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第2話

「山を登るでござる」

 

 街道から大分離れ、兵士の姿も声も聞こえなくなったあたりで、圭阿は唐突に言った。

 この辺りの地理に疎い康大には、何故そんなことを言ったのかさっぱり分からない。

 ただ難しそうな顔をしているザルマを見て、それが単純な、ピクニック感覚の登山でないことは明らかだった。


「山登りは得意だぞ。うちの田舎は山ばっかだったからな」

 自信満々に答えるハイアサース。

 彼女のように額面通りの言葉を受け取ることが出来たら楽だろうなあと、康大は改めて思った。


「ちなみに俺は山登り経験0だけど、そんな俺でも登れそうな山?」

「おそらく無理かと」

 笑顔で圭阿はそう言った。


 この忍者は本当に何を言っているのかと。


 康大は返す笑顔で彼女の傍若無人ぶりを批難した。


「あ、あの圭阿卿。山を登ると言うことは、ジャンダルムを超えていくと言うことですよね。いくらなんでもあの山を越えるのは……」

 ザルマがおずおずと圭阿に反論する。

 しかし圭阿は笑顔のまま、冷徹にそれを退けた。


「ならば貴様は他の道を知っているのか? 他に王都に入れる方法があるとでも?」

「それは……」

 ザルマが言葉に詰まる。

 そもそもたとえ正当な抗議でも、ザルマの発言権は認められていなかった。ザルマもそれを認識しているのか、圭阿に却下されるとそれ以上何も言えなくなる。


「(ところでジャンダルムってどんな山なんだ?)」

 そんなザルマに康大は耳打ちした。

 康大には圭阿に対して何でも言える自信がある。なにより自分が危険な目に遭うことには、断固抗議する気でいた。

 そのためには、それがどれほど無茶な行為か知る必要があった。


「それはだな……」

 ザルマはため息混じりに話し始める。

「王都は海側以外はほとんど山に囲まれ、街道にある関所が平地の唯一の出入り口だ。そして関所の壁に繋がる崖の上にも監視小屋があり、このあたりから侵入することは不可能に近い。まあそれ以前に、この崖はずっと垂直で、上ぼること自体無理だろうがな。だが崖沿いをずっと進むと、次第に道自体が上がっていき、ジャンダルムという山に到着する。ここを越えれば関所を迂回して王都に入ることが出来る。ただし、よっぽど訓練した人間以外は不可能に近い。ちなみにその行程に道など存在しない。崖、崖、崖、そして崖だ」

「・・・・・・」

 康大の頭の中で、アイゼンやピッケルといった登山に必要な道具が、次々と浮かんでは消える。当然その中のただの1つも今の康大の手元にはない。それは現実セカイに帰っても同じで、康大は今までの人生で登山道具を手に取ったことすらなかった。


「……お前は悪魔の子か」

 簡潔な言葉で康大は圭阿を批難する。

 相手が康大の場合、圭阿も力尽くで黙らせることができず、少し決まりの悪そうな顔をした。


「まあ確かに康大殿やはいあさーす殿には厳しいかもしれませぬが……」

「そう思うんだったら他の方法を考えるべきだろ。たとえば海から行くとか。小舟なら何とかならないか?」

「ふむ……」

 圭阿は腕を組んで考える。

 いや考える素振りを見せた。

 それがあまりに白々しかったため、康大もすぐに察した。


「関所があそこまで厳重に警戒されている以上、それは無理でござろう。そもそもインテライト家は今微妙な立場、余計な波風を起こすわけには参りませぬ。その点山は範囲が広く誰も警戒はしていないはずでござる」

「だったらお前1人が王都に入ったらどうだ? 結局本さえあれば目的は達成されるんだろう?」

「確かにそれは()()()()()として考えているでござるが……」

「・・・・・・」

 最後の手段、という言葉をわざとらしく強調しながら圭阿は言った。

 遠回しに、今はそこまでする必要はないと主張しているのだ。

 それが分かった康大は、顔をしかめた。


「康大殿の知恵とはいあさーす殿の魔法は、王都にたどり着いた際、必ず大きな力になってくれると信じているでござる。おそらく拙者1人であったなら、この本も有効に使えるかどうか……」

