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第29話

「さっきはサンキューな」

「気にするな。いつまでも役立たずと思われるのが不愉快だっただけだ。それより随分騒がしいな」

「・・・・・・」


 本城に戻り、籠を持ってアイナの部屋に向かう途中、物々しい装備をしている衛兵と何回もすれ違う。おそらくグラウネシアの件でアムゼンが配置しているのだろうが、康大は黙っていた。


 アイナが幽閉されていた部屋は本城のかなり奥の方にあった。光が全く差さない陰鬱な部屋だが、扉を見た限り粗末な部屋ではない。


 ザルマは扉についているノッカーを叩き来訪を伝える。

 中から「入れ」という居丈高な男の声が聞こえ、ザルマは恭しく扉を開けた。


「・・・・・・」

 部屋の中に入った康大は、ザルマに習い無言で頭を下げる。

 部屋の中央で椅子に座っていたアイナは予想通りの人物だった。

 厚化粧で煌びやかな服を纏った不細工で太ったおばさん、本当に康大が漠然と想像していた通りの人間だった。

 これでもし年齢を感じさせない美女だったり、死に損ないのよぼよぼの老婆だったら、頭が真っ白になっただろう。

 想像していた通りの人物であったため、所作も淀みなくザルマに習うことが出来た。


「フェルディナンドちゃんは!?」

 アイナは立ち上がり、礼儀も何もすっ飛ばし、王妃と言うよりは場末のママのような品のない声でザルマに聞いてくる。

 ザルマは「ここに」と言いながら、うやうやしく籠を差し出した。


「フェルディナンドちゃぁあああああああああああああンん!!!!!」

 絶叫しながら籠からフェルディナンドちゃんを取りだしたアイナは、少し震えているフェルディナンドちゃんに思い切りほおずりする。

 犬の気持ちは分からないが、康大にはフェルディナンドちゃんが喜んでいるようには到底見えなかった。

 身体が少し震えているし、心なしか泣きそうに見える。

 康大は「これストレスで身体壊したんじゃないのか……」と勘ぐった。


 フェルディナンドちゃんが嫌がるのも無視し、ひとしきり()()()()()後、アイナはようやく視線をザルマ達に向ける。


「それで、お前らは私に何か用があるようだな」

「はい、実はアイナ様に是非お伝えしたいことが……」

 ザルマではなく康大が口を開く。

 アイナは許可無く話した康大に少し不快そうな顔をしたが、フェルディナンドちゃんのおかげで気分が良かったのか、そのまま話を続けた。


「伝えたいことだと?」

「はい、実はアイナ様の無罪が取り消される可能性があると」

「何故お前のような下賤な者がそんなことを知っている!?」

 アイナが声を荒げる。

 しかしその迫力は所詮実を伴わないこけおどし。

 今の康大にとっては柳に風のようなものだった。


「実はアムゼン殿下の部下に知り合いがいまして……」

 康大は平然とそう答える。

 嘘ではない。

 ジェームス達は当然のこと、ライゼルも知り合いと言える。今の康大にとって、コアテル上層部よりアムゼン上層部の方がまともに話せる人間が多かった。


「つまりお前は、あの不愉快な小僧に対するスパイというわけか」

「はい」

 アイナの隣にいた、おそらく開けるよう指示した騎士の男の質問に康大は答える。


 ちなみにこの騎士以外、アイナの部下はこの部屋には誰もいない。

 軟禁が解かれたのだから、戻って来ても良いようなものだが、失った信頼と権勢まではそう簡単には戻らなかったらしい。

 残ったこの男にしても、ライゼルと比べたら雲泥の差だ。全身鎧を着ているが、直立不動になれず妙にふらふらしている。

 虚勢を張るにしても、せめて最低限の努力ぐらいはしろと言いたかった。


(あまり情報持ってる感じじゃないなあ)


