第16話
夜――と言っても夕方をしばらく過ぎたぐらいだが。
康大とハイアサースは、食堂でたいして美味くもない宿舎の食事を取り、部屋へと戻る。
すると、部屋の中ではいつの間に戻ったのか圭阿が2人を待っていた。
「お晩でござる」
「圭阿、戻ってたのか」
「如何様。康大殿の方では何かあったでござるか?」
「まあこれといった話でもないけど……」
康大は今まで起こったことをかいつまんで話す。
どれも大した事件でもなかったので、むしろ詳しく話す方が難しいような内容だった。
そして圭阿は康大の話をひとしきり聞いた後、「左様でござるか」とだけ答えた。
「お前の方は何か分かったのか?」
「具体的に誰が何を画策しているかまでは、分かりませなんだ。ただ、城の暗闇に紛れて誰も彼も色々としているようで。おそらく生誕祭は無事には済みますまい」
「俺としては平穏無事に終わって欲しいところだけどなあ」
「ところで康大殿、実際にお2人に会ってみてどちらが王に相応しいと思いましたか?」
「・・・・・・」
康大は言葉を濁す。
贔屓目……するほどインテライト家を贔屓しているわけでもないが、それを差し引いてもアムゼンが相応しい。コアテルは軽薄の上に威厳がなさすぎる。
2人とも裏があったとしても、それを見抜く眼力は康大にはない。それをどこにでもいるような日本人男子高校生の康大に求めるのは、酷な話だ。
ただ率直な感想をインテライト陣営の圭阿にはっきり言うのは憚られた。
「少なくとも」
黙っている康大の代わりに、空気の読めないハイアサースがはっきりと答える。
「コアテルという男は王の資格以前の問題だろう」
「・・・・・・」
圭阿はハイアサースの吐き捨てるような言葉に何も言わず、ただ康大の方を見た。
康大は少し考えてからゆっくりと首を縦に振る。
あの無能っぷりはもう否定できない。
「……左様でござるか。話に聞いただけでなく、実際に見た上での感想ならもうどうしようもありませんな」
「そういうお前自身はどうなんだ?」
「忍は鼎の軽重を問いませぬ。ただ仕えるのみでござる」
「社畜だなあ」
封建的忠誠心など、今風の言葉で言えばそんなものだ。
康大はコアテルを実際に見た今、圭阿の生き方がかっこいいとはどうしても思えなかった。ああいう英雄的忠誠心は物語の中だけで充分だ。
「それでは拙者また色々探りに……おや?」
圭阿の表情が唐突に変わる。
康大とハイアサースには、その理由がすぐには理解出来なかった。
「……外が騒がしい?」
ただ、それは次第に大きくなっていったため、それほど差もなく気付くことが出来た。
やがて、部屋の扉が彼らのよく知る人間によって唐突に開かれた。
「大変なことが起こった!」
部屋に入るなり、ザルマはそう言った。
ただ残念ながらいちいち口に出さずとも、その顔と様子を見れば、全く面識のない人間でさえそれは理解出来た。
問題なのはその詳細だ。
「落ち着けザルマ、具体的に何が起こったんだ?」
ザルマとは対照的に冷静な態度で康大は言った。
人間、焦っている相手を見ると逆に落ち着くものだ。
ザルマはすぐには答えず、部屋のテーブルに置いてあった水差しの水を、器ごと飲む。
「ふげほっ!」
勢いよく飲み過ぎ器官に入ったのか、ザルマは思い切りむせた。
3人はため息を吐く。
これではいつ話が始まるのか分かったものではない。
結局3分ほど冷静になる時間を要してから、ザルマはその詳細について話し始めた。
「実は今まで晩餐会があり、それに参加していたのだが、そこで暗殺事件があったのだ!」
「なんだと!?」
「暗殺……か」
「起こるべくして起こった、という体でござるな」
愕然とするハイアサースの一方で、康大と圭阿は、事件自体にはそれほど驚かなかった。
今は「あはは」「うふふ」言いながらお茶を飲んでいられるような、優雅な状況ではない。いつ実力行使が始まり、血で血を争う戦いが起こってもおかしくはないのだ。
