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第17話

「俺たちの間でも話してたけど、お前らの力で現場を調べることは出来るか?」

『・・・・・・・』

 ジェームスとアイリーンは顔を見合わせる。

 会話はなかったが当人達の間で結論は出たようで、


「無理だな」


 ジェームスがはっきりとつれない返事をした。


「名目上とはいえ俺は御者だし、こいつは給仕係だ。そんな人間がおいそれと今の本城に入れるわけがない」

「となると現状入れるのはザルマだけか……」

「いや、私もこうして出てきたが、またすんなり入れるかどうかまでは分からん」

「参ったな……」

 捜査すると決めた瞬間から、早くも八方塞がりな気がした。

 とにかく現場を知らない事にはどうしようもない。


「ケイアの力で遠くから覗いたりは出来ないのか?」

「はいあさーす殿の気持ちも分かりますが、あの城は外から丸見えになるような構造ではありませぬ。見えても一部だけでござろう。そもそも康大殿は暗殺が起こった場所に拘っているようでござるが、さすがにもう片付けられているのでは?」

「片付けって……あ」

 その時康大はある固定観念に気付かされる。

 現実セカイでは現場は必ず保存され、その後科学捜査が行われる。

 しかしここは魔法が存在するファンタジーのセカイ。

 そんな常識などあろうはずもない。そもそも科学捜査ができる環境ではないのだ。


(でも逆に考えると……)


 康大は今までの科学的な方針を、根本から非科学的にひっくり返すことにしてみた。


「なあ、魔法を使っての証拠集めとか普通どんな事をするんだ?」

『魔法の証拠集め?』

 その場にいた康大以外の全員が頭に疑問符を浮かべた。

 どうやらこのセカイでは、現代的な捜査の概念すらないのかもしれない。

 康大はその点の認識の摺り合わせから始める必要性を感じた。


「このセカイにだって裁判はあるだろ? そういうとき、魔法をどうやって役に立てるのかなって」

「魔法か……すまん、俺は門外漢なので分からない」

「私もだ。もめ事の仲介を村で頼まれることはあったが、だいたい両者の言い分を聞いて終わりだったから」

 ザルマとハイアサースは申し訳なさそうに答える。

 圭阿は無言でじっとしていた。セカイが違うとは言え、知っていれば何か話しただろうから、そもそも忍者は裁判には関わらないのだろう。

 ジェームスも両手を上げ、セカイ共通なお手上げのポーズをする。


(まあ俺もテレビ観てなかったら、警察の捜査なんて知らなかっただろうし、こんなものかもしれないな)


 残念に思う反面、納得も出来た。

 しかし、幸運にも最後のアイリーンにはその専門的な知識が多少はあった。


「いちおうアタシ、そういうことやってる魔法使いの知り合いというか、元カレがいたんだけど……」

「知ってるんで……るのか?」

 康大はわざとぞんざいな言い方に直して聞いた。

 元のセカイなら、年上女性に対しては敬語で話すし、そちらの方が康大としても楽だ。

 ただジェームスにしてもそうだが、相手が敵陣営でしかも一時的でも自分の部下になったのだから、下手に出るわけにもいかない。

 一応康大もこのセカイに来てから年上とばかりと接してきたので、対応の心構えはそれなりに出来ていた。


「詳しくは無いけれどね。そいつはある町の町長の下で働いてたんだけど、聞きもしないのに自分の手柄話をしていたわ。そいつが言うには、殺人があった場合、まず降霊術をするそうよ」

「降霊術……確かにそれが一番手っ取り早いな」

 被害者から直接話が聞けるのなら、それが最善だ。現実セカイでも同じことが出来ればどんなに良かっただろう。

 しかし、現実セカイにいる霊媒師は残念ながら詐欺師だけだ。この点はこちらのセカイの方が優れていた。

 尤も――。


「でも今回は毒殺っぽいから、聞いても意味は無いだろうな」

「そうね、殺されたアス卿も誰が犯人かは分からなかったでしょ。そういった場合、次にするのは空間固定(テイク)の魔法ね」

「テイク?」

 康大のファンタジー知識には存在しない魔法だった。

 一般的な魔法でないのか、アイリーン以外誰もぴんときた様子はない。


「空間固定はその時の様子を完璧に自身の魔力に記録して、それを後で放出し、詳しく当時の状況を調べる魔法よ。」

「写真と同じじゃないか!」

 康大は思わず叫んだ。

 当然写真を知らないアイリーンは怪訝な顔をする。


 康大は詳しく説明しようと思ったが、結局止めた。

 まず写真を説明するには、自分が異邦人であることを話す必要がある。別に今まで隠していたわけではないが、この状況ではそれがどうにも自分の手札を進んで晒す行為に思えた。

 少なくともジェームスとアイリーンは、まだ信頼に値しない。

 そんな相手には必要以上の情報を与えるべきではないと思えた。


(何かどんどん嫌な人間になってる気がする……)


 康大は自分自身に内心うんざりした。

 ただ、心の中ではそう思いながらも、口では冷酷に対応する。


「似たような魔法を知ってたんだよ。それで、その空間固定の映像は見られるのか?」

「難しいわね。そもそも王城全体に魔法抑止の結界が張られているから、とんでもない魔法使いでないと、魔法なんて使えないのよ。ただ、これほどの事件となると、一旦結界を緩めて空間固定を使うかもしれないわね……」