 あまりに貧しい陣容を見て、康大はそれをほぼ確信した。

 とはいえ、やることはやる。

 何もしないのもザルマに悪いし、アムゼンからも色々やって()()()()()おけと言われていたのだから。


「ところで、その知り合いから聞いた話なのですが、どうやら殿下はグラウネシアと通じているようで……」


『な!?』


 康大以外のその場にいる全員が絶句する。

 ザルマの反応を見て、そういえば何も言ってなかったんだっけと、今更そのことを康大は他人事のように思い出した。


「い、いきなり何を言うこの痴れ者め!」

 アイナは顔真っ赤にして怒鳴った。

 その表情はよくテレビで観る悪質クレーマーのようだった。


「わ、わ、私がグラウネシアと通じているなど――」

 言いかけてアイナは横を見た。

 その視線は明らかに疑いが込められている。

 視線の先にはあの騎士がいた。


「わ、私は関係ありません! こ、この男の妄言です!」

 康大を指さしながら、必死で自分の身の潔白を主張する。

 見事な小物っぷりだ。

 そして――。


(こんなのがあのアムゼンの目をかいくぐって、内通に絡んでるとは思えないな)


 アス卿暗殺事件同様、良くも悪くもその無能さが、2人の冤罪の証明となった。


「申し訳ありません、どうやら殿下は無関係だったようですね」

「わ、私でないとは!?」

「コアテル殿下の陣営に、グラウネシアの内通者がいることは確実です。もし、アイナ様も一枚噛んでいるのなら、身の振り方に注意した方がいいかと助言を……」

「そ、そんなわけあるか! あの役立たずに何が出来る! す、すぐにコアテルを呼べ!」

 アイナは側近の騎士を部屋から追い出す。あまりに興奮しすぎたため、フェルディナンドが強く握りしめられ、断末魔のような鳴き声を上げた。

 部屋を出ていく騎士の背中を見ながら、ひどい言いようだな、と康大はコアテルに少し同情した。

 母親なら、駄目な我が子でも愛するものだろう。自分の息子より愛犬が大事な馬鹿親というのは、完全に事実に基づいた噂のようだ。

 コアテルが落ちるところまで落ちたのも、この母親なら納得出来た。


「お前達も出て行け!」

「御意」

「ぎょ、御意!」

 康大は平然と踵を返し、ザルマは慌ててその後に着いていった。


 そして部屋を出た刹那――。


「どういうことだ!?」

 当然ザルマに問い詰められる。

 康大はどこまで話すべきか少し考えた。

 あそこまで言って全てを隠し続けることは出来ない。しかしハイアサースほどではないにしろ、ザルマの口の堅さもそこまで信用出来ない。

 その結果出した結論は、


「アムゼン殿下の元にいたとき、偶然グラウネシアのスパイの話を聞いたんだ。このままじゃ確実にアイナ様のマイナスになるから、念のため聞いておきたかったんだ」


 というものだった。

 つまり、今回の行動がアムゼンの指示によることだけ隠したのである。それ以外は口外する許可をもらっているのだから、ここまで知られた以上話せることは話した方が最善に思われた。

 もしそこからアムゼンの指示だと見抜かれたら、それは自分を選んだアムゼンの責任。

 そう居直ることにした。


「そんなことがあったのか……」

 ザルマは康大の話をほぼ信じたようだった。

 単純な相手だと、こういうとき都合が良い。

 そしてザルマの質問攻めに遭う前に、康大は圭阿を呼んでくるよう指示した。

 これにはザルマも首をかしげた。


「何故ケイア卿を?」

「場合によっては殺し合いにまで発展するかもしれないからだ。さすがにこんな所で死にたくないんでね」

「……分かった。すぐに見つける」

 ザルマは重々しく頷いて、圭阿を探しに行った。


(悪いなザルマ)


 これはザルマを遠ざける口実であった。

 完全な嘘ではないが、それ以上にこれから話すことはザルマに聞いて欲しくなかった。


 やがて出て行った騎士が部屋に戻ってくる。

 騎士は康大に一顧だにすることもなく部屋に入って行った。

 そしてしばらくした後、


「なんですって!?」


 厚い扉越しにもはっきりとアイナの驚愕の声が聞こえた。

 その反応から内容は明らかだ。


 今度はアイナがその巨体を揺らしながら、騎士と共に部屋から飛び出す。

 康大は部屋に残ったフェルディナンドちゃんが逃げ出さないよう、サービスで面倒をみてやることにした。


「くぅーん」

 アイナの扱いがよほどひどいのか、フェルディナンドちゃんは人間を止めている康大にさえすぐに懐いた。

 フェルディナンドちゃんの頭の撫でながら、康大は「犬も犬で大変だなあ」としみじみ思った。

 

