第23話
「朝だ、起きろ」
翌日、呼びもしないのに黒い死神が現れ、康大は無理矢理起こされる。
「うわっ!?」
視界を開けた途端に飛び込んできたライゼルに、康大は心臓が止まるのではないかと思った。
これがハイアサースであったなら反射的に胸を揉み、最良の目覚めが迎えられたかもしれないのに。
「気を利かせて起こしに来てやったのだ、ありがたく思え」
「いや、そんなこと言われても……」
本気とも冗談とも思えない台詞だった。
そもそもこの表情が全く変わらない死神は、平時でも何を考えているのかさっぱり分からない。
「お前達も、それほど時間が残されているわけではないのだろう。生誕祭は3日後だぞ。さすがに前日になったらもう好きに調べることは出来ん。今日明日が勝負だと思え」
「今日明日……明日……あ」
そこで康大は、昨日寝る直前で気になっていたことを思い出す。
聞きづらい相手だが、康大が話せる人間で一番知っていそうな人間でもあった。
(まあ、顔はアレだけど会話は普通に出来そうだし聞いてみるか……)
さすがにあそこまで一緒にいれば慣れてくる。
康大は口を開いた。
「将軍、アス卿はご存じですか?」
「アス卿……さすがにお前よりは知っているだろうが、何故今になって?」
「・・・・・・」
康大はワインの話をするかどうか、一瞬悩んだ。
敵かどうかわからないライゼルに話してもいいものか。ライゼルが真犯人である可能性だって捨てきれない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言で見つめ合う男2人。
先に折れたのは当然康大だった。
そもそもこんな人間と、最初から目を合わせて話すことなどできない。
「実は……」
康大は結局ワインの話をした。
ライゼルは康大の部下でも友人でもない。事情を話さなければ、アス卿の件を教えてはくれないだろう。
それに実際立ち会ったかもしれない人間の話も聞きたかった。
何よりジェームス達からアムゼン経由で話は漏れるのだから、隠しても徒労に終わるだけだ。
――康大は説明しながらそう心の中で自己弁護していた。
「……なるほど、狙われたのは殿下ではなくアス卿の可能性もあると」
「はい。その、将軍は実際にその場に立ち会っていませんでしたか?」
「ああ、殿下が飲んだところは覚えているが、アス卿が飲んだかまでは分からん。ただお前の話は間違いではないだろう」
「何故分かるんですか?」
「最近のアス卿は妙に用心深かった。開けたばかりのワインを、いきなり飲むということもなかっただろう。まず部下の誰かに飲ませてから、しばらくして飲んだはずだ。とはいえ、殿下が飲まれた直後なら、卿もそこまで警戒はしなかったはずだ」
「なるほど」
つまりアス卿にとって、アムゼンは毒味役だった。
だから同じワインを飲むことが出来た、そういうわけだ。
ただそうなると、
「逆にアムゼン殿下は不用心じゃないですか?」
という疑問もわき起こる。
一国の、それも後継者争いの渦中にいる王子なのだから、毒味役ぐらいはいて然るべきだった。
康大の質問に、ライゼルは軽くため息のような物を吐いた。
初めて見る感情の発露だった。
「その点に関しては私も否定はしない。私もかつてはその不用心を諫言したが、結局聞き入れては頂けなかった。それがあの方の器と思うより他はあるまい」
「そうだったんですか……」
会ったばかりであるが、康大にはアムゼンはもっと慎重な人間のように思えた。
確かにその振る舞いは豪放磊落そのものだが、その裏には緻密な計算が感じられた。
「それでアス卿についてだが――」
「――!」
唐突に核心に入り、康大はごくりとつばを飲んだ。
が――。
「結論からいうとよく知らん」
「へ?」
思い切り肩すかしを食らう。
「えっと、どうしてか聞いても?」
「まずアス卿は譜代の家臣ではない。いつの間にかいて、それまで何をしていたのか殿下以外誰も知らず、アス卿自身も何も言わなかった。確かに有能ではあるが、昨日初めて会ったお前より、私は話したことがない。誰からも距離を保ち、殿下以外の人間と話している姿を見たことが無い」
「つまり謎の人物で、アムゼン殿下に直接聞かないと分からないと」
「その通りだ。だが、以前私も殿下に直接尋ね、全く相手にされなかったことがある。お前ごときが聞いても時間の無駄だ。まあ何らかの確証があるなら、取りなしてやらんこともないがな」
「確証……ですか」
ライゼル以上にアス卿について知らない康大に、そこまでの情報などあるわけが無い。それにも拘わらずアムゼンに詰め寄るなど、最下層の康大達にできるわけがなかった。
