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第33話

「これが晩餐会か……」

 目の前に広がる光景に、康大は間抜けに口を開けた。


 会場は以前アス卿が倒れた部屋よりも更に広い部屋で行われ、テーブルも所々に置いてあるわけではなく、恐ろしく長い物が2本ほど並んでいた。

 部屋に入った時は、向こう側にいる人間の姿が見えなかったぐらいだ。


 テーブルの上には様々な料理が大量に盛られた大皿が所狭しと置かれ、個人が自由によそう形式のようだった。ただ、さすがに貴族が近所のおばちゃんのように食事を取るために歩き回ることはなく、配膳は全て給仕に任せる……とザルマは言っていた。

 4人はそんな給仕の指示に従い、指定された席に座る。


 いくらなんでも身分が違いすぎるので、アムゼンのそばはないだろう……ザルマはそう言っていた。

 康大としても末席に抵抗は無く、むしろ目立たなくていいと思っていた。

 

 思い切り隣に座らされた。


「嫌がらせですか?」

「コアテル殿が失脚したせいで席が大分空いてしまってな。それならば有効に使わねばなるまい? まあお前達なら角が立っても、すぐにいなくなるのだから問題はあるまい」

「・・・・・・」

 その一因どころか原因を作った康大としては、アムゼンの言葉に言い返すことなど出来なかった。


 そしておそらく参加者全員が揃ったとき、部屋の最も上座にある荘厳な椅子に座っていた老人が立ち上がり、杯を掲げる。

 それが国王であることは明らかだ。

 大小の宝石がはめ込まれた王冠に、重厚そうで豪華な紫紺のガウン、他全ての指に嵌まった指輪など、まさに外見は康大が想像する王様そのものだった。


 ただし、それを除けば本当によぼよぼの老人で、立っているのもやっと、何かしゃべっているようだが声も全く聞こえない。

 耄碌しているという噂は、どうやら噂だけではなく真実であるようだった。

 在位のまま後継者を指名するのも頷ける。むしろ遅かったぐらいだ。


 また隣の、この場所で2番目に豪華な椅子は空席のままだった。

 おそらくそこには本来アイナが座るはずだったのだろう。

 彼女の立場を考えれば、不参加も頷ける。


 国王が座った後、すぐにアムゼンが立ち上がり、国王の代わりに乾杯の音頭を取った。

 コアテルが失脚した以上、名目上も実質もアムゼンが後継者だ。それに異を唱えるものは誰もいない。


 そして晩餐会は始まった。


 アムゼンの隣に座っていたが、アムゼンの元にはひっきりなしに貴族が現れ、康大と話す暇などない。

 もちろん康大もアムゼンと話す理由などないのでそこは良いのだが、邪魔者扱いされ、落ち着いて食事することも出来なかった。


 その横でハイアサースは優雅……にはほど遠い勢いで、肉にかぶりついていた。

 隣のザルマが注意しても、全く聞いていない。

 そして食事を待ち望んでいた圭阿はというと、


「康大殿これは?」

「・・・・・・」

「これは?」

「・・・・・・」

「これは?」

「・・・・・・」


 ――と、皿に載せられた料理を、いちいち現代日本に該当する料理がないか確認に来ていた。

 これはこれで、貴族とは違うベクトルで鬱陶しい。

