第53話 スカム5
ミューがふと気付くと、片手を握るものがいる。そちらに目をやるとまさしくニセ勇者であった。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
そう言いながら手の甲にキスをしようとするのでミューは慌てて手を引っ込めた。
「ふふ、恥ずかしがり屋さんですね。あなたのような美女と改めてお話したいです。私はあの屋敷をお借りしてますのでどうぞ遊びに来て下さい。ともに祭りの夜を楽しみませんか?」
「い、いいえ。私には勇者さまのお世話という大事な仕事がありますので」
「ははぁ。私のお世話ですか。ふふふ。楽しみです」
「な、なにか勘違いしてません?」
「今仰ったでしょう? 勇者の世話と」
ミューは幼児の勇者の肩をがっちりとつかんだ。
「この方。勇者ユークこそ、ホントの勇者さまです」
「ふ。なにをバカなことを。年端もいかないものが勇者とは」
「魔法をかけられて幼児になっただけです! 皆さん。よく見て下さい。これが本物のフェニックスの兜です。聖王のマントとは海色に裏地が情熱の真紅と聞いていませんか? まさにこれぞ至宝、聖王のマントなのです。そして、この光溢れる剣こそが、聖剣グラジナなのです!」
街の人が食い入るように勇者の装備品を見る。
たしかに伝えに聞くものばかり。青年勇者のほうのはこれに比べると見劣りする。
だが、青年勇者は声を張り上げた。
「皆さん。そのようなものの言葉に耳を貸してはいけません。私こそ12柱の神々より使命を受けた勇者ユーク! 彼のものが本当に神々の祝福を受けていれば、幼児の魔法など受け付けぬはず! それがどうです。きっとあの逃げ出したコボルドにいいようにたらし込まれ、この子どもたちは勇者に仕立てあげられたのです。言わば被害者!」
「そ、そんな! 違います! 違いますわ!」
「ね、ねー。おねえたん」
「どうしました? 勇者さま」
「あのね、ボクね、緑色のヒヨコが欲しいなぁ」
「な……っ!」
見ると、露店にカラフルなヒヨコが売られている。
勇者は様々な露店が気になるようだった。
「それ見なさい。あれは祭りを楽しみにしているただの幼児です。魔王を倒す使命など知るはずもない!」
「そーだ、そーだ。ニセ勇者はそっちの方だろう。帰れ帰れ」
「かーえれ。かーえれ。かーえれ。かーえれ」
ニセ勇者はその帰れコールにリズムをとって柏手を打つ。
ミューは泣きながら勇者の手を引いて宿屋に帰っていくしかなかった。