アス卿がキーマンである可能性は依然高いが、まだ調査するための情報すら足りない。
今日を入れて3日、実質2日しかないのに、未だ犯人の目星すらつかいていなかった。
(こういうとき、ドラマだと現場百遍とかって話なんだけど……)
その時、康大の脳裏にある人間の姿が思い浮かんだ。
本城の捜査が許された今なら、彼の協力も認められるかもしれない。
「あの、実は折り入って頼みたいことがあるんですが……」
「なんだ?」
「えっと、事件の直後に、空間固定の魔法が使われたって話ですけど、それを見せてもらえないかなって」
「空間固定……ああ、クリスタ老のアレか」
どうやらあの魔法使いはクリスタというらしい。
「あの時の魔法を使う程度なら問題ないだろう。確かあの老人はこの時間は教会で寝ていたか。兄共々暢気な御仁だ」
「お兄さんも有名なんですか?」
「まあ、有名といえば有名か。兄君は教会の神父だ。2人ともほとんど年金で自由自適に暮らしているようだ」
「へえ……」
あのやたら耳が遠い神父と兄弟だったとは意外だ。
(確かに兄弟揃って変わり者なのかも)
康大もライゼルと同じような感想だ。
「じゃあとりあえず行って来ます」
「待て、私も行こう。お前の話だけではクリスタ老も安心できまい」
「助かります」
顔は怖いが、面倒見はいいのかもしれない。
やはり一軍の将ともなると、人付き合いが出来ることは必須条件なのか。
そんなことを思いながら本城を歩いていると、今までの経緯を全く知らないハイアサースと会う。
「まさかついに断頭台に!?」
「違うから!」
ライゼルのただならない地顔を見て、ハイアサースはとんでもない誤解をする。
昨日会ったばかりだというのに、そのインパクトはそうそう薄れるものではないらしい。
康大が恐る恐る振り返ると、ライゼルは顔を背けていた。
(ヤバい!)
康大はその態度を気分を害しかたと焦ったが、実は笑いを堪えているだけだった。
康大が思っているより、はるかにライゼルは感情豊かであった。
しばらくして、ライゼルはわずかに頰を引きつらせながら振り返る。
明らかに杞憂であったが、気分を害していないことに康大はほっと胸をなで下ろす。
それから康大はこれから何をするのかをハイアサースに説明した。
ハイアサースは黙って話を聞きながら、ちらちらとライゼルの様子を窺う。
ダイランドに対してあまり恐怖心を抱かなかった彼女でも、やはりライゼルの威圧感は恐ろしかったようだ。
「……分かった。もちろん私もついていくぞ」
「別に構いませんよね?」
「ああ」
ライゼルは大仰に頷いた。
威張っていたのではなく、そうしないとまた笑い出しそうな気がした。
それから3人で教会へと向かう。
ザルマは別の用事があったのか、会うこともなかった。
圭阿も昨日の朝から会っていない。
命令を出したのは自分だが、2人が具体的に何をしているのか康大にはよく分からなかった。
教会に着くと、丁度神父が朝の礼拝をしているところだった。
耳が遠いせいか声はかなり大きく、動きも緩慢だ。
これではクリスタの場所を聞くのも面倒そうだ。あの耳の遠さは本当にどうしようもない。
ハイアサースはその場で同じように礼拝をし、康大はうんざりしながら神父に近づく。
「うおっ!?」
そして思わず転びそうになった。
「ってぇな……。なんだなんだ!?」
康大の足を躓かせた原因がのっそりと起き上がる。
それは昨日会ったばかりの赤ら顔の老人――クリスタだった。
「久しぶり……というほど昔でもないですけど」
「ああ……? ああ~、昨日の坊やか。朝から礼拝なんて感心感心」
そう言ってパンパンと康大の肩を叩く。
しかし、その康大の背後にいるライゼルの顔を見て、一瞬で硬直した。
「え……あ……え……なんで……?」
「実は――」
「許してください!」
康大が理由を言う前に、クリスタは突然土下座した。
「私は何もしてはおりません! 秘密も守っております! その、もし何か漏らしたとしたら、この小僧と酒が悪いのです酒が! だ、だから老い先短い老人にどうかお情けを!」
「・・・・・・」
見事なまでの命乞いに、康大とハイアサースは呆気にとられ、ライゼルは顔を背ける。
こういう無様な姿は、ライゼルにとってツボであった。戦場では命乞いを見る前に首を切っていた。
「あの、別にそういうことで来たのではありません」
「え、あ、はあ……。そんならなんでわざわざ妊婦のシスターまで来たんで?」
「にん……ふん!」
「ほげッ!」
礼拝を中断したハイアサースがさしのべた手は、そのままクリスタの頭上に振り落とされた。
それからクリスタが落ち着くまで待ち、今度は康大が改めて事情を説明した……。