 そう言って圭阿は小さな胸元に手を当てる。

 そこにはあの医学書が入っており、図書館でフォックスバードに渡されてから、肌身離さず持っていた。

 寝ている間だろうが、船に乗っていようが関係ない。

 そのおかげで普段より胸が大きく見えたが、さすがにそれはザルマ以外にとってはどうでもいいことであった。


「しかし、だ。現実的に俺やハイアサースじゃ絶対山登りは無理だ。というか、普通の山道でも俺にとっては不可能に近い」

 現代的な重装備でも1日かけての山登りなど絶対に出来ない。それなのにゾンビになった上にこんな軽装で、どうすればいいというのか。


 康大の当然の抗議に、圭阿はしめた、という表情をする。

 康大もその表情を見て、しまったと思った。

 圭阿にとっては山を登れるかどうかではなく、その意志があるかが重要だったのだ。


「確かに普通の道筋では登ることは不可能でござる。けれど、拙者こういう事が起こることも考え、事前に誰でも登れるような道程を開拓していたのでござる!」

 自信満々に答える圭阿。

 対照的に絶望的に打ちひしがれる康大。

 これで最後の手段を用いるという選択肢を、棚上げされてしまった。

 おそらく簡単な道……というか崖ではないのだろうが、ここまで言われてやっぱり登りたくないとは言えない。

 現代人の康大は、このセカイでは空気が読めすぎた。

 康大の内心も知らずに、ハイアサースやザルマは素直に喜んだ。


「なんだ、そんなものがあるのか! だったら最初からそっちから行っても良かったじゃないか!」

「そうですよ圭阿卿、水くさい! 私と貴方の仲ではないですか!」

「どういう仲だ痴れ者が!」

「ほげっ!」

 調子に乗ったザルマを、圭阿が蹴り飛ばす。

 これから待ち受ける苦難が想像に難くなかった康大は、そんなザルマを見るともなしに見ていた……。


 そしていよいよ、康大の意見を一切無視した登山が始まる。


 まず崖沿いの道を進むという前段階が、康大にとってはすでにかなりの苦行だった。

 鎧を着ていても、ハイアサースもザルマも基礎体力は高い。藪をかき分ける急な坂道もそこまで苦もせずに進む。

 一方軽装の康大は、少し歩いただけでも肩で息をしていた。

 関所まで歩き通しの上、仲間内でも唯一、船旅での疲労が完全に抜けきっていない。

 ゾンビ化して手に入れた強力な腕力も、スタミナまでは増やしてくれず、逆に疲労感は更に強くなっていた。

 実際、ここに来るまでもう何度も休憩を入れている。


 そして、


「はあ、はあ……あとどれぐらい?」


 康大は10分歩く度に、圭阿にそう聞いた。

 ハイアサースやザルマは呆れた顔をするが、無理矢理ついてこいと言った手前、圭阿だけはあまり強くは出られない。「まあそのうち……」と言葉を濁すだけで、同じやり取りをもう10回はしてきた。

 康大基準では既に山登りに入っているか、最低でもジャンダルム山にたどり着いていないとおかしいほど歩いた。

 そんな康大の思い込みを誤魔化し続けなければならないのだから、圭阿も邪険にはできない。

 あまり追い詰めすぎると、本当に「帰る」と言い出す可能性が高いのだ。 

 そうして文字通り宥め賺しながら、ようやく4人はジャンダルム山に到着する。


「・・・・・・」

 康大は目の前に広がる偉容に呆然とした。

 ジャンダルム山が嶮峻であることは理解していた。

 1時間程度で登り切れる程度の山ではないかという一縷の望みが打ち砕かれる覚悟もしていた。

 しかし、目の前の山道ならぬ山崖の壮絶さは、予想の範疇を超えていた。


「……どうしろと?」

 康大は無表情で圭阿に言った。

 目の前にあるのはザルマの言った通り坂道ですらない崖で、90度どころかそれを超えている。これでは関所付近の崖を登った方が未だ楽だ。

 こうなると、当然登山方法はピッケルなどを使った本格的な崖登りになる。生まれながらの山岳民族か、重力を無視できるようなチートスキルは必須で、康大にはそのどれも無い。極めつけにこれまでの道程で既に脚ががくがくだ。

