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第27話

「久しぶり……というほど昔でもないでござるか」


「圭阿!?」


 屋根裏に潜んでいたのは、誰あろう異世界くノ一飯山圭阿であった。

 昨日の朝から会っていなかったとは言え、まさかこんな所で再開するとは夢にも思わなかった。


 ただし圭阿の両手には手枷が嵌められ、さらによく見れば顔に殴られたような痣まである。

 何かあったのは聞かずとも明らかだった。


 康大は思わず詰問するような目でアムゼンを睨む。

 その無礼には触れず、アムゼンはただ何があったのかを事務的に話した。


「なにやら私の周りを動き回っている者がいてな。それでグラウネシアの者かと捕らえてみたところ、インテライト家の間者というではないか。まあここで殺してもよかったが、お前のことが頭にあってな。生かしておき、自分が仕えている家がどんなものか教えてやったのだ」

「拙者、アムゼン殿下の話を聞き、このまま()()()()に仕えることが、いんてらいと家の御為にならないと悟ったでござる」

「悟るまでの過程に色々問題があった感じだけど……」

 圭阿の姿を見ると、友好的に理解が得られたようには到底見えない。

 とはいえ、洗脳や暗示の耐性は忍者なら強いはずだ。圭阿自身ある程度は納得した上での鞍替えなのだろう。


「確かに手荒な面もあったかも知れない。だが、この女はお前の存在が無ければ死んでいたことは事実だ。それを話したら、以後お前の手足となって働くことを約束したぞ」

「一度ならず二度までも助けていただき、感謝の言葉もありませぬ。以後牛馬のように働くことを誓うでござる」

 圭阿はその場で土下座する。

 その芝居がかった態度に、康大は恐縮するより胡散臭さを覚えたが、その場では何も言わなかった。

 そもそも現時点で完全に康大の命令で動いているのだから、敢えて忠誠を誓う必要などない。インテライト家を害する命令なら圭阿も首を横に振ったかもしれないが、相手がコアテルなら最初から何でもしてくれる気がした。


「では良い知らせを期待しているぞ。もし知りたいことがあれば、遠慮なく私に聞くがいい。あと2日しかないのだ、可能な限り便宜を図ろう」

「ありがとうございます」

 口ではそう言いながら、感謝の気持ちは欠片もない。

 むしろ恨めしく思っていた。


 康大は圭阿を連れてあからさまなため息を吐きながら、部屋を出ようとする。圭阿の手枷は知らない間に外れていた。

 その2人を、出て行く寸前でアムゼンは呼び止めた。


「そうだな、よく考えればお前は私の部下ではない。それにも拘わらず何の褒美もないのなら、やる気が出ないのも仕方ない。いいだろう、もし今回の件が上手く納まれば、私が国王になるのは必然、出来る範囲で望みを叶えてやろう」

