第14話
「・・・・・・」
「・・・・・・」
康大とハイアサースは無言で王城内を歩く。
婚約者同士が2人並んで歩いているのだから、本来ならこれはほぼデートだ。
だが、当事者達はそんな気になど全くなれなかった。
(……まあそうなるよな)
しばらくして、康大は内心苦笑する。
圭阿と違いハイアサースの胸はこの上なく大きく、動く度に大きく揺れる。
さすがに揺れすぎると痛いのか、ハイアサースも今はいつもの半分ぐらいの早さでしか歩けない。
その分人目に触れる時間が長くなり、ハイアサースが歩くだけで男女問わず大きな注目を集めた。
特に男からは下心全開の好色な視線を隠しもせずに向けられる。
それを自分の誇りに思えるほど康大は世間ずれはしていない。
むしろあまりいい気はしなかった。
「・・・・・・」
ハイアサース自身もかなり羞恥を感じているらしく、顔はほぼ真っ赤だった。
それでも背中を丸めず堂々と歩いているのは、騎士としての誇りがあるためか。
もし自分がハイアサースの立場だったら、人目につかない場所に逃げるように隠れただろうなあと康大は感心した。
いちおう康大は気を効かせてあまり人のいないところを歩いたが、それでも注目は浴びた。
「……少し休むか」
無目的にダラダラと歩き回って数十分、康大はそうハイアサースに話しかける。
ハイアサースは紅潮した顔で頷いた。
恥ずかしい以外にも、この胸が揺れすぎる服だといつもより疲れるのかもしれない。
「来るんじゃなかったと後悔してるか?」
「……いいや」
ハイアサースは首を横に振った。
「確かに胸当てもなく歩くのはつらいし、助平な目で見られるのは苦痛だ。だが、それ以上に何も出来ずに家に閉じこもっている方が耐えられん。イオの末裔として、そんな怠惰は許されん」
「そっか。俺なら喜んでダラダラしてるけどな」
康大の人生でここまで肉体も精神も酷使させられたことはない。その分、何もしないでいられる時間があってもいいとさえ思っていた。
「ところで気付いたか?」
「なんだ?」
「お前のおっぱいの谷間辺りに黒子があること」
「お、おめえ!?」
ハイアサースは慌てて両手で胸を隠す。
婚約者ならこれぐらいのセクハラも許されるはずだ。
康大はそう思いながら本題に入る。
「まあそれは冗談。ここまで人通りの少ない場所をぐるぐる回ってきたが、そこではたいてい密談をしている人間達がいた。それがただの世間話なら俺達が通っても続けただろうが、ほとんどがすぐに止めた――。お前がどんなに胸を揺らしても目も合わせようとしない」
「そ、そうだったのか……。よく見てたな。てっきり胸ばかり見てるものと」
「いやまあ、おっぱい見てる合間に他にも注意してただけだけど」
「隣から最も視線を感じたのは、錯覚じゃなかったのか……」
ハイアサースは大きくため息を吐いた。
康大もさすがにやり過ぎると婚約も解消されるかなと、反省する。
「とはいえ俺達が聞き耳を立ててたらさすがに目をつけられるし、その必要もない。ということで、しばらくは――」
「なあコウタ、あれはなんだ?」
「あれ?」
突然話を遮り、あらぬ方向を指さしたハイアサースの指を視線で追う。
そこには大勢の人間の塊が出来ていた。
おそらく中心にいる人間目当てで集まったのだろう。
ただ康大の位置からでは、その中心の人間が誰かさっぱり分からない。分かることは、取り巻き連中が皆時代じみた豪華な装いをし、そして女性の割合が多いことぐらいか。
つまり中心にいるのはそういう人間なのだろう。
「ハイアサースは中心にいる人間が見えるか?」
「さすがにこの位置からでは難しいな。見に行くか?」
「そうだな……いや、止めておこう。自分から進んで厄介ごとに近づく必要もないだろ」
今のところ康大にはしなくてはいけないことはない。
ジェイコブには悪いが、話を聞いた限りコアテルを応援する気にもなれない。
とにかく波風を立てないよう、適当に時間を潰して、生誕祭をやり過ごすのが最善だ。なによりああいう集団に関わって良いことなど何一つない。
ハイアサースは康大の出した結論に「そうか」とだけ言い、反対はしなかった。
多少の興味はあっても、やはり今の服装であまり人の多いところには行きたくないのだろう。
しかし、康大達が無視しても向こうから近づいて来てはどうしようもない。
一瞥しただけで通り過ぎようとする康大とハイアサースに、人の塊の方がどんどん近づいて来たのだ。
こうなると走って逃げ出すわけにもいかず、康大もハイアサースも立ち止まる。
やがてモーゼのように人の波が割れ、そこから1人の、いかにも身分の高そうな青年が現れた。
康大が着ているものと似たような半ズボンに白タイツだが、上下共に材質もその意匠も比較にならない。気が遠くなるほど精緻な刺繍がタイツにも施されており、上等の毛で編まれた赤い上着には、所狭しと勲章がつけられている。ハイアサースは歩くだけで胸が揺れるが、彼の場合歩くだけで勲章がジャラジャラと揺れてうるさい。
尤も、それは自身の功績ではなく血筋によって与えられた栄誉だろうが。
極めつけに軽薄そうなあばた顔に白人金髪という典型的な差別主義者的雰囲気から、康大は思わず身構えた。
「やあ、あなたのように美しい方がいるとはこのコアテル、全く気付きませんでしたよ」
そう言って青年――コアテルはハイアサースの手を取る。
圭阿の人物評が頭に残っていた康大は一瞬そうではないかと思ったが、呆れるほどその通りであった。
そして婚約者にこんなまねをされてはいい気もしない。
しかし、コアテルは手を取って口づけする刹那、何故かその体勢で固まり、そっと手を離す。
身構えていた康大もハイアサースも思わず拍子抜けした。
「……どうやらそちらのご婦人は何やら顔色が悪いご様子。少し休まれては?」
「顔色……あ」
そこで康大はハイアサースの回復魔法が切れ、かなりゾンビ化が進んでいたことに気付かされた。
コアテルがキスをしなかったのは病気が移ると思ったか、はたまた死臭がしたためか。
徐々に変化したことと、ゾンビ化にそれほど違和感を持てなくなったため、康大は気付くことが出来なかった。
「そ、そのようですね。それでは失礼します!」
康大は未だ要領を得ないハイアサースの手を引き、急いで宿舎へと戻っていった……。




