第25話
「――以上が今回の事件の顛末と推測します。これよりアイナ様の無罪は明らかかと」
「分かった、ご苦労」
顔色も大分よくなったアムゼンは、大仰な態度でそう言った。
康大はライゼルと共にアムゼンに報告した後、一礼する。一緒に部屋に入ったハイアサースとザルマもそれに倣った。
クリスタはこの場にはいない。
ライゼルが今回の件をきつく口止めしたあと、幾ばくかの謝礼を受け取りどこかへ行った。
報告は以前と同じく、アムゼンの執務室で行われた。
例によって部屋の周りは武装した彼の部下によって囲まれている。
以前と違い怯えて動けなくなることはなくなったが、それでも怖い物は怖い。
「正直これほど早く結果を出すとは予想外だった。私はまだまだお前を過小評価していたかも知れんな」
「はあ……」
康大は何ともはっきりしない返事をする。
やはり本人を前にすると、どうしてもわだかまりを殺しきれなかった。
そしてそれに気付かない、アムゼンでもなかった。
「ふむ……そうだな、この場にいるものはコウタを除き全員下がれ」
『!?』
全員――ライゼルでさえも、アムゼンの突然の申し出に、はっきりと驚く。
しかし彼の忠実な部下達は、胸に湧く疑問を押し殺し、忠実に命令を遂行した。
ハイアサースとザルマは呆然としたまま、アムゼンの部下に腕を掴まれ、強制的に外に出される。
一瞬で室内には康大とアムゼンだけとなった。
「人払いをしてやったぞ。未だ話したいことがあるのだろう?」
「あーえーまあ、なんというか……」
「ほう、私を前にしては言い出しにくいか。では助け船を出してやろう。お前が気に掛かっていることは、真犯人についてではないか?」
アムゼンが少年のような無邪気な顔のまま、野獣を彷彿とさせる危険な瞳で言った。
自分とは器が違う。
康大はすぐにそれを察し、諦めて首を縦に振った。
「どうやらお前はこの事件の真犯人を理解したようだな」
「はい……」
「では聞かせて貰おうか」
「……まず」
黙っていることが出来なかったら、もう洗いざらい話すしかない。
それで少しでも助かる可能性が上がるかもしれないのだから。
「いきなり誰が犯人かではなく、誰なら犯行が可能か考えました。まず誰も考慮していなかった、晩餐会前の毒殺について。つまりワインの毒はフェイクで、事前に時限式の毒を使用したケースです。この場合、殿下やアス卿に仕込める人間は、今までの情報から私が思いつく限り1人しかいません。そしてそのままワインに毒が入っていた場合――。ライゼル将軍はワイン瓶の入れ替えを考えているようですが、周到な殿下がそのようなミスをするとは私にはどうしても思えません。その可能性を除外すると、毒を仕込める人間は1人だけになります。そしてその1人は共通しています」
「では、その1人とは」
「貴方です、殿下」
もったいぶらずに康大は答える。
アムゼンが事前にその答えを知っていることは、今までの態度から明らかだ。
「そもそも殿下しか用意出来ないワインに毒が入っていたら、殿下以外に毒を入れられる人がいるわけがありません」
「なるほどな。つまり真犯人である私が、お前に真犯人を見つけるよう指示した、と」
「いいえ、殿下はアイナ様の冤罪を晴らすように言いました。ですから私も真犯人については言いませんでした。どうでもいいことですから」
「どうでもいいか!」
アムゼンは豪快に笑った。
それは王者に相応しい、豪快さだった。
それでも相変わらず目は笑っていない。
修羅場をくぐってきた人間とばかり接してきたせいか、康大にもだんだんそれが理解出来るようになっていた。
「ふふふ、予想以上に面白い男だな。コアテル殿に話して、自陣営の益にしようとは思わなかったのか?」
「思いません。どうせ私のような下っ端の話なんて誰も聞きませんし。そもそも私がインテライト家に雇われているのも、一時的なものですから。とにかく権力闘争とは距離を置きたいと思っています」