「ではその時はよろしくお願いします」

 康大は特に感慨の籠もっていない声で答えた。

 康大が本当に望む物は、今のところ元の健康な身体以外無い。それはどんな権力使っても、手に入れられるものではないはずだ。


 結局康大はささやかな抵抗とばかりに振り返らずに部屋を出た。

 その背後で、圭阿はアムゼンに軽く黙礼した……。


「大丈夫だったか!?」

「生きてるか!?」

 部屋の外ではザルマとハイアサースが心配そうに待っていた。

 ちなみに後者の台詞を言ったのはハイアサースだ。ゾンビがゾンビの生存を心配するという、非常に珍しい場面だった。


「いったい……ってケイア卿!?」

 ザルマの心配は、すぐにボロボロの状態で現れたケイアに移った。

 康大は別にそれを薄情だとは思わない。むしろ自分が普通に心配されたことに少し驚いていた。


「いったい何が」

「あーそれは……」

「大したことではない。些かやり過ぎて賊と勘違いされていたのを、あむぜん殿下に助けて頂いたのだ。康大殿とはその時に偶然会った」

 康大が適当に誤魔化す前に、事前に答えを用意していたのか圭阿がスラスラと答える。

 それでもザルマは納得していない様子であったが、圭阿が睨むとそれ以上言わなかった。

 見事な調教成果だ。


「それで、今までアムゼン殿下と何を話していたんだ?」

「それは秘密だ」

 ハイアサースの質問に、康大ははっきりと答えた。


「悪いけど言いたくても言えないんだよ、アムゼン殿下とそういう約束したから」

「それなら仕方ないが……。とにかく私達にできることがあれば、遠慮なく言ってくれ」

「そん時は頼りにするさ」

「私としてはお前よりケイア卿の力になりたいのだが……」

「生憎間に合っている」

 ザルマの言葉は一瞬で圭阿に退けられた。

 この2人の関係はどんな状況でも変わらない。

 とはいえ、本来状況とは刻々と変化するもの。今はそれに乗り遅れないようにしなければならない。


「ところでザルマ、今はコアテル殿下とアイナ様はどうなってる?」

「相変わらずだ」

「とりあえずこれからアイナ様の冤罪が、アムゼン殿下から公表されると思う。そうなったら面会出来るよう取りはからってくれないか?」

「フェルディナンド様の容態も落ち着いてきたし、それと絡めればおそらく何とかなると思うが、今更何を?」

「まあ色々とな」

 康大は言葉を濁す。

 ザルマは不審そうな顔をしたが、圭阿の時ほどこだわりはしなかった。優先順位が明らかに違う。

 

 それから康大はいちおうライゼルに礼を言って別れる。おっかない人間であったが、色々世話になったのは事実だ。

 ザルマも用があったためその場で別れ、ハイアサースと圭阿だけが残った。

 3人になったところで康大は圭阿に耳打ちする。


「(さて、ハイアサースをどうしようか……)」


 そのやる気は嬉しいが、秘密にしている以上今は正直に言って邪魔だった。

 だからといって、放っておけば何をするか分からない。

 現実セカイでは一生縁の無い美人巨乳婚約者でも、迷惑なときはある。

 しかし圭阿はそんな康大のもやもやを、根本的に吹き飛ばす一言を言った。


「(そもそもはいあさーす殿に、(まつりごと)を理解することができますか?)」

「(あ、言われてみれば)」

 目から鱗だった。

 こちらが丁寧に説明しても理解出来ない話を、人に言えるわけがない。

 結局杞憂だった。


「どうした? なにかとても不愉快な気分がするのだが……」

「気のせいだろ。それより今日は未だ食事をしてないんで腹が減ってる。ここにいる間は、飯は準備してくれるからとりあえず腹ごなしをしよう」

 そう言って康大は、食堂に向かう。

 そこは晩餐が行われる広間ではなく、少し身分が劣る人間達に向けて作られた場所だった。ライゼルに教えてもらったのを、思い出したのである。


 ちなみに身分が高い貴族達は、会食以外は自前のシェフの料理を、自室で食べていた。生誕祭前できな臭く、さらに暗殺まで起こった状況では、信頼出来ない物が作った食事など口にしない。


 半端な時間ですでに大方の人間は食事を終えていたのか、テーブルには食べ残しの皿ぐらいしかなかった。

 康大は給仕らしき人間を捕まえ、とりあえず何か食べるものをと頼む。


 数分後、飾り気が全くないハムの塊とパン数枚、それにワインの瓶が大きな木の皿に載せられて現れた。宿舎よりはマシだが、晩餐会の食事とは比べるべくもない。

 またかなりぞんざいな扱いだったが、それを言うと色々な人間に迷惑がかかりそうな気がしたので黙っていた。


「2人はどうする?」

「朝食はもう済んでいる。とりあえずこれから教会に行ってくる。だんだんあの神父だけの教会が、心配になってきた……」

「拙者は辺りの様子を探ってくるでござる」

「そっか……」

 朝食は康大だけが取る事になった。

 圭阿がすぐに移動しなかったのは、いちおうメニューが何か確認しようと思ったからか。登場した粗末な朝食を見てがっくりと肩を落としていたから、それで間違いなさそうだ。


 康大は食堂から出て行く2人を見送り、ワインの瓶を開ける。


「……なるほど」


 康大は1人納得した。

 アムゼンに半強制的に飲まされたワインより、こちらのワインの方が遙かに香りが弱く単純だ。あのワインは栓を開けた瞬間、複雑なの匂いが康大の鼻にも届いたが、こちらは顔を近づけないと匂い自体分からない。その匂いにしても、ワインというより葡萄ジュースに近い気がした。

