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第1話

 漁村でまた余計な頼まれごと……を受けることは幸いにもなく、簡単な準備をしただけですぐに出発することが出来た。

 準備――、と言っても何かを買ってくるというより、むしろ持ち物を減らす事が主だった。

 なんだかんだ言ってもこの船旅で予想以上に日数が縮められ、王都が目と鼻の先まで近づいたため、かなりの荷物が不要になったのだ。

 特に食料に関しては幽霊船で散々食べたおかげで、誰も――


「・・・・・・」


 ……結局食べそびれた圭阿を除いては、あまり必要としていなかった。

 その圭阿は幽霊船を出てから、とても美味そうに見えない非常食を殺意の籠もった目で食べていた。

 直接的な加害者であったザルマがその表情に最も反応していた。

 ただ、怯えるだけでなく妙に興奮していたのが、康大にはとてつもなく気持ち悪かった。

 

 群がる子供達にタダで不要な物をあげ、漁村を出て街道に入ると、康大もようやく自分達が陸に戻ってきたんだなと実感する。砂浜の場合、まだ海路の延長線上にあるような気がした。

 とはいえ、街道といっても石畳が敷かれた立派なものではなく、土を踏み固めた程度のものだ。ただそれでも固い地面というだけで趣が違う。


「とりあえずここから王都の関所まで、康大殿の脚でも今日中に着けるでござるよ」

「俺の脚でも、ね……」


 康大は複雑そうな表情で答えた。

 未だ日は高く、今日中という範囲はかなり広い。さらに圭阿が自分の足の遅さをどこまで考慮しているのか不明だ。

 せめて徒歩1時間圏内、いやせめて2時間であることを願いながら、康大は街道を黙々と進んで行く。


「そういえば関所と言っていたが、そこは大丈夫なのか?」

 おそらく1時間は歩いただろう。

 関所を通過どころか未だその姿さえ見えない地点で、不意にハイアサースは言った。

 この頃になると康大も半日コースを覚悟していた。


「私の聞いた話によると、そういう所は出る時は楽だが、入る時は結構大変だという話だが……」

「そこは問題ないでござるよ」

 圭阿が断言する。


「王都への往来は日々多く、関所も有事の際以外ほぼ機能していないでござる。もしいちいち出入りする者を詮議していたら、王都の生活が滞ってしまうはずでござる」

「なにより関所には私の昔からの知り合いがいるからな。まさに杞憂だ」

 自信たっぷりにザルマも追従する。


 その話を頭の片隅で聞いていた康大は、はっきりとフラグが立った音を聞いた気がした。

 そんな康大の心配がやはり圭阿達の言うように杞憂に終わるのか。

 さらに4時間ほど歩き、ようやく関所に到着した時その答えは出た。


「悪いが今は、許可無き者は何人たりとも通すわけにはいかない」


 フラグは絶対。

 杞憂には終わらなかった。

 ある程度予想していた康大と違い、他の3人はそれこそ寝耳に水といった表情をする。


「な、何故だ!?」


 最初に抗議したのはザルマだった。皆にああ言った手前、とにかく汚名返上しなくてはと焦っているのだろう。

 ザルマの抗議に、応対した兵士が面倒くさそうな顔をする。おそらく同じようなやり取りが、過去何回もあったのだろう。

 関所は海側は断崖絶壁、山側は切り立った嶮峻すぎる崖とまさに天然の要害で、唯一の出入り口である街道の途中に高く厚い壁としてそびえ立っていた。当然正面には検問を兼ねた門があり、ここで働いている兵士達は警護と言うより主にクレーム対応に汗を流していた。

 応対した兵士はこの職務にうんざりしているのか、やる気の欠片も感じられなかった。それでも最低限の仕事は守り、この頭空っぽの騎士でも分かるように説明を始める。


「1週間後に陛下の生誕祭があるのは当然知っているな?」

「当たり前だ。私をどこの生まれだと思っている!」

 ザルマが居丈高に答える。

 このあたり、幽霊船での反省があまり見られない。

 康大はザルマの背後で兵士に同情するようにため息を吐いた。

 当の兵士もため息混じりに、おそらく過去何度もしてきた説明をする。


「例年なら、確かに誰でも自由に入れた。だが今年は()()()()()があり、特別厳重に警戒を行うことになったのだ。悪いが許可無き者は通すわけにはいかない」

「なんだその”色々な理由”とは?」

「さあな、俺みたいな下っ端が知るわけもない。ただ、許可があるもの以外通さないだけだ。いちおう聞くがアンタら許可は?」

「・・・・・・」

 ザルマは黙り込んだ。

 それは圭阿も同じだ。

 その時点で康大はあることを悟る。


(命の危機に瀕しているやんごとなき人って、王様じゃないんだな)


