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第31話

 本城に戻ると、コアテル側の段取りがすんだのか、丁度彼の部下が康大達を捜しているところだった。

 ただ康大の地味な顔と、実はそれほど派手でもなかった衣装が重なり、見つけられるまでかなりの時間がかかった。

 結局コアテルの部下が見つけたのも、康大ではなくザルマの方だった。


「確かお前は、インテライト家の……。ということはそこにいる男は例の男だな!」

「?」

 居丈高な態度かつ、ふわふわとした表現で話しかけてきた見知らぬ貴族に、康大は首をかしげる。

 そんな康大に構わず、貴族は強引に康大の腕を取り、康大をどこかへ連れて行こうとした。

 そんな貴族の手を、康大ではなく圭阿が振り払う。


「用向きも話さずいきなり腕を取るとは、あまりに無礼ではござらんか?」

「な、なんだお前は!? お前など関係ない、どこかへ行け!」

「そういうわけにも参りませぬ。拙者、康大殿の護衛も兼ねてます故」

「く……」

 目下の人間など、自分が言えばすぐに従うとでも思っていたのだろう。

 それにも拘わらず殺意を込めた視線を返した圭阿に、貴族の顔が目に見えて歪む。


 いい気味だ、と康大は思った。

 いちおうバックにはアムゼンもいるし、この程度の木っ端貴族を敵に回しても()でもなかった。

 おそらく圭阿もそれを見越し、ここまで強気な態度をとっているのだろう。


「お、お前のことをコアテル殿下が捜している……」

 敗北という文字を表情に変換したような顔で、貴族は絞り出すように言った。

 最初からそう言えば余計な恥もかかずにすんだのに、と康大はため息混じりに思った。


「しからば貴殿が案内してくれるというわけですな。真に案内ご苦労にござる」

「なっ!?」

 まさか案内までさせられるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 貴族は呆気にとられた。


(ていうか、コアテルと会ってる間、ザルマとハイアサースは別にした方が良さそうだな)


 2人がいると説明が色々面倒だし、圭阿の護衛対象も増えてしまう。

 だからといって適当に放置したら、人質にされるかもしれない。

 康大が悩んでいると、都合の良いタイミングで都合の良い人間が現れた。


「(将軍)」

 2人に気付かれないよう、そっと通りがかりのライゼルに耳打ちする。


「(なんだ、またお前か)」

 ライゼルがうんざりしたような様子で、それでも康大に会わせて声を落とす。

 なんだかんだ言ってもかなり付き合いが良い。


「(頼みがあるのですが、あの2人をちょっと見ていてもらえませんか。これからコアテル殿下の元に行くので。例によって理由は聞かないでください)」

「・・・・・・」

 一方的に用件を伝えられ、ライゼルは不満そうな顔をした。

 それでもこの律儀な黒騎士は側にいた部下に指示を出し、遠巻きに監視することで頼みを聞いてくれた。

 この国最強とも呼べそうな騎士が護衛を約束してくれるなら、むしろ自分と一緒にいるより安全だ。

 康大は一安心し、2人にその場に残っているよう指示して、圭阿と共にコアテルの待つ場所へと向かった……。


「連れてきました」

「・・・・・・」

「あの……あっ!?」

 コアテルのいる部屋は、アムゼンの部屋とはちょうど真反対にあった。

 本当に分かりやすい構図である。

 扉の作りも同じで、件の貴族が扉を叩きながら報告していたのだが、反応は随分と遅かった。

 それもそのはずで、向こうから開かれた扉の先に待っていたのは、問答無用の槍衾だったのである。アムゼンの部下以上に重装備の騎士達が、室内であるにも拘わらず長槍を構えて待ち構えていた。