康大達にとって重要なのは、起こったという事実よりその後の身の振り方だ。
そのためにはまず聞かなくてはならないことがあった。
「それで、誰が殺されたんだ?」
「アス卿だ」
「聞いた事ない名前だな。どういう人なんだ?」
「アス卿はアムゼン殿下の片腕と目される伯爵だ。そのアス卿が晩餐会の最中に、血を吐いて倒れたのだ。しかも同じくアムゼン殿下も――」
「そっちも死んだのか!?」
さすがにアムゼンまで死んでいれば、康大も平然とはしていられない。
しかしザルマは首を振った。
「幸いにもアムゼン殿下は一命は取り留めたようだ。どうやらワインに毒が入っていたらしく、アス卿は致死量になるほど飲んでしまったらしい。アムゼン殿下はなんとか助かったが……」
「そうか……」
「しかし、あす卿ならまだしもあむぜん殿下の暗殺となれば、蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは必然。警備も自ずと厳重になるでしょう」
「ええ。実は私も今までずっと拘束され、ようやく先ほど解放されたのですが、誰も彼も疑心暗鬼といった様子で……」
「それで、結局犯人は捕まったのか?」
「それがな……」
康大の問いかけにザルマは言葉を濁した。
その様子から察するに、あまりこちらにとってよろしくない人間が犯人だったようだ。
ただ幸いなことに、ここにザルマがいる時点でそれがザルマでないことは間違いない。
ではいったい誰か。
ザルマは重い口を開いた。
「……アイナ様が犯人と見なされ、その場で即拘束された」
「アイナ……」
康大はその名前からすぐに顔が浮かばなかった。
少し考えても、誰1人思いつかない。
しかし圭阿の「御母堂か」と言う台詞で、ようやく思い出す。
アイナはコアテルの母親で、無類の犬好きであり、その犬――フェルディナンドをインテライト家で今看病している。
実際のコアテルを見るまでもなく評価が低かった人物だが、あの馬鹿息子を見た後だと、更に評価は低くなった。
なにより。
「やっぱり実際盛ったのか?」
陪臣のそのまた陪臣の立場でもさえそう思えてしまう。
康大の問いかけにザルマは考えてから首を振る。
即答できなかったあたり、ザルマもアイナがそのまま犯人であるかも知れないと思っていたのだろう。
「アイナ様は自分は無罪だと絶叫しておられた。確かに色々と問題のある方だが、暗殺をするとは私には思えない。その、大変失礼なのだが……」
「失礼なのだが?」
「……あの方には色々と稚拙なところがある。もし本当に企てていたなら、必ず周囲に漏れ、誰かが止めていただろう」
「なるほど」
人間性を語られるより、よっぽど説得力がある無罪理由だった。
(逆に考えればそれだけ隙が多く、犯人に仕立て上げやすいってわけか)
スケープゴートにするにはうってつけの存在だ。
何よりこれほど強い動機を持つ人間もいない。
同じようにコアテルも犯人に仕立てやすいような無能だが、タイミング的に母親の方が都合が良かったのだろう。
「まあそこまで仕組まれた以上、俺達はもう諦めるしか……」
「おいおいおい!」
ザルマが口を開く前に、ハイアサースが康大に突っ込んだ。
「お前無実の人間が犯人に仕立て上げられたのだぞ! 男ならどうにかしようとは思わないのか!?」
「とはいっても、俺達に出来る事なんてないし」
「いや、今まで色々な困難を乗り越えてきただろ! こういうときこそお前の知恵が役に立つんだぞ!」
ハイアサースに続いてザルマも康大に詰め寄る。
康大は助けを求めるように圭阿を見た。
圭阿はそんな康大に眉1つ動かさず、冷静に言った。
「今回の件が康大殿の手に余るようなら、拙者も無理強いはしませぬ。ですが未だどのような状況か、皆目見当もつきませぬ。とりあえず、より詳しい話を聞いてみては如何でござるか?」
「・・・・・・」
今までの経験上、話を聞けば、もう何か言質を取ったのように扱われることは目に見えていた。
