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第10話

「ここが王城か……」


 馬車を降りた康大は、それこそ海外旅行中の日本人観光客のように物珍しげに周囲を見回した。

 豪華な建物は港町のダイランド邸で見た。

 ただ、ここまで広大な建物を見るのは初めてだ。

 康大は王城と言われ、まずディ○ニーランドにある()の城を想像した。

 しかし今目の前にある……というか広がる光景は、その想像を完全に覆した。


 中心の城だけなら、そこまで大きいわけではない。()の城の2倍程度の大きさだ。

 ただその城も含め、高い塀で囲まれた敷地の全てが王城であり、そこには様々な建造物があったのだ。おそらく、全てを見ようとしたら、1日がかりだろう。

 また建物の間は整備された庭で、中心にはこんこんと水を湛える噴水があった。

 本当にちょっとしたテーマパークだ。


「お前はこっちだ」

 多少気持ちも落ち着き、観光客のように周囲を見ながら歩いている康大を、ザルマが強引に引っ張る。

 康大も自分非を認め、素直にザルマについていく。


 そんな緊張感のない男性陣と違い、圭阿は平静を装いながら注意深く周囲を警戒する。

 いつここが戦場になっても動ける準備は、既に完了していた。


「ここだ」

 康大と、そして圭阿が連れてこられた建物は、王城の建物群の中でもあまり上等な作りには見えない。その分、傷だらけの外壁と中央の扉は厚く、まるで要塞だった。


「ついてきた家来は、主が帰るまでここで寝泊まりをする。戦時中はここが兵士の詰め所になるぐらいだから、見ての通り上等ではない。ケイア卿をこんな所に残すのは不本意の極みだが、どうしても立場上……」

「お前と一緒の部屋に泊まるぐらいなら、野宿の方が未だマシだ」

「……私は中央にある本城の方に行ってきます」

 いつものやり取りをして、ザルマはとぼとぼと中央の城に向かって去って行く。

 

「さて、これからどうしよう?」

 そんな背中を見送りながら、康大は呟いた。

 中に入ったら専任者の指示に従えと言われたが、今のところ誰からも接触がない。

 こちらから探しに行こうにも、康大はその人間の顔を知らない。

 とりあえず圭阿に知っているか聞いてみたが、残念そうに首を振られた。


「残念ながらも拙者もここに来るのは初めてでござる。ざるまに話を聞いた所で、あれが知っているとは思えんでござる。ここはじっと動かず、向こうから接触があるのを待つべきかと」

「まあそうだよな」

 自分達は今後継者争いの渦中に放り込まれたのだ、迂闊な行動が致命傷にる可能性は充分ある。

 たとえ一時的な雇われ家臣でも、迷惑をかけていいわけではない。

 それぐらいの分別は康大にもあるし、この世界で暮らしてきて未だそんな分別もつかない人間ならとっくに死んでいた。


 結局いくら待っても誰も話しかけてこなかったため、康大はとりあえず先に宿舎に行くことにした。

 しかしノッカーをいくら叩いても反応が無い。

 仕方なく扉を押してみると、意外に簡単に扉は内側に開いた。

 扉を開く際、かなり大きな音がしたので、それに反応して中の兵士が入口に近づいてくる。

 これではノッカーの意味が無い。

 康大と圭阿は声を大にして言いたかった。


 集まった兵士達は康大と圭阿をしげしげと見る。

 口々に「ここは2階」、「いや3階だろう」、「将来性で4階にした方が……」と囁き合っていた。

 康大と圭阿には何のことだかさっぱり分からない。


「あいつらはアンタらを値踏みして、どういうレベルで扱えば良いのか相談してるのさ」

 要領を得ない兵士達の代わりに、不意に別の誰かに話しかけられる。

 振り向くとそこには、30前後で無精髭をしたいかにもな伊達男がいた。よれた安物の白シャツと、少し汚れた皮の長ズボンというラフないでだちであったが、康大の何倍もファッションセンスが感じられる。

 どこのセカイにいても確実にモテそうな人間だった。

 たとえ今の自分の格好がこのセカイでは常識的でも、康大はあまりの惨めさに消えてなくなりたくなった。


「ああ、いきなり話しかけて悪かったな。俺の名はジェームス、アムゼン殿下の侍従――」

「・・・・・・」

 王子の侍従ともなれば、かなりの身分であることに間違いはない。

 康大は心持ち威儀を正した――が。


「――の御者やってる」

「……俺達と大して変わりないんだな」

 康大は畏まった態度をすぐに元に戻す。さすがに御者の身分ではたかがしれている。

 それでも現実セカイなら明らかな年長者に対してそれなりの態度はとったが、ダイランドと出会った以来そこらへんの感覚が麻痺していた。

 ちなみに2人が話している間、圭阿は微動だにしなかった。

 警戒態勢を解かず、じっと2人のやり取りを観察していた。


「アンタの格好を見る限り、俺よりは高い地位にあるんだろう。けどこっちに追いやられた以上、同じように扱うわせてもらうぜ。そっちのレディーもな」

「ああ、別に構わない。それでさっきのレベルって……」

「その話だ。ここに来るのはたいてい貴族のお伴だが、一口にお伴って言ってもピンキリだ。中には謁見する貴族より地位のある連中もいる。また、今はしがない従者でも、後々出世する奴だっている。だからここの世話を任されてる兵士は宿泊客を値踏みして、どういう扱いにしようか相談するのさ。自分達の後々の利益のためにな」

