表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

第19話

 言うまでもなくハイアサースとは別のベッドで寝た。

 しかし翌朝、何故か康大はすぐ近くに人の気配を感じた。


「おはようでござる」


 目を開くとそこにはどアップの圭阿がいた。

 ザルマなら泣いて喜んだだろうが、康大にとっては怖いだけだ。

 「うわぁ!」と情けない叫び声を上げ、ベッドから転がり落ちる。


「むむ、ひどい反応でござるな」

「いきなり現れてよく言えるな!」

「なんだなんだどうした?」

 騒ぎを聞いてハイアサースも目を覚ます。

 未だハイアサースが起きていなかったあたり、かなり早い時間だ。

 果たして窓から見える景色は未だ暗かった。城壁の向こうに、微かに太陽の先端が見える程度だ。


「こんな朝早くからいったい何だ?」

「じゃんだるむ山でのことを覚えているでござるか?」

「ジャンダルム山……」

 言うまでもなく王都に入る際に登った山だ。

 散々苦労した思い出しかなく、もう二度と登りたくない。


「黒歴史だな」

「なにやら意味が分からぬ答えでござるが、拙者が言いたいのはあの花のことでござる」

 そう言いながら圭阿は胸元から一輪の花を取り出す。

 ハイアサースが同じ行為をしたら凝視しただろうが、圭阿なら冷静かつ優しい心でそれを見届けることが出来た。


「なにやら不快な気が……。とにかくこの花を覚えているでござるか?」

「・・・・・・?」

 寝起きのはっきりしない頭では、何一つ思い出せない。


「綺麗な花だな」

 何もしない康大の代わりに、ハイアサースがその花びらに触ろうとした。

 それを圭阿が花を引き妨げる。


「おっと、以前も申しましたが、これは毒草でござる。取り扱いにはご注意を」

「なんだと!?」

「ああ、思い出した」

 そのやり取りで、康大はジャンダルム山の一件を完璧に思い出した。


「確か瞬間的に身体能力が上がるかわりに、翌日血反吐を吐いて死ぬっていうとんでもないドーピング植物だったよな」

「どーぴんぐの意味は拙者には分かりませぬが、概ねその通りでござる。拙者毒殺の話を聞き、このふぁじーる草が使われたのかと思い、皆が寝静まった頃改めて調べに行ったのでござるよ」

「それはまた……」

 康大が死ぬ気で登った山も、圭阿にとっては半日もかからずに行って帰ってこられる程度の難所らしい。自分達がどれほど足を引っ張っていたのか、嫌と言うほど思い知らされた。


