんな仕草が癖になっていた。

 確実に現実セカイにいた頃よりは頭を使っている。身体は死んでいるのに、脳細胞はどんどん生き返っている気がした。


「基本的に俺達は何もしない。ここからは殿下の役目だ。ただまあ――」

 康大の話の途中で、不意にジェームスが窓に向かって懐に仕込んでいたナイフを投げる。

 それは窓枠にかかっていた()()の手に当たり、その誰かは苦痛の声を上げながら、下へと落ちていった。


「――そうも言ってられなそうだけど」

 康大は深い溜息を吐く。

 ザルマはすぐに外の様子を見ようとし、それを圭阿が止める。


「不用意に顔を出すな。死ぬぞ」

「な――」

 ザルマは絶句して、思わずその場で腰を抜かした。

 圭阿はわずかに苦笑し、爆裂苦無用の火薬だけを問答無用で窓から落とす。

 眼科が爆音と煙に包まれた直後、圭阿は入り口付近の様子を探る。

 辺りには死体が……転がっていたわけではなく、黒い服を身に纏った数人人間達がわずかに体勢を崩しているだけであった。


 圭阿は彼らに対し、なんの躊躇もなく苦無を放る。

 わざわざ口頭で相手の立場を確認などしない。


 殺気があれば敵。


 それだけで充分だった。


 爆心地に一番近く、仰向けに倒れていた暗殺者(てき)は苦無を急所に受け、そのまま絶命する。

 しかし、他の暗殺者は超人的な速さで避け、致命傷には至らなかった。


「あの動き、ただ草を飲ませただけではなさそうでござる。おそらくもとより手練れだった者でござろう。とはいえ、あの人間離れした動きはやはり草の力。長引けが勝手に死ぬことは必定」

「ということは長期戦になればこっちが有利か」

「まあそれまで持たせるのが大変そうでござるが」

 康大の言葉に、圭阿はため息混じりに答える。

 やがて下の階の喧噪も伝わってきた。

 康大達が泊まっているのは4階建ての最上階で、下の階には無関係の滞在客も居る。戦力になりそうな私兵はだいたい宿舎にいるので、ほとんどが戦力にならない下僕や下級貴族だ。