 そんな安物のワインのグラスに注いでいると、


「随分とわびしい食事だな」


 不意に背後から声をかけられる。

 康大がゆっくり振り返ると、そこにはあの仏頂面の死神(ライゼル)がいた。

 昨日の時点ならワインを吹き出していたところだが、今ではそこまで驚くこともない。


「将軍も食事ですか?」

「いや、少しお前に話があってな。しかしこれではつまらないだろう」

 そう言うとライゼルは先ほどと同じ給仕を呼び、耳元で何か囁く。

 すると給仕は血相を変え、先ほど持ってきた料理を全て持っていった。


「さて、待っている間私の話に付き合ってもらうぞ。お前に聞きたいことがあったのだ」

「答えられる範囲でなら」

「あの後、何か殿下と話していたようだが、いったい何を話していた?」

「残念ながらそれは答えられる範囲を超えていますね」

 康大はにべもなく言った。

 相手がライゼルでも、アムゼンが黙っていろと言ったことをべらべらとしゃべるわけにもいかない。


「そうか……」

 ライゼルは簡単に引いた。


 ――そう康大が思ったところで。


「これでもか?」


 一瞬で抜刀すると、剣を康大ののど元に突き立てる。

 座っていたのはテーブルの向かいだが、その距離は一瞬で詰められた。

 あまりの速さに康大は悲鳴を上げることさえ出来ない。状況を理解するのでさえ、数秒を必要とした。


「もう一度言う。言う気は無いか?」

「・・・・・・」

 康大は冷や汗を流しながら、最善の答えを模索した。

 ここで間違った答えを言えば、本当に剣が喉に突き刺さる。ライゼルの視線には、そう思わせる迫力があった。

 永遠とも思える1分が過ぎた頃――。


「ありません」

 康大は精一杯の勇気でライゼルの目を見ながら言った。


「ほう、いい根性だ」

 ライゼルは剣に込める力を更に強める。

 康大ののど元に、赤い線が引かれた。


(あ、これ殺されるかも……)


 自分の選択が間違いだったと思い無様に泣きそうになる直前、その剣は出したときと同じように不意にしまわれる。


 助かった。


 康大は大きく息を吐いた。


「まあ根性はなさそうだが、何が正しいかは理解する頭はあるようだな」

「後もう少しで、その理解するための脳がなくなるところでしたが」

 康大は皮肉交じりに答える。実際刺された上に、ここまで冷や汗をかかせたのだから、それぐらいしても良いはずだ。

 ライゼルは苦笑した。


「まあそう言うな。私の立場上、試さないわけにはいかなかったのでな。ここで口を割るようなら、殿下の命がある故殺しはしないが、他の者に任せるよう進言しただろう」

(だったら素直にしゃべった方が良かったじゃないか!)

 康大は選択の失敗を確信した。


「さて、お前がどんな任務を受けたかはもうこれ以上は聞かん。その変わり、別のことを話してもらうぞ、私も殿下のお呼びがかかるまで暇なのでな」

「暇つぶしですか。あまり突っ込んだ話は止めてくださいよ」

「ふ、大した話ではない。まずお前は何故私のことを将軍と呼ぶ?」

「それは昔将軍だったって話だったり、他の人が呼んでいたからそういうものかと」

「ふむ、なるほどな。実際は将軍などではないが、まあ好きにすると良い。あと――」

 それから本当にライゼルとは他愛ない話をする。

 康大が異邦人であることは既に知られていたので、元の世界の話もした。

 見た目と違いコミュニケーション能力は高く、康大も特に抵抗も無く話すことは出来た。顔は怖いままだったが。


 そうしている間に、先ほどの給仕が再び料理を持ってくる。

 最初の粗末な物と違い、皿も1枚だけではなかった。

 康大は目の前に並べられた料理に、少したじろぐ。

 朝食にしてはあまりに多すぎた。


「とりあえず食べてみろ。お前が本当に異邦人なら、その良さがよく分かるだろう」

「はあ……」

 康大はなにやら赤いソースがかかった、よく分からない料理をスプーンで掬い、口に運ぶ。


「……これエビチリじゃん!?」

 食べた瞬間、康大はその事実に気付いた。見た目はエビチリと似ても似つかないが、味はエビチリそのものである。

 隣の黄色いオムレツのような卵料理を食べてみると、それはかに玉そっくりの味だった。


「これはいったい……」

「私も詳しくは知らないが、お前のような異邦人の料理人が、かつてこの国に訪れ、料理法を広めたらしい。その材料と調理法で何故その味が出せるかは、未だにこの国のどの料理人にも分からないそうだ」

