第11話
「康大殿」
「んん……」
圭阿に揺すられ、康大は目を覚ます。
目を開けると、木戸から差し込んでいた日の光は赤く変わり、室内を染めていた。
ただそれもかなり沈みかけている。
どうやら夜更け近くまで寝てしまったらしい。
本当にこのセカイに来てから、睡眠時間が飛躍的に増大した。
(ていうかこれ、疲れ以外にもゾンビ化が関係していそうな気がする……)
今更そのことに思い至る。
とはいえ、具体手な対処法までは何一つ思いうかばなかったが。
「ようやく起きたか」
よく見れば圭阿の後ろにザルマもいた。
宮勤めを終えて来たのだろう
何をしたのか知らないが、その顔を見る限りかなり精神的な負担が大きかったようだ。
「よし、それでは起きたところで作戦会議を始めるぞ!」
ザルマが高らかに宣言する。
「小さな声で話せよ。ここ内側から鍵もかけられないし、壁だってそんなに厚そうじゃないんだから」
それを康大がすぐに注意した。
ザルマは少し恥ずかしそうに咳払いし、今度は幾分声を落として話し始める。
「まず私からだ。拝謁の際、アイナ様のご様子を見る機会があったが、かなり顔色が悪かった。フェルディナンド様のご容態がよほど気になり、向こうから私のような者に容態を聞いてきたぐらいだ。コアテル殿下も、アイナ様の心痛を気にしてか、終始そわそわしておられた
「じゃあアムゼンの方は?」
「敵陣営とは言え敬称をつけろ。……あちらは対照的に意気軒昂といった感じだ。陛下も今はアムゼン殿下を頼みにされているようにも見えたな」
「そっか……」
ザルマの意外にまともな観察眼に康大は感心しながら、頭の中に情報をインプットする。
渦中にいるわけでもない自分が知ったところで役に立つとも思えないが、知らないよりは知っていた方がいい。
このセカイ、明日には何が起こるのか分からないのだから。
「拙者は王城の偵察も兼ね、件の前任者を捜しておりました。たとえ姿が分からずとも、先方が拙者を知っていることは確実でござるから。然れども、何の接触もなく、またどうにもきな臭い臭いが……」
「きな臭い?」
「如何様。おそらく誰かが殺された……しかもつい最近。前任者も消された可能性を否定できないでござる」
「後継者争いって言うのはどこも血生臭いな。とにかく連絡役がいないなら、ジェイコブさんに指示を仰ぐ必要があるだろう。出来るかザルマ?」
「……今の時間は門を閉めるてるし、書簡や伝書鳩も使えないから正攻法では無理だな」
ザルマは少し考えてから答える。
「となると圭阿の出番か。できるか圭阿?」
「ざっと見た限り、拙者1人ならなんとかなるかと。ただし、ここは夜に必ず当人達がいるか兵士が確認を取るようで、そこにいないのは些か問題が――」
「ケイア卿の言う通りですが、ここには結構な人数がいますし、そこまで念入りに調べるわけではありません。私もかつてここに泊まったことがありますが、3階の場合あの除き窓からざっと見て終わりでしょう」
ザルマはそう言って、扉を指さす。鍵のかけられない木の扉には、スマホ程度の大きさの覗き窓があり、プライバシーもへったくれもない。
ただ、ザルマの言うとおり、そこからの景色を誤魔化せればどうにかなりそうではあった。
「危険な橋を渡らず、明日の朝適当な理由をつけて報告しに行くか、もしもの場合を考えて圭阿に今日中に行ってもらうか……」
「俺は今日中にした方が良いと思う」
ザルマが真面目な顔で言った。
圭阿が危険な目に遭うのだから翌日にすべき――そう言うと思っていた康大にとって、ザルマの意見は意外だった。
「私が今日感じた限り、今の王城は予断を許さない。明日に何があってもおかしくはない空気だ。少しの出遅れが致命的になるかもしれん」
『・・・・・・』
康大と圭阿が信じられない……を通り越して珍獣を見るような目をした。
とてもあの阿呆のザルマの言葉とは思えない。
もし初めて会ったときのままのザルマだったら、「まあ1日2日ぐらい大丈夫! 何よりケイア卿のお体が大事だ!」と断言しただろう。
自分の無力さを痛感したことで視野が広がったのだろうか。
康大にはそんな風に思えた。
「貴様の意見に従うのは癪だが、拙者も異論はない。やはりここは多少危険を冒してでも、今すぐ御屋形様に報告に戻るべきだろう」
「となると俺の方はどうやって確認を誤魔化すかだな。ザルマは夜どうしてる?」
「これからまた胃が痛くなるパーティーだ。その後はそのまま本城に残り、貴賓室で寝ることになっている。もちろん俺とて好き勝手に外には出られない」
「だったら俺1人で上手く誤魔化すしかない、か。えっと、映画とかだとこういうとき……」
康大は今までネットで見てきた映画の名シーン特集などを記憶の棚から引っ張り出す。
(あれしかないか……)
あまりいい手とは思えなかったが、康大は他に備えも無かったので、とりあえずその作戦を圭阿にだけに伝えた。圭阿にどうしても用意してもらうものがあったのだ。
ただそれは現実セカイなら引っぱたかれても文句を言えない提案であったが、圭阿は顔色一つ変えず首を縦に振った。
そしてザルマが先に部屋を出てから、康大は計画を実行に移した……。




