第26話
「まずアスについてだ。お前はそもそもあの男に会ったことがあるか?」
「いいえ、ありません」
康大は答える。
アムゼンの話しぶりから、あまり好感を持っていたわけではないなと思いながら。
「だろうな。もし知っていたら、こうして平然と私の前には来られなかっただろう」
「なにかきな臭い人間だったようですね。ある程度予想はしていましたけど」
「お前の言う通り、アレはどうしようもない危険人物だった。何せグラウネシアの間者だったからな」
「!?」
さすがにそこまでの答えは、康大も用意していなかった。
せいぜいコアテルのスパイとか、内輪での話だと思っていた。
「故に私がライゼルに、今回の事件が全てはグラウネシアによるものと言わせたのも、強ち間違いではない」
「・・・・・・」
「その顔は、何故そんな者を側近にしたのか、そう疑問に思っているな」
「……はい」
康大は頷いた。
これ以上聞けば、もう戻れないところまでいきそうな気がする。
ただ、現時点で底なし沼に首まで使っている気もしたので、むしろこのまま突き抜けるまで潜った方が未だ生き残れる気がした。
「あの男を側近したのは私の意志ではなく父上――陛下のご意志だ。そこに何の意味があったのかは、私には分からん。だがアスがどういう人間かはすぐにわかった」
「だから殺したと」
「・・・・・・」
アムゼンはイエスともノートも言わず、話を続ける。
「分かっているスパイというのには、それなりに利用価値もある。何より本人が気付いていないうちはな。使える間は生かしておくつもりだった。だが、最近になって由々しき事態になり、そうも言っていられなくなったのだ」
「由々しき事態……」
「ああ。それはコアテルめがグラウネシアと結んで、王位簒奪を目論んでいる、という謀だ。ただ私を殺すのではなく、陛下をも弑し、王位と引き替えに国ごとグラウネシアに売り渡す、と」
「な――!?」
さすがにこれには康大も絶句した。
ということは、インテライト家は国賊陣営にいることになる。
こうなると、康大達にもとばっちりが来ないとは限らない。
(あのバカ王子! これもうアムゼンに協力しなくちゃ、生き残る道が無いじゃないか!)
康大は自分の運の無さに絶望した。
「その様子から察するに、全く知らなかったようだな。まあそれも当然だろう。私が今まで色々探っても、全く尻尾を見せなかったぐらいだからな。とはいえ、あの無能にそこまでの知恵があるようにも思えん。所詮奴は神輿だろう。唯一確実なのは、奴が後継者に返り咲けた一番の理由が、母親ではなくグラウネシアにあったということだ。あの母親の力など微々たるものよ」
「・・・・・・」
「ふ、今後の身の振り方でも考えているようだが、話を続けるぞ。なかなか尻尾を掴ませない連中だが、アスを探り、ようやく生誕祭……つまり王位継承者発表の際に何かを仕掛けることが分かった。だが奴もそれ以上のことは知らなかった。そこで私は奴を殺し、グラウネシアの動揺を誘う賭けにでたのだ。まああの母親にはとんだとばっちりだったがな」
「・・・・・・」
ラムゼンの話を踏まえると、ジェームスとアイリーンは、その後始末のために動いていたわけか。
いや、本当にそうだろうか?
そもそもだ。
「2つ疑問があります」
「許す。言え」
「ありがとうございます。まず第1に何故それを公にしなかったのでしょうか。そうすれば王位も確実に殿下のもとになるのに……」
「理由に関してはお前同様2つある」
アムゼンは指を2本立て、まず1本折る。
「1つは、言ったところで陛下が聞き届けてくれるとは思えなかったためだ。書簡のような確固たる証拠もなく、陛下のご容態もいまいち判然としない。何より後継者争いを優位に進めるため私が仕組んだと、勘ぐられてしまうかもしれない」
そう言ってアムゼンはもう1つの指を折り、手を下げる。
幾分芝居がかった動作だが、それがこの王子には全く違和感がない。
同じことを康大がしたら、逆に違和感しかなかっただろう。
「2つ目は、私が動くことで、グラウネシアに勘づかれる可能性があるためだ。コアテルの内通を白日の下に晒すには、それなりの準備が必要であり、私自身が指揮を執らねばならん。その準備によって勘づかれる可能性が高い。その場合、グラウネシアへの対処も片手間になる。まあ一瞬で暴露することが出来れば、楽なのだがな」
「なるほど。では2つ目の質問です。そもそも何故私にアイナ様の冤罪を晴らすように言ったのですか? むしろアイナ様を犯人に仕立て上げた方が、コアテル殿下の動揺を誘うのにも色々都合が良かったでしょう」
