第32話
「はははは! 全くお前は面白い男だ!」
アムゼンは目の前に現れた一団に、大笑いする。
「昨日の今日どころか、その日のうちにコアテル殿を引っ立ててくるとはな。いったいどんな魔法を使ったのか。お前が部下にいたら、この後継者争いももっと早く終わったかも知れんな!」
「買いかぶりすぎです」
そう答えながら、今回はまんざらでもない気がした。
客観的に見ても、功労者は自分であることは明らかなのだから。
「その、今回ばかりは私にも事情を話して欲しいのですが……」
責任者として部屋までついてきたライゼルが、困惑気味にアムゼンに意見する。
ハイアサースとザルマは例によって扉の外だ。
さすがにここまで蚊帳の外にされると2人とも文句を言ったが、そこは康大が平謝りをしてなんとか宥めた。
「そうだな、ここまでの騒動になれば、もはや秘密もないか。私は以前からコアテル殿とグラウネシアの内通を疑っていた。それを先ほどこのコウタが証明したわけだ。そうだな?」
「はい」
康大は頷いた。
「グラウネシアの件は知っていましたが、まさかあの短時間でそのようなことが……」
内心ではかなり驚いたのだろうが、その表情はほとんど変わらなかった。
やはり有能な人間は表情が表に出ないなと、今まで会った人間達を思い出しながら康大は痛感した。
その例に当てはめるとこのコアテルは無能の極だ。
あれほど尊大だった態度は何処へ行ったのか、捨てられた子犬のように震えている。
一時の感情で余計なことを言うからこうなるのだ。
そんなコアテルに康大は一切同情せず、軽蔑しか抱かなかった。
「さて、それでは早速話を聞こうか」
「わ、私は悪くない!」
何かを聞く前からいきなり始まる自己弁護。
康大はこれ以上話を聞くのが不快になり、そうそうに退場しようとした。
しかしそれをアムゼンが許さない。
「どこに行こうというのかな?」
「コアテル殿下から話を聞けば、もう私は無用でしょう。後は煮るなり焼くなり、殿下の好きなようにされれば」
「さて、そう簡単にいくかな。なあコアテル殿」
アムゼンはわざとらしく脚を床にたたきつける。
たったそれだけでコアテルは取り乱し、「ひぃ!」と情けない悲鳴を上げた。
これは口を割るのは早そうだ。
康大はそう思っていたが――。
「わ、私は何も知らないんだ! その時が来たら国王にしてやると言われただけで、こちらから連絡は一切取れなかった! 本当だ!」
コアテルがこの部屋に来てから、もう何十回も言った台詞をまた言った。
拷問……というほど強く殴ったようには見えなかったが、回数も増えれば顔も赤くなる。
痛みに弱いのか、最初の1回で既に大泣きしたため、顔も服も色々な体液でぐしゃぐしゃだ。とても小さい頃は優秀だった人間には見えない。
こんなものを今までずっと見せられ続けてきた康大自身も、拷問を受けている気がした。
「コアテル殿、いい加減嘘を聞き続けられるこちらの身にもなって欲しいのですがね」
「う、嘘じゃない! 嘘じゃないんだ! ママーーーー!!!!!!!」
これは5回目ぐらいだろうか。
あれほど嫌っていた愛情ゼロの母親にまた泣きつく。
おそらくアムゼンも、ここまでの醜態を見せたコアテルが嘘を言っているとは思っていないだろう。
最初の数回から後は、今までの嫌がらせに対する復讐と、自分に対する当てつけが目的か。
康大はため息を吐いた。
「……というわけだ。コアテル殿の罪は明らかだが、今回の件については本当に何も知らないらしい。しかし、生誕祭はもう3日後に迫っている。コアテル殿がこうして手元にあるとは言え、このままグラウネシアが何もしないとも思えない。時間が無いなあ」
「……分かりましたよ、捜査を続行します」
「物わかりの良い人間は好きだよ」
「あとここまで大騒ぎになったし、もうコアテル殿下もこの有様ですから、箝口令は解除ですよね」
「そうだな、ここまで大事になれば、私が陣頭指揮を執らねばなるまい。これからは表でもお前が対グラウネシアの責任者だ。後はお前の好きにするといい」
「どうも」
康大は腹いせとばかりにつれない態度で返事をする。
さすがにこれにはライゼルが咎めようとしたが、それを視線でアムゼンが止めた。
彼の主は明らかに康大の反応を面白がっていた。
