第28話
果たしてそれから数時間後――。
本城の大広間にアムゼンが緊急に貴族達を収集し、今回の事件の顛末が語られた。
だがその内容は――。
「事実無根とはこのことでござるなあ」
「まああんなもんだろうさ」
「?」
今度はアムゼン本人によって行われた演説を聞き、圭阿は呆れ、康大は苦笑する。事情を全く知らないハイアサースは、ただ2人の態度に首をかしげていた。
アムゼンが公表した顛末を要約するとこうだ。
今回毒を盛った給仕が捕まり、拷問した結果グラウネシアのスパイであることが判明した。それにも拘わらず状況証拠でアイナ内親王殿下を拘束し、また犯人と決めつけたことは大変恥ずべきことである。アイナ内親王に深く謝罪したい――。
これがサスペンスなら、今までの努力が一切無駄になるあり得ない展開だ。
しかし、康大の目的はそもそも犯人捜しではない。とにかく無難に生き残ることである。
そもそも推理ものにしたって、被害者や加害者と直接関係がないのに、警察でもない主人公が犯人を突き止める意味が分からない。むしろ犯人の方が感情移入出来る。
康大にしてみれば、収まるところに収まれば真実などどうでも良いのだ。
「……結局そのグラウネシアのスパイが悪かったんだろう? コータの捜査は無駄骨だったのか?」
「まあそんなところだろうなー」
康大はハイアサースの的外れな質問に適当に答える。
圭阿の言う通り、確かにあまりハイアサースの心配をする必要はなさそうだ。
「でもこれで任務はほぼ終わったんだな。後は生誕祭までいればいいだけか。終わってしまうと呆気なかった気がするな」
「まあそんなところだろうなー」
再び適当に答える。
本音を言えば、大変なのはこれからだ。
アムゼンの演説が終わった瞬間、聴いていた貴族達が蜘蛛の子を散らすように大広間から出て行った。
状況が変わったことで、また身の振り方の相談にでも行ったのだろう。
それとも、グラウネシアの本当の黒幕に報告にでも行ったのか。
今のところそれを見極めるだけの情報が康大にはなかった。
ただし、出て行く人間とは逆に大広間に入ってくる人間が誰かは、はっきりと分かった。
「ケイア卿!」
その誰か――ザルマは大広間に残っていた康大達を見つけ、手をふりなが近づいてくる。
「御無事で何よりです!」
「無事に決まっているだろうが阿呆。無駄な心配をする間にとっとと用件を話せ」
「は。ただ今回復したフェルディナンド様が馬車で王城に到着し、アイナ様にお渡しする際に、コウタの同行も認められました」
「なるほど。まあ良いタイミングだな」
「?」
ハイアサースは、一向に状況を理解することが出来ない。ザルマにしてもよく分かっていないようであったが、圭阿ばかりに注目しているのでこちらはどうでもよさそうだった。
「それじゃあ俺とザルマは犬……フェルディナンド様を回収してから、アイナ様に会いに行ってくる。ハイアサースと圭阿は……まあ適当にやっていてくれ」
「御意」
「いや適当って……」
最後まで何一つ理解出来ないでいるハイアサースを残し、康大はザルマと共にフェルディナンドを迎えに行く。
本城を出て王城の門の当たりまで行くと、以前見たインテライト家の馬車が止まっていた。
その中から小さな籠を持った、大きすぎる男が現れる。
「ガンディアセ殿!」
かつてインテライト家で会ったはげ頭の恐ろしい傭兵が、ゆっくりと馬車から降りてきた。
大男と子犬の入った可愛らしい籠のコントラストはあまりに滑稽で、康大は少し笑いそうになった。
「首尾はどうだ?」
籠をザルマに私ながら、ガンディアセは言った。
ザルマは康大に目配せする。
「色々と面倒なことに巻き込まれました。本来なら詳細に報告すべきでしょうが、様々なしがらみが生じ、立場上それも出来ません」
「・・・・・・」
ガンディアセは康大を無言で睨み付ける。
康大は思わず一歩引いたが、ライゼルで馴らされたおかげで取り乱すところまではいかなかった。
ガンディアセは無言で、腰の剣に手を伸ばす。
「あ、これやばい」と康大が思い始めた瞬間、ザルマが康大とガンディアセの間に割って入った。
「お待ち下さい! 確かに不審に思われるかもしれませんが、コウタがインテライト家を裏切るようなことは決して致しません!」
「・・・・・・」
ガンディアセはザルマも睨み付ける。剣に当てた手も未だ離してはいない。
ガンディアセを良く知っているザルマはコウタ以上に怯えていたが、それでも自身も腰の剣に手を伸ばした。
もし抜刀したら、抵抗も辞さないという意思表示だ。
それが無駄な抵抗であることは明らかだったが、自分の為にそこまでしてくれたザルマに康大は素直に感謝した。
「……ここで俺が洗いざらい言えば、多分インテライト家の立場が今以上に悪くなります。それ以外に今言えることは、関わっている件がグラウネシアと関係しているということだけです」
「グラウネシア……」
ガンディアセがわずかに眉を動かす。
それがどういう感情からの変化は分からない。この老傭兵もライゼル同様、感情の変化が非常に分かりにくい。
ただ結果として、ガンディアセは剣から手を離した。
「・・・・・・」
その後結局何も言わずに馬車に乗り、馬車は王城を出て行った。
残された康大とザルマは呆気にとられる。
「なんだったんだ?」
「くぅーん」
康大の呟きに答えるのは、フェルディナンド様の鳴き声だけだった……。