 強制案内役の貴族は尻餅をつく。

 このコアテルの用心深さを見れば、周囲に部下を侍らせているだけのアムゼンが無警戒にさえ見えた。


「……入れろ」

 槍衾の奥から聞こえる声で、中心の列の騎士だけは槍を上げる。真ん中は通れるようになったものの両脇は水平に構えたままで、少しでも妙なことをしたら即あの世行きだろう。


 尻餅をついていた貴族は「ひぃ!」と情けない声を上げると、その場から走り去っていった。

 見た目通りの三下の反応に苦笑しながら、康大はその槍の林を抜けていく。


「(拙者が合図したら、とにかくその場に蹲ってくだされ)」

 圭阿が背後からそう囁いた。

 この想像できないような場面でも、咄嗟に対処法を見つけ出せるのは頼もしい。


「お前が母上が言っていたスパイか」

 コアテルと同じように椅子に座っていたアムゼンであったが、その格好は以前見たときと大分違っていた。

 あの時は軽薄さがにじみ出ているような宝石や金糸銀糸で装飾された服を着ていたが、今は輝く黄金の全身鎧を纏っていたのである。

 まるで今から戦に赴くようだ。


 ただ、椅子に座っている体勢はぐったりし、何もしていないのに肩で息をしていた。フルフェイスマスクまでかぶっていなかったのも、これ以上重くて着られないせいだろう。


 鎧に慣れていないのは明らかだ。

 おそらく部下の騎士達も、心の中では呆れているのだろう。

 それでもコアテルは、かほどもない威厳を誇示するように言った。


「本来ならお前らのような顔も知らぬ下劣な者など相手にしないのだが、母上の顔を立てて会ってやるのだ、ありがたく思え」

「御意」

 康大は頭を下げながら内心で苦笑した。

 どうやら前回会ったことを綺麗さっぱり忘れていたらしい。

 ハイアサースの方は覚えていそうだが。


「それで、話があるようだがいったい何だ。私は忙しい、とっとと言え」

「それですが……」

 コアテルにとって人払いをした方がいい話題だが、本人の様子を察するにそれを受け入れるとは到底思えない。

 康大は仕方なく単刀直入に言った。


「グラウネシアの件です」

「……まあそうだろうな」

 コアテルは忌々しげに答える。

 いくら阿呆でも、これまでの流れからその程度は推測出来たようだ。

 それを見越してのこの護衛なら、康大も遠慮する必要はない。


「有り体に言って、アムゼン殿下は既に殿下とグラウネシアの関係に……内通について気付いています。スパイも使い、根掘り葉掘り探っています。証拠も見つかり、陛下の耳に入るのも時間の問題でしょう」

 康大はどちらかといえば、脅すような口調で嘘と本当が半分ずつの話を言った。

 コアテルのような臆病者は、下手に出るより強気に出た方がいい。


 康大の発言に護衛の騎士達がざわついた。構えていた槍も、思わず下げてしまう。

 さすがに彼らはこの話を知らなかったらしい。


 康大は念のために圭阿に、全く驚いていない騎士がいないか耳打ちした。グラウネシアの連絡役なりにとっては、驚くべき内容でもない。

 ただ、フルフェイスで顔が完全に隠れていたため、康大に感情は読み取れなかった。

 しかし、圭阿なら出来る気もした。


 圭阿は少ししてから首を横に振る。

 出来なかった――のではなく、いなかったらしい。

 圭阿は首を振った後、康大にだけ聞こえる声でそう付け加えた。

 尤も、完全に感情を殺している場合もあるとも。


「……それで、お前は私にどうしろというのだ? 母上はとにかくお前の話を聞けと言っていたが」

 部下達の同様の中、コアテルはゆっくりと言った。

 康大はこの部屋に来る前から用意していた提案を言う。


「簡単です。グラウネシアを売ればいい。陛下もグラウネシアの言葉より、殿下の言葉を信じるでしょう。アムゼン殿下に対する失点にはなりますが、アムゼン殿下の口から陛下に伝えられ、反逆者として処刑されるよりはマシかと」

「・・・・・・」

 コアテルは何も言わなかった。

 ただその顔は、アイナ同様、以前会った時と比べ随分と憔悴しているように見えた。


 部下達は主を無視して、囁き合う。

 ここまで忠誠を貫いてきた彼らだが、さすがにこれからの身の振り方を相談し始めたのだろう。


「くくく……しかしここで今貴様を殺せば」

「無駄です」

 康大は断言した。

 この反応も予想の範疇だ。


「私も死にたくありませんから、もしここから出てこなかった場合、アムゼン殿下の元にいる知り合いに全て話すよう指示しています。私の死体はそのまま殿下の謀反の動かぬ証拠となるでしょう。それに、この話を知っているのは、もう私と殿下だけではないんですよ?」

 そう言って、動揺している騎士達を見回した。

 今までただの傍観者であったのに、急に当事者にさせられた騎士達は更に慌てる。


 彼らは口々に自分の口の堅さを主に主張した。ただ中には、口の軽い同僚を密告する者もいる。

 上が上なら下も下だなと、浅ましい騎士達の態度に康大は呆れた。

 圭阿も、部屋に入ってから常に警戒を払っていたが、彼らのあまりに情けない態度にそれも緩む。


「くくくく……こんなもんだ、俺の周りなどこんなものだ」

 不意にコアテルが自嘲気味に笑い出した。

 突然の変化に康大は戸惑う。

 こんな反応は予想していなかった。


「父親は無視、母親は犬畜生だけを愛し、部下は無能揃い。くくく、それでも母のためにと動いてみたら、知らぬ間にグラウネシアの道具だ。俺の人生なんてこんなものだ。本当にクソだ、この世の中にある全てがクソだ!」