だから有耶無耶のうちになかったことにしたかったのだが、どうやらそれは許されないらしい。
康大は深く、胃の底から希望を出し切るようにため息を吐く。
そして暑苦しい顔で詰め寄るザルマに言った。
「俺が出来る事なんてたかが知れてるぞ。下手に動けばお前自身の立場も悪くなくかも知れない。はっきり言ってオススメしない」
「覚悟の上だ。正直もう俺1人の手には余る」
「……はあ、分かった。じゃあ話は聞いてやるよ。つまりお前はアイナの冤罪を晴らしたいんだな」
「そうだ」
ザルマは大きく頷いた。
よほど焦っているのか、敬称抜きをいちいち咎めたりもしない。
「それを俺に解決してもらいたいと」
「そうだ」
「だったら聞くが、俺が現場に行って、事件があった晩餐会の会場を誰に気兼ねすることなく調べることが出来るか?」
「それは……」
ザルマは返答に詰まった。
康大は案の定だな、と思いながらふっと息を吐く。
推理小説など滅多に読んだことの無い康大であるが、さすがに事件現場を抜きにして事件が解決できないことは分かっている。安楽椅子探偵というのもいるが、アレはシャーロック・ホームズのように、よっぽど才能のある人間でないとできない。ただの高校生である康大には、最低限事件現場を見る必要があった。
だがそれは現実的には難しい。
康大のような身分が低いどころか定義すら難しい異邦人を、おいそれと会場に入れてはくれないだろう。まだこの世界に来て2週間も経っていないが、封建的な社会制度はそれなりに理解していた。
そもそも現実のセカイでも、たいしたコネもない一高校生が、総理大臣主催のパーティーに行くなど不可能だ。
「それ以外に、殺害に使われた酒とかグラスとかそういうのを自由に調べることは?」
「・・・・・・」
「……まあそういうことだ」
康大はザルマの肩をぽんぽんと叩きながら言った。
「立場上、俺に出来る事なんてほとんどないんだよ。それにも拘わらず、雲の上にいるような人の冤罪を証明しろなんて、どだい無理な話だ。それでも無理矢理捜査なんかしたら、俺達まで暗殺に関わっていると思われる。ここは大人しくしてるのが一番なんだ。何よりそれが俺に与えられた使命なんだから」
ジェイコブは康大にザルマの手綱を握るように言った。しかし何かあったとき、率先して事件を解決しろとまでは言われていない。
康大に求められているのはあくまで情報収拾と現状維持で、率先して動くことなどそもそも出来ない。
康大自身はそう思っていた。
けれども、康大に与えられた権限は、本人が予想しているよりはるかに大きかった。
「あ、そういえば言い忘れていたことがあった」
ハイアサースが不意に手を叩く。
「実は私がここに来るとき、ジェイコブ殿から皆に伝えるよう言われたことがあったんだ」
「今更だな……。悪い予感しかしないけどとりあえず聞くよ」
「うむ。『もし何か重大な事件が起こった際は、いちいち自分の意見を聞きに来ず、現場の判断で動くように。その際の指針は、その場にいる者達が相談の上で決めること』だ。普段から私達はそういう感じで動いていたから、あえて言う必要もないと思っていた」
「うげ……」
悪い予感は的中した。
本人の知らぬ間に、ただの随行員から実質全権大使に格上げにされていた。現場に任せるということは、つまり自分が現場責任者になれと言うことも同じだ。
なぜならここにいる3人に、具体的な計画など立てられようはずも無いのだから。
そのくせ、もう指針は多数決で決まってしまった。
こうなっては、もう何もしないことは許されない。
(うかつにジェイコブの頼みなんか聞くんじゃなかった……)
部外者の自分に、そこまで責任を負わせることはないだろうと思っていた自分の読みの甘さを後悔する。
「こう言っちゃなんだけど、俺みたいな赤の他人にそこまでさせるって本当に人がいないんだな……」
「なあに、それだけコータが信用されているということだ! やったな!」
