第7話 オークロード3
「これ。そこな童。その剣に名前はあるか?」
「これ? これねぇ、せいけんグラジナ!」
そう言ってスラリと抜ききってしまう。
腕の長さと剣の長さの勘定が合わない。鞘から抜けるはずもないのに抜いた。
これは剣が所有者を認めた証拠だ。剣自ら鞘から飛び出るのであろう。
「カッコいいでしょ~」
「う、うわ! 聖剣グラジナだと!?」
「勇者だ! 本物の勇者!」
「敵うわけがない!」
騎馬武者たちは馬首を返して遁走した。
「こ、これ! 逃げるでない!」
「僅かな禄で命を落としていられません!」
そう言って、御者を勤めていたものも、馬車から飛び降りて林の方に逃げてしまった。
残されたのは勇者と少女とオークロード。オークロードの方でもお供がみないなくなってしまったので逃げたい気持ちだった。
「お友だち、みんな帰っちゃった。ねぇ、鼻おっきいおじたん。しりとりしよぅよぉ」
「え? し、しりとり?」
「おねいたんも」
「ええ。勇者さま」
「じゃおじたんから~」
なんの下らない遊びか?
オークロードもそう叫んで立ち去りたかったが、勇者の手には輝く聖剣グラジナ。光が剣にまとい、眩しいくらいだ。
それで斬られてはたまらない。オークロードはこの遊びに参加することにした。
「じゃぁ~……トラ?」
「ら? らね? ら。ら……。んーと。んーとぉ……」
『ら』。幼児には高度な頭文字だったようで勇者は必死に頭をフル回転。そしてひらめく。12柱の神々の祝福が彼に英知を与えたのだ!
「ライオン、ン、ンンン!」
なぜ『ン』を複数回言うのか?
勇者はえばって腕を脇に置いて鼻を鳴らした。
「勇者さま。『ん』がついたら負けですよ」
「え? ギャーーー!」
負けたことが悔しいのか泣き出した。
少女はしゃがんで彼を慰めると、泣きぐずっていたが徐々に平静を取り戻した。
「じゃ勇者さま行きましょうか」
「うん。おじたんバイバイ」
勇者が手を振ると、オークロードは引きつりながら勇者に手を振った。
「勇者さま。この馬車邪魔です。通行の妨げになりますよ」
「うん」
そう言うと勇者は、馬車に手を添えて道の端にひっくり返した。
さすが12柱の神々の力を与えられていることだけのことはある。これで、流通に支障はなくなるだろう。
だがそれを見てオークロードは走って逃げ出した。
「ば、化け物だぁ~!」
自分の方が化け物のクセにと少女は思った。だがクスリと笑う。オークロードが逃げたそちらの方向には立て札に『底無し沼あり注意』と書いてあった。