康大ががっくりと肩を落としながら部屋を出ると、例によって外で待っていた2人がすぐに詰め寄る。
「いったいどういうことだ、何があった!?」
「そろそろ私も分かりやすく簡潔に話してほしいと思うぞ!」
言い方は違えども、現状に困惑していることは同じだ。
これからはもう隠す必要もなさそうなので、康大はその場で2人に洗いざらい話す。
話を聞いている間、ハイアサースはしきりに頷いていたが、例によって理解度は限りなく低い。
むしろ呆然と口を開けて間抜け面を知らしているザルマの方が、良く理解しているはずだ。
そんなことを思っていた康大が全て話し終えると、ハイアサースは「よく分かった」と何も分かってない顔で言い、ザルマは口を閉じてがっくりとその場に頽れた。
「私の知らない間にそんなことになっていたなんて……」
「ジェイコブさんからお前の暴走を止めるように言われてたんだけど、冷静に考えると俺の方が暴走していた気がする。そこは正直すまんかった」
「すまんかったって……。それよりどうするんだ、コアテル様が失脚したらインテライト家が――」
「そこは俺がアムゼン殿下に取りなしてもらうさ。今回の功績を全部インテライト家のものにしたら、結構良い線いけるだろ」
「うーむ、私個人としてはアムゼン殿下の方が遙かに未来があると思っていたが、インテライト家の生業のことを考えると、果たしてアムゼン殿下に重きを置いて頂けるか」
「生業ねえ……」
別に犬を食う習慣がある国でも、ペットとして犬は飼うだろう。
アムゼンがアイナのように犬中心ではないので、確かに重視はされないが――。
(……あれ?)
その時、不意に康大の頭の中である点と点が繋がった。
「どうした?」
「いやなんでもない」
しかしそれを口に出せば、また余計な厄介ごとに巻き込まれる気がした。
そのため、今はそれを心の中に留めておくだけにした。
「まあ、とにかくコアテルに最初から未来なんてなかったんだから、沈む船から逃げ出せてよかった、でいいんじゃないか? 俺達みたいな下っ端が上の事を余計に心配するのも、おこがましいって話しでもあるしさ」
「うーむ……」
康大の他人事のような結論に、ザルマは完全に納得していなかったようだが、文句は言わなかった。
今更何を言っても、もう後戻りは出来ない状況だということは理解しているのだろう。
「正直、難しい内情はよく分からんが、とにかく今はグラウネシアの首謀者を見つけるのが大事なんだろう?」
難しい話は最初から考えることを放棄しているようなハイアサースが、強引にそう話をまとめる。
けれども、言っていること自体は正しい。
「そこなんよなあ問題は。もう夜だし、前日は本城で捜査なんて出来ない。実質あと1日しかないんだよなあ」
コアテルに呼び出されてから今までの怒濤の展開で、日はもうすっかり暮れていた。
その間、朝食の中華から全く何も食べていない康大も、さすがに腹が減って倒れそうだ。
ずっと一緒にいた圭阿もそれは同じ……どころかもっとひどいはずだった。
それでも眉1つ動かさないあたり、さすが忍者だと康大は思う。
もっとも、対象の料理次第でその鉄面皮も簡単に崩れるが。
そんなことを思っていると、どうにも身なりのしっかりした老紳士が康大達に近づいて来た。
圭阿が特に警戒していないことから、康大は素直に対応する。
用件はもうすぐ晩餐があるので、出ないかと言うことだった。
執事はアムゼンの家の人間だったのだ。
康大は腹も減っていたし、特に考えもなくそれを受け入れる。
他の仲間達も反対はしなかったが、唯一ザルマだけが呆気に取られていた。
執事が去った後、ザルマがすぐに康大に詰め寄る。
「おまえいきなり晩餐会に出るとか正気か!?」
何故か正気を疑われる。
康大どころか、ザルマ以外の人間には何でこんなことを言ったのかさっぱり分からなかった。
ザルマもすぐに自分の発言が言葉足らずであったと理解し、康大から少し離れ、咳払いをしてから言った。
「本来お前のような身分の低い者が晩餐会に出る場合、何日も前からしっかりとしたテーブルマナーを勉強する必要がある。いきなり出て好き勝手に食べていては、家の恥だ」
「まあ我が仁木家が恥をかいても、別に何の問題もないんだが」
「恥をかくのは主であるインテライト家だ。そもそもお前のような陪臣が晩餐会に呼ばれるなど、前代未聞だ。そうだな、こうなったらもう……」