 それから更に時が経ち、真っ青になった騎士と、体重が半分になったかのようにげっそりしたアイナが、憔悴しきった様子で戻って来た。

 康大は思いきり嫌がるフェルディナンドちゃんを、同情しながらもアイナに渡す。 

 そのフェルディナンドちゃんを撫でるアイナの手も、弱々しかった。

 よほど息子の裏切りがショックだったようだ。


「……お前の言っていたことは本当だった」

 呟くようにアイナは言った。

 どうやら実の母親には正直に話したらしい。

 康大は何も答えず、次の言葉を待つ。

 それから1分ほどして、アイナは同じように呟くような口調で言った。


「あの子は私に許可も取らず、勝手にグラウネシアと連絡を取っていた。しかも陛下に密告したら、私もグルだったと言うって脅してきやがった。まさかあんな親不孝ものだとは思わなかった。やっぱり信頼出来るのはフェルディナンドちゃんだけだわ……」

「・・・・・・」

 無条件に親の愛情が与えられないなら、子供の信頼も無条件には与えられない。正直に話したのも、嫌がらせのためだったようだ。

 この2人はそんな関係なのだろう。

 康大の家もそこまで理想的な家族ではなかったが、この親子よりは遙かにマシに思えた。


(――ってらしくもない軽蔑をしている場合じゃない。この分だと、アイナを証人にすることは出来ない。でもこれはチャンスだ)


 康大は息を大きく吸ってから、ザルマにはとても聞かせられない台詞を言った。


「ならば殿下もグラウネシアに内通されては? むしろそれ以外選択肢はないかと」


「わ、私もそれがよろしいかと!」

「はっ――」

 康大と騎士の提案を、罵るのでもなくアイナは鼻で笑う。


「お前達のような無知は知らないだろうが、あの国は普段の食事で犬を食べるのだぞ。そんな国に大事なフェルディナンドちゃんを連れて行けるか!」

「・・・・・・」

 本当にどうしようもない親だなと、康大は心底思った。

 ここまでひどいと、本当にコアテルに同情したくなる。

 もちろん都合1グラム程度の同情はしても、手を貸してやろうとは毛頭思わないが。


 むしろ立場上、親子共々破滅してもらわないと困る。


 これから言う言葉(どく)はその第一歩だった。


「でしたら殿下、私めをコアテル殿下に紹介して頂けませんか? 私ならコアテル殿下の暴走を完璧に止めてみせます」

「ほ、本当か!?」

 藁にもすがるとはこのことだろう。

 身分どころか名前さえも知らない康大の提案に、アイナは簡単に飛び乗った。

 詐欺ってやろうと思えば結構簡単だなと、薄れ行く道徳心に目を背けながら、康大は思った。


「はい。ですが場合によってはコアテル殿下と敵対することも――」

「そんなこと構わないわ! あんなガキ、もう親でもなければ子でもない!」

「そこまで仰るなら」

 康大は深々と頭を下げる。


 こうしてコアテル陣営に属するインテライト家の家臣かつアムゼン直属のスパイである康大は、コアテルの懐に飛び込むことに成功した。


 幽閉が解かれたばかりのアイナと会うのなら、フェルディナンドの件もあるしそこまで大変ではない。

 しかし内通の中心にいるコアテルはそうはいかない。

 さらに風向きが変わり、陣営に人が戻りつつある。

 そのために、敢えてアイナに内通を促しコアテルと接触出来る機会を作ったのだ。


 ここまで来るとなにやら達成感も沸いてくる。

 その一方で。


(でもこれってもう一男子高校生のすることじゃないよな)


 そう冷静に思わずにもいられなかった……。

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