第30話
「ぬ、アイナ様と会っていたのか」
「・・・・・・」
部屋を出るとザルマと圭阿だけでなく、ハイアサースもいた。
圭阿は分を弁え黙して語らず、ハイアサースはそもそも何を聞いて良いのか分からない様子だ。
そんな3人に向かって康大はこう言った。
「教会に行こう」
康大はそのままコアテルの元には向かわなかった。
今までの経緯を知っていれば皆不審に思ったが、3人とも蚊帳の外にいたため、特に反論はなかった。
今はザルマも用はないのか、そのまま4人で王城を出、教会に向かった。
もちろん礼拝のためではない。康大はこれからのことについて、皆にある程度話しておきたかったのだ。
アムゼンの件を隠しているとは言え、今までの流れから、最低限の共通認識は必要だと康大には感じられた。そうでなければ、ザルマやハイアサースが暴走してしまう可能性がある。
そしてコアテルと面会した後だと、それがいつになるか分からない。
しかし康大が宛がわれた部屋は4人では狭く、また誰かに聞かれる心配もあった。
扉の閉まらない宿舎は論外として、最終的に、密談のメッカとなっている教会で話すことを選んだ。礼拝堂は開けてはいるが、周囲の様子が分かりやすく、また静かなので自分達の声も把握出来、なんだかんだ言っても、使い勝手が良かった。
教会に入ると、説教の代わりに大きないびきが聞こえた。
康大がその出所を捜すと、昨日世話になった老魔術師が、長いすに気持ちよさそうに寝転けていた。
康大はそのままにしようかどうか悩んだが、念のため老魔術師――クリスタを起こすことにした。
「もしもし、起きてください」
「ん……おお、坊主か」
クリスタは大きな欠伸をしながら起きる。
羨ましいほどの暢気さだ。
「元気か?」
「おかげさまで」
「いやあ、実はあれからな――」
そう前置きしてクリスタは康大に耳打ちする。
「アムゼン殿下から口止め料も含めた心付けをもらったんだよ。お前のおかげで、昨日は久々に豪遊出来た。いやありがとうな。あ、勿論兄貴にも言ってないぜ! 言えば首が飛ぶからな」
「ははは……」
康大は苦笑する。
朝から上機嫌なのはそのためらしい。
「いやあ、あんな魔法だけど覚えておいて良かったぜ。兄貴にも感謝しねえとな」
「兄貴……確か神父様でしたよね」
康大は祭壇の前で、口をもごもご動かしている神父を見ながら言った。
相変わらず何をしているのかよく分からない。あれでは告解も出来ないだろう。
「ああ。ああ見えても昔は優秀な魔術師でな、若い頃に教えてもらったんだよ。その頃の俺は碌でもない人間で、とにかく飯のタネを必要としてて、何でもいいから教えてくれって泣きついたんだよ。まあ今となっちゃ、お互いただの老いぼれにすぎないがな。がははは!」
そう豪快に笑う。
そして相変わらず神父の反応は無かった。
それからクリスタは「そいじゃあ失礼するよ」と言って、教会から出て行った。
ちゃらんぽらんな人間だが、空気はハイアサースより読むことが出来た。
「何を話してたんだ?」
「他愛もない世間話さ。それより今後についてだが――」
康大はとりあえずザルマに話した程度のことを、ハイアサースにも話す。
ハイアサースはかなり驚いたが、少しして自分が何に驚いたのか冷静に考え始めた。
「……というわけで、目下グラウネシアのスパイを捜してるわけだ」
「しかしスパイか。誰か知ってそうな人間は――」
「言っておくが誰にも言うなよ。スパイがいること自体知られちゃいけないんだから」
「ぐぬぬ……」
ザルマは口をつぐむ。
やはり隠密行動は向いていないようだ。
もっともアムゼンから許可がでているので、ザルマが口を滑らせてもそこまで問題は無かったが。
「いちおう……あ――」
一瞬アムゼンと言いかけて、慌てて口をつぐむ。
それから少し考えて、
「アイナ様から隠密で当たるように言われてるんだから」
康大は依頼主をアイナにした。
状況を考えると、口止めを指示するのはアイナでなければおかしい。アムゼンとの関係は、ザルマから見ればあくまで一時的なものだ。
「しかしそうなると、やはりスパイはアムゼン殿下陣営の誰かではないのか? アイナ様がコアテル殿下の元にスパイがいて、気付かないようには……。まあお前の立場上、色々大変そうだが……」
真実をかほども知らないザルマは、そう推測した。
とはいえ、それを責めることは出来ない。お互いの立場を考えれば、それは当然の推理だ。
康大は少し考え、「まあそうかもな」と煮え切らない返事をした。
「そうだ!」
今まで1人考えていたハイアサースが不意に手を叩いた。
「あの2人に頼んだらどうだろう!?」
「あの2人?」
ザルマが鸚鵡返しに聞き返した。
一方、康大と圭阿にはそれが誰のことはすぐに察しがついた。
確かにアムゼン陣営に知り合いのスパイがいると考えれば、悪い判断ではない。
「・・・・・・」
ただあの2人は改めて冷静にその立場を考えてみると、どうにも――。
「おーなにやら面白そうな話してるじゃないの」
噂をすれば影。
教会の扉を大きく開き、礼拝堂全体で聞こえる声をあげながらジェームスが入ってくる。その後ろにはアイリーンもいた。
「聞き耳でもしてたのか?」
「まさか。ただそんな気がしただけさ。なあハニー?」
ジェームスはアイリーンに同意を求める。
しかしアイリーンはジェームスを完全に無視し、康大達の方、もっと正確に言えばザルマに近づいて来た。
「ふふ、相変わらずいい男ね」
「悪いが私は君を知らないな」