「ふふ、野心もない、か。それはそれでつまらなくもあるが、面白くもある」
そう言いながらこの部屋唯一の家具であるサイドチェストを開け、中から1本の赤ワインとグラスを取り出す。
そのワインは開封済みで、少し中の量が減っていた。
「しかし私はお前の指摘通り実は小心者でな。信頼出来ない人間を、そのまま帰すわけにもいかない。そこでこのワインを飲んで、それを証明して欲しい。明敏なお前ならこれがどういうものか、分かっているだろう?」
「・・・・・・」
クリスタは毒殺に用いられワイン瓶は消滅したと言っていた。
しかしその現場を実際に見たわけでは無い。おそらく伝聞だろう。
それが今目の前にある……のかもしれない。
「さあどうする? 毒を恐れて飲まずにすむように泣いてすがるか?」
「……そうですね」
康大は一瞬考え、すぐにミーレがあの時言った言葉を思い出す。
あの仕事に疲れた自称女神もたまには役に立つことがあるようだ。
アムゼンから瓶とグラスを受け取った康大は、栓を開け、常識的な量をグラスに注ぐ。
(明日二日酔いになったら嫌だなあ)
そう思いながらそれを一気に飲み干した。
「ほう、臆病なお前のことだから恐る恐る飲むかと思ったが、豪快に飲んだな。グラスにも毒があるかもしれないというのに」
「殿下を信じていましたから」
嘘だ。
康大はこの一向に目が笑わない王子を、これっぽっちも信頼していなかった。
ただ毒が入っていてもまあ問題ないだろうと思い、飲んだだけである。
なぜならゾンビには毒が効かないのだから。
ミーレの言葉でそれを思いだした康大は、躊躇わずに飲むことが出来た。
「多分これ高いワインでしょうけど、味が分からない私なんかが飲んでも勿体ないだけですね」
「そうかもしれんな。おそらく金貨5枚ぐらいの価値はあるだろう」
アムゼンは苦笑する。
ちなみにこのワインはあの時使用されたワインではなかった。
しかし、毒に関してはしっかりと入っていた。
死ぬようなものではなかったが、即効性で普通の人間ならすぐに体調を崩しただろう。
アムゼンにとって、無事でいる康大は不可解だった。
しかしアムゼンはそのことについては敢えて何も言わなかった。事前に魔法で防いでいようが、体質的なものだろうがどうでもいいのだ。
この現実主義の王子にとっては、手段が問題なのではなく、何も無かったという結果のみ重要なのだ。
「これで信頼して頂けましたか?」
少し顔を赤くしながら、康大は聞いた。
アムゼンはわずかに逡巡し、
「本音を言えば、お前が自らの有能ぶりを示すほど信頼は出来なくなる。だが約束した以上、信頼することにしよう」
そう妥協した……ように言った。
康大はアルコール臭い息を大きく吐く。
どうやらこれで首は繋がったようだ。
後は宿舎に戻って無事生誕祭が終わり、コアテルが惨敗するのを見届ければこの役目も――。
そう思っていた康大に、アムゼンは予想外の質問をする。
「ところでお前の言う通り、私が自分とアス卿に毒を盛り、アス卿を殺したとしよう。では何故私がそんなことをしたと思う?」
「分かりません。殿下とアス卿の関係をそこまで知っているわけではないので」
「知りたいと思わないのか?」
「先ほども言った通り、政争の泥沼に嵌まりたくはありません。後は平穏無事に――」
「見上げた謙虚さだ! 気に入った、お前だけにその理由を教えてやろう」
「・・・・・・」
どうやら何があっても聞けと言うことらしい。この王子は毒を飲ませただけでは飽き足らず、その皿まで食わせようとしている。
康大は心の底からうんざりした。
この王子が自分を手駒に使うのは、今回が最後ではなかったのだ。
調子に乗って必要以上に有能さを見せてしまったため、信頼されなくとも、利用価値があると思われてしまった。
そしてアムゼンは康大が頼みもしないのに、今回の事件に隠された、国を揺るがす陰謀について話し始める。
その瞬間、康大は権力の辺縁から、否応なしにど真ん中に移転させられるのだった……。