バシバシと、自分の手柄のように婚約者の肩を叩くハイアサース。
彼女の気楽さが今ほど羨ましいと思ったことはない。
「それでこうして命令系統もはっきりしたところで、康大殿。拙者達は何をすれば?」
「うっ、もう事実として認識されている……」
「なあに、難しいことを考えず、海賊船の時のようにずばっとやればいいのだ、ずばっと」
「俺はむしろ、常に難しいこと考えなきゃいけないんだよ。お前ら本当に気楽だな……」
康大は当てつけのようなため息を吐く。
ハイアサースだけでなく、圭阿とザルマの人任せも心底羨ましかった。
今の自分の境遇を鑑みれば、これぐらいの嫌がらせは許されるはずだ。
「……はあ。分かったよ、やるよ。とりあえずまずは情報収集だ。だけど大々的に動くと、俺達まで余計に怪しまれる。特に現場検証なんて絶対に無理だ。まずはこの問題をどうにかしないと――」
「さっきから話聞いてたんだが、何か面白そうなことしてるな」
不意に扉の外から声をかけられる。
普段表情を全く変えない圭阿が、明らかに動揺していた。
ここまで近づかれてから存在に気付くなど、彼女にとってはあり得ないことだった。
康大が指示を出す前に圭阿は扉を開け、外で話を立ち聞きしていた人間ののど元に隠し持っていた苦無を当てる。ここが屋外であったなら、脅しをかける前に投擲で殺していただろう。
苦無を当てられたオールバックの伊達男は、わざとらしくおどけ、両手を上げて自分の無害さをアピールする。
それでも圭阿は警戒を弱めなかった。
「何者だ!?」
「いや、盗み聞きしていたのは悪いが、何者はないんじゃないか。ほら俺だよ、ジェームスだよ。昨日の朝食堂で会った」
「そういう話をしているのではない。貴様の本性を話せと言っているのだ」
「うへ……」
伊達男――ジェームスは今度はわざとらしく舌を出した。
康大は2人の様子を見ながら、本当に食えない人間だな、と思った。
「だ、だから御者――」
「・・・・・・」
圭阿は無言で、苦無をより強くジェームスの首元に当てる。
刃は肌に食い込み、そこからたらりと血が流れた。
康大はその様子を見ながら、「偽善者臭い主人公ならここで止めるんだろうなあ」と他人事のように思っていた。
今のところ、康大に圭阿の行動を止める気はない。
こういうやり取りに関して、忍者の圭阿はいわばプロだ。
素人の康大が余計な口を出せば、事態を悪化させるだけと分かりきっている。
今まで悪党とは言え、多くの人間の死を見てきた。元のセカイでは、悪党でない人間の死もたくさん見てきた。殺さなければ殺されるという言葉の重みがわかる人間として、ゴミ同然の下らないヒューマニズムを言う気はない。
「わ、分かった、言う、言うから!」
「・・・・・・」
ジェームスがそこまで言っても圭阿は苦無を下げない。
さすがにここまでするのは問題もあるかと康大が思い始めた頃、今度は予期せぬ場所からその圭阿の首元に剣が伸びる。
「お嬢ちゃん、その物騒な物を下ろしてくれないかしら? そんな奴でもいちおうアタシの仲間だからさ」
「・・・・・・」
剣を持っていたのはジェームスと一緒にいたあの妖艶な美女、アイリーンであった。
口調も態度も初対面の時と全く同じだが、その身に纏う空気は全く違う。脅しではなく、本当に殺す気で圭阿に剣を向けていた。
それでも圭阿は苦無を下ろさない。
このままでは、ここで凄惨な殺し合いが始まってしまう。それが分からない圭阿でもないだろうが、一度出した刃の納め方までは知らないらしい。
こうなったら止められるのは自分だけだ。
康大はジェイコブの「圭阿は融通が利かない」という言葉を身にしみて理解した。
「圭阿、苦無を下ろせ。とりあえず話が聞きたい」
「・・・・・・」
ようやく圭阿は苦無を降ろし、康大を守るようにその前に瞬時に移動する。
ジェームスは「いてえいてえ」と言いながら、首から流れていた血をあまり上等でないハンカチでぬぐっていた。