「あらつれない、それなりに色目を使ってきたつもりだけど、全く効果がなかったようね」
そう言ってわざとらしくザルマにしなだれかかった。
どうやらアイリーンはザルマを知っていたようだ。
まあ中身を知らなければイケメンだし、実際モテてる場面にも遭遇したからそれも当然かな、と康大は完全に他人事目線で思った。
けれども、ザルマは鬱陶しそうに身体を押しのけるだけで、態度はにべもない。
普通の男なら、たとえ気がなくともあそこまでされれば反応するだろう。
康大はザルマの潔癖さを尊敬するより軽蔑した。圭阿に対する対応を見れば、潔癖と言うよりただのロリコンであることは明らかだ。
「それよりこの2人は何者だ? 見たところ俺以外は知り合いのようだが……」
「あー」
康大はザルマに説明するかどうか迷った。
この2人との関係を言えば、かなり早い段階で康大がアムゼン陣営と接触していたことも判明してしまう。インテライト家がコアテル陣営である以上、それは裏切り行為にも近かった。
それを知られた際、果たしてザルマがどんな反応をするか。
想像がつかなかった。
しかし、康大が悩んでいる間に、ハイアサースが勝手に紹介を始める。
「この2人はアムゼン殿下のスパイだ。しかしこれまでアイナ様の冤罪を証明するために協力していたのだ」
「な――」
ザルマは絶句した。
それも当然だろう、ここまでは想像できた。
ただこれから先に何を言うかまでは――。
「・・・・・・」
「う」
ザルマが口を開く前に、圭阿が背後でなにやら針のようなものを刺す。
それと同時にザルマは白目を剥き、その場に頽れた。
「とりあえず面倒そうなので、先に黙らせたでござる」
「あ、ああ……」
圭阿の笑顔を見ると「さすがにそれはやり過ぎでは」という、当然の批判も出来なかった。
ハイアサースも胸の件がトラウマなのか、作り笑いを浮かべるだけで何も言わなかった。
「なんかおっかねえ嬢ちゃんだな、最初に会ったときから思ってたけどさ」
「それは光栄でござる」
「……で、今度は何悪巧みしてるんだ? アイナ様の無実はもう晴らしただろ?」
「あーそれなんだけど……」
康大は話すべきかどうか少し迷った。
今回は事情の重要さを察してか、圭阿がハイアサースの口を押さえ何も言えなくしている。
「……そうだな、とりあえず今そっちの任務はどうなってる?」
「俺達の?」
「ああ、アイナ様の無罪が証明されたら、今は別の仕事しているはずだろ?」
「あー……」
ジェームスはポリポリと後頭部をかき、アイリーンに目配せする。
アイリーンは我関せずといった態度で、懲りずにザルマに色目を使っていた。
「……まあ詳しくは言えないけど、ぼちぼちやってるさ」
「ぼちぼち、ねえ」
アムゼンの話を踏まえれば、自分からグラウネシアのことを話すことはあり得ない。
ただ、今になってこのスパイはどうにも気になることがあった。
少なくとも、全てを話す気にはなれなかった。
しかし、何も言わないのも色々と面倒だ。
「……とりあえずグラウネシアについて調べてる」
――以上のことを踏まえて、最低限の情報を出すという結論に至った。
「グラウネシア? あー……なるほどね」
ジェームスはなにやら納得したような顔をする。
康大にはジェームスが何を考えているか分からなかったが、それは向こうも同じだろうなとも思った。
「……ということは、今度はグラウネシアのスパイを探すのに協力しろと?」
「ああ、そっちの仕事に差し支えがなければ、ね」
「差し支えかあ」
ジェームスは腕を組んでわざとらしく考え出す。
本当に、何をするにも芝居がかっている。
その分、康大には本心が分からなかった。
「……まあ分かったことがあったら伝えるさ。それでいいだろ?」
「ああ充分だ」
「そいじゃまたな。お前らとはまた会う気がするぜ」
「じゃあねダーリン」
「・・・・・・」
ジェームスとアイリーンは、現れたときと同じように唐突に去って行った。
2人の姿見えなくなった後、圭阿が康大に囁く。
「やはり信用出来ないのでござるか?」
「うん、まあな」
「どうしてだ? アムゼン殿下の陣営だからか?」
「それも無関係じゃないんだけど」
ハイアサースの疑問に、康大は考えながら答えた。
「なーんかあの2人は、妙な気がするんだよな。今回の件、本来なら圭阿じゃなくてまずあいつらが協力するのが筋だ。しかも、俺がこうしているのも、あんまり知らなかったみたいだし」
「なるほど。確かにそれは妙でござるな。となると――」
圭阿が言外に、むしろあの2人がグラウネシアのスパイではないか? そう臭わす。
康大はイエスともノートも言わなかった。
というより、断定出来るほどの情報がなかった。
「少なくともコアテル陣営の人間には思えないよな。あの王子に使いこなせる器じゃないわ」
「如何様」
圭阿が頷く。
「さて、そろそろ本城に戻ろうか。ひょっとしたら俺達のことコアテル殿下の部下が捜してるかもしれないし」
康大は座っていた長いすからゆっくり立ち上がった。
ハイアサースも同じく立ち上がり、圭阿は気絶したままのザルマをたたき起こしてから立ち上がった。
「っは!? いったい何が……」
「何もない、とっとと出るぞ」
「は、はあ……」
気絶する前の出来事を忘れたのか、ザルマは素直に頷き、圭阿と共に先に教会を出る。
「これで良かったんだろうか?」
「さあ」
康大とハイアサースはそんなことを言いながら、遅れて教会を出ていった……。




