第32話 コボルド隊長1
勇者はミューを呼びながら泣き叫び続けた。
何時間も何時間も。声が枯れ、鼻水を垂らしても今の彼にできることはそれしかない。
ただただ、ずっとそうしていた。
元は大人と言っても今は幼児なのだ。精神的になにも熟練されていない。
おそらくこのままでは勇者は誰にも看取られず死んで土と同化してしまうだろう。
やがて、日が暮れ始めたが彼は立ち尽くしたままだった。
すると薄暗い中から聞き覚えのある足音が聞こえる。
ロバの足音だ。カパカパと足音を鳴らして、後ろには荷車が引かれている。
勇者の顔はわずかに笑った。
「おねえたん!?」
不安が消えて行く。そしていつもミューが乗っていた場所に人影もあった。
「ふぅ。ここに来る途中にこれを見つけたが、お前勇者か? 装備はどうした」
「あ。ワンワンのおじたん!」
それはコボルドの隊長だった。
ミューがさらわれた後、ロバは驚いて逃げてしまっていたのだ。
そこをコボルドの隊長が見つけてここまで車を引いて来たのだった。
「一体どうした? あのお嬢ちゃんはどこに行った?」
「分からない。ボク分かんないよぉ~」
そう言って勇者はまた泣きだす。
コボルド隊長は荷車から飛び降りて勇者を慰めてやった。
「おいおい。泣くな。男じゃないか。クンクンクン。ふむふむ。わずかに残り香がある。お嬢ちゃんは誰かにさらわれたようだな」
「ほ、ほんとう?」
「本当だとも。それにまだ生きている」
「ぼ、ボク助けに行きたい」
「うん。そうか。だったら車に乗れ」
「うん!」
勇者はコボルド隊長の横に乗った。
車は走り出した。だが、完全に暗くなると、ロバの方で足を止めてしまった。
「チィ。勇者。どうやら今日はここまでのようだ」
「おじたん、ボクお腹減ったー」
コボルド隊長は吹き出した。
「脳天気なやつだ。ミミズのひもの食うか?」
「うん!」
勇者はコボルド隊長からミミズのひものを受け取って口に入れたが、すぐに吐き出した。
「これ固い。美味しくない」
「オマエ、人からもらっといて遠慮なしかよ」
コボルド隊長は荷車から勇者を降ろし、火を焚いた。勇者はその火に体を当てて温まり始める。
隊長はミューと同じようにロバを馬車から放して放牧させると、ロバは野原に降りて草を食んだ。
「さてさて、勇者さまの口に合うものはどこかいな。と」
隊長が荷車の中を覗き込むと、野菜の箱の中に芋があった。岩塩があった。
「岩塩を削るものはっと。おお。あったあった。鍋はどこだ?」
隊長は暗い中で小川から水を汲み、それに芋を数個と削った岩塩を入れた。
「わー。おいもだ~」
「わりぃーな。このくらいしかできねーけどよ」
「ボク、おいもだーい好き」
「ホントかよ。また美味しくないとかいうんじゃねーだろうな」
二人は鍋の中で踊る芋を見ながら話をはじめた。
隊長の仲間は今、温泉で療養中だということ。
子供二人の旅が心配で自分だけは二人のお供をしようと追いかけてきたこと。
それを勇者は微笑みながら聞いていた。多分わかっていない。
隊長が芋に串を差すと丁度良い茹で具合。
それを皿に盛ってやって、食べやすいよう幾分スプーンで潰して冷ましてやった。
「さぁ食え。やれ食え」
「わーい。おいちそう! いただきまーす」
勇者は元気に皿の中の芋をパクつく。
すきっ腹に塩気の効いた芋がしみ込んだらしく体を震わせた。
「これおいちい!」
「本当か? どれ。じゃー、オレも」
隊長も自分の芋に食らいついて、勇者に親指を立てた。
「グー、グー、グー!」
「ね。おいちいね。えへ。おじたんありがとー」
「へへ。よせやい」
勇者はお友達だと思ってはいたが、敵同士だった二人。
それが今、仲間となって食事をしている。
種族も違う奇妙な関係だが、勇者は隊長に助けられたのだった。