第74話 変態勇者2
「なんだ……ここ?」
勇者は青年の姿のまま棒立ちになっていた。彼の周りには雲がたなびいている。さながら雲海のよう。
自分の前後に足場があるのかさえ分からない。
勇者はしばらくその景色を眺めていた。
「勇者よ」
「あ、あなたは?」
見ると白い顎髭を蓄えた老人が少し前に立っている。
片手でその髭を扱き、もう片手に持っている杖を勇者へと向けていた。
「私はこの土地の神、ダマー。しかし信仰の力を失い、実体すら保てず、こうして夢の中に現れた次第」
「夢? これが夢なのですか?」
「さよう」
ダマーは笑顔を浮かべて話を続けた。
「私からの進物は、大したものがありません。しかし勇者どのは今、子供のお姿。それは大変憐れなことです」
「まさか! 戻せますか?」
「いえ」
夢の中で勇者はズッコケ、雲の中に落ちそうになった。
「戻せはしませんが、少しの時間、大人の頭脳にはすることが出来ました。あの煙の効果です。目が覚めて、姿は子供でも、中身はしばらくは大人となっています」
「体は子供のまま大人に……? しかしそれでは」
「私に出来ることはここまで。あとは勇者がその特性を有効に使われることをお祈り致します」
勇者は深い深い眠りにつく……。
まどろみの園へ。
目を覚ますと、目の前にはミューのこぼれそうな胸があった。
年が若くとも見事な谷間に勇者は顔を赤くして見入っていた。
いつものミューの添い寝。
ちび勇者は、夜、お化けが出ることを恐れるので、ミューはこうして寝てやっていたのだ。
心臓が高鳴る。
幼い頃から、剣術、魔法とあらゆる戦いの訓練を受け、使命を与えられてからは戦いの連続、一人旅。
無論、恋などしたことがない。
勇者ユークからすれば、ミューは初恋にして相思相愛。
しかし子供の身では何も出来なかった。
その恋の相手は今、目の前に無防備で眠っている。
思わずその唇に吸い込まれそうになる。
勇者は小さな首を伸ばして、自らの口をミューの口元に近づこうとしたがいけない。自分は光の勇者であり、正義の使者。十二柱の加護を得た者。それが婦女子の寝込みを襲うなどと小さい頭を振って、己の行いを恥じた。
「……うん」
ミューは眠りながら一言声を出した。
勇者の興奮は最高潮。ミューの小さな唇が少し前に突き出ている。
早まる鼓動。頭だけ大人となってしまった勇者はもう止められなかった。
ミューに口づけをしたい。
自分の唇を彼女に少しずつ近づけて行った。
「おおい。ボーズ。起きたか?」
「ハ、ハ、ハスキー!」
勇者はガバッと跳ね起きる。
テントの簡易な幕で出来た扉をハスキーが開けて覗いていた。
「何もしてない。何もしてないよ」
「はぁ? 何を言ってるんだ。寝てたんだから何もできるわけないだろ? それよりタマゴを穫りに行くんだろう? ホラ、ミューが起きる前に準備をしろ」
「お、おう」
子供の姿のまま、寝間着から勇者の装備に着替えるが、いつもと勝手が違う。
普段は大人の頭じゃない。少しばかり下着がはみ出てても、ズボンが逆でも気にしないが今は違う。
青年勇者の頭脳は引きずるマントを嫌がったり、剣を引きずるのを嫌がったり。
指も腕も短い。扱うのが相当辛い。
どうすればいいのか思案しているところにまたハスキーが顔を出した。
「何やってんだよ。ノロいなぁ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なんか言葉の使い方が変じゃないか? 装備なんてどうでもいいだろう。さっさとしろよ」
「あ、ああ」
仕方なく勇者は装備品を引きずり、ハスキーの後を追った。