第61話 勇者バンザイ5
しかしそこにいても何もおこるわけがない。勇者は張り裂けそうな胸を抱えて宿に帰って眠ると夢を見た。
泣きながら荒野に誰かを探す夢。
その探しているものは温かいもの。未来を感じるもの。
「泣くなボーズ。男だろ?」
横に立つ人。憧れの人。楽しくて、大好きな人。
「行くぞボーズ。覚悟はいいか?」
「なんの~?」
「おいおい、のんきかよ」
まるで父親のような人。背が高くて顔が見えない。
だが分かる。ワンワンのおじさん。
名前はハスキー。守ってくれる人。
尊敬する人。
二人は敵陣の中を駆け抜けていた。
自分は肩車をされて楽しそうにはしゃいでいる。
「さぁ、二人で敵を倒すぞ」
「うん」
「シャイニングブレイク!!」
勇者の技。神より与えられた剣術。
二人で使うことが出来る。
頼もしい味方。守るべき仲間。
「勇者さま」
「ミュー」
大人になっている自分。
引き寄せる愛すべき人。
彼女に口づけをしたい。
もっともっと抱きしめたい。
彼女を壊れるほど抱きしめたい。
「勇者さま。約束を覚えてますか?」
「もちろんですとも」
彼女に口づけをしている。
それをハスキーは優しい目で見ている。
「結婚しよう」
「ええ。お受けいたします」
二人は互いの背中に手を回した──。
「ミュー! ハスキー!」
勇者は飛び起きた。二人の名前を叫びながら。
「ああ、クソ! 思い出した! なんてことだ。私は魔法で幼児になっていたんだ。そして大事な仲間を、愛する人を忘れて追い出してしまうなんて!」
だが今さら後の祭りだ。
ミューとハスキーはここにはいない。
二人は荷車に乗って街を出ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ハスキー大丈夫? 勇者さまに叩かれたところは」
「ああ。アイツのひょろひょろパンチなんてサッパリ痛くねぇ。痛くはねぇが、胸が痛ぇ」
「……そうでしょうね」
「だがきっと思い出す。ミューのことを忘れるようなヤツじゃねぇよ」
「そうよね……」
ハスキーはロバの手綱を引いてブレーキをかけた。
「どうしたの?」
「どーもこーもねーや。やっぱり戻ろう。アイツが虹の鎧が欲しいなら三人で行くんだ。今まで旅した道中を戻るんだ。きっと思い出すさ」
ハスキーは馬首を返すと、そこには道化師のようなものが二人立っていた。それはまさにシェイドとジエンガであった。
「ふふふふ。今の勇者はフヌケさ。君たちに今戻られちゃ困る」
「な、なんだあんたら。敵か?」
「今は殺しはしない。大事な人質だからな」
ジエンガが長い横笛を吹くと、二人のまぶたはトロンと落ちてくる。
「くそ! ヤバい。催眠効果のある曲なんだ。ミュー……に……げ……ろ……」
だが二人ともそこで寝てしまった。
シェイドとジエンガは怪しく笑った。