「殿下、決断を」

 コアテル安い不幸自慢を無視し、康大は決断を急ぐ。セカイ問わず、こういう自己陶酔型の阿呆に構っていても、時間の無駄だ。


「決断? いいだろう、言ってやる。母上は俺が王になるチャンスがあると言っているが、ハナからそんなものはない。父上が耄碌しても、他が許さん。グラウネシア? ああその通り、俺は奴らと通じている。この国を滅ぼした後、俺を王にしてやると言われている! そして俺はそれに乗った!」

 感情が抑えきれなくなったのか、はっきりとコアテルは断言する。


 どう考えも致命的な失言だ。

 康大もここまで言うとは思わなかった。

 当初の予定では頑なに否定するコアテルの揚げ足を取って、情報を引き出すつもりだった。


 おそらくここまで話したのは、ストレスが頂点に達したのと、康大を侮り、何を言っても大したことがないと高をくくったためだろう。

 しかしこの場で話を聞いているのは、康大だけではない。

 騎士達の動揺は最高潮に達していた。


(これひょっとしていけるんじゃないのか?)


 康大はここで賭けに出た。


「この男を捕まえろ! 反逆者だ! 断ればお前達も共犯と見なされ反逆罪に問われるぞ!」

『! ?』

 康大以外の全員が絶句する。

 本来なら今会ったばかりの、身分さえ詳らかでない康大の指示に従う必要などない。

 むしろ騎士なら、主のために康大を斬るべきだった。

 だが、動揺と疑念が頂点に達し、さらに頭の回転もあまり早くなかった騎士達は、その言葉に従った、いや、すがりついた。


「貴様らぁ!」

 怒鳴るコアテルを問答無用で押さえつける騎士達。

 もう康大達に槍を向けている者は1人もいなかった。


(読んでて良かった歴史漫画……)


 康大は平然を装いながら、内心ほっと胸をなで下ろした。

 似たようなシーンが漫画であり、それをおぼろげに覚えていたが、まさか本当に実践するとはこの部屋に入るまで、想像すらしなかった。

 ゾンビ化の影響か、頭の回転が速くなっただけでなく、度胸もあり得ないほどついた気がする。


 現実セカイにいた頃だったら、あのヤクザよりおっかないライゼルに、頼み事をしようとすら思わなかっただろう。

 それが良いことか悪いことか分からないが、少なくともこの世界で生きていく上では役に立ってくれそうだ。

 

 騎士に組み敷かれたコアテルは、罵声を発し続けていた。

 自分から白状した割には往生際が悪い。

 処分に困った騎士達が、助けを求めるような目で康大を見る。

 もうここまでしたら、彼らも引き返すことは出来ない。

 最後まで康大に従う他、生き残る道は無いのだ。


(正直ちょっとやり過ぎた気もするけど――)


 康大も康大で、ここまで勢いで突っ走ってきたことを少し悔やむ。

 とはいえ、彼ら同様山を転がり落ちた岩は、今更スタート地点まで戻ることなど出来ない。


 出来ないのだ。


「この裏切り者はまずアムゼン殿下に引き渡す。そこで仔細を問い詰め、アムゼン殿下に()()()()()()()()()()()

 康大の指示に騎士達はほっとしたようだった。

 彼らにとってもはや元主がどうなろうがどうでもよく、自分達のこれからだけが重要だったのだ。

 主導権を失わないよう康大は率先して扉を開ける。

 すると、何故かライゼルが外で待っていた。


 康大は中の騒ぎを聞きつけたのかと思っていたが、


「コアテル殿下の部下らしき連中が、お前の知り合いに悪さをしていたようでな。少し話を聞こうかと思っていたところだ」


 そう言って部下に抑えられている、満身創痍の男達を指さす。

 どうやら康大の保険は、杞憂では終わらなかったようだ。


「それよりどういうことだ、何故コアテル殿下の騎士が、コアテル殿下を捕縛している?」

「分かりやすく言うと、クーデターを白状しました」

「はぁ!?」

 ライゼルは呆気にとられた。

 康大が初めて見る死神の間抜け面だった。

 やがてこちらは騒ぎを聞きつけたのか、ハイアサースとザルマがやってくる。


「な、な、な、これはどういうことだ!? 何故コアテル殿下が捕まり、お前とライゼル様が親しげに話しているのだ!? というか今思い出したが、お前いくら何でもアムゼン殿下陣営に知り合い多すぎるぞ! 何かもう情報が多すぎて訳が分からん!」

 最も情報に乏しいザルマが来て早々混乱する。

 ハイアサースもあまり状況は理解していない様子だったが、


「とにかく分からんが、まあお前が無事ならよしだ!」


 受け入れること事に関しては問題なかった。


 その後、康大と圭阿、そしてコアテルの部下の騎士数人が、ライゼル達に周囲を囲まれ、アムゼンの部屋まで連行される。

 散々喚いてたコアテルも観念したのか、すっかり大人しくなり、これからの未来を想像して顔も真っ青になっていった。


 そして康大は昨夜に続いて、出来れば会いたくないアムゼンと早くも再開することになった……。

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