「面倒だから全員同じ部屋じゃ駄目なのか?」

「俺みたいな将来性0の御者に良い部屋は馬鹿馬鹿しいし、高貴な人間に兵士が使うような部屋はあてがえない。何より良い部屋には限りがある。まあ奴らも奴らで色々大変なのよ」

 そう言ってジェームスは楽しそうに笑った。

 まるでハリウッド俳優のような笑顔だ。

 康大は持って生まれた素質の違いを痛感させられた。


「ちなみに最上級が4階で、最下層は2階、俺はすでに何回かここに来てるけどずっと2階だ。そのおかげで俺自身もだいたい値踏みができるようになったぜ。俺が見たところ、お前さんらは3階って感じだな。着てるもんは上等だが、良くも悪くも貴族らしさがない」

「なるほどね」

 貴族らしくないと言われても、その通りなのだから腹も立たない。

 果たしてその数分後、康大と圭阿は兵士達に「3階の部屋へ」と、それなりの態度で先導された。

 2階部屋のジェームスとはそこで別れた。


 案内された部屋には必要最低限の家具があり、食事が提供されれば生活するには困らない程度の部屋だった。

 ほとんどの荷物はインテライト家に置いてきたので、康大はとりあえずベッドに腰掛け一息つく。

 圭阿は立ったままだったが、ベッド自体は2つあるので、村の時のように寝る場所に困ることはない。


「連絡もないし、疲れたし、俺はこのまま寝るつもりだけど、圭阿はどうする?」

「拙者は外の様子を探ってくるでござる」

「そっか、まあがんばれよ」

 そう言って康大はベッドに横になり目を閉じた。ベッドは上等ではないものの掃除は行き届いており、嫌な臭いや埃はない。

 暗闇の世界で微かに扉の開閉音が聞こえる。

 そして出て行った圭阿と入れ替わるように、呼んでもいない暇な女神が現れた。


【久しぶりですね人の子よ……】

「最後が山だから未だ1日経ってないけどな」

 康大からすると、久しぶり感など全くなかった。

 背景のオフィスと、何日かぶりにひらひらした衣装(制服)を見たが、あまり有り難みもない。


【人の子よ、久しぶりに就業時間に声をかけたというのにその態度ですか?】

「なんで暇つぶしに付き合わされただけなのに、いちいち感動せにゃならん」

【人の子よ。就業時間外に会ってばかりいるので、日々の業務をサボっていると、言われない迫害を受けている女神に対する仕打ちがそれですか?】

「いや、そもそも真っ昼間にお前と暢気に話している余裕なんてないし……」

 ここに来るまで怒濤の展開で、目を瞑って悠長に世間話をしている余裕などなかった。

 今こうして話していられるのが、むしろ予想外の休養だ。

 出来ればこのまま放って、寝かせておいて欲しかった。


【まあ最近は結構大変そうだったからね~。それはそれとして人の子よ。自分のことばかりかまけて周囲に目を向けないでいると、後々後悔しますよ】

「・・・・・・」

 ミーレの言葉が康大の胸に刺さる。

 確かに今は自分のことに手一杯で、周囲を顧みる余裕もない。むしろ周囲に気を遣われている気さえした。

 いちおう婚約者であるハイアサースぐらいは気にかけるべきなのだろう。

 ――そう思ってはいるのだが、元がただの男子高校生の自分に、その余裕が生まれる気配が一向になかった。


「ま、俺も多少は修行しないとな」

 この話がここで終われば、ミーレへの対応も多少はマシになっただろう。

 もちろんそうはならないのがこの女神の駄目なところ。


【具体的には、最近暇で頭使わない2時間ドラマばっかり見ている女神に対して、もっと積極的になりなさい。いやあ、見過ぎてもうテレビ欄のキャスト見ただけで、誰が犯人か分かるぐらいの眼力がついっちゃって――】

 

 話が愚にも付かない内容に切り替わったことで、自動的に康大の意識は睡眠状態に切り替わる。脳神経が無駄な話が始まった瞬間、大量に睡眠物質を出すよう、改造されていた。


【あ、おい! こら! ちょっと話聞きなさいよ! ようやく上司の前で仕事してる姿見せられるのに、これじゃまた給料泥棒と思われるじゃない! 話を聞けえ! 聞いて! お願い! お願いします! このままじゃ夏のボーナスが……】


 ミーレの叫びは誰の耳に届くこともなく、闇の中へと消えていった……。

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