第54話 オーガ1
宿に帰ると、ハスキーはすでにベッドに横になり天井を見つめていた。
ミューも何も言わず、一つ離れた寝台に横になり天井を見つめた。
勇者は空いている真ん中のベッドに思い切りジャンプしてダイブ。スプリングで跳ね返って宙に浮いた。
「わー。すごいじょー! びよんびよんだーー!」
だがミューもハスキーも楽しそうな勇者に何も言わない。
何も言えなかった。ただ考えていた。
その間、勇者は楽しそうに遊んでいた。
「なぁ……ミュー」
「……なによ」
「もう、勇者なんて誰でも良いから祭りを楽しまねぇか?」
「……フンだ」
「おいおい。オレに当たるなよ」
「行って来たら良いじゃない」
「なんだよ。おいボーズ。祭りに行くぞ」
「うん。いこー。いこー」
「なによ。勇者さまも連れて行くの?」
「あたりめーだろ? こんなところで腐ってたってしょうがねーよ。それに、ボーズの仇も探さなくちゃならねーからな」
ミューはその言葉にニコリと笑った。
「そうよね。行きましょうか」
「そうこなくっちゃな」
三人は薄暗くなりかけた道を歩き始めた。暗くなれば先ほどの騒動を起こしたものだとは気付かれないだろう。
勇者を真ん中に、二人で片方の手を繋いでブラブラと宙で揺らすと勇者は楽しそうな声を上げた。
祭りの夜は楽しいものだった。
色とりどりの灯りがつき、収穫したものを神々に捧げる祭りらしい。普段はこの捧げ物を司祭たちが引き取るのだが、今回は勇者がいるので、彼に捧げられるらしい。
屠られたばかりの仔牛。それの丸焼きが本物の勇者一行の前を通り過ぎて行く。
「けっ。本物の勇者が綿アメも買えずに泣いてるってのに、ニセ勇者は豪奢に肉かよ。人類の為がバカバカしくなるぜ」
「まぁまぁそう言わないの。楽しむんでしょ?」
「それで泣いてたボーズはどこ行った?」
「なんか、金魚すくいの水槽をジッと見てる」
「はぁ~……。不憫だなぁ~。オレたちが貧乏なばっかりに」
「もうすぐ蓄えもつきそうだし、どうしよう……」
「祭りの間、大道芸にオレの得意なナイフ投げでもするか?」
「いいわねぇ。どうやるの?」
「まず、お前の頭にリンゴを乗せてだなぁ」
「やっぱりイヤ」
「ん? リンゴは後からみんなで食えるだろ。一文惜しみの百知らずだぞ?」
「そうじゃないわよ」
その時だった。夜空がパッと明るくなる。
夜空に煌めく大輪。花火が上がり始めたのだ。
勇者もキラキラした目でそれを見た。
「ボーズ。肩車してやるからこっちへこい!」
「うん!」
ハスキーは勇者を肩車してやった。三人で眺める花火はとても美しいものだ。
だが、上がるたびにニセ勇者を讃える声があちこちから聞こえ、不愉快も混じった。
「あれ?」
「どうしたボーズ」
「なんかでっかいのがいるじょ」
「はぁ?」
打ち上げられた花火に照らされて、城壁の外にうつる影。
かなり大きい。城壁くらいの高さの巨人。
大鬼が数体いる。あんなものに城壁を攻撃されたらひとたまりもない。壊滅だ。今夜この西の都サングレロは踏み潰されてしまうだろう。
「キャー!」
街の人も気付いた。途端に大騒ぎ。大パニックに陥った。
「おいボーズ」
「うん」
「行くぞ!」
ハスキーは勇者を肩車したまま城壁の上へ向けて走り出した。