 ただ、残念ながら晩餐会で用意された料理には、康大が知っている味はなかった。


 その度にがっくりした様子で食べる圭阿。

 用意された料理も充分美味しかったが、あの様子ではたいして美味くもないだろう。


 こうしてアムゼンと康大達は隣の席に座りながら、完全に他人のような関係で晩餐会は進んでいった。


 それが両者の未来に大きく影響していたことも気付かずに。


 宴もたけなわ……というべきか、アムゼンの周りの貴族達もようやく落ち着き始めた頃、気を見計らったかのように、今度は若手貴族達がアムゼンに群がってくる。

 今までは年寄りか家格の高い貴族ばかりであったので、ようやく自分達の番が回ってきたといったところか。


 彼らの大部分は少し前まで康大が来ていたような、滑稽な服を着ていた。どうやらあの服は若手の、それも身分がそれほど高くない貴族のおきまりの服装らしい。

 とりわけ康大と同じような髪型の貴族は積極的で、しきりに自分を売り込んでいる。

 アムゼンも表面上は笑顔だが、内心うんざりしているだろう。

 康大は同情するより、いい気味だと思った。


 そんなときに事件は起こった。


「……え?」

 その行為に真っ先に気付くことが出来たのは、当事者であるその若手貴族だった。

 自分の脇腹に刺さったナイフと、刺した給仕を信じられないような目で見る。

 もし相手がアムゼンであったり、自分の席に戻る途中でなかったら、周囲に待機していた護衛が近づく前に給仕を斬り殺していただろう。


 だがまさかこんな取るに足らない若手貴族を刺客が襲うとは、誰も想像できなかった。

 アムゼンと間違って刺した……ということは考えられない。

 アムゼンの顔を知らない人間など、この場にいるわけがない。


 その証拠に、刺客はナイフを引き抜くどころか抉りこませ、更に上に突き上げる。

 確実に絶命させるための動きだ。


「ハイアサース!」

 康大は口に食事をため込み、ハムスターのようになっているハイアサースに向けて叫ぶ。

 護衛達はすぐにアムゼンの周りを囲んだが、被害者の貴族を助けようとしたのは康大だけだ。

 貴族達は恐慌状態に陥り、我先に部屋から出て行こうと扉に詰め寄った。国王も側近に手を引かれ、奥の非常用出口へと姿を消している。


 ハイアサースもさすがに状況を弁え、口に溜めていた物を豪快に吐き出し、刺された貴族の元に駆け寄る。

 その横で()()()()()()()刺客の給仕は自らの首を豪快に切り裂き、辺り一面血の海になった。


 逃げ遅れた若手貴族達はさらにひどい恐慌状態に陥る。

 そんな中でもハイアサースは冷静だった。


 まず呪文を唱える前に、傷口と表情を観察する。

 貴族が激痛で気絶しているのを確認すると、傷口を開きその中を調べた。

 その痛みで再び貴族は絶叫とともに目を覚ます。


「うげ……」

 康大は食べていた物を吐きそうになった。

 人の死は見てきたつもりだが、こういう救急救命的シーンには慣れていない。

 やがて、青い修道服を真っ赤に染めながら、ハイアサースは首を横に振った。


「手遅れだ。腸が滅茶苦茶にちぎられ、中身も飛び出している。この上で魔法を使っても、筆舌に尽くしがたい激痛と引き替えに、ほんのわずか寿命が延びるだけだろう。あちらはそれさえも不可能だろうが」