何を思ったのか、ザルマは康大の手を引き、どこかへとつれいていく。
十数分後、ピエロのような格好をしていた康大が、真っ白い学ランのような服に着替えて現れた。
これもこれで恥ずかしいが、今までの半ズボンにタイツと比べれば遙かにマシだ。
「えっと、これは……?」
ハイアサースと圭阿が疑問に思っていたことを、当事者であるはずの康大が聞く。
ザルマに別の部屋で着替えさせられている間、「これでもないあれでもない」と難しい顔で言っているザルマに、声がかけられなかったのだ。
「今まで着ていた服は、所々にインテライト家の紋様が刻まれた、完全にインテライト家の関係者を思わせる服だった。しかしそれは、家紋も何もない適当な礼服で、それならお前が恥をかいても、インテライト家に被害は及ばん」
「ああそういうこと……」
合点がいった。
腹も立たなかった。
両親の教育からそれなりにマナーは心得ているつもりだが、過大評価されるより過小評価されて責任を回避出来る方が遙かにマシだ。
何よりあの服を着続けていると、自分の元からなかったファッションセンスが加速度的に死んでいっている気がした。
「まあでもここまでしてもらってなんだが、俺はテーブルマナーは小さい頃からたたき込まれてるぞ」
グルメの両親の影響で、康大は小さい頃から頻繁に高級レストランで食事をしていた。
フィンガーボールの水を飲んだり、落ちた食器を自分から拾いに行ったりするような初歩的なミスは絶対にしないと断言できる。
セカイは違えど、今までの経験からテーブルマナーに関してもそこまで違いがあるようには見えなかった。
「まあ、それならいいのだが……」
「着替えと言えば、拙者もさすがにこのままでは問題があるでござるな」
「いや、ケイア卿は身分的にもさすがに……」
「護衛である拙者がいないのは、非常に問! 題! があるでござるな!」
「……はい」
よほど食べられなかったことが心残りだろう。
意地でもついていくという鉄の意志を圭阿は示していた。
「それでは私も行くぞ。実は少し腹が減っていたんだ」
「というかお前は康大と別れている間に、しっかり食事してただろ。そもそも晩餐会をただの夕飯のようにだな……」
「違うのか?」
「・・・・・・」
ザルマはため息を吐く。
残念ながら康大もハイアサースとほぼ同じ感想なので、彼の感情を理解することは出来なかった。
とはいえ、ハイアサースの存在は今回に関しては必要のように感じられた。
コアテル一派が壊滅したとはいえ、未だグラウネシアのスパイは健在だ。アムゼンに対する本当の毒殺もありえる。
そこで晩餐会で何かあった場合、ハイアサースの回復魔法は役に立つ気がした。
「とりあえずアムゼン殿下には俺が掛け合ってみる。その間に2人の格好もどうにかしておいてくれ」
「乳女は修道服だからそのままでもまあ良いだろう。しかしケイア卿は……」
圭阿の顔には未だ痣が残っているし、着ている服もボロボロの動きやすさだけを追求した粗末なものだ。半日前まで拷問を受けていたのだから、それも当然だろう。
「だったらとりあえず回復魔法をかけて、身体を治しておくか。その程度ならすぐにどうにか出来るぞ」
「そんなことも出来るのか?」
「そういえばコータには言ったが、お前達には言っていなかったな。まあ、今までわざとそんな格好をしていると思って、私も言わなかったが……」
「さすがに拙者も、好きでこんな姿はしないででござるよ……」
圭阿が疲れたように言った。
それからザルマはハイアサースと圭阿をつれて、晩餐会の準備に、康大はアムゼンに許可を取りに行った。
当然男のザルマが圭阿の着替えを手伝うわけにもいかず、女中に指示し、その間にハイアサースに最低限のテーブルマナーを教える。
田舎育ちのハイアサースは「分かった!」と威勢良く答えるが、その威勢の良さが逆にザルマを不安にさせた。
一方でアムゼンに許可を取りに行った康大だが、色々と準備があるのか会うことすら叶わなかった。
ただ、許可自体はさきほどの老執事から取ることができ、目的自体は達成出来た。
そして再びドレスを身に纏った圭阿、テーブルマナーをたたき込まれた修道服のハイアサース、念のためのザルマと共に、康大は晩餐会の会場へと向かった……。