「それで何か分かったのか?」

「それでござるよ康大殿。あれから改めてあの当たりを調べたのでござるが、どうもいくつか刈り取られたと見られるふぁじーる草が、みつかったのでござる」

「つまり今回の事件にも使われていたと!?」

 それは大発見だ。

 あの老魔法使いの話と合わせれば、そこから凶器の毒を使った人間が判明するかもしれない。

 しかし圭阿は首を振った。


「その可能性は否定できないでござるが低いかと。死んだあす卿にしろあむぜん殿下にしろ、突飛な力を使ったなどという話は聞いたことがござらん」

「言われてみるとそうだな……。でも今回の件と無関係とは思えない」

「如何様。拙者もそこに思い当たり、すぐに報告に参ったのでござる。おそらくあの山で野営した連中も、無関係ではありますまい」

「・・・・・・」

 これが現実セカイの警察だったなら、あの山に戻って改めて捜査しただろう。

 だがあそこまで行くのにはかなりの手間がかかり、康大としてはもう二度と行きたくないとさえ思っている。よほどの確証がなければ調べる気になどなれない。

 今回は圭阿からの情報だけで充分。

 そう思うことにした。


「それでは拙者は、あの阿呆(ざるま)や王城の様子を偵察しに行ってくるでござる。御免」

 そう言うと、圭阿は姿を霧のように消した。

 もちろん実際に魔法を使ってそうなったのではなく、巧妙に錯覚を利用してその場を去ったのだ。忍者ならではの去り方である。


「さて、これから――」

「せっかく早起きしたのだから、体操でもするか!」

 ハイアサースが今までの話の流れを完全に無視し、いきなりそんなことを言い出す。

 康大としては二度寝をするつもりだった。

 ザルマも未だ寝ているだろうし、別に早起きする理由はない。


 しかしハイアサースは返事も聞かず、無理矢理康大を宿舎の外へと連れ出す。

 外は未だ薄暗く、人影も見えない。かがり火は誰かが消したのか、自然に燃え尽きたのかもう点いていない。

 本城の警備は厳重でも宿舎の警備はなおざりなのか、玄関には誰もおらず、内側から鍵を開けたら扉は簡単に開いた。


「よし、それでは始めるぞ!」

 ハイアサースはシスター服のまま、本当に体操を始める。

 どこで覚えたのか分からないが、何かラジオ体操第二を彷彿とさせる動きだった。

 こういう地味なところが、同じ日本だと康大に実感させる。


「しかし何故いきなり……」

「いきなりも何も日頃からしてるぞ。コータは起きるのが遅いから知らないと思うが」

「言われてみると……」

 康大がハイアサースより先に起きることは滅多にない。

 たまには柔軟もいいかと、康大も見よう見まねで体操をしてみる。

 あまり様にならなかったが、ハイアサース以外誰も見ていないからいいだろう。


 ――そう思っていたら、ちらちらと視界の端を人が横切るようになっていた。

 やはり今は、暢気に寝ていられる状況でもなかったらしい。気付けば、昨日から続く剣呑とした空気も、ほとんど変わっていない。

 康大はなし崩し的に体操を止めた。

 あまり注目を集めるようなことはしたくはない。

 そうとは気付かないハイアサースは、最後まで体操をし、大きく伸びをした。


「よし、それでは朝の礼拝にいこう!」

 体操が終わるやいなや、ハイアサースは当然のようにそう言った。

 面倒くさかった康大は「無神論者のゾンビが祈るのは問題があるだろう」と遠回しに断ろうとしたが、「よく分からないが大丈夫!」と本当によく分からない太鼓判を押され、結局2人であの教会に向かった。


「おっと」

 扉は開いており、丁度出てきた一団とすれ違いになる。

 ローブを纏い身分を隠していたが、端から除く装飾から、彼らが貴族であることは明らかだった。早くもこの教会を使って密談をしていたらしい。

 確かにこれではあの女性も相談などしたがらないだろうなと思いながら、康大は視線すら合わせずに中に入った。


 礼拝堂に入ったハイアサースは、まず等身大のこれまたよく分からない老人の像に祈りを捧げる。

 おそらく聖人なのだろうが、康大が知るキリスト像と比べると大分みすぼらしい。

 とりあえず康大もそれに倣いながら、周囲の様子を窺った。


 先ほどの貴族達以外にも、密談に花を咲かせている連中が礼拝堂に何人も居た。

 一瞬数でも数えようかと思ったが、礼拝堂はかなり暗いためよく見えず、また人の顔を覚える自信も無かったので結局止めた。


 そしてハイアサースが神父に対する形だけの挨拶をすませると、そのまま誰に話すこともなく教会を出る。

 当然康大はそのあとに続き、そのまま宿舎まで戻った。


「おお、丁度いいところに!」

 宿舎の前には、今来たばかりのザルマがいた。

 太陽はもう完全に全体を見せ、怠惰な人間以外は起きている時間になっていたので、ザルマがいても別に不思議ではない。


「どこに行ってたんだ?」

「教会にな。それで、例の件はどうなった?」

「それは……」

 ザルマは周囲を憚る様子を見せる。

 確かにここで話すべき内容ではない。


「では教会に――」

「いや、教会は止めよう」

 ハイアサースの提案を康大が退ける。


「何? 密談と言えば教会じゃないのか?」

「だからさ。あの女の人が言ってたけど、教会に行けば誰もが密談していると思う。そんなところで本当に密談なんて出来るか?」

「むむ、確かに」

 結局あの女性の取った行動は正しかったのだ。

 それが分からない旧態依然の阿呆貴族だけが、未だに密会場所として使っている。

 どこのセカイでも女性の方が流行に敏感で、男は変に拘る生き物だった。


「となるとどこで話す?」

「せっかくだから、さっきの人に教えてもらった場所を使わないか? あそこなら密談を疑われることもないだろ」

「あそこか……」

 何故かハイアサースが困ったような顔をした。


「部外者は勝手に使えないのか?」

「いや、そういうことはないのだが、うーん、いいのかなあ……」

 なんとも歯切れが悪い。

 康大は気になったが最終的に、「まあ使うだけなら」と、不承不承受け入れた。


 そして3人はあの部屋に張ることになったのだが、康大は入ると同時にハイアサースの煮え切らない態度の理由を完全に理解した――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