 横目で物言わぬ死体となった刺客を見ながら、ハイアサースは言った。


「このまま殺しやるのが最善だと思う。せめて痛みがないように――」

「待て」

 護衛の波をかき分け、アムゼンがそれを止めた。

 アムゼンは貴族の耳元に顔を近づける。


「刺客はお前を狙っていた。何故だ? 心当たりは? 素直に言えば内通していても放免してやろう」

「・・・・・・」

 死に逝く貴族は首を横に振るだけだった。

 その瞳には涙がたまり、唇は痛みと恐怖で震え、とても最後の気力を振り絞って嘘を吐いているようには見えなかった。

 ようやく血と共に口をついて出た言葉は「死にたくない」だ。


 アムゼンは興味をなくしたように男から離れ、「後は任せる」とハイアサースに指示した。

 ハイアサースは呪文を唱え、貴族の瞼を閉じさせる。

 次第に貴族から苦悶の表情が消え、安らかな笑みさえ浮かべるようになった。回復魔法の中には麻酔的な効果を持つものもあるらしい。


 数秒後、立身出生を夢見ていた彼の人生は呆気なく幕を閉じた。


 ハイアサースはふうと大きく息を吐き、「終わった」と康大に告げる。


「お疲れ様。けどなんでこの人は……」

 一部始終をそばで見ていた康大にも、彼が殺された理由がさっぱり分からない。

 しかし、意外な人物からその推測がもたらされた。


「狙ったのはこの男ではなくお前だろう」

「将軍?」

 周囲の安全を確認し終えたのか、護衛の責任者であるライゼルが康大達に近づいて来た。


「どういうことだ?」

 康大が尋ねる前に、彼の主が部下に聞いた。

 ライゼルは腕を横に構え、一礼してから答える。


「恐れながら申し上げます。この男は現在対グラウネシアの最前線におり、また責任者のような存在。さらに剣の腕もこれといった護衛もなく、襲いやすい存在でした」

「うむ、言われてみれば確かにという話だ」

「・・・・・・」

 見えないところで圭阿がむすっとする。

 護衛の自分を完全に無視した発言が気に障ったのだろう。


 康大は苦笑した。

 ただ、笑ってばかりもいられる状況ではない。

 狙われたのはアムゼンでもこの貴族でもなく、自分なのだから。


「しかし、この暗殺者は確信を持って別の人間を襲ったぞ。この無様な勘違いをどう説明するつもりだ?」

「おそらく服装の問題かと」

「服装?」

 アムゼンは首をかしげる。

 ここで康大なら得意気に説明するところだが、彼の忠実な部下は主に対しそんな不敬なことはしなかった。


「殿下はたまにしかお会いされませんのでご存知ではないでしょうが、コウタは私が初めて会った時から、いつも同じ服を着ています。しかし今日は理由は知りませんが、別の服でした。おそらく暗殺者は服と大まかな容姿でコウタを判断していたのでしょう」

「……というわけだがコウタよ。お前からは何か言うことはあるか?」

「とりあえず服に関しては、テーブルマナーでインテライト家に迷惑をかけないよう、強制的に着替えさせられました」

「間抜けな話だが、それがお前の命を救ったな」

 アムゼンは楽しそうに笑う。

 一方、圭阿はより機嫌を悪くした。

 彼女にしてみれば、この程度の間抜けな暗殺者など、自分なら簡単に防げると言いたいのだろう。


 康大は苦笑しながらも、改めてこの状況を考えてみた。

 康大自身は、自分の捜査を末端がしている取るに足らない行為だと思っていた。あくまで重要なのは命令を出している方だと。

 それが気付けばグラウネシアが脅威に思い、暗殺対象にされるまでの存在になっていた。


 本当にいい迷惑だ。

 あくまで自分はやれと言われたことをやってきたに過ぎないのに。

 しかし、そこまで注目されたらされたで、利用出来るのではないか、と。

 政争にどっぷり浸かりすぎたため、そう康大は思うようにもなっていた。


「どうした?」

「……1つ殿下にお願いがありまして。簡単なことです」

「お願い?」

「内密の事なので、お耳を拝借したいのですが……」

「言うが良い」

「では……」

 許可を得た康大はアムゼンに耳打ちする。


 短い話だったが、聞き終えたアムゼンは、「それは許可出来ない」と、にべもなく断った。


 康大はショックを受けたような顔をし、諦めたような表情で話し始めた。


「……分かりました。暗殺者が現れた以上、より護衛を強化して頂きたかったのですが、無理なら仕方ありません。こうなった以上、生誕祭までは、顔を知らない者は決して近づけないべきかもしれません。殿下の御身も心配ですし、お互い部屋に籠もっているのが一番でしょう」

「却下する。仮にも一国の王になろうとするものが、小動物のように逃げることなど出来るか」

 アムゼンは再び康大の提案を退けた。


「しからば――」

 康大はそれからアムゼンに対し、様々な献策をする。

 ただ、アムゼンはその全てを退けていた。

 まるで砂を噛むような行為だなと、ハイアサースの世話係であるザルマは康大に同情した。


 一方、康大達の横で、圭阿はかつて()()()()()()を調べる。

 しゃべらなければ死体から話を聞くのは常套手段だ。

 もちろん圭阿は別のセカイの住人なので、あくまで比喩だが。

 ただこちらのセカイでは言葉通りの意味も通用した。


「はいあさーす殿、この者から降霊術で話を聞くことはできるでござるか?」

「無理だ。私に降霊術ができる出来ない以前に、この者にはすでに耐魔術が施されている。耐魔術がかかっている者には降霊術は使えず、解析、解除しようとしても時間がかかりすぎて、どうがんばっても生誕祭には間に合わないだろう」