「それで、話は戻るけどアンタらはいったい何者なんだ?」
「……まあここまで来たら、御者じゃ通用しねえか。こんな事なら、試すように気配を消すんじゃなかったぜ」
「アンタホント馬鹿よね」
「女遊び以外じゃ言われたくねえんだけどなあ」
そう言ってジェームスは豪快に笑う。
今まで命の危険が迫っていたとは思えない態度だった。
おそらく慣れているのだろう。命のやり取りが日常生活の延長線上にあるぐらいに。
やはり圭阿の言う通りただものではない。
「ま、詳しくは言えないが、俺もこいつもそこの嬢ちゃんと似たようなもん、有り体に言ってスパイさ。アムゼン様の命令でアイナ様の件を探ってる」
「アムゼン……ということはアムゼン……殿下もおば……アイナ様が犯人とは思ってないってことか」
犯人だと思っていたら、わざわざ秘密裏に調べようとは思わない。黒幕であったならなおさらだ。
「俺みたいな下っ端じゃ直接話なんぞ聞けないが、まあこうして動いているあたりそうだろうな。まあお互い下っ端みたいだし、真犯人とやらがどっちかの陣営にいても俺達は仲良くしようや」
「仲良く、ねえ……」
鵜呑みには出来ない。
康大は2人のことをよく知らないし、何より圭阿をあそこまで警戒させるような相手だ。いつ寝首をかかれてもおかしくはない。
康大は圭阿に目配せした。
しかし圭阿は黙して何も語らない。
(判断は全部俺に任せるってことか)
康大はため息を吐いた。
「つまりそっちはこちらと協力したい、ということか」
「結論から言えばそうだ。正直俺達2人じゃこの件は手に余る。お前さんだってそりゃ同じだろう。だからまあ、お互い協力、いや、利用し合おうじゃないかって」
「利用、ねえ。それで、具体的にそっちは俺達にどうしてもらいたいんだ?」
「そうだな……。指示を出してくれよ。お前さんは見た目に反して、どうにも頭の回転が速そうだ。それに、俺達がアンタらに何かしろと言ったところで、素直に聞いてくれはしないだろ? だったらお前さんが頭になって指示を出すのが一番効率的さ。もちろん出来ることと出来ないことがあるがな。なあアイリーン」
「そうね、坊やみたいな子に顎で使われるのもたまにはいいかしら。ふふふ……」
アイリーンは怪しく微笑む。
鼻の下が伸びるより、寒気がするような微笑だった。
つくづく信用出来ない。それに指示を受けるというというのは聞こえはいいが、それは自分達の手の内をさらすことも意味する。こちらは、向こうの事情は全くつかめないにも拘わらず。
だが、その分戦力として期待も出来た。
(う~ん、本来俺達が率先して解決するべき事でもないんだけど……)
別にアイナが冤罪で処刑されたとしても、康大に困ることはない。インテライト家の没落は見えているが、それは圭阿とザルマだけの問題だ。
ジェイコブも臨時的な雇い入れと理解している以上、康大にその責任を求めたりはしないだろう。最悪フォックスバード当たりの力を借りて、逃げ出せばいい。
だが――。
(今まで考えなかったけど、このまま何もしなかった場合、果たして事態が良くなるんだろうか……)
その点に関しても確証が持てなかった。
このままだと、パニック映画でよくある、避難所に籠もって物語序盤で死ぬような役になるかもしれない。インテライト家の飛び火が辺り一面に広がり、気付いた時には逃げ場などどこにも無い状態に陥っているかもしれない――。
(進んでもヤバそうだし止まっても変わらない、か。だったら――)
「分かった、協力しよう。指示も俺が出す」
止まって焼け死ぬより、出口を探して火の中に飛び込み死んだ方が未だ納得できる。
康大の言葉にジェームスは親指を立てた。
そんな月並みなポーズでも、この無精髭の伊達男には様になるのだから、神様は不公平だ。
そして女神はもっと不公平。
そんなことを思いながら、康大は当人に指示を出す。
こうして、いよいよ康大による本格的な捜査が始まるのだった――。