 もしそうだったなら、許可が出ていないはずがない。

 政治の中枢にはいるものの、それほど力はない人間、そんなところか。

 康大と違い、そこまで頭が回らなかったハイアサースは素直に疑問を口にした。


「なんだ、お前達が助けようとしている人は、高貴な方なんだろ。なんで通れないんだ?」

『・・・・・・』

 圭阿と、そしてザルマでさえも何を言っているんだという顔をする。

 ハイアサースには訳が分からない。

 康大はそんなハイアサースの腕を引っ張り、強引に口を塞いで耳打ちした。


「(こいつらは内密の命令で動いているんだ。今までそれを理解してなかったのか?)」

「ぬ」

 そこまで言われて、ハイアサースもようやく自分の失態に気付く。

 そして「失言だった」と素直に謝ったが、むしろそれこそ失言だ。本来部外者に知られたなら、適当に誤魔化さなければならない。


「何か色々面倒ごとに抱えているようだが、聞かなかったことにしておく。毎日文句言われてうんざりしているのに、これ以上厄介ごとを抱え込みたくない。まあだからといって通す気もないけどな」

「俺達としては聞き流してくれるだけで充分だ」

 康大は兵士の怠慢ぶりに素直に感謝した。

 ただ、ザルマはそれでは収まらない。

 ――いや、納得できない。


「だが、そう言われても、我らも急がなくてはならない。ここにソンチアーダという男がいるだろう。そいつに話を通してくれ」

「ああ、あの人の知り合いか……」

「そうだ、ザルマが来たと言えば向こうも分かってくれるはずだ」

「そうだなあ」

 兵士は納得したような顔をしたすぐ後、同情の眼差しをザルマに向ける。


(あ、これ駄目な奴だ)

 康大にはこれから兵士が言うであろう台詞が、だいたい予想できた。


「残念だがあの人はつい先日移動したよ。長いことここで働いていたらしいが、今回の件に関連して大幅な配置換えがあったんだよ。まあ平和な内はここは閑職だったんだけどな」

「なんだと……」

 ザルマは大仰に嘆き、がっくりその場に膝を落とす。

 兵士は「とりあえず邪魔だから脇で落ち込んでいてくれないか」と、冷静に職務を全うした。

 

「かくなる上は……」

 ザルマが腰に手を伸ばす。

 強行突破をしようと考えたのだろう。


 だが。


「……あれ?」


 そこには初対面の時に持っていた剣はなく、ただ空を掴む。

 戦力にならないので強制的に没取した剣は、実はそのまま幽霊船に置いてきてしまったのだ。誰も――本人でさえも剣の必要性を感じず、全員が今の今まで綺麗さっぱり忘れていた。


「……言っておくが何をしようがここは通さんぞ。はした金で規則を破り、牢にぶち込まれる気もないしな。ああ、上が変わるんだったらせめて(おれ)もそっくり変えてくれたら良かったのに。楽が出来ると思って選んだ部署が、これじゃあなあ……」

 兵士は天を仰ぎながら、大げさにため息を吐いた。

 ザルマの脅しを全く意に介さない当たり、怠け者とはいえそれなりに肝が据わっているのかもしれない。


「まあ生誕祭が終わったらさすがに警護も元通りになるから、それまで素直に待つことだな。アンタらみたいに事情を知らずに来た連中目当ての隊商宿が近くにあるから、泊まるところには困らんだろう」

「それが出来たらどれほど良かったか……」

 ザルマは口惜しげに、地面に拳を叩き付けた。

 一方、兵士との交渉を全てザルマに任せていた圭阿は冷静だった。

 同じように急いでいるはずなのに、眉1つ動かさない。

 その圭阿がやおら、


「とりあえずここにこれ以上いても時間の無駄でござろう。拙者達も野宿の準備でもしませぬか?」


 あまりに暢気なことを言った。

 圭阿の言葉にザルマは口を開け呆然とする。

 ハイアサースも驚き、例によって思っていること、おそらく「そんな暢気なことをしていたら助からないぞ!」と言おうとした。

 唯一圭阿に何らかの考えがあると察した康大は、ハイアサースを再び物理的に抑え、「そうだな」と圭阿の提案に賛同する。

 ちなみに2回とも鎧姿のハイアサースを拘束しているので、役得はない。


「それでは拙者らはこれにて失礼するでござる」

「ああ、達者でな」

 結局兵士の態度は最後までのらりくらりと、よく分からなかった。

 随分と個性の強い兵士だ。

 ひょっとしたらこの兵士とはまたどこかで関わり合いができるかもしれない。

 そう思いながら、康大は先を歩く圭阿の後をついていった……。

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