「じゃあアイリーンは、その空間固定を使った魔法使いを捜してくれ。いなかったら可能な限り当時の状況を覚えている人間から、情報を引き出して欲しい」

「了解よ坊や。ただアタシの場合基本は男専門だから、ジェームスも連れて行っていいかしら? こんな碌でなしだけど頭の軽い女にだけは受けがいいのよね」

「おいおい、俺はどんな女性からも好かれてるぜ」

「少なくとも私は好きではないぞ」

 ハイアサースがはっきり断言した。

 こういういかにもな女ったらしはタイプではないらしい。

 康大は少しほっとした。


「ちなみにアタシもこいつのこと男とは見てないわ。それじゃあ行くわよ。何か分かったらこっちであなたを見つけて教えてあ・げ・る」

「そいじゃまたな」

 ジェームスとアイリーンは芝居じみた仕草で、部屋を去って行った。


「信用出来るのか?」

「まずできないな。とはいえ――」

「――腕は確かでござる」

 圭阿が康大の言葉を継ぐ。

 ジェームスだけでなく、アイリーンさえ近づいたことに気付けなかったのだから、本当によほどの手練れだったのだろう。


「あれだけの手練れなら、むしろあやつらが下手人かとも思いましたが……」

「その可能性は未だ0じゃないさ。ただそれ以上にあの2人も真相を知りたがってる気がする」

 真犯人だった場合、捜査の攪乱が目的で近づいて来た、という可能性がある。

 だが、自分達のような下っ端の、何が出来るか分かったものではない集団の捜査を、果たして2人がかりで妨害する必要などあるのだろうか。

 康大はそれほど自分達を買いかぶっていない。


「あの2人に関してはお前に任せる。それで、俺は何をすればいい?」

「そうだな……」ザルマの問いかけに少し考えて、

「できるならアイナから可能な限り話を聞いてきて欲しい。あとコアテルからも。陪臣ならそこまで疑われることもないだろう」

「わかった。ありったけのツテを当たってみる。あといい加減敬称はつけろよ、ここにいるのは俺達だけだからいいが、他に聞かれると色々面倒だ」

「そうだな、気をつけておく」

「じゃあ行ってくる。時間も遅いがまあなんとかなるだろう」

 ザルマは扉を開け部屋を出ていく。

 それを確認もせず、康大は矢継ぎ早に指示を出した。


「圭阿はザルマの監視と、出来るだけ王城の情報を集めてくれ」

「承知」

 圭阿は扉ではなく窓から音もなく出て行く。スパイと言った方がいいあの2人と違い、こちらはどこからどう見ても完全な忍者だ。

 部屋には康大とハイアサースだけが残る。


「それでは私は何をすればいい!?」

 目を輝かせながらハイアサースが康大に聞いてきた。

 その歳不相応の可愛らしい婚約者の顔を見ながら、康大は言葉に詰まる。

 もしハイアサースの回復魔法をアムゼンに使えたら、そう勧めただろう。敵陣営でもトップに対し恩を売るのは、決して悪いことではない。何よりアイナの冤罪の証明にもなる。


 しかし、アムゼンにとっての敵陣営で、さらに名声もなく貴族ですらないハイアサースの治療など、どう考えても向こうが受けるとは思えない。助かるならどんな人間の()()()にもなる、なんてゲームのような話が存在しないことぐらい、十分に理解していた。

 もしそんなことを言えば逆に怪しまれ、最悪一味と見なされ捕まるだろう。


「別にアムゼン王子の回復をしてもいいんだぞ! 人助けはシスターの務めだからな!」

 ただ、ハイアサースにはそれが理解出来ないようだった。


「それは却下だ。向こうが受け入れるわけないし、余計な疑いを招く」

「むむ……では何をすればいいのだ?」

「そうだな……」

 現在ぶかぶかなシスター服のせいで妊婦にさえ見えるが、それでもハイアサースが美女であることに変わりは無い。アイリーンのような色仕掛けも十分通用し、情報も集められるだろう。


 ただ、性格的にそんな真似ができるとは到底思えないし、なにより婚約者としていい気はしない。

 そもそも、王城内をハイアサース1人歩き回らせることが不安だ。

 身の危険もあるし、何より厄介ごとを起こす可能性が非常に高い。ハイアサースの義侠心と優しさは日常生活においては美徳だが、こういうきな臭い状況では邪魔以外の何者でもない。

 だからといって大人しくしている()()でもなし。


「……分かった。とりあえず俺と一緒に王城内で情報収集をしよう」


 それが康大が出した妥協案だった。


「分かった。それじゃあ私達も早速出発するぞ!」

 善は急げとばかりに、ハイアサースは康大の手を取り部屋を出ていこうとした。

 その時、ハイアサースの顔がかなりの至近距離に近づく。

 その瞬間、康大の胸はどきりと鳴った。


「……かなりゾンビ化してるぞ」

「え、あ、すっかり忘れでだ!」

 ハイアサースは慌てて回復魔法をかけ始める。

 別に恋愛的な意味で鼓動が激しくなったのではなく、純粋に驚いただけだったようだ。

 あの2人が何も言わなかったあたり、ただ顔色が悪いだけに見えたのだろう。まだ病的な顔色の悪さでなんとか誤魔化せる範囲だ。

 

(しかしこの分じゃ先が思いやられるな……)


 康大は再びハイアサースに手を引かれながら、前途多難すぎる未来に早くも疲労するのだった。

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