第9話 ガーゴイル2
今まさに勇者が重い口を開く。
「……おねえたん……。おねえたんが先」
「え?」
さすが勇者。弱いもの、持たざるものの味方。
自分より先に楽しいことを、少女に譲ったのだ。
もしも観客がいたら拍手を贈るほどの美談。だが少女にとってはとてつもないありがた迷惑な話だった。
「なるほど~。勇者さまの志。このガーゴイル心打たれました。自分は我慢して彼女を優先しようと言うのですな。分かりました」
ガーゴイルは少女を胸に抱いて飛び上がった。
飛ぶこと15メートルほど。勇者は羨ましそうな顔をしていた。
「ねぇ。あと何分? あと何分?」
「ケーッケッケ。騙されたな!」
やっぱり。少女は頭が痛くなった。分かりやすいワル知恵。人のいい勇者は騙されて、自分は人質に取られてしまった。
しかし、勇者はまだ気付いていなかった。
「ねぇ。あと何分? 並んで順番おりこうさん」
「バカかね勇者! お前は騙されたんだよ」
「騙すってなに?」
「騙すってのはなぁ……。ウソだ。ウソをつかれたんだ」
「ウソつきは泥棒なんだよ」
「泥棒のはじまりですよ。勇者さま」
「うんそう。そうだった」
話にならない。ガーゴイルは少女の顔をつかんだ。
少女の顔が苦痛に歪む。
「おねえたん!」
「勇者さま……逃げて」
「勇者。この女は人質だ。離して欲しかったら、聖剣グラジナを谷底に棄てろ」
「ポーイ」
おあつらえ向きに近くにあった谷底に勇者は惜しげもなく、聖剣グラジナを抜いて棄てた。
「勇者さま。棄ててはいけません! ……って、棄てちゃったの? 早! ちょっ早!」
「なにぃ? 棄てただとう?」
「おねえたんを離せ! 悪者め!」
ガーゴイルの方でも計算が狂った。
さんざん棄て渋って、剣を棄てたところを勝ち誇ったように笑って精神的苦痛を与えてやろうと思ったのに、負けてもいないのにものすごい敗北感。
「くぬぅ……。このガキめ。ガーゴイルさまをコケにしおって~」
ガーゴイルは勇者に背を向けて逃げようとした。
「あっ! 逃げるつもりだな! 順番守ってるのに!」
まだ遊ぶことを考えていた。
「バ、バーカ。バーカ! この女を美味しく食べてやる!」
「な、なに? おねえたんを食べるつもりだな! グラジナぁ!」
勇者がひと声叫ぶと、谷底から聖剣グラジナが生き物のように飛び上がってきた。そして、勇者が指差す先にいるガーゴイルに向かって飛んで行く。
考える時間などなかった。身を翻せるわけはない。
石造りのガーゴイルをいとも簡単に貫いた。
「う……そ……」
ガーゴイルは墜落してゆく。力を失ったので少女を抱える腕の力が緩み、彼女はふわりと空中を舞う。
「おねえたん!」
勇者は少女の落下地点まで急いだ。
少女の下で、全身のバネを使って大きくジャンプ!
その体を受け止め見事な着地。男女であるならロマンチックな光景だが、僅か3歳ほどの子どもと15歳ほどの少女だ。年齢に開きがある。
だが勇者は少女の顔を覗き込んでこう言った。
「よかった。おねえたん大好き」
少女も、勇者のクビに腕を回して抱きしめた。