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第22話

 それからの時間はほぼ引っ越しと本城見学に使われた。

 たいして荷物のない引っ越しかと思われたが、問題は移動する荷物ではなく、新しい部屋に追加された荷物にあった。


 元は本当に何もない部屋だったのだが、頼んでもいないのに豪華なベッドや箪笥、さらに邪魔なだけの絵や壺まで追加され、さらに、その配置などで担当者達が色々揉めていたのだ。

 しかもそれを康大とハイアサースの2人分の部屋でしたのだからたまらない。康大は彼らを宥めるため、無駄な体力を使う羽目になった。

 元から本城で生活していたザルマの分までしたら、それだけで2日がかりになっただろう。


 しかし、結局康大の意見は受け入れられず、結局その間に本城の様子を調べることになった。


 だがそれもまた大変だった。


 ここに来た目的を考えれば、事件があった場所だけで充分だ。

 しかしこのライゼルという騎士は仕事が几帳面なのか融通が利かないのか、わざわざ本城の全ての場所を強制的に案内した。

 ほとんどが康大のような部外者では入れない場所だったが、それでもかなりの部屋数がある。

 それをわざわざ目的と生活している人間、さらに利用する奴隷まで話すのだから収拾が付かない。

 康大の覚えていることと言えば、「ここは化粧部屋だから入るな」と言われた部屋だけだ。

 一緒に回ったハイアサースもおそらく似たようなものだろう。


 そして飲まず食わずで全ての説明が終わった頃にはすっかり日も暮れ、康大は空腹と疲労を抱えながらベッドに倒れ込んでいた。


「腹減った……」

 口をついて出た言葉はそれだった。

 別の部屋に入ったハイアサースも、やはり同じ言葉を呟いていることだろう。

 唯一マシなことは、この場にライゼルが居ないことぐらいか。恐怖心は薄れたものの、あの仏頂面で高圧的な騎士といると、やたら気疲れした。


「おいーす」

 ――そんなかけ声と共に、不意に扉が開かれる。

 ジェームスだった。

 本城には好きに入れないと言っていたが、そこまで権限がないわけでもないらしい。

 それに今は彼が入れて理由より、その両手に持っている物の方が重要だ。


「パンとワインとハム持ってきたけど食べるか?」

「もらう!」

 言うが早いか、康大はひったくるようにそれらを受け取る。

 ゾンビ化の影響か最近はアルコールにも強くなっていたので、瓶ごと水のようにワインを飲み、パンと分厚いハムを流し込んだ。


「聞いたぜ、アムゼン殿下に目をかけられたらしいな。まあ、あのライゼル将軍にまで目をつけられたのは同情するが……」

「やっふぁりふぉんふぁひゅーふぇいはふぃふぉふぁふぉふぁ(やっぱりそんな有名な人なのか)?」

 口に物を含みながら、康大は聞いた。


「……元々はグラウネシアの将軍で、その頃から死神と恐れられていたからな」

「……ごくん。へえ、確かグラウネシアは仮想敵国みたいなもんだろ。それがなんでアムゼン殿下の下に?」

「よくある話さ。優秀な軍人だったが政治下手なため、政争に巻き込まれたあげく逆賊の汚名を着せられ、国を捨てざるをえなくなった。それをアムゼン殿下が拾った、と。だから良きにしろ悪きにしろ、グラウネシアに対する思いは人一倍強いのかもな」

「思い……お前もあの時の演説を?」

「当然だろ」

 ジェームスは呆れながら答えた。


「アレを聞かなかった奴はよっぽどの馬鹿か、()()()のどちらかだ。アレで状況はまた一変したよ。今まではコアテル殿下陣営の連中は雪崩を打ったようにアムゼン殿下の元に鞍替えしていたんだが、それが大分緩やかになったんだ。アイナ様が処分されないなら、後出しで陣営を移るより、残った方が得なんじゃないかって、そう思うようになったんだろうな」

「分かりやすすぎる保身だなあ」

「貴族なんてのはだいたいそんなもんだ。誰も彼も家を残すこと以外考えていない。忠節を全うしたり、のし上がろうなんて気概のあるやつは、本当にごく一部さ。そもそもお前んとこの大将はどうなんだよ?」

「うーん、そうだなあ……」

 康大は病床のジェイコブを思い出す。


「……よく分からない。少なくとも馬鹿でないことは確実だけど」

「まあそれが一番だ。馬鹿な上ほど下にとって辛いもんはないぜ。ま、賢すぎるのも考えものだけどな」

「って、それより事件の方はどうなったんだ?」

「ああ、いっけね、すっかり忘れてた。ただまあ俺の話なんて、アムゼン殿下の演説の100分の1も価値はないぜ?」

「それでもいいさ。何か気付いたことがあったなら」

「そうだな……」

 ジェームスは顎に手を当てる。

 こういう何気ない仕草で女性を虜にしているんだろうなあと思いながら、童貞(こうた)は言葉を待った。


「そんな重要なことじゃないかもしれないが、現場にいた記憶力のいいご婦人が居てな。彼女が妙なことを言ってたんだ」

「妙なこと?」

「ああ。まず大酒飲みのアス卿が大量に酒を飲んだと思われていたが、彼女の話ではアス卿もアムゼン殿下と同じぐらいのワインしか飲んでいなかったそうだ。アス卿だけ倒れたから、みんなそう思い込んだんだろうな」