 ハイアサースとザルマも、さすがにこれ以上は進めないことを理解し、それを表情で圭阿に示す。


 だが当の圭阿はどこ吹く風だった。


「当然登るための準備はしているでござる!」


 自信満々に答える圭阿。

 ただその後にぼそりと言った「とはいえこの程度なら、素手でも登れるものと思っていたでござるが……」の言葉に、3人の不安が一気に高まった。

 

「圭阿、やっぱりここはお前だけ先に行くべきだと……」

「これでござる!」

 圭阿は康大の提案を存在しなかったかのように扱い、空中の何もないところを指さした。


『 ? 』

 

 康大だけでなくハイアサースとザルマも首をかしげる。

 3人には圭阿がいったい何のことを話しているのか、全く理解出来なかった。


「……これ紐か?」

 最初に気付いたのは、圭阿の次に視力が良いハイアサースだった。

 続けてザルマも「なるほど」と気付き、康大だけが目をこらしながら近づき、


「ぐえっ」


 実際にその紐で首を締め付けられる。


「な、なんだよこれ!?」

「これは拙者の一族に伝わる【不断の縄】でござる。この縄は目をこらさねば分からぬほど見えにくく、丈夫で、よほどのことがなければ切れることもござらぬ。拙者以外の人間でも山越えが出来るよう、御屋形様に仕えるようになってから密かに準備し、今日こうして日の目を迎えることになった次第でござる」

「不断の縄……ねえ」

 康大は目をこらしながらその縄を触る。

 不可視と言って良いほどほど見えにくかったので、それこそピアノ線のように細い糸のような物かなと思っていたが、実際はそこまでではなかった。細いことは細いが、せいぜい縄跳びより少し細い程度だ。それが特別な処置をされ、まるでステルスのように見えにくくなっていたのである。

 縄は崖の出っ張りに引っかかるように設置され、崖を斜めに上るようなルートで進んでいる。どこまで続いているのかは、ステルス機能のためよく分からない。

 康大はあらかた見終えた後圭阿に言った。


「縄は分かったけどこれどうやって使うんだ?」


 ――そう、あくまで縄は縄だ。

 登り用のはしごや板が設置されているわけではない。この程度の補助では康大は到底登れる気になどなれなかった。


「基本は掴まりながらの移動でござるが――」

「いやいやいや、そんなスタミナない。俺の懸垂最高時間は9秒だぞ。120%無理だ」

「さすがの私もこれを伝っていくのは……。鎧の重さもあるし……」

 珍しくイアサースも康大の意見に賛同する。

 見栄を張りたいザルマだけは、「私は大丈夫です!」と胸を張って言っていたが、初めから圭阿は相手にしていなかった。


「然らば縄の上を伝って行くしかないでござるな。こちらの方が不安定なので出来れば避けたかったでござるが……」

「いや、だからお前だけ先に行けば良いとさっきからずっと――」

「それでは改めて参りましょうぞ!」

 康大の意見は完全に聞き流される。まだ風のせせらぎの方が圭阿の耳に届いている気がした。


 康大はがっくりと肩を落とす。

 この忍者は絶対に折れない、その余地が一切感じられない。目に迷いがなさすぎる。

 人間ある程度の決断の弱さも必要だろう。

 康大はそう思わずにはいられなかった。


 そして始まる強行登山。


 案の定その第一歩から、厳しい試練が康大を待ち構えていた――。

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