 彼らは皆部屋に閉じこもり、嵐が通り過ぎるのを待っていた。


「むむむ、私達も打って出た方がいいのでは!?」

「俺的には籠もってた方がいいと思う。元のセカイでも変に勇気出して外に出て、ひどい目に遭ったし……」

 ハイアサースの言葉にあの時のことを思い出しながら、康大はしみじみと言った。

 まだ一か月も経っていないのに、本当に遠い昔の事の様に思える。


「しかし敵を倒さねば無関係な者にも被害が!」

「いやあ、その点はちゃんと殿下の部下も動いてるし――」

「そもそもそんな余裕はないと思うぜ」

 康大とハイアサースの会話に、ジェームスが割って入る。


「どうもこの部屋、集中的に狙われてるみたいだぞ」

「うわー、生前体験したことのない大人気ぶり……。モテ期かな?」

 そう言った康大の頬は、冗談ではなくかなり引きつっていた。


「とりあえず扉は閉めているから大丈夫だと思うが」

「いや」

 ザルマの呟きに圭阿は首を横に振った。


「あの様子では、地力で壁に穴を開けられるぐらいの力はあるだろう。扉を閉めたところで、大して意味があるようには思えん」

「じゃ、じゃあどうすれば!?」

 早くも取り乱すザルマ。

 圭阿は無言でザルマのこめかみに拳をたたき込んだ。


「落ち着け。とりあえず拙者は窓から侵入しようとする者をどうにかする。室内から来る奴らは、じぇーむすの指示で動け。あと拙者の後ろには立つな」

 そう言うと、圭阿は窓枠に脚をかけ、夜の闇に向かって苦無を放る。

 康大の目には当たったかどうかどころか、敵の位置さえ分からない。


 ただ、敵も攻撃されているだけではない。

 窓に向かって矢がひっきりなしに飛んでくる。

 圭阿は最小の動作それを交わしながら、絶えず苦無を投げる。

 攻撃を止めれば、壁を登って来る敵に一気に落とされる可能性があった。


「――ならば私もできることをするか。強く暖かな南風よ、我らの前に正しき道を示したまえ。フェルダ・アウム・エステラ……」

 珍しくハイアサースがはっきりとした呪文を唱え始める。回復魔法をする際は、毎回患部に触り祈っているだけだった。


 すると、窓から不意に暖かな風が流れ込む。

 現実セカイでも夜はそれなりに寒い季節であるが、温暖化も始まっていないようなこのセカイは更に寒い。

 まさか暖房替わりか、と康大が思っていると、


「矢避けの魔法だ。そこまで強力では無いがないよりマシだろう」


 ハイアサースはそう説明した。


「助かるでござる」

「傷を負ったら何時でも言え、可能な限り治そう」

「それは頼もしいな……」

 今のところハイアサースは自分よりはるかに役に立っている。

 英雄願望が極端に低い康大は、婚約者の活躍を素直に賞賛した。

 その一方で、何一つ納得出来ない人間もいる。


「ぐぬぬ……海賊船に続き、ここでも役立たずではケイア卿だけでなく家族にも顔向けできん! かくなる上は差し違えてでも」

 ザルマは腰に帯びた剣を抜き、強く柄を握る。

 ジェームスも既に抜刀しているが、剣の長さはザルマの方がかなり長い。

 そんな大剣を振るう膂力は賞賛に値するが、


「旦那、そんな長物じゃ、天井に突き刺さるのが関の山だぜ」


 その選択は褒められたものではなかった。


「わ、私の剣術に振りかぶるという言葉は無いからいいのだ!」

「変わった剣術だな」

 ジェームスは鼻で笑った。

 ……少なくともザルマにはそう見えた。


「ぐぬぬ、見ていろ!」

 ザルマは扉を開け、外に飛び出そうとする。

 それを慌ててジェームスが止めた。


「悪い悪い! ただ旦那の剣は、閉所の戦いには向いてねえ。ただ、幸いにも刺すことには向いてる剣だ、壁や扉から顔を出すような奴がいたら、遠慮なく突き刺してくれ」

「え、あ、ああ、分かった!」

 力強くザルマは頷いた。

 おそらくジェームスもとにかく邪魔をしないでほしいため、ああ言ったんだろうなと、康大は他人事のように思った。


(ってまあ俺も、いつまでもお客様気分でいるわけにはいかないんだろうけど)


 ここにいる限り――、というより完全に狙いは自分だ。

 事ここに至っては自分が死のうが大勢に影響はないのだが、どうも黒幕にはそれが分からないらしい。

 だからといってむざむざ殺されてやる気はない。


 康大は扉のある方に向かって、見よう見まねの構えを取る。

 武術の心得がある人間なら噴飯ものの構えだったとしても、こうでもしなければ康大は咄嗟に動けない。


「うおっ!?」

 それも実際無駄ではなかった。 

 壁から突然飛び出してきた槍を、寸前の所で後方に躱すことがで来たのである。

 ……客観的に見れば、ただ尻餅をついただけだったとしても。


「う、うおおお!!!!!」

 明らかに恐慌状態のザルマが槍が飛び出した辺りを長剣で突き刺す。


「ひぃっ!?」

 それでも完全に無駄ではなかった。

 剣を引くと切っ先がわずかに血で濡れており、致命傷ではないにしてもしっかりと暗殺者にダメージは与えられたのだ。


 ただザルマ本人がそれを予想できなかったのか、その場で腰を抜かす。

 気が小さいというより、根本的に気が優しいのかもしれない。

 平気で人を殺せるようになった自分の方が、このセカイに合っているなと、康大は立ち上がりながら自嘲気味に思った。


「……やべえな!」

 その後しばらくは扉側からの攻撃がなかった。

 だが、不意にジェームスはそう呟き、自分から扉を開ける。

 ――と同時に、投げナイフを流れるような動作で放った。

 目にも止まらぬ速さで投げられたナイフは、全面にいた男達をすり抜け、後方にいた女の眉間に命中する。

 完全に脳を貫かれた女は声を発することすらなく、その場で絶命した。


「詠唱が聞こえたと思ったら、案の定(やっこ)さんら魔術師まで用意してやがった。このままここに籠もってるのはむしろ不利だな。それにしても目じゃなくナイフで女を殺すのは、後味が悪いぜ」