「へえ……」

 康大は食べながら感心する。

 その会ったことのない料理人はよっぽど優秀かつ、生存能力に長けているのだろう。異世界転移どころか、タイムスリップしても平然と生き残れたそうだ。

 かたや自分はゾンビになっていなければ、2,3日で死んでいただろう。


 とはいえ、やはり朝食の量としてはあまりに多すぎた。

 ライゼルにも「どうぞ」と勧めてみたが、部下らしき人間に呼ばれ、そのままどこかに行ってしまった。

 このままではせっかく作った物を残す羽目になる。

 このセカイどころか、現実セカイでも食料の大切さは嫌と言うほど理解しているので、廃棄にはかなり抵抗があった。実際は残った物は給仕や調理人の食事になるのだが、康大はそんな常識など知らない。


(こんなとき、圭阿がいたら良かったんだけど)


 あれほど現実のセカイの食事に固執していた圭阿のこと、きっと喜んで食べただろう。

 康大がそう思っていると、圭阿よりも先にハイアサースが戻って来た。


「そもそも教会に神父以外誰もいなかったので、戻ってきたぞ。……なにやら美味しそうな匂いがするな」

「あー、まあ残すぐらいならハイアサースでも良いか。良かったら食べるか?」

「そうだな……、朝食は食べたが未だ多少の空きはあるし」

 言うが早いか、康大のスプーンとフォークを文字通りぶんどり、ガツガツとかっ込む。

 それを見て、食い意地の張ったシスターというのはかなり違和感があるが、フィクションの世界ならそれなりにいるなと、康大は他人事のように思った。


「何か珍しい味だな! 美味いが今まで食べたことがない味だ」

「中華料理だよ。俺の世界ではよくある食べ物だ」

「チューカ料理……。よく分からんがお前は毎日美味いものが食べられて幸せだな」

「ああそうだな」

 ハイアサースの言葉に、康大は心の底から同意する。


 やがて全ての皿が完全に空になった。

 康大より食べたことは明らかだ。

 これで本当に朝食を食べていたのだろうか。

 せめて圭阿の分を少し残してくれれば良かったのだが。

 そう康大が思っていると、最悪のタイミングで圭阿が戻ってくる。


「どうも城内が騒がしくなってきたようで、一旦戻って来たでござる」

 圭阿は空になった皿を一瞥しただけで、特に興味を示さなかった。

 おそらく最初の粗末な食事を2人で食べたと思っていたのだろう。

 そう思っていてくれるなら、康大も敢えて何も言うことはない。知らぬが仏だ。


 そしていつものようにハイアサースにはそれが分からなかった。


「おお、タイミングが悪かったな。ケイアも来ていれば朝食にありつけたのに」

「拙者それほど腹も減っておらぬ故、どうぞお気になさらずに」

「そうか。いや、康大の世界にあるものと同じチューカ料理は本当に美味しかったぞ」

「馬鹿……」

 康大はため息を吐き、圭阿の目の色が一瞬で変わる。

 しかし当のハイアサースは未だ何一つ理解出来ていなかった。


「どうした?」

「それで拙者の残りは?」

「いや、お前食わないのだろう。私が残さず食べた!」

「・・・・・・」

「いたたたたたた!!!!」

 圭阿は無言で、張り付いた笑顔のままハイアサースの胸を揉む……と言うか握りつぶす。


「ははは、はいあさーす殿は健啖家(おおぐい)でござるなあ。まあ拙者は全く気にしていないでござるが」

「だったら手をいたたたたた!!!」

 それから1分ほどその状態が続き、ハイアサースは本気で泣きそうになっていた。

 康大は、「こういうのも百合って言うんだろうか」と2人のやり取りを、動物の交尾でも見るかのような心境で見ていた。


「康大殿は何を?」

 胸を押さえて蹲るハイアサースを尻目に、圭阿が同じ表情のままで言った。いい加減、元に戻ってほしいなと思いながら、康大は答える。


「俺はただ飯を食ってただけだ。それよりそろそろアムゼン殿下から、今回の事件の顛末を公表するだろうな」

「あれは派閥内で内々に納めるのでは? でなければあむぜん殿下は過失を認めることになるのでは?」

「誤解……というか意図的だけど、実際にアイナ様も軟禁されたのに、何の説明もせずに釈放はあり得ないだろ。まあアムゼン殿下もそれぐらいの泥はかぶる気でいるさ。それに目的を考えると、()は起こしたいはずだ」

「なるほど……」

 圭阿は頷く。

 そしてハイアサースは胸を押さえたまま俯いたままだった……。

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