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第12話

 番兵の仕事などいいものではない。

 戦場のように武功が立てられるわけでもないのに、失敗すれば戦場以上に叱責される。

 ただ命の危険はほぼないので、兵士達の人気はそれほど低くもなかった。


 それに役得もある。


 1つは賄賂。

 平時なら宿泊客から金銭等を受け取り、夜間外出を黙認していた。ただ、今は状況が状況であるため、そんなまねではできない。付け届けを渡しても、せいぜいできてお使い程度だ。


 もう1つは博打。

 ここでは缶詰状態で暇になった従者達が、良く賭場を開いていた。暇な成人男性が集まれば、どこの時代でもセカイでもやることは決まっている。

 規則では賭け事は禁止されているが、番兵に幾ばくかの上納金を納めれば見過ごされる。それどころか番兵が参加することも珍しくはない。

 ただ、負けが混めば踏み倒されることは確実なので、胴元や参加者はある程度()()を加えたりしていたが。


 そして最後の1つは――。


 2人の番兵達が3階を巡回する。

 2人とも使命感もやる気も無く、命の危険がないという理由だけでこの部署を志願した人間だ。


「異常なし……と」


 除き窓から片方の番兵が様子を確認し、もう片方の番兵が事前に部屋番号と人数が書かれた石版に印をつけていく。日毎に使う人間が変わり、別に大したことでもないので、わざわざ羊皮紙を使って記録を残すこともない。


「……まあいいか」


 中には簡単なカードゲームをしている客もいたが、敢えて注意したりはしなかった。

 博打とは言え、仲間内程度の規模ならいちいち目くじらも立てない。何より文句を言って騒がれるのも面倒だ。報告したからといって出世できるわけでもないのに。

 もちろん巡回中に参加するわけにもいかず、いつものように見て見ぬフリをしていた。

 賭場以外で報告までするのは、傷害事件があった場合か、登録された人間がいなかった時だけだ。


「なあおい、今日はやけに人数が多いな」

 石版を持っている方の番兵がもう一人に話しかけた。

 確認している方の番兵は、「状況が状況だからな」と適当に答える。

 後継者争いはこの王城で働くほぼ全員が知っていたが、彼らような下っ端にとっては本当にどうでもいいことだ。上が変わったところで、仕事が楽になるわけでも大変になるわけでもない。

 少なくとも当人達はそう思っていた。


 やがて彼らは康大が泊まる部屋の前まで来る。

 その覗き窓を開けた瞬間、番兵の動きが止まった。

 それから何も言わずにじっと中を見続けてていたのだ。


 相方の態度に、もう1人は怪訝な表情をする。

 重大な問題があったようではない。それならすぐに報告するはずだ。ただその態度は明らかに不可解だった。


 それからしばらく文字通りの覗き見をしていた番兵は、口を押さえながら相方を呼ぶ。

 その顔は必死で笑いを堪えている風であった。

 もう一方の番兵の困惑は深まるばかりである。

 とりあえず手振りで中を見ろと言っている相方に従い、開いた覗き窓から様子を見た。


 覗き窓からはベッドに立て膝をついている男の姿見えた。

 言うまでもなく康大だ。

 そして床には脱ぎ捨てられたようなドレスがあり、康大はベッドの上でなにやらもぞもぞしている。

 番兵は耳を澄ませてみた。


「おら、これが気持ちいんだろ、もっと声出してみろよ!」


 康大はそう言っていた。

 更に詳しく康大を見ると、もぞもぞしているのではなく腰を前後に振っていたのである。あまりに不格好なのでそう見えたのだ。

 覗き窓からでは康大の背中しか見られないが、状況証拠(そのうごき)から何をしているかは明らかだった。


 番兵は反射的に隣にいる相棒の顔を見た。


「(な、あいつらやることないからって、こんなところでセックスしてるぜ!)」

 先に見ていた番兵が声を落として相方にささやいた。


「(ああ! 確か女の方はあのガキみたいな貧乳の上げ底胸だったろ)」

 実際に付き合いはないものの、ドレスで着飾った高貴な女性を何度も見てきた彼らは、()()が本物かどうか瞬時に見分けがついた。

 自他共に認めるどうでもいい能力(スキル)だ。


「(しかも男の方が下手なのか女が()()()なのか、全然感じてねえ! 男の方も、あれじゃあ出す前に疲れて萎えるんじゃねえか!?)」

「(ああ、それっぽいな。どうする?)」

「(どうするって、別にガキと鶏ガラ女のセックスなんか興味ねえよ。ほっときゃ良いだろ。せめてこう、胸がバインバインのいい女がいたら、じっくり()()したんだけどなあ)」

「(確かに。これじゃ役得とは呼べねえな)」

 2人はそう言いあい、最後にもう一度笑い合って康大の部屋から去って行く。



「……ふう」

 康大は足跡が遠のいたことを確認し、腰を動かすのを止めて大きく安堵の息を吐いた。

 今まで無意味に守ってきた童貞を、圭阿に捨ててもらった……わけではない。

 康大はずっと腰は振っていたが、相手は毛布を丸めたもので、気持ちよくも何ともなかった。

 

 つまり康大はセックスをしている風を装って、圭阿の不在を誤魔化していたのである。

 この芝居をするためには圭阿のドレスが必要不可欠で、圭阿はほぼ半裸になってしまう。普通半裸で脱出しろと言われたら、二重の意味で怒るだろう。

 康大はそれを心配していたが、圭阿にとっては大したことではなく、平然と首を縦に振ったのである。

 ただ、ザルマに聞かれれば確実に反対されたであろうため、密かに耳打ちをしたのだ。

 ネット動画でこのシーンを見たとき、「んなアホな」と思っていた康大であるが、まさかそれを自分がし、更に成功させるとは夢にも思わなかった。


「……でも何か大切なものを失ってしまった気がする」


 康大は乾いた笑みを浮かべた。


 そのすぐ後、ミーレから【そんなんじゃ風俗行っても恥かくわよ】といった、女神とは思えない罵倒を浴びせかけられたり、番兵達から陰で嘲笑されるようになったが、これもまた歴史の1ページにおいては些細なことであった……。


 

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