 懲りずにキザな台詞を言ってはいるが、その表情にはあまり余裕は見られない。

 後方で詠唱していた女魔術師が殺されたことにより、前衛の暗殺者達が一斉にこちらに向かってきたのだ。


 「せいぜい1人か2人か……」と言いながら、ジェームスは剣を構える。

 ジェームスの構えは康大の目には随分と変わっているように見えたが、それが最善なのだろう。圭阿も強いと言っていたし、戦力として疑う気はない。

 ただその冷静な分析力で1,2人と言っている以上、戦況は絶体絶命ともいえた。康大の見た限り、一直線に続く廊下の先には5人は暗殺者がいた。


「伏せるでござる!」

 背後の圭阿が不意に叫ぶ、元から尻餅をついているザルマを除き、他の人間達は反射的に頭を下げた。

 その頭上を、圭阿の爆裂苦無が飛ぶ。

 苦無は暗殺者ではなく床に当たり、爆風と共に廊下を破壊した。

 爆風はかなりもので暗殺者達もそれに巻き込まれたが、やはり致命傷にはならない。

 薬がなければ全滅してもおかしくない攻撃でも、現実として今は服用しているのだ。それは無意味な仮定の話であった。


「圭阿、外はどうだ!?」

「作戦を変え、こちらが力尽きるのを待っているようでござるな。敵ながら天晴な企てにござる」

「このままじゃジリ貧だな。かといってぶっ壊した廊下の方から逃げるのも……」

 爆裂苦無で穴は開いたものの、飛び越えられない大きさではない。

 ただその先には暗殺者たちが待ち構えているので、進むのは自殺行為だ。空中に身を投げた瞬間、動く的と化す。


「となるとここは奥の手しかない、か」

 康大はそう言うと床に肉球を突き刺し、


「どっせい!」


 かけ声と共に床板を引きはがす。

 鉄筋コンクリートで作られた建物ならさすがに無茶だったが、幸いにもこの建物は木製で、板を剥がせばすぐに下の階である。

 下の階にいた貴族の家族が、怯えた目で康大達を見上げていた。


「とりあえずここから逃げる!」

 康大は仲間に飛び降りるよう指示し、まず自分が率先して降りる。

 そして、降りたそばから下の階の床板も剥いでいく。

 貴族の家族にとってはあらゆる意味で本当にいい迷惑だった。


「しかし1階に降りたとはいえ、逃げ道はないぜ」

 ジェームスは廊下の暗殺者達を威嚇しながら、階下の康大に向かって言った。

 ハイアサースとザルマはすぐに降りてきたが、敵を牽制しているジェームスと圭阿はその場からおいそれと動けない。

暗殺者側も康大の動きに気づいているようだったが、どうせ下に行っても何もできないとタカをくくっているのか、動きは変わらなかった。


 3階の床にも穴が開き、康大は更に2階へと降りる。

 2階は幸か不幸か無人の部屋だった。あまり良い部屋には見えないので、大方下級の私兵の詰め所といったところだろう。


 上から降りてきたハイアサースとザルマには目もくれず、康大はまた床板を剥がし、ついに1階まで降りる。

 ゾンビ化していなければ絶対にできなかった速さだ。


 1階に生きた人間は誰もいなかった。

 代わりにいたのは扉の前で絶命していた兵士らしき誰かだ。

 扉に開いた穴を見る限り、おそらく閉めたと思って安心したところを外から刺されたのだろう。

 康大には背後を向いていたので見えなかったが、その表情は驚愕に満ちていた。


 そんな元人間を一顧だにせず、動く元人間はさらに床板を剥ぐ。

 普通の建物ならその下は土だ。

 残念ながらこのセカイには、コンクリートで土台を作るという建築技法が未だ存在しない。……というよりも、魔術で地盤をある程度操作出来、その必要がなかった。

 しかし、康大が床下から露出させたものは、本来の土の地面でも魔法で固められた地質学的には同じ土の地面でもなかった。


「ビンゴ!」

 康大は叫ぶ。

 上のジェームスと圭阿には何が見つかったのか分からなかったが、康大と一緒に下に降りていったハイアサースとザルマは、それが何かすぐに理解する。


「これは階段か!?」

「その通り。王族ってのはもしもの時に備えていろんな場所に、こういうものを隠しておくものなのさ。で、コアテルももしものことを考えて、部下の部屋にも脱出口がある建物を手配したらしい。アムゼン殿下に「念のため緊急脱出口があったら教えてほしい」って聞いたら、ここを紹介されたんだよ」

「だから全員で同じ部屋に移ったのか……」

 ザルマは康大の用意周到ぶりに感心した。

 康大も平常時なら、どうだ、と自信満々に答えただろうが、今はそんな余裕など欠片もない。


 上に向かって「ここから逃げるぞ!」と叫び、率先して自分が降りる。

 次いでハイアサースが続き、ザルマは圭阿が来るまで待っていようとした。

 しかしそんなザルマの内心を一瞬で察した圭阿は、「役立たずはとっとと降りろ!」と階下に向けて怒鳴る。

 その怒声に反応して、ザルマは弾かれたように地下へと降りていった。


 残ったジェームスと圭阿はお互い視線で話す。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

『・・・・・・?』

 ただ、お互い付き合った期間も信頼もないため、やはり実際に口に出さないと意思疎通は難しかった。


「どちらが先に行く?」

「行ける方が疾く」

 位置的に、康大が脱出したことはまだ暗殺者達には知られていない。

 ただ、あまり時間をかければ、1階から康大たちを追いかけられてしまう。

 だからといって、4階からいっぺんに下りれば上から攻撃を受ける。


 当初は長期戦を狙っていたが、今は逆に時間が経てば経つほど不利になった。

 どちらが先にせよとにかく急いでここから退却しなければならない。


「ここはレディファーストといきたいところだが――」

「然らばそうさせてもらうでござる」

 言うが早いか圭阿は窓に向かって直角に構え、外と廊下の両方に向かって爆裂苦無を投げる。

 外に向かっては一編に3本も投げ、4つの場所で盛大な爆発が起こった。


 辺りは煙に包まれ、普通の人間なら目も開けていられない状況になった。

 そんな中で、圭阿は「お先でござる」と言うと、4階から一気に1階まで飛び降りる。落ちる際床を掴みながら巧妙に重力を殺していたのだが、残念ながらその美技を見られた人間はいなかった。


「こりゃまた地味な見た目に反して過激な子だな……」

 ジェームスは苦笑した。

 しかしすぐに表情を変え、持っていたナイフを煙が収まらない廊下に向かってあるだけ放り、圭阿の後を追っていった――。

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