「左様でござるか。おそらく黒幕に繋がる証拠も残してはいないでござろう。しかし――」

 圭阿は死体の口元に顔を近づける。

 あまりに近づきすぎて、ザルマにはキスをしているように見え慌てた。


「け、ケイア卿!?」

「・・・・・・」

 そんなザルマを無視し、圭阿は康大の耳元で囁いた。

 康大は圭阿の話に表情を変え、少し迷ってからそれをそのままアムゼンに言った。


「ジャンダルム山にファジール草という草があります。それは飲めば翌日には死ぬ毒草ですが、その変わり死ぬまですさまじい身体能力が手に入ります。そのファジール草の臭いが、死んだ刺客の口からしました。ジャンダルム山でそれが採取されているのを知ったとき、てっきり毒殺に使うと思いましたが、どうやら違ったようです」

「ファジール草……」

 アムゼンは口に手を当て、わずかに考えた。

 その変わりに、ライゼルが康大に聞く。


「具体的にどれだけ採取されたのだ?」

 聞かれた康大は視線で圭阿に答えるように指示した。


「正確には分かりませぬ。しかし、拙者が調べた限りでは100人分は下らないかと」

「100人……」

 ライゼルは唇を噛む。

 さすがに相手が特殊能力を得た決死隊では、一筋縄ではいかないと思っているのだろう。

 ライゼルには申し訳ないが、康大は更に悪い知らせをしなければならなかった。


「ファジール草のそばには、キャンプの跡もありました。その時は何かさっぱり分かりませんでしたが、おそらくグラウネシアのスパイが利用したものでしょう。ジャンダルム山は普通の人間に登れる山ではありません。ファジール草服用者の他にも、手練れのスパイが潜入していると考えて間違いないでしょうね」

「うんざりするような話だ」

 言葉だけではなく、態度でもライゼルはそれを表現した。

 もちろん言った康大自身もうんざりしている。


「つまりお前は生誕祭の日に、ファジール草を使ったグラウネシアの命知らずどもが一斉に蜂起し、この国を落とすというのだな?」

「おそらく。アムゼン殿下とコアテル殿下の後継者争いから、貴族達が私兵を呼びやすい状況を作り、そこに何人もの刺客を混ぜたのかと。一連の出来事は全て繋がっているのでしょうね」

「だったら全員城から帰せばいい」

 そう言ったのは、もう役目を終えたハイアサースだった。

 話を理解していないようで、しっかり要点は掴んでいたようだ。


 康大もハイアサースの意見に賛同し、首を縦に振る。

 だが最終決定者は首を横に振った。


「却下だ。そんなことをしたら、生誕祭が運営出来なくなる。生誕祭にはこの国だけでなく、あらゆる国の有力者を招待した。それにも拘わらず中止となれば、我が国の威信は地に落ち、それこどグラウネシアの思うつぼだろう。一度失われた信頼はそうそう戻るものではない、あのコアテルのようにな」

「・・・・・・」

 アムゼンの答えも予想出来ていた康大は、反論は言わなかった。

 代わりにザルマが違う提案をする。


「恐れながら申し上げます。然らば身分の低い連中をとにかく締め上げるしかありません!」

「私もそう思います」

 ザルマの意見に珍しくライゼルが賛成する。

 それをアムゼンが退ける前に康大が却下した。


「無理だ。向こうは自分の命さえも捨てている人間、拷問したところで口を割るわけがない。やはりここは首謀者を見つけて、そこを抑えるしかないだろう。そもそも実行犯にでさえ、今回の計画の全貌は知らされていないはずだ。情報の統制および集中は陰謀の鉄則だからな」

「私もコウタと同じ意見だ。ここで退くような真似をすれば、それが後々この国にとって大きな疵となるだろう。というわけでコウタ、よろしく頼むぞ」

「はい……」

 ここまで来て拒否権も何もないことは分かりきっているので、康大は素直に頷いた。

 ただしやる気も元気も、欠片もなかったが。

 

 それからアムゼンはライゼル以下部下を引き連れ、国王が出ていったところから出ていく。

 残された仲間達は康大に視線でこれからどうするか聞いた。

 一身に視線を浴びた康大は、


「とりあえず疲れたから寝たい」


 そう答え大きく欠伸をする。

 下手な考え休むに似たり。

 というより規模が大きくなりすぎて、いまいち現実感が持てなかった。

 今はただただ言葉通り全てを忘れて眠りたかった。

 仲間達は康大の大物ぶりに半分感心し、半分呆れた。


 その後康大は自室に戻ってベッドに倒れるように眠り、この日ばかりは狭い部屋で4人全員が眠ることになった……。

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