「確かにお前の言うことも、尤もだ。しかし、もしコアテル陣営に圧倒的に不利な状況が続いたら、不測の事態――有り体に言って無軌道に暴発するかも知れん。将の戦いにおいて、敵は追い詰めすぎても愚策なのだ。ただ、平穏無事に計画を実行させるのも問題がある。そこであの暗殺とお前だ」
アムゼンは康大を指さした。
「お前はコアテル陣営にあり、かつ今まで散々目立つ行動を取ってきた。これにはグラウネシアもただ大人しくはしていられまい。お前らもまた、アスの暗殺同様私が投げた石の1つだ。その波紋が起こる場所が多ければ多いほど、反響により全体の輪郭も掴みやすくなる」
「……つまり私達はピエロだったと」
「それは違うぞ」
アムゼンは首を振った。
「ただのピエロならここまで話はしていない。私はお前達を、お前を買っているのだよコウタ。お前なら誰が首謀者で、何が起こるか、突き止めることが出来る、と」
「買いかぶりすぎです」
「では聞こう、お前は私がどうやってアスを暗殺したと思う?」
「それは……」
ここは自分の推測を正直に答えるのがいいのか、韜晦するのがいいのか。
康大は素直に答えることにした。
この王子を前に嘘を吐いたところで、バレるのは火を見るより明らかだ。
「これはライゼル将軍から聞いた話ですが、おそらくアス卿にのみ効果を発揮する毒を使用したのではないかと。ただし、アイナ様がまったくの無事であったことを考えれば、本来殿下にも問題は無かったはず。ということは」
「いうことは?」
「殿下は遅効性の、死なない程度の毒を宴の前に自らあおっておられたと推測されます」
「つまりお前のそういうところだ、私が買っているのは」
「ですよねえ……」
康大は「はあ……」と大きく息を吐いた。
「ちなみにほぼ正解だが、正確には私が服用したのは、毒の効果を強める薬だ。優秀な医師が、別の毒を飲めば、何かの作用で本当に死んでしまう可能性があると進言したのでな」
「それはまた優秀なお医者さんで……」
「ふ、私は優秀な人間は人格や立場を問わず好ましく思っている。まさかお前も、私にここまで言わせて首を横に振ると言うことは無いよな?」
「・・・・・・」
完全な脅しだ。
けれど、康大にはそれを拒める武器も材料もなかった。
結局返せる言葉は「御意」の2文字だけだ。
「よろしい。それでは頼むぞ。だがもちろんこの件を他の誰かに言うことはままならん。私の命令で動いていると知られるなど、もってのほかだ。あのシスターは特に口が軽そうだからな」
「否定は出来ません」
人間的には信頼出来ても、性格的には確かに難しい。
売り言葉に買い言葉でつい口を開く可能性もあるし、口もよく滑る。
とはいえ。
「さすがに私1人でどうにかするのは無茶です」
どうしても避けられない現実的な問題がある。
「今いる仲間達に全てを話せないなら、せめて協力者を用意してください。たとえば私のおかげで、今まであった任務が終了し、手空きになった人間達とか」
康大は遠回しに、ジェームスとアイリーンの協力を要請する。アイナの冤罪を晴らすことが目的だったあの2人なら、今は暇なはずだ。
けれどもアムゼンは首を横に振った。
「却下だ。お前が具体的に誰のことを言っているのか知らんが、この件は私が信頼している一部の人間だけが、隠密で事を進めるようにしておきたい。お前のように目立つ輩と接触すれば、それも水泡に帰す。ふむ、そうだな……」
アムゼンは少し考えてから言った。
「お前に関してはむしろ目立って、場をかき回した方がいいかもしれん。よし、私からの指示であることだけ隠せば、後は好きに話して構わん。まあお前もそこまで器用ではなさそうだから、すべて隠した方が楽とは思うがな」
「そうかもしれませんね」
康大は素直に頷く。
自分が馬鹿にされるような人間と自覚しているのだから、何を言われてもそこまで腹は立たない。
だが言いたいことは言わせてもらう。
「ただ殿下の想像以上に不器用ですから、事態を更に面倒なことにしてしまうかもしれません」
「当てつけか」
アムゼンは苦笑する。
相変わらず目は笑っていないが。
「尤も、私もお前1人で全てをやれと言うつもりはない。お前がどういうタイプの人間かは、大方理解している。すでにお前のために協力者も用意してやった。お前が信頼出来る人間がな。入れ」
アムゼンの合図で、無人と思われていた天井から誰から降りてくる。
「……ってお前は!?」
てっきりあの2人だと思っていた。
しかしその人間は康大のよく知る人物であり、また予想外の人物でもあった……。