「興味深い話だな。他には?」

「順番がおかしいと。最初にワインを飲んだのはアムゼン殿下で、その後がアス卿だったらしい。それにも拘わらずアス卿が最初に倒れ、アムゼン殿下が倒れたのはその後だったそうだ」

「どちらも重要な証言だな」

「そうか?」

 ジェームスはあまりピンと来ない顔をしていた。

 魔法が当たり前のように存在するセカイの人間との考え方の違いを、康大は思い知らされる。


「もしその話が本当なら、毒殺の可能性が一気に減るぞ」

「なんだって!?」

 ジェームスは明らかに驚いていた。

 考えれば誰でも分かるはず。

 康大にしてみれば、そこまで驚く方が分からない。


「当たり前の話だろう。同じ量の毒を飲んだのに、倒れる時間が逆っていうのは明らかにおかしい話だ」

「そうか?」

「いや、そうかって……」

 康大はジェームスの態度に拍子抜けした。ここまで言って未だ理解出来ないのか、と。

 尤も、ジェームスにも言い分があった。


「毒の耐性なんて人それぞれだし、多少の誤差は許容範囲じゃないか?」

「・・・・・・」

 ジェームスの話を否定できるほど、康大はこのセカイの人類について詳しいわけではない。

 ただ思春期ならではなの反抗気質か、それともゾンビ化の影響か、反論はすぐに頭に浮かんだ。


「確かにその可能性も分かる。ただもしそうなら、その女性もわざわざ覚えていたりはしなかったんじゃないか? その光景が明らかに不自然だと思ったから覚えていたんだろう」

「いやでも、彼女がアムゼン殿下の毒の耐性について知っているわけでもないしなあ」

「俺だって現時点で断定する気まではないさ。ただ今まで確実だと思っていたことに、疑惑が生じた、それが問題なんだ。ジェームスはこれからはその点を重点的に調べてくれ。アイリーンにもそれは伝えておいて欲しい」

「分かった」

 ジェームスは頷き、部屋を出ていく。

 1人になった康大は、落ち着いて一からこの事件について考えてみた。


「まず、王子毒殺事件っていう前提自体が怪しいんだよな」

 腹も満たされて思考も捗る。


「確かにこのセカイでは倒れる順番は許容範囲なのかもしれないけど、そう思い込むのは危険だ」

 おそらくジェームスも無意識ででそう思っていたが為に、康大に話を伝えたのだろう。これが現代セカイなら、その女性は正確な時間まで証言を求められたはずだ。


「ただワイン以外の要因となると……」

 当然食べ物が思いつくが、さすがにそれを無視するほど、このセカイの調査も杜撰ではないだろう。おそらく2人が共通して食べた物は無いはずだ。

 となると現代日本では絶対に考慮されない、


「魔法、か」


 ということになるのだが、これもまた問題があった。

 本城は安全のために魔法抑止の結界がはられている。そんな環境で魔力的な毒殺手段を使うのは不可能――


「なのかなあ?」


 ――とは言いきれない。

 ただ、フォックスバードのようなとんでもない魔術師なら、そもそもこんな回りくどい方法はとらない気がした。


「ダメだ、せっかく毒殺以外の可能性が出てきたのに、その方法が全く思いつかない」

 これでは何も進んでいないのと同じだ。

 この方面から考えても、現時点ではあまり進展はない気がしてきた。


「となると順番の問題から考えてみるか。確かアス卿が後に飲んで、アムゼン殿下が先だったんだよな。となると……」

 ()()()()アス卿はワインを飲む必要……理由などなかった。

 アムゼン王子に飲ませた時点で目的は達成したのに、ついででアス卿まで殺すものだろうか。

 誰がワインを用意したにせよ、遅効性の毒なら、その時点でどこかへ捨てれば良い。それにも拘わらずアムゼン王子が生き残りアス卿だけが死んだなど、はっきり言って大失敗だ。


 だが果たしてそれは失敗だったのだろうか。


 もし目標が最初からアス卿の方だったら。


「今までとばっちりだと思ってたけど、もう少しアス卿についても調べた方がいいかもな」

 そう言いながら、康大は欠伸をした。

 今日は色々あって疲れた。

 腹もふくれたことで、身体も睡眠を欲している。


 康大は目を瞑った。


【いえーい!】

 いつものごとく、呼びもしないのに副業で女神をやっているOLが寝間着姿で現れる。

 いや、寝間着というよりジャージか。

 色気が1億年前に死滅していそうなファッションセンスだ。


「寝たいんだけど」

【その前にあたしの話に付き合いなさいよー】

「じゃあもう勝手に話してくれ……」

【ふふふ、私真犯人が分かったわ!】

「ああそう」

 康大は適当に聞き流す。

 こんなラテ欄だけで犯人が分かる! と言い出す女神の話など、聞くに堪えない。

 今自分が直面している殺人は、そんな単純で科学的ではないのだ。


【ああ、全然信用してないわね! いいわ、ここに犯人を書いてそれを封筒に入れます。この封筒は開けたら分かるように蝋をして、事件が解決したときに答え合わせをしましょう! そのときこの天才科学名探偵女神ミーレの力が分かるでしょう!】

「はいはい……」

 康大はその一言を最後に、完全に意識を失った。

 ただ1つだけ、その解決編まで主人公が生きていられたらいいなと思いながら……。

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