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第21話

「良く来たな。お前と会うのはこれで二度目か」

「・・・・・・」

 どうやら、演説は無理でも一般会話程度なら問題ないらしい。

 ただ、少し声が小さくなったアムゼンに対し、康大は何も言わなかった。


 ――というより言えなかった。


 周囲の空気があまりに剣呑すぎたのだ。


 連れてこられたアムゼンの部屋は、今まで体験したどの場所とも違った。

 調度が豪華だったり、金銀財宝があったわけではない。

 むしろ内装は殺風景で飾り気がなく、宿舎とたいして変わらない。


 そんな殺風景な内装の替わりに、部屋の周囲を剣を縦に突き上げるように構えた騎士達が並んでいたのだ。

 先ほどの黒騎士は椅子に座ったアムゼンの最も近い場所に、直立不動で立っている。

 他の騎士達と違い抜刀はしていなかったが、彼が一番危険であることは康大にもはっきりと理解出来た。


 こんな状況で好き勝手に話せるほど、康大も肝が据わっていない。


「うむ、どうやらこの環境がお気に召さないらしい。ライゼル以外は下がれ」

 アムゼンの指示で、直立不動の黒い騎士――ライゼル以外は部屋を出て行った。


 だからといって、到底安心は出来ない。

 どう考えても、自分達3人よりライゼル1人の方が強い。ゾンビの力を使おうが3人がかりで戦おうが、一刀のもとに首を切られる未来しか想像できなかった。


「ふむ、あまり変わらんか。まあいい。ではこちらから話すとしよう。お前達は今回の暗殺事件の犯人を捜しているらしいな」

「・・・・・・」

「答えろ!」

「え、あ、はい!」

 ライゼルの怒声で、康大は反射的に首を縦に振った。


(お、おっかね~!)


 康大は心の中でも表面上でも冷や汗をかいた。

 どう見ても世紀末の人殺しにしか見えないダイランドに対しては、初対面以外は平然としていられたのに、このライゼルには慣れることができない。


「ライゼル、お前が話すと話が進まん」

「は、申し訳ありません」

「それで、お前達は今回の事件はアイナ様が犯人とは――」

「思ってないです!」

 黙っているとまた怒鳴られると思い、康大は食い気味に返事をする。

 その切羽詰まった態度に、アムゼンは苦笑した。

 人間不思議なもので、康大の情けない態度を見てハイアサースとザルマは次第に冷静になっていく。


「アイナ様が無罪を主張している以上、インテライト家の人間としてそれを証明するまでです」

 ザルマが康大の代わりに堂々とした態度で答えた。

 その様子に、「ほう」とアムゼンは意外そうな顔をする。


「お前のことは知っている。確かアビ家の次男坊であったな。ふむ、噂では頼りない騎士と聞いていたが、中々立派なものだ」

「お褒めに与り光栄です」

 ザルマは礼儀に則った返礼をする。

 そしてゆっくりと頭を上げてから言った。


「お言葉を返すようですが、その噂は実のところ間違いではありません。ここに居る時の私は、噂通りのボンクラでした。けれど短い間ですがこの者達と旅をし、幸いにも騎士として成長することが出来ました」

「興味深い話だ。詳しく話を聞きたいところだが、おそらく長くなるだろうから今は止めておこう。ここにお前達を読んだのは、言うまでもなくアイナ様の件についてだ。現状お前達以外、アイナ様の潔白を証明しようとしている人間はいない」

「・・・・・・」

 ジェームス達に色々と探らせておいてよく言う、と康大は思ったが、黙っていた。

 ……というよりも、身がすくんで口をうまく動かすことが出来なかった。


「そこで、だ。私に協力しないか?」

「協力?」

「そうだ」

「・・・・・・」

 ザルマは康大に視線を送る。

 さすがにこれはザルマの手に余る選択だった。

 けれども康大は怯えたまま、何も言わない。

 いや、まだ恐怖で話すことが出来なかった。


「どうした?」

「いえ、その……」

 ザルマは言葉に詰まる。

 そんなザルマの横で、


「!?」


 突然ハイアサースが康大をひっぱたいだ。

 ハイアサースの行動は誰にも予測できず、仏頂面のライゼルでさえわずかに表情を変えた。


「え、あ、え?」

「しゃきっとしろ。殿下の前で失礼な姿をさらすな」

「・・・・・」

 呆然とする康大に、ハイアサースはしっかりした口調で言った。

 そして最後に康大だけ聞こえる声で、


「婚約者ならもっと私を惚れさせてみせろ」


 と付け加える。


「・・・・・・」

 康大はハイアサースに引っぱたかれたところにそっと手を触れたあと、今度は自分の両頰をぴしゃりと叩く。


 あの逢い引き部屋に入ってから、醜態をさらし続けてきた。

 いい加減気を引き締めなければ、結局ただの情けない男子高校生で終わってしまう。

 何かというとマウントを取りたがる最近の主人公も嫌だが、好きな子のために虚勢も張れない役立たずはもっと嫌だ。


 康大はライゼルからもアムゼンからも視線を逸らし、明後日の方を見ながら口を開く。

 こうすれば、なんとか会話をすることは出来た。

 気持ちを引き締めたからといって、いきなり修羅場をくぐってきた大人達に面と向かって話せるわけではない。


「……私達が何かするより、殿下が御家来を使って調査した方が、はるかに成果が出せるでしょう。私達のような下っ端では、アムゼン殿下のお力になれるとは思えません」

 康大はジェームス達のことを隠したまま言った。

 とりあえずそう言えば、これ以上厄介ごとを抱えないで済むように思えたのだ。

 

 だが、アムゼンは首を振った。


「……残念ながら、我が部下達はアイナ様が真犯人だと思っている。いや、それが最善だと思っている。故にまともに調査などしてくれんだろうな、私がどんなに尻を叩いてもな」

 どこまで本気かは分からない。


 ちらりと視線をアムゼンに向けると、目が笑っているような気がした。

 少なくともジェームスやアイリーンがやる気の無い部下には思えない。

 最初の物言いといい、彼らの存在は隠しておきたいのだろう。

 康大はそう判断し、この件に関してはそれ以上何も聞かなかった。


「しかしコアテル殿の陣営ならば、調査は真剣に行うだろう。そう思っていたのだが、残念ながら実際にそうしているのはお前達だけだった。ならばたとえどんな立場にいようが、こちらから協力を要請するしかあるまい。違うか?」

「そうですね、そこまで仰られるなら異存はありません」

「それでは協力するか?」

「協力と言われても具体的に何をするか聞かないことには。殿下から見れば、私達はあくまで陪臣以下の存在に過ぎず、自由には決められません」

 康大の態度はあくまで慎重だった。

 先ほどからずっと自分を見つめるライゼルは恐ろしいが、それ以上にここで流れに任せて決断する方が恐ろしい。

 康大のこの場での一言は、これからのインテライト家を決める。

 他人事だと思っていたのに、その重みが今双肩に重くのしかかっていた。


「なるほど、予想以上に慎重な男だ。面白い、では具体的な話をしよう。まずお前達の本城における調査と聞き込みを、このアムゼンの名の下に許可する。さらにアイナ様との面会も許可しよう。その変わり新しい情報が入ったら逐一私に知らせること。……いや、そうだな、護衛も兼ねてこのライゼルをお前達につけよう。わざわざ宿舎にくのも面倒だし、部屋も本城に用意する。この程度ならジェイコブ卿もそこまで目くじらは立てまい」


(うへ……)


 康大は内心舌を出した。

 良い部屋で寝られるようになったのは嬉しいが、こんな男が側に居られたら、1秒も気が休まらない。

 しかし、断れる状況でないことは明らかだ。しかもここで意固地になれば、事件後のインテライト家の立場が悪くなる。もはやコアテルに日の目はない。

 康大は心の中でため息を吐いた。


「ライゼルは私の名代だ。不便があれば好きにすると良い。今思いつくことは以上だ。それで返事は?」

「……1つだけ条件があります」

 そう言った瞬間ライゼルに睨まれる。

 早くも不便があるんですけど、と康大は内心うんざりした。

 ただ、アムゼンは楽しそうだ。


「ほう、未だ私に求めるものがあるのか。面白い、聞こう」

「今回の経緯をインテライト家当主、ジェイコブに書面で説明して欲しいのです。私達がインテライト家を裏切り、殿下に寝返ったと思われないように」

 康大とハイアサースだけならそう思われても、そこまで痛手では無い。

 何かされる前に逃げ出せばいい。

 しかしザルマと圭阿、特にザルマは違う。

 ここまでインテライト家のために働いているのに疑われるという理不尽は、康大には決して受け入れられなかった。


「ははは! お前は本当に慎重だな。いいだろう、すぐに文をしたため送ろう」

「ありがとうございます。そこまでして頂ければ、私達も協力を拒む理由はありません」


 こうして敵陣営の総大将であるアムゼンと、末端もいいところの康大達による強力関係が結ばれた。


 そしてその噂は、瞬く間に王城内